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移籍即ち新環境
デビューへ向けて
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Side-庄吏
移籍に伴い、使用できるレッスン室の場所も変わった。本来なら十二人で使うはずのレッスン室に慣れるには、まだ時間がかかりそうだ。うっすら残る冷たい空気に身震いをして、Holiday Partyのリーダー、黒巻庄吏はやっと位置を覚えた電気スイッチを押した。
まだ、メンバーは揃っていない。高校どころか、中学校すら卒業していないメンバーがいる以上、平日の朝から全員そろってレッスンを始めるのはなかなか難しい。それでも、昼を過ぎれば全員揃うのだ。それまでに、新しい振りやポジションを頭に叩き込まなくてはならない。移籍後初のステージまで、残り数週間を切っているのだから。
「おはようございます……あれ、庄吏もう来てたの?随分早いね」
「あぁ、おはよう良透。そんなに早くもないよ、僕もさっきついたばかりだからね」
荷物を降ろして、ストレッチのためにヨガマットを準備し始めたころ、もう一人メンバーがやってきた。最年長組の一人、二束良透である。
「そうなんだ。ぼくは振りの確認の為に早く来たんだけど、庄吏はなにするの?」
「振りの確認と、全体のフォーメーションを完璧に頭に入れておきたくて。学生組はもちろんだけど、柚唯と樹里叶はモデルの仕事があるし、輝舟は経験者だけどホリパに入ってからの日も浅くてグループとして動くことに慣れていないだろうから、なるべくフォローに入れるようにしておきたくてね」
リーダーを引き継いだときから、ずっと頭の中においていた考えだ。
Holiday Partyは、事務所の中で最も人数の多いグループだ。結成して三年経つとはいえ、AURAとは違う形態の大所帯グループのサポートに四苦八苦しているスタッフは多くいる。
グループに一番長くいて、最年長かつリーダーを任された庄吏だからこそできるサポートを行うことで、若いメンバーが多いHolidayPartyをより活動しやすいグループにしたいのだ。
「流石リーダー。ぼくにもそのフォロー、手伝わせてよ」
「ありがとう、助かるよ。じゃあ、まずはストレッチから一緒にやろう。良透は体が硬くて柔軟も大変だろうしね」
「超助かる~流石リーダ~」
「おだてても何もださないよ」
「ちぇ、ケチ」
「ケチで結構」
――――――
Side-輝舟
レッスンは昼からだが、まだまだ詰め切れていないところがたくさんある。学業に励む年少者たちの足を引っ張らないためにも自主練はかかせない。
そう考えた山村輝舟は、まだ時間には早いがHoliday Party専用のレッスン室へと足を向けていた。
前事務所に所属していたころ、輝舟は殆どの時間をソロアイドルとして過ごしていた。“大人”の都合でスケジュールが決まっていたから、誰かと合わせて動くのは研修生時代の経験しかない。
そして、当時と圧倒的に違うのは、自身がグループの中でも年長者の類に入る点だ。
O-KAWApromotionでも同じことだが、アイドルグループの研修生への加入は十代前半の年頃であることが多い。輝舟も当然のように、中学生で研修生になっていた。
研修生として加入したグループに正規メンバーとして昇格することなくソロデビューし、結果が奮わず契約終了。当時はまだ十七歳だった。
到底やりきったと言い難かったし、もっとアイドルとして活動していたかった輝舟は、実力があることを示すためにスカウトを待つことなくO-KAWApromotionのオーディションを受け、結果ソロアイドルの経歴を買われてHoliday Partyに加入することになった。
一度手元から離れながらも、もう一度掴めたチャンスだ。ふいにしたくはない。
(力みすぎたら、それはそれでいけないことなんだけど……やっぱり、どうしても体が硬くなっちゃうな。練習前からプレッシャーに負けてたら、どうにもならないのにね)
自嘲気味な思考が過る。ソロアイドルとしての実績は確実に積んできたけれど、大人数で活動していくことに対する自信を持ち切れていなかったのだ。環境が変わるとは、それだけ大きな事なのである。
「ダメダメ、こんな後ろ向きな姿勢でいたら、それがパフォーマンスにも出ちゃうんだから。みんなの足を引っ張らないよう頑張らないと」
人前に出る職業柄、顔も商品の1つだ。腫らさない程度の力加減で、輝舟は自身の頬をパンっと叩いた。
「よし……おはようございます!……って、あれ?庄吏くんと良透くん?」
「おはよう輝舟。早かったね」
レッスン室の扉を開けてすぐ輝舟の目に入ってきたのは、柔軟の姿勢で固まっている最年長組でリーダーの庄吏と、二期生の良透だった。Holiday Partyの中でもしっかり者である二人もことだ。レッスン開始前に自主練をするつもりだったのかもしれない。
「輝舟も自主練?」
「う、うん。みんなの足を引っ張りたくはないから」
やっぱりそうだった。輝舟は少し落ち込んだ。
かなり気合を入れて早めに来たつもりだったのに、先輩にすべての先を越されてしまっていたのが悔しかったし、自分以外にも自主練を行うメンバーがいる想定も出来ていなかったことを突き付けられたように思ってしまったからだ。
落ち込んでいることに気が付いたのか、庄吏は輝舟に優しく笑いかけた。
「いい心がけだね。僕ら年長組が輝舟みたいに意欲的な姿勢でいれば、下の子たちはきっと安心してくれるよ、自信を持って」
「う、うん。ありがとう」
「いえいえ。あ、それと、来て早々悪いんだけど柔軟手伝ってくれない?良透の身体が硬くってさ、中々進まないんだよね」
「ごめーん、お願いできる?」
庄吏から背中を押されて柔軟をしていた良透が申し訳なさそうな声を上げる。顔を輝舟の方に向けないあたり、今でもかなりがんばっているほうらしい。
「大丈夫だけど……ちょっと待ってて、着替えとかしなくちゃいけないから」
「うん、大丈夫だよ。ゆっくり準備してきて」
「筋切らないようにねぇ」
「そこはまず良透が気にする所だよ。ほら頑張って」
「いっててててっ、少しは容赦してよ!」
――――――
Side-柚唯
(今日はヘアケア商品のモデル撮影だし……レッスンに合流したら、簪瑚に感想をねだられそうだな。情報解禁日まで待ってくれる子ではあるけど、大まかなことも口外するのは避けておきたいし……うーん、どうやって交わそうかな)
柚唯が溺愛してやまないメンバーである簪瑚が、チャームポイントの大きな瞳をきらきらさせてどんな仕事をこなしてきたのか聞いてくる姿がありありと思い浮かぶ。彼女とてプロだから本気で聞き出そうとはしないのだが、いかんせん柚唯は簪瑚に甘い。ポロっと情報を話しかけて簪瑚に止められるのは日常茶飯事だ。止めるなら聞いてくれるな、というのはマネージャーの談である。
「今日はこの後ライブに向けたレッスンがありますから、なるべく押さないように気を付けてくださいね」
「分かりました。木口さんはこれから樹里叶のほうに?」
「えぇ。こっちには橋口を残していきますから、何かあれば彼女の方に伝えてください」
「了解です」
じゃあ、といって駐車場に戻っていくマネージャーを見届けて、柚唯は撮影スタジオへと足を向けた。撮影にかかる準備はすべて終了している。下手にスタッフを待たせたくはなかった。
しばらくしないうちに、アシスタントだと紹介されたの若い男性が駆け寄ってきて、スタジオの方に誘導される。慣れた道だが、撮影に向かう時の独特の空気感は背筋が伸びた。
「笹平さん入られまーす!!」
「おはようございます!!!」
「おはようございます、笹平です。今日はよろしくお願いします」
子供のころから続けている仕事のことが、心から好きだったことは多分ない。でも、この仕事をやるためにO-KAWApromotionに入っていたから、Holiday Partyという大切でかけがえのないグループに加入することができたのだ。それに、この仕事があるから『笹平柚唯』という一人でいられている側面もあるから、最近ではグループ活動と同じくらいの熱量で1つ1つの現場をこなしていた。
「久しぶりだね笹平くん。君がアイドルになってからだとはじめてじゃないかな?君と一緒に仕事をするのは」
「お久し振りです、久川さん。そうですね、グループに入ったころは、この仕事を休止していましたから」
久しぶりに会った撮影監督にもにこやかに挨拶を返せば、監督もにこやかな笑顔を返してくれる。昏い話も多い業界だが、今のところそこまで悪いと感じる人に会ったことはない。きっとこれは幸運なことなんだろうと思いつつ、柚唯は気を引き締めなおして撮影に臨んだ。
――――
Side-樹里叶
「樹里叶さん出られます!おつかれさまでしたー!!」
「おつかれさまでした!!」
「お疲れ様です、お先に失礼します」
今日の撮影は、ファッション誌のモデルだった。少し先のシーズンの服を着られるのは楽しいし、自分の好きなコーディネートに出会えるとわくわくする。
だから、撮影が終わるのはいつも寂しい。撮影時間が押すと最悪次の現場に呼ばれなくなってしまうから、樹里叶自身が時間を延ばすような行為はしないのだけど。
けれど、今日は撮影が終わってからもあまり寂しい気持ちにならなかった。何故なら、今日はこのあとHoliday Partyのレッスンが入っているからだ。
Holiday Partyの仕事は、モデルの仕事と同じくらい楽しくて大切だ。樹里叶と同じくモデル業をしている柚唯はともかく、ほかの面々は樹里叶とは全く違う経歴を歩んできている。
現リーダーの庄吏は移籍先の候補生だったし、副リーダーの万努花や一期生最年少の誠は子役だ。二期生は養成所も活動前歴もない一般からの加入だし、三期は庄吏と同じく元候補生。四期に至っては他社からの移籍組だ。ここまで多種多様な経歴を持つメンバーと同じ仕事ができている今の環境は本当に面白くて刺激になる。
早くメンバーと合流したくて、樹里叶は車を回しに先んじて駐車場へと向かったマネージャーを待つ。その間に、少しでも曲のおさらいをしておこうと、樹里叶はお気に入りのワイヤレスイヤホンをカバンから引っ張り出した。
「樹里叶、両耳にイヤホンをつけるなと何度言えばわかるんですかあなたは」
「お、ぐっちー早いじゃん。なに、駐車場空いてた?」
「えぇ。元の終了時間より随分巻いて終わりましたからね、ほかの利用者さんが出てくる前に車をまわせたんです。ほら、早く乗ってください」
「はーい、ありがとうございます、お願いします」
「はい、お願いします」
乗り込んでシートベルトをつけたのを確認して、車はゆっくり動き出した。やっぱり、彼の運転は丁寧だ。車酔いの酷い最年少がいるからなのか、元の彼の技術なのかは分からないけれど、丁寧な男だから多分後者なのだと勝手に思っている。
「レッスン室へ行く前に、高校生組と柚唯を迎えに行きます」
「了解。ならどっちかの敷地で止まったタイミングで奥に移動するわ。……ん?虎音はどうするんだ?」
「虎音は放課後になってから迎えに行きます。まだ義務教育期間中ですからね、会社の方針ですよ。あなたもそうだったでしょう」
「あー、そうだった気もしなくもないな……了解。ならあまり詰めなくてもいいな。乗ってくるときに伝えるよ」
「ありがとうございます、助かります」
Holiday Partyに所属するメンバーのうち、高校生は5名。彼らが通う高校からレッスン室が入っている建物までは少し距離がある。彼らは気遣い屋だから、残り一人の最年少が乗ってくることを考えてなるべくスペースを作ろうとしかねない。これからたくさん動くのだし、無駄に詰めさせるよりは座席をゆったりとつかって体力を温存させておいたほうがいい。
柚唯はそのあたりをきちんと分かっているだろうが、情報共有は大切だ。柚唯が今日どのスタジオで仕事が入っているのかは把握していないが、迎えに行くとなればまぁそれなりにレッスン室から遠い場所なのだろう。
なんにせよ、もう1つの楽しい仕事はもう目の前まで迫ってきている。それなりに疲れを訴える頭を休めるように、樹里叶は静かに目を閉じた。
――――
Side-万努花
「藍なにしてるの!今日は木口さんが迎えに来るって言ってたんだから、掃除当番変わってあげてちゃダメでしょ!」
「ごめん……とても困ってたから、無視するわけにもいかなくて……」
「人がいいのは藍のいいところだけど、私たちだってプロなのよ?スケジュールによっては断ることも覚えなきゃ。グループで動く以上、不利益を被るのはあなただけじゃないのよ」
「肝に銘じます……」
(簪瑚、今日はやけに焦ってるわね……しゃーない、押してるから駐車場に行くの遅れるかもって連絡しておくか)
移籍が決まって、移籍先恒例のコンサートに出演するためのレッスンが控えているにも関わらず、我らがHoliday Partyのセンターである猪狩 藍が掃除当番を変わってあげてしまったらしい。
全員揃うレッスン日だけは絶対に残れないからね、と言い含めていたのにこれである。まぁ、藍の心根の優しさに付け込んだクラスメイトには後日きっちりお礼をしてもらうつもりではあるけれども。
「簪瑚、気持ちはわかるけどなっちゃったもんはしょうがないんだからそれくらいにしておいて手を動かして。じゃないともっと遅れるわ」
「分かってる!やってるもん!……あ、まって、那金と誠も待ってるんじゃない?やば、なおさら急がなきゃ」
「うん。じゃ、藍はこのゴミ袋出してきて。で、一年棟に誠がのこってたら三年組はちょっと遅れるかもって伝えてきて。ほら、行った!」
「わ、分かった!」
まとめ終わったゴミ袋を指して指示を出せば、藍は慣れた手つきでそれを持ち上げて教室を出て行った。
「流石美化委員、動きが早い」
「本当だねぇ。……もー、遅れちゃダメなのに、本っ当に許せないあの子」
「藍にこれ以上当たらないでね」
「分かってるよ。藍に掃除当番押し付けた子に怒ってるの私は!もう、先生に言いつけていいものなのかな」
「いいんじゃない?誇張するのだけやらなければ。簪瑚は愛嬌の天才だし、きっと事を荒立てずになんとかなりそうね」
「うーん、褒められてるのか褒められてないのか分からないな……」
「褒めてるわよ、さすがにね」
――――
Side-藍
ごめん藍君、どうしても体調が悪くて辛いから、掃除当番今日だけかわってくれない?今日はゴミも少なくてすぐ終わると思うから、お願い!
そう言われて、断る間もなく帰ってしまったクラスメイトの代わりの掃除当番をこなしていたら、同期兼同級生の簪瑚に叱られてしまった。
「ゴミが少ないって言ってたけど、この量は多いって……やっぱり、やりたくないからって嘘を吐かれたのかなぁ。そんな人には思えないんだけど……」
「なぁにぼーっとぼやいてんの、階段踏み外すよ」
「え?って、わっ、うわぁ!」
残り二段。比較的段差の低い階段ではあるけれど、段差は段差だ。思いっきり足を踏み外し、体が後ろにのけぞって、そのままずるりと滑り落ちた。したたかに打った背中と、段を踏み外して二段分滑った足の裏がじんじんと痛む。
「ほら、言わんこっちゃない」
「いっててて……あ、那金。ちょうどよかった、あのね」
「掃除当番なんでしょ?見たら分かるよ。超特急で済ませれば間に合うかもしれないし、無駄足踏んでないで早く行ってきて」
「えっ、あ、分かった!」
階段を滑り落ちた先には、呆れ顔の那金がいた。藍が現在の事情を説明しようとすれば、彼女はすべてわかっているという顔をしてひらひらと片手を振る。
確かに、とにかく早くに終わらせるのが重要だ。
何か盛大に勘違いされているような気もするけれど、那金にはまた改めて謝罪しようと誓って、藍は一年棟とゴミ捨て場への最短ルートにある残りの階段を駆け下りた。
――――
Side-簪瑚
「教室の方は終わったし、藍の分まで荷物を纏めておきましょうか」
「おっけー。ふぅ……時間、結構巻けたね」
「普段一人でする作業を三人で分担したからね。……あ、そうだ。簪瑚は先に那金と誠を回収して駐車場に行っておいてくれない?藍が戻ってきてから全員で動き出すより、そっちの方が効率いいから」
「はーい、了解」
藍にゴミ出しを頼んでからそう経たないうちに、教室内の掃除がすべておわった。藍のクラスは綺麗好きが多いのか、そこまで汚れていなかったからだ。
これが簪瑚のクラスになると、どこかしらにペンやインクなどなにかしらの汚れが付着しているのだから、不思議なものである。
元々、すぐに出られるように自分の荷物は纏めておいたから、あとは教室をでて那金と誠を迎えに行けばいい。
もしかしたら、誠を迎えに行く途中で藍に出会うかもしれないから、その時にもう教室の掃除は終わったことと、万努花が待っているから早めに戻って駐車場に来るように伝えればいい。
「じゃあ、先行くね。藍に会ったら、なるはやで戻ってくるよう伝えるよ」
「あんまり急かす様なこと言わなくていいよ。急がせたらあの子最悪ケガするもん。今センターに怪我されるのは困るし、ね?」
「それもそっか。じゃあ怪我しないように早く行け~って伝えとくよ。じゃね、また車で」
「うん、また後で」
ひらひらと手を振る万努花に、簪瑚も手を振り返す。教室をでて最初に向かうのは、二年棟だ。
Holiday Partyに所属しているメンバーのうち、高校生は五人。うち三人は簪瑚を含めた三年生で、残り二人はそれぞれ二年生の宮崎那金、一年生の福沢誠となる。
二人とも、簪瑚よりはるかに長いキャリアを積みあげてきたベテランだ。那金は事務所移籍組だし、誠は大御所俳優の一人息子として育ち、赤ちゃんモデルから子役の道を切り開いた芸能界のサラブレッドというやつだ。
誠は幼い頃から芸能界にいるのに変に拗れてなくて、まっすぐ純粋なところがあるかわいい年下なのである。
「あ、那金ー!」
そんな風に考えていると、三年棟と二年棟の間で待ちぼうけている那金が視界に入った。校則どおりのスカート丈に、きっちりブレザーを着込んでいるのに髪色は少し明るくて奇抜だから分かりやすい。
名前を呼べば、下を向いて渡り廊下の何かを観察していたらしい彼女はむくっと顔を上げて、ゆらゆらと手を振った。そういえば、筋肉痛であんまり腕を上げたくないんだったっけ。
「……簪瑚じゃん、早かったね。さっき藍とすれ違ったけど、藍って今日掃除当番だったんでしょ?行ってくれたら手伝いに行ったのに」
「あー、違くて。藍、クラスメイトに掃除当番押し付けられたみたいでね。あの子、優しすぎる子だから上手く断り切れなかったみたいで」
「あね、なるほど。藍らしいね」
合流してから、少し早歩きで廊下を進んで階段を降りる。その間にどうして三年組が遅れているのかの事情を話せば、那金はそういうことかと早々に納得していた。理解が早くて大変助かる。
「そういえば、簪瑚が来たってことはもう駐車場行くんだよね?掃除は終わったの?」
「うん、終わってるよ。入れ違いになっちゃうとまずいから、万努花が教室で藍の事待ってて、私が那金と誠を先に回収して駐車場に先に行っておこうってことになったんだ。そっちのほうが手間かからないし、時間も巻けそうってことで」
「そういうことなのね。個々の性格を伸ばして活かす方針のオーカワなら、そういう事情で学生が遅れてもあんまり怒られなさそうだけど……違うの?」
「違うんだなぁ、これが。……あ、誠!ストップ!」
「えっ!?」
一年棟に入り、誠が待っているであろう一年棟芸能コースの教室へ向かおうとしたまさにその時だった。そわそわとした様子の誠が一年棟から駐車場やゴミ捨て場がある外へ向かおうとしていたのだ。さすがに先に行かせて一人で待たせる訳にもいかなくて慌てて呼び止めると、誠は猫のようにびくりと体を跳ね上げて、次いで声をした方を振り向いた。呼び止めてきたのがメンバーだと分かったとたん、誠はほっとしたように深く息をついた。
「って、なんだぁ、簪瑚と那金じゃない。二人とも遅いよ~」
「ごめんね、ちょっとイレギュラーが起きちゃって」
「藍が掃除当番変わってあげたんでしょ?とっても申し訳なさそうにしてて可哀想だったよ。芸能コースの人間なら、みんな放課後に何かしら用事があるんだから無理に代わってって言う必要ないのにね」
「一年でもわかってんのにほんっとあいつ絶対許さないんだから。……とりあえず、私と那金と誠は先に駐車場に降りておくよ。万努花と藍は後からちゃんと来るから心配しないでね。じゃ、行きましょうか」
「はーい」
――――
Side-那金
「遅れるかもしれないと連絡がきたときはどうなるかと思いましたよ。間に合ってくれてよかったです。藍くんは以後気を付けてくださいね、本格的に活動を再開した後に同じようなトラブルが起こったら、グループ全体に影響しますから」
「はい、以後気を付けます……」
「まぁまぁ、藍も反省してるし、これ以上の小言は辞めてやってくれよグッチー。萎縮はパフォーマンス低下の原因にもなるしさ」
簪瑚が迎えにきて、三人で駐車場に降りてすぐ、木口さんが運転する迎えの車が入ってきた。直前にゴミ捨て場からダッシュで出てきた藍には簪瑚からなにか言伝があったみたいだけど、さすがにその内容までは聞き取れなかった。簪瑚と藍は同級生名だけじゃなく、Holiday Partyへの加入同期でもあるから、なんだか特別な絆があるように見える。
那金は以前所属していた事務所、オーロラエンターテイメントがマネジメント業務を終了することをきっかけにO-KAWApromotionに移籍している。HolidayPartyの加入同期である輝舟は前の事務所との契約が終了することがきっかけでO-KAWApromotionに入所しているから、なんとなく話が合わない部分も多く、深いところで理解しあえていない気がしていた。
だからこそ、グループでは先輩となる彼らの関係を羨ましく思ってしまうこともあった。
(ま、私たち四期は加入して半年も経ってないし、しょうがないところではあるんだけどね)
なんて、心の中でひとりごちる。自嘲的な感情はやはりどうしたって湧いて出てしまうものだが、アイドルという人前に立つ仕事に就いている以上、ネガティヴな感情を表に出す行為は避けなければならない。後ろ暗い気持ちを抱いていることを誰にも気が付かれないように、那金は下がり気味になっていた口角をすこしだけ引き上げた。
(しっかりしなさい、宮崎 那金。私は今アイドルなの。大手事務所に所属する、アイドルグループの一員……私の表情一つで、メンバーの足を引っ張ることだってあるんだから)
那金はアイドルを志してこの業界に入ったわけではない。けれど、ラジオMCなど対談形式の仕事を貰うことが多かったから、アイドルと接する機会もまた多かった。少し疲れて無表情になってしまったその一瞬を抜き出されて不仲説が噴出し、結果人気を失い解散してきたグループもあった。
(HolidayPartyに、そんな道は歩ませない。絶対今より売れて、もっとたくさんの人を元気に、笑顔にするアイドルになるんだから。クヨクヨしてる暇なんて、私達にはもうないのよ」
――――
Side-誠
「では、本日のレッスン内容を説明します」
Holiday Part専用のレッスン室に到着して、準備体操と声出しを終わらせて、いよいよレッスンが始まろうかとしていた。
レッスンの流れを説明しているのは、PROJECT_party-partyから六学年アイドル制度『AURA』への移籍が決まった時にHoliday Party担当になったマネージャーの橋口衣奈で、その後ろではHoliday Partyを結成当初から支えているチーフマネージャーの木口理央が控えている。
移籍して最初に立つコンサート『入学式』に向けてのレッスンが始まってからよく見るようになった前方の光景だ。樹里叶や柚唯が外仕事でどうしてもレッスンに参加できないときは木口もいないことが多いのだけれど、基本的には二人そろってレッスンを見守ってくれている。
「……そして、今日は平日なので、虎音ちゃんが夕方からの合流になります。虎音ちゃんが合流する前にセトリを通す流れになった場合は、被せ用の音源を流す形で対応するので、今日のレッスンでは不在メンバーのパートをカバーしないようお願いします。以上説明でした、何か気になる点はありますか?」
「ありません」
「私もないです」
「はい、ありがとうございます。では、最初のボーカルレッスンが始まるまでは水分補給を含めて10分間休憩してください。今日もよろしくおねがいします」
『お願いします!』
一通りのレッスン内容説明が終わったあと、つかの間の休憩に入る。Holiday Partyにはやる気に満ち溢れたメンバーが多く在籍しており、休憩時間が中々少ない。Holiday Partyに入ってからアイドル活動を始めた誠はこれが通常だとおもっていたけれど、加入前は六学年アイドル制度『AURA』の候補生としてトレーニングを積んでいた庄吏曰く、ここまでストップがかからないレッスンは珍しいとのことだった。
元々体力のない誠にはなかなかの苦行だったものの、三年も続けていれば流石に慣れても来るものだ。夕方にはなくなっていそうな、まだ重たい一リットル水筒を傾けながら、先ほど説明されたスケジュールを反芻する。
(ボーカルレッスンの後、少し休憩を挟んでダンスレッスン。虎ちゃんが合流するかしないかくらいで、今度のライブのセトリの通し……だったよね。虎ちゃんは合流前にちょっとウォーミングアップするのかな?急に動くと怪我しちゃうから、急ぎすぎなくていいんだよーって伝えておかないとな。元々候補生だったし、その辺は僕よりも分かっていそうではあるけど……)
三期生である虎音が加入してくるまで、誠はHoliday Partyの最年少だった。最年少時代にメンバーから気遣われた事を虎音にもやってあげたくて、虎音が学業関連で遅れたり欠席することがあれば、少しでも追いつきやすくなるようにまとめたメモを送ったりもしている。中学生から活動しているメンバーは多数いるけれど、当時の苦労を骨身に刻み込んでいるのは、現時点では誠だけだ。活動に関わらない学業面でサポートできる範囲は、なるべくカバーしてあげたかった。
「とりあえず、ボーカルレッスンには間に合わないだろうし、ユニゾンの注意点とか纏めておこう。僕も復習できるしね」
――――
Side-虎音
ホームルームが終わり、クラスの空気が緩んだタイミングで、虎音は急いで教室から飛び出して裏門へと向かう。
O-KAWApromotionに入所し、候補生から数えて活動四年目となる今年は、六学年アイドル制度『AURA』の候補生に選抜された三年前以上に環境が大きく変化していた。
まず大きいのが、グループのプロジェクト移籍だ。Holiday PartyはPROJECT_party-partyの立ち上げと共に結成されたグループだが、プロジェクトの運営改変により、四月から六学年アイドル制度『AURA』に移籍することになったのだ。
そしてもう一つの変化。それは、受験生になったことである。
虎音が現在通っている中学校は公立校で、今まで入学試験を受けた経験がない。一応、進学先は事務所が提携している高校に決まっているのだが、入学後のクラス分けのために入学試験を受けることになっている。点数が既定の点数に届かなければ、いくら提携校と言っても容赦なく落とされるそうなので、きちんと勉強してなるべくいい点数を取らなければならないのだ。
今のところ学業面で困ったところはないのだが、 いかんせん学年制はPROJECT_Party-Partyに比べると稼働率が高く、活動と並行しながらどれだけ勉強に力を入れられるかが不透明なのだ。
やるしかない。のだが、見通しが立て辛く体力の配分が難しい。
それが、現在虎音の悩みの種だった。
(学業も芸能も、どっちもおろそかにしない……それがお父さんとの約束だし、未来ちゃんとの約束でもある。挫けないよう、頑張らないと)
駐車場に駆け込めば、見慣れたナンバーの車が止まっている。運転席には、虎音がHoliday Partyに加入した時からよくしてくれているマネージャーが座っていた。
「すみません、遅くなりました……」
「いや、大丈夫ですよ。むしろ、想定よりとても速かったくらいです。飲み物は持っていますか?」
「大丈夫です、持ってます」
「ならよかった。ひとまず水分を摂って、息を整えてくださいね」
「はい」
後部座席に滑り込めば、マネージャーの木口は優しい笑顔を浮かべて虎音を迎え入れてくれた。スクールバックから水筒を取り出して飲み、走ったために乾いた喉を潤す。
体力は同年代の中ではあるほうだ。早くに息が収まったのを確認して、木口は車を発進させた。もちろん、虎音がきちんとシートベルトをつけたことを確認して。
「レッスンは途中合流になりますが、前回から新しい要素は増えていません。虎音はまず別室で準備体操と声出しをしてから、レッスン室に入ってください」
「分かりました」
「それから、新曲の音杷のパートですが、いくつか虎音に担当してもらうことになりました。少しキーが低いですが、虎音なら大丈夫でしょう。歌詞割はまた到着してから渡しますから、目を通しておいてください」
「了解です」
パートが、増えた。じくじく痛む胸を必死で無視しながら、虎音は何ともないような顔を務めて作って返事を返した。
そうだ。移籍も受験も凌駕するような変化が、虎音の周りでは起きているのだった。
移籍に伴い、使用できるレッスン室の場所も変わった。本来なら十二人で使うはずのレッスン室に慣れるには、まだ時間がかかりそうだ。うっすら残る冷たい空気に身震いをして、Holiday Partyのリーダー、黒巻庄吏はやっと位置を覚えた電気スイッチを押した。
まだ、メンバーは揃っていない。高校どころか、中学校すら卒業していないメンバーがいる以上、平日の朝から全員そろってレッスンを始めるのはなかなか難しい。それでも、昼を過ぎれば全員揃うのだ。それまでに、新しい振りやポジションを頭に叩き込まなくてはならない。移籍後初のステージまで、残り数週間を切っているのだから。
「おはようございます……あれ、庄吏もう来てたの?随分早いね」
「あぁ、おはよう良透。そんなに早くもないよ、僕もさっきついたばかりだからね」
荷物を降ろして、ストレッチのためにヨガマットを準備し始めたころ、もう一人メンバーがやってきた。最年長組の一人、二束良透である。
「そうなんだ。ぼくは振りの確認の為に早く来たんだけど、庄吏はなにするの?」
「振りの確認と、全体のフォーメーションを完璧に頭に入れておきたくて。学生組はもちろんだけど、柚唯と樹里叶はモデルの仕事があるし、輝舟は経験者だけどホリパに入ってからの日も浅くてグループとして動くことに慣れていないだろうから、なるべくフォローに入れるようにしておきたくてね」
リーダーを引き継いだときから、ずっと頭の中においていた考えだ。
Holiday Partyは、事務所の中で最も人数の多いグループだ。結成して三年経つとはいえ、AURAとは違う形態の大所帯グループのサポートに四苦八苦しているスタッフは多くいる。
グループに一番長くいて、最年長かつリーダーを任された庄吏だからこそできるサポートを行うことで、若いメンバーが多いHolidayPartyをより活動しやすいグループにしたいのだ。
「流石リーダー。ぼくにもそのフォロー、手伝わせてよ」
「ありがとう、助かるよ。じゃあ、まずはストレッチから一緒にやろう。良透は体が硬くて柔軟も大変だろうしね」
「超助かる~流石リーダ~」
「おだてても何もださないよ」
「ちぇ、ケチ」
「ケチで結構」
――――――
Side-輝舟
レッスンは昼からだが、まだまだ詰め切れていないところがたくさんある。学業に励む年少者たちの足を引っ張らないためにも自主練はかかせない。
そう考えた山村輝舟は、まだ時間には早いがHoliday Party専用のレッスン室へと足を向けていた。
前事務所に所属していたころ、輝舟は殆どの時間をソロアイドルとして過ごしていた。“大人”の都合でスケジュールが決まっていたから、誰かと合わせて動くのは研修生時代の経験しかない。
そして、当時と圧倒的に違うのは、自身がグループの中でも年長者の類に入る点だ。
O-KAWApromotionでも同じことだが、アイドルグループの研修生への加入は十代前半の年頃であることが多い。輝舟も当然のように、中学生で研修生になっていた。
研修生として加入したグループに正規メンバーとして昇格することなくソロデビューし、結果が奮わず契約終了。当時はまだ十七歳だった。
到底やりきったと言い難かったし、もっとアイドルとして活動していたかった輝舟は、実力があることを示すためにスカウトを待つことなくO-KAWApromotionのオーディションを受け、結果ソロアイドルの経歴を買われてHoliday Partyに加入することになった。
一度手元から離れながらも、もう一度掴めたチャンスだ。ふいにしたくはない。
(力みすぎたら、それはそれでいけないことなんだけど……やっぱり、どうしても体が硬くなっちゃうな。練習前からプレッシャーに負けてたら、どうにもならないのにね)
自嘲気味な思考が過る。ソロアイドルとしての実績は確実に積んできたけれど、大人数で活動していくことに対する自信を持ち切れていなかったのだ。環境が変わるとは、それだけ大きな事なのである。
「ダメダメ、こんな後ろ向きな姿勢でいたら、それがパフォーマンスにも出ちゃうんだから。みんなの足を引っ張らないよう頑張らないと」
人前に出る職業柄、顔も商品の1つだ。腫らさない程度の力加減で、輝舟は自身の頬をパンっと叩いた。
「よし……おはようございます!……って、あれ?庄吏くんと良透くん?」
「おはよう輝舟。早かったね」
レッスン室の扉を開けてすぐ輝舟の目に入ってきたのは、柔軟の姿勢で固まっている最年長組でリーダーの庄吏と、二期生の良透だった。Holiday Partyの中でもしっかり者である二人もことだ。レッスン開始前に自主練をするつもりだったのかもしれない。
「輝舟も自主練?」
「う、うん。みんなの足を引っ張りたくはないから」
やっぱりそうだった。輝舟は少し落ち込んだ。
かなり気合を入れて早めに来たつもりだったのに、先輩にすべての先を越されてしまっていたのが悔しかったし、自分以外にも自主練を行うメンバーがいる想定も出来ていなかったことを突き付けられたように思ってしまったからだ。
落ち込んでいることに気が付いたのか、庄吏は輝舟に優しく笑いかけた。
「いい心がけだね。僕ら年長組が輝舟みたいに意欲的な姿勢でいれば、下の子たちはきっと安心してくれるよ、自信を持って」
「う、うん。ありがとう」
「いえいえ。あ、それと、来て早々悪いんだけど柔軟手伝ってくれない?良透の身体が硬くってさ、中々進まないんだよね」
「ごめーん、お願いできる?」
庄吏から背中を押されて柔軟をしていた良透が申し訳なさそうな声を上げる。顔を輝舟の方に向けないあたり、今でもかなりがんばっているほうらしい。
「大丈夫だけど……ちょっと待ってて、着替えとかしなくちゃいけないから」
「うん、大丈夫だよ。ゆっくり準備してきて」
「筋切らないようにねぇ」
「そこはまず良透が気にする所だよ。ほら頑張って」
「いっててててっ、少しは容赦してよ!」
――――――
Side-柚唯
(今日はヘアケア商品のモデル撮影だし……レッスンに合流したら、簪瑚に感想をねだられそうだな。情報解禁日まで待ってくれる子ではあるけど、大まかなことも口外するのは避けておきたいし……うーん、どうやって交わそうかな)
柚唯が溺愛してやまないメンバーである簪瑚が、チャームポイントの大きな瞳をきらきらさせてどんな仕事をこなしてきたのか聞いてくる姿がありありと思い浮かぶ。彼女とてプロだから本気で聞き出そうとはしないのだが、いかんせん柚唯は簪瑚に甘い。ポロっと情報を話しかけて簪瑚に止められるのは日常茶飯事だ。止めるなら聞いてくれるな、というのはマネージャーの談である。
「今日はこの後ライブに向けたレッスンがありますから、なるべく押さないように気を付けてくださいね」
「分かりました。木口さんはこれから樹里叶のほうに?」
「えぇ。こっちには橋口を残していきますから、何かあれば彼女の方に伝えてください」
「了解です」
じゃあ、といって駐車場に戻っていくマネージャーを見届けて、柚唯は撮影スタジオへと足を向けた。撮影にかかる準備はすべて終了している。下手にスタッフを待たせたくはなかった。
しばらくしないうちに、アシスタントだと紹介されたの若い男性が駆け寄ってきて、スタジオの方に誘導される。慣れた道だが、撮影に向かう時の独特の空気感は背筋が伸びた。
「笹平さん入られまーす!!」
「おはようございます!!!」
「おはようございます、笹平です。今日はよろしくお願いします」
子供のころから続けている仕事のことが、心から好きだったことは多分ない。でも、この仕事をやるためにO-KAWApromotionに入っていたから、Holiday Partyという大切でかけがえのないグループに加入することができたのだ。それに、この仕事があるから『笹平柚唯』という一人でいられている側面もあるから、最近ではグループ活動と同じくらいの熱量で1つ1つの現場をこなしていた。
「久しぶりだね笹平くん。君がアイドルになってからだとはじめてじゃないかな?君と一緒に仕事をするのは」
「お久し振りです、久川さん。そうですね、グループに入ったころは、この仕事を休止していましたから」
久しぶりに会った撮影監督にもにこやかに挨拶を返せば、監督もにこやかな笑顔を返してくれる。昏い話も多い業界だが、今のところそこまで悪いと感じる人に会ったことはない。きっとこれは幸運なことなんだろうと思いつつ、柚唯は気を引き締めなおして撮影に臨んだ。
――――
Side-樹里叶
「樹里叶さん出られます!おつかれさまでしたー!!」
「おつかれさまでした!!」
「お疲れ様です、お先に失礼します」
今日の撮影は、ファッション誌のモデルだった。少し先のシーズンの服を着られるのは楽しいし、自分の好きなコーディネートに出会えるとわくわくする。
だから、撮影が終わるのはいつも寂しい。撮影時間が押すと最悪次の現場に呼ばれなくなってしまうから、樹里叶自身が時間を延ばすような行為はしないのだけど。
けれど、今日は撮影が終わってからもあまり寂しい気持ちにならなかった。何故なら、今日はこのあとHoliday Partyのレッスンが入っているからだ。
Holiday Partyの仕事は、モデルの仕事と同じくらい楽しくて大切だ。樹里叶と同じくモデル業をしている柚唯はともかく、ほかの面々は樹里叶とは全く違う経歴を歩んできている。
現リーダーの庄吏は移籍先の候補生だったし、副リーダーの万努花や一期生最年少の誠は子役だ。二期生は養成所も活動前歴もない一般からの加入だし、三期は庄吏と同じく元候補生。四期に至っては他社からの移籍組だ。ここまで多種多様な経歴を持つメンバーと同じ仕事ができている今の環境は本当に面白くて刺激になる。
早くメンバーと合流したくて、樹里叶は車を回しに先んじて駐車場へと向かったマネージャーを待つ。その間に、少しでも曲のおさらいをしておこうと、樹里叶はお気に入りのワイヤレスイヤホンをカバンから引っ張り出した。
「樹里叶、両耳にイヤホンをつけるなと何度言えばわかるんですかあなたは」
「お、ぐっちー早いじゃん。なに、駐車場空いてた?」
「えぇ。元の終了時間より随分巻いて終わりましたからね、ほかの利用者さんが出てくる前に車をまわせたんです。ほら、早く乗ってください」
「はーい、ありがとうございます、お願いします」
「はい、お願いします」
乗り込んでシートベルトをつけたのを確認して、車はゆっくり動き出した。やっぱり、彼の運転は丁寧だ。車酔いの酷い最年少がいるからなのか、元の彼の技術なのかは分からないけれど、丁寧な男だから多分後者なのだと勝手に思っている。
「レッスン室へ行く前に、高校生組と柚唯を迎えに行きます」
「了解。ならどっちかの敷地で止まったタイミングで奥に移動するわ。……ん?虎音はどうするんだ?」
「虎音は放課後になってから迎えに行きます。まだ義務教育期間中ですからね、会社の方針ですよ。あなたもそうだったでしょう」
「あー、そうだった気もしなくもないな……了解。ならあまり詰めなくてもいいな。乗ってくるときに伝えるよ」
「ありがとうございます、助かります」
Holiday Partyに所属するメンバーのうち、高校生は5名。彼らが通う高校からレッスン室が入っている建物までは少し距離がある。彼らは気遣い屋だから、残り一人の最年少が乗ってくることを考えてなるべくスペースを作ろうとしかねない。これからたくさん動くのだし、無駄に詰めさせるよりは座席をゆったりとつかって体力を温存させておいたほうがいい。
柚唯はそのあたりをきちんと分かっているだろうが、情報共有は大切だ。柚唯が今日どのスタジオで仕事が入っているのかは把握していないが、迎えに行くとなればまぁそれなりにレッスン室から遠い場所なのだろう。
なんにせよ、もう1つの楽しい仕事はもう目の前まで迫ってきている。それなりに疲れを訴える頭を休めるように、樹里叶は静かに目を閉じた。
――――
Side-万努花
「藍なにしてるの!今日は木口さんが迎えに来るって言ってたんだから、掃除当番変わってあげてちゃダメでしょ!」
「ごめん……とても困ってたから、無視するわけにもいかなくて……」
「人がいいのは藍のいいところだけど、私たちだってプロなのよ?スケジュールによっては断ることも覚えなきゃ。グループで動く以上、不利益を被るのはあなただけじゃないのよ」
「肝に銘じます……」
(簪瑚、今日はやけに焦ってるわね……しゃーない、押してるから駐車場に行くの遅れるかもって連絡しておくか)
移籍が決まって、移籍先恒例のコンサートに出演するためのレッスンが控えているにも関わらず、我らがHoliday Partyのセンターである猪狩 藍が掃除当番を変わってあげてしまったらしい。
全員揃うレッスン日だけは絶対に残れないからね、と言い含めていたのにこれである。まぁ、藍の心根の優しさに付け込んだクラスメイトには後日きっちりお礼をしてもらうつもりではあるけれども。
「簪瑚、気持ちはわかるけどなっちゃったもんはしょうがないんだからそれくらいにしておいて手を動かして。じゃないともっと遅れるわ」
「分かってる!やってるもん!……あ、まって、那金と誠も待ってるんじゃない?やば、なおさら急がなきゃ」
「うん。じゃ、藍はこのゴミ袋出してきて。で、一年棟に誠がのこってたら三年組はちょっと遅れるかもって伝えてきて。ほら、行った!」
「わ、分かった!」
まとめ終わったゴミ袋を指して指示を出せば、藍は慣れた手つきでそれを持ち上げて教室を出て行った。
「流石美化委員、動きが早い」
「本当だねぇ。……もー、遅れちゃダメなのに、本っ当に許せないあの子」
「藍にこれ以上当たらないでね」
「分かってるよ。藍に掃除当番押し付けた子に怒ってるの私は!もう、先生に言いつけていいものなのかな」
「いいんじゃない?誇張するのだけやらなければ。簪瑚は愛嬌の天才だし、きっと事を荒立てずになんとかなりそうね」
「うーん、褒められてるのか褒められてないのか分からないな……」
「褒めてるわよ、さすがにね」
――――
Side-藍
ごめん藍君、どうしても体調が悪くて辛いから、掃除当番今日だけかわってくれない?今日はゴミも少なくてすぐ終わると思うから、お願い!
そう言われて、断る間もなく帰ってしまったクラスメイトの代わりの掃除当番をこなしていたら、同期兼同級生の簪瑚に叱られてしまった。
「ゴミが少ないって言ってたけど、この量は多いって……やっぱり、やりたくないからって嘘を吐かれたのかなぁ。そんな人には思えないんだけど……」
「なぁにぼーっとぼやいてんの、階段踏み外すよ」
「え?って、わっ、うわぁ!」
残り二段。比較的段差の低い階段ではあるけれど、段差は段差だ。思いっきり足を踏み外し、体が後ろにのけぞって、そのままずるりと滑り落ちた。したたかに打った背中と、段を踏み外して二段分滑った足の裏がじんじんと痛む。
「ほら、言わんこっちゃない」
「いっててて……あ、那金。ちょうどよかった、あのね」
「掃除当番なんでしょ?見たら分かるよ。超特急で済ませれば間に合うかもしれないし、無駄足踏んでないで早く行ってきて」
「えっ、あ、分かった!」
階段を滑り落ちた先には、呆れ顔の那金がいた。藍が現在の事情を説明しようとすれば、彼女はすべてわかっているという顔をしてひらひらと片手を振る。
確かに、とにかく早くに終わらせるのが重要だ。
何か盛大に勘違いされているような気もするけれど、那金にはまた改めて謝罪しようと誓って、藍は一年棟とゴミ捨て場への最短ルートにある残りの階段を駆け下りた。
――――
Side-簪瑚
「教室の方は終わったし、藍の分まで荷物を纏めておきましょうか」
「おっけー。ふぅ……時間、結構巻けたね」
「普段一人でする作業を三人で分担したからね。……あ、そうだ。簪瑚は先に那金と誠を回収して駐車場に行っておいてくれない?藍が戻ってきてから全員で動き出すより、そっちの方が効率いいから」
「はーい、了解」
藍にゴミ出しを頼んでからそう経たないうちに、教室内の掃除がすべておわった。藍のクラスは綺麗好きが多いのか、そこまで汚れていなかったからだ。
これが簪瑚のクラスになると、どこかしらにペンやインクなどなにかしらの汚れが付着しているのだから、不思議なものである。
元々、すぐに出られるように自分の荷物は纏めておいたから、あとは教室をでて那金と誠を迎えに行けばいい。
もしかしたら、誠を迎えに行く途中で藍に出会うかもしれないから、その時にもう教室の掃除は終わったことと、万努花が待っているから早めに戻って駐車場に来るように伝えればいい。
「じゃあ、先行くね。藍に会ったら、なるはやで戻ってくるよう伝えるよ」
「あんまり急かす様なこと言わなくていいよ。急がせたらあの子最悪ケガするもん。今センターに怪我されるのは困るし、ね?」
「それもそっか。じゃあ怪我しないように早く行け~って伝えとくよ。じゃね、また車で」
「うん、また後で」
ひらひらと手を振る万努花に、簪瑚も手を振り返す。教室をでて最初に向かうのは、二年棟だ。
Holiday Partyに所属しているメンバーのうち、高校生は五人。うち三人は簪瑚を含めた三年生で、残り二人はそれぞれ二年生の宮崎那金、一年生の福沢誠となる。
二人とも、簪瑚よりはるかに長いキャリアを積みあげてきたベテランだ。那金は事務所移籍組だし、誠は大御所俳優の一人息子として育ち、赤ちゃんモデルから子役の道を切り開いた芸能界のサラブレッドというやつだ。
誠は幼い頃から芸能界にいるのに変に拗れてなくて、まっすぐ純粋なところがあるかわいい年下なのである。
「あ、那金ー!」
そんな風に考えていると、三年棟と二年棟の間で待ちぼうけている那金が視界に入った。校則どおりのスカート丈に、きっちりブレザーを着込んでいるのに髪色は少し明るくて奇抜だから分かりやすい。
名前を呼べば、下を向いて渡り廊下の何かを観察していたらしい彼女はむくっと顔を上げて、ゆらゆらと手を振った。そういえば、筋肉痛であんまり腕を上げたくないんだったっけ。
「……簪瑚じゃん、早かったね。さっき藍とすれ違ったけど、藍って今日掃除当番だったんでしょ?行ってくれたら手伝いに行ったのに」
「あー、違くて。藍、クラスメイトに掃除当番押し付けられたみたいでね。あの子、優しすぎる子だから上手く断り切れなかったみたいで」
「あね、なるほど。藍らしいね」
合流してから、少し早歩きで廊下を進んで階段を降りる。その間にどうして三年組が遅れているのかの事情を話せば、那金はそういうことかと早々に納得していた。理解が早くて大変助かる。
「そういえば、簪瑚が来たってことはもう駐車場行くんだよね?掃除は終わったの?」
「うん、終わってるよ。入れ違いになっちゃうとまずいから、万努花が教室で藍の事待ってて、私が那金と誠を先に回収して駐車場に先に行っておこうってことになったんだ。そっちのほうが手間かからないし、時間も巻けそうってことで」
「そういうことなのね。個々の性格を伸ばして活かす方針のオーカワなら、そういう事情で学生が遅れてもあんまり怒られなさそうだけど……違うの?」
「違うんだなぁ、これが。……あ、誠!ストップ!」
「えっ!?」
一年棟に入り、誠が待っているであろう一年棟芸能コースの教室へ向かおうとしたまさにその時だった。そわそわとした様子の誠が一年棟から駐車場やゴミ捨て場がある外へ向かおうとしていたのだ。さすがに先に行かせて一人で待たせる訳にもいかなくて慌てて呼び止めると、誠は猫のようにびくりと体を跳ね上げて、次いで声をした方を振り向いた。呼び止めてきたのがメンバーだと分かったとたん、誠はほっとしたように深く息をついた。
「って、なんだぁ、簪瑚と那金じゃない。二人とも遅いよ~」
「ごめんね、ちょっとイレギュラーが起きちゃって」
「藍が掃除当番変わってあげたんでしょ?とっても申し訳なさそうにしてて可哀想だったよ。芸能コースの人間なら、みんな放課後に何かしら用事があるんだから無理に代わってって言う必要ないのにね」
「一年でもわかってんのにほんっとあいつ絶対許さないんだから。……とりあえず、私と那金と誠は先に駐車場に降りておくよ。万努花と藍は後からちゃんと来るから心配しないでね。じゃ、行きましょうか」
「はーい」
――――
Side-那金
「遅れるかもしれないと連絡がきたときはどうなるかと思いましたよ。間に合ってくれてよかったです。藍くんは以後気を付けてくださいね、本格的に活動を再開した後に同じようなトラブルが起こったら、グループ全体に影響しますから」
「はい、以後気を付けます……」
「まぁまぁ、藍も反省してるし、これ以上の小言は辞めてやってくれよグッチー。萎縮はパフォーマンス低下の原因にもなるしさ」
簪瑚が迎えにきて、三人で駐車場に降りてすぐ、木口さんが運転する迎えの車が入ってきた。直前にゴミ捨て場からダッシュで出てきた藍には簪瑚からなにか言伝があったみたいだけど、さすがにその内容までは聞き取れなかった。簪瑚と藍は同級生名だけじゃなく、Holiday Partyへの加入同期でもあるから、なんだか特別な絆があるように見える。
那金は以前所属していた事務所、オーロラエンターテイメントがマネジメント業務を終了することをきっかけにO-KAWApromotionに移籍している。HolidayPartyの加入同期である輝舟は前の事務所との契約が終了することがきっかけでO-KAWApromotionに入所しているから、なんとなく話が合わない部分も多く、深いところで理解しあえていない気がしていた。
だからこそ、グループでは先輩となる彼らの関係を羨ましく思ってしまうこともあった。
(ま、私たち四期は加入して半年も経ってないし、しょうがないところではあるんだけどね)
なんて、心の中でひとりごちる。自嘲的な感情はやはりどうしたって湧いて出てしまうものだが、アイドルという人前に立つ仕事に就いている以上、ネガティヴな感情を表に出す行為は避けなければならない。後ろ暗い気持ちを抱いていることを誰にも気が付かれないように、那金は下がり気味になっていた口角をすこしだけ引き上げた。
(しっかりしなさい、宮崎 那金。私は今アイドルなの。大手事務所に所属する、アイドルグループの一員……私の表情一つで、メンバーの足を引っ張ることだってあるんだから)
那金はアイドルを志してこの業界に入ったわけではない。けれど、ラジオMCなど対談形式の仕事を貰うことが多かったから、アイドルと接する機会もまた多かった。少し疲れて無表情になってしまったその一瞬を抜き出されて不仲説が噴出し、結果人気を失い解散してきたグループもあった。
(HolidayPartyに、そんな道は歩ませない。絶対今より売れて、もっとたくさんの人を元気に、笑顔にするアイドルになるんだから。クヨクヨしてる暇なんて、私達にはもうないのよ」
――――
Side-誠
「では、本日のレッスン内容を説明します」
Holiday Part専用のレッスン室に到着して、準備体操と声出しを終わらせて、いよいよレッスンが始まろうかとしていた。
レッスンの流れを説明しているのは、PROJECT_party-partyから六学年アイドル制度『AURA』への移籍が決まった時にHoliday Party担当になったマネージャーの橋口衣奈で、その後ろではHoliday Partyを結成当初から支えているチーフマネージャーの木口理央が控えている。
移籍して最初に立つコンサート『入学式』に向けてのレッスンが始まってからよく見るようになった前方の光景だ。樹里叶や柚唯が外仕事でどうしてもレッスンに参加できないときは木口もいないことが多いのだけれど、基本的には二人そろってレッスンを見守ってくれている。
「……そして、今日は平日なので、虎音ちゃんが夕方からの合流になります。虎音ちゃんが合流する前にセトリを通す流れになった場合は、被せ用の音源を流す形で対応するので、今日のレッスンでは不在メンバーのパートをカバーしないようお願いします。以上説明でした、何か気になる点はありますか?」
「ありません」
「私もないです」
「はい、ありがとうございます。では、最初のボーカルレッスンが始まるまでは水分補給を含めて10分間休憩してください。今日もよろしくおねがいします」
『お願いします!』
一通りのレッスン内容説明が終わったあと、つかの間の休憩に入る。Holiday Partyにはやる気に満ち溢れたメンバーが多く在籍しており、休憩時間が中々少ない。Holiday Partyに入ってからアイドル活動を始めた誠はこれが通常だとおもっていたけれど、加入前は六学年アイドル制度『AURA』の候補生としてトレーニングを積んでいた庄吏曰く、ここまでストップがかからないレッスンは珍しいとのことだった。
元々体力のない誠にはなかなかの苦行だったものの、三年も続けていれば流石に慣れても来るものだ。夕方にはなくなっていそうな、まだ重たい一リットル水筒を傾けながら、先ほど説明されたスケジュールを反芻する。
(ボーカルレッスンの後、少し休憩を挟んでダンスレッスン。虎ちゃんが合流するかしないかくらいで、今度のライブのセトリの通し……だったよね。虎ちゃんは合流前にちょっとウォーミングアップするのかな?急に動くと怪我しちゃうから、急ぎすぎなくていいんだよーって伝えておかないとな。元々候補生だったし、その辺は僕よりも分かっていそうではあるけど……)
三期生である虎音が加入してくるまで、誠はHoliday Partyの最年少だった。最年少時代にメンバーから気遣われた事を虎音にもやってあげたくて、虎音が学業関連で遅れたり欠席することがあれば、少しでも追いつきやすくなるようにまとめたメモを送ったりもしている。中学生から活動しているメンバーは多数いるけれど、当時の苦労を骨身に刻み込んでいるのは、現時点では誠だけだ。活動に関わらない学業面でサポートできる範囲は、なるべくカバーしてあげたかった。
「とりあえず、ボーカルレッスンには間に合わないだろうし、ユニゾンの注意点とか纏めておこう。僕も復習できるしね」
――――
Side-虎音
ホームルームが終わり、クラスの空気が緩んだタイミングで、虎音は急いで教室から飛び出して裏門へと向かう。
O-KAWApromotionに入所し、候補生から数えて活動四年目となる今年は、六学年アイドル制度『AURA』の候補生に選抜された三年前以上に環境が大きく変化していた。
まず大きいのが、グループのプロジェクト移籍だ。Holiday PartyはPROJECT_party-partyの立ち上げと共に結成されたグループだが、プロジェクトの運営改変により、四月から六学年アイドル制度『AURA』に移籍することになったのだ。
そしてもう一つの変化。それは、受験生になったことである。
虎音が現在通っている中学校は公立校で、今まで入学試験を受けた経験がない。一応、進学先は事務所が提携している高校に決まっているのだが、入学後のクラス分けのために入学試験を受けることになっている。点数が既定の点数に届かなければ、いくら提携校と言っても容赦なく落とされるそうなので、きちんと勉強してなるべくいい点数を取らなければならないのだ。
今のところ学業面で困ったところはないのだが、 いかんせん学年制はPROJECT_Party-Partyに比べると稼働率が高く、活動と並行しながらどれだけ勉強に力を入れられるかが不透明なのだ。
やるしかない。のだが、見通しが立て辛く体力の配分が難しい。
それが、現在虎音の悩みの種だった。
(学業も芸能も、どっちもおろそかにしない……それがお父さんとの約束だし、未来ちゃんとの約束でもある。挫けないよう、頑張らないと)
駐車場に駆け込めば、見慣れたナンバーの車が止まっている。運転席には、虎音がHoliday Partyに加入した時からよくしてくれているマネージャーが座っていた。
「すみません、遅くなりました……」
「いや、大丈夫ですよ。むしろ、想定よりとても速かったくらいです。飲み物は持っていますか?」
「大丈夫です、持ってます」
「ならよかった。ひとまず水分を摂って、息を整えてくださいね」
「はい」
後部座席に滑り込めば、マネージャーの木口は優しい笑顔を浮かべて虎音を迎え入れてくれた。スクールバックから水筒を取り出して飲み、走ったために乾いた喉を潤す。
体力は同年代の中ではあるほうだ。早くに息が収まったのを確認して、木口は車を発進させた。もちろん、虎音がきちんとシートベルトをつけたことを確認して。
「レッスンは途中合流になりますが、前回から新しい要素は増えていません。虎音はまず別室で準備体操と声出しをしてから、レッスン室に入ってください」
「分かりました」
「それから、新曲の音杷のパートですが、いくつか虎音に担当してもらうことになりました。少しキーが低いですが、虎音なら大丈夫でしょう。歌詞割はまた到着してから渡しますから、目を通しておいてください」
「了解です」
パートが、増えた。じくじく痛む胸を必死で無視しながら、虎音は何ともないような顔を務めて作って返事を返した。
そうだ。移籍も受験も凌駕するような変化が、虎音の周りでは起きているのだった。
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