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移籍即ち新環境
幕間-レッスンその後
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Side-虎音
「虎音、お疲れ様。宿題難しかったら連絡してね。分からなくて夜更かししちゃだめだよ」
「うん、ありがとう万努花ちゃん。どうしても分からなかったら連絡するね、気をつけて」
「はーい。虎音も、家に入るまで気を抜いたら駄目だからね!」
「うん」
今でも一人で帰ろうとしてマネージャーの木口に止められることはあるけれど、レッスンを終えて送迎車で家まで送ってもらう事にこの一年で大分慣れてきた。候補生時代は、自力で帰るか両親の迎えを待つしかなくて、事務所のスタッフの手を借りることはなかったからだ。
虎音を心から心配してくれている先輩メンバーの万努花に手を振り返して、送迎車が視界から見えなくなってから、虎音は家の扉を開けた。
「ただいま」
「あら、おかえり虎音。学校とレッスン、今日も楽しかった?」
「うん、楽しかったよ。初めてソロを褒められたんだ」
「本当に?よかったじゃない。上手くできないって悩んでたのに、たくさん頑張ったのね」
「えへへ。ライブ、楽しみにしてて。絶対、母さんのこと楽しませるから」
「えぇ、楽しみにしてるわよ。さ、まずは荷物を置いてお風呂に入っておいで。その間にご飯作り終えちゃうから」
「分かった」
料理をしていた母が、虎音に今日あった出来事を聞く。虎音は母からの質問に答えて、父が帰ってきたら今度は虎音が父に一日の出来事を聞く。虎音が生まれる前から続く、鞘元家のルールだ。
虎音も、虎音の父も非常に寡黙な性格だ。必要以上に喋ることが殆どない。
反対に、母は非常におしゃべりな人だった。母がしゃべって、父が聞く。それが当たり前だった。そこに、娘として虎音が入るようになって、自然とルーティーンに加えられた。それだけのことだ。
アイドルとして人前に立つことが増えた虎音にとって、このルーティーンは自分の体験や思考を纏めて相手に伝える練習にも役立ったし、なにより仕事で家を空けることが多く中々話すことのできない家族との会話を楽しめる数少ない機会にもなっていた。
レッスン用のカバンと学校指定の通学鞄を自室において、布製のトートバッグだけをもって洗濯機のおいてある脱衣室に向かう。レッスン着と汗をかいて着替えた下着類、制服のシャツとこれらを入れていたトートバックを洗濯機に入れて、そのまま浴室へ入った。
入浴を済ませて、面倒くさいと思う前に髪を乾かしてから、虎音は再びリビングへ戻った。おいしそうな香りがふわふわと漂っている。好き嫌いはあまりなくてどんな料理でも完食できる虎音だが、母の作る料理はどんな高級料理にも匹敵する美味しさがある。HolidayPartyに加入して初めて出演したネットバラエティ番組でそう口にした時の周囲の、なんとも言えないあたたかな視線も同時に思い出すようになってしまったけれど。
「お風呂、入ってきたよ」
「お疲れ様。タイミングピッタリね、夜ご飯できてるわよ」
「やった。ねぇ、今日のご飯は何?」
「今日は茄子とトマトのグラタンよ。さ、お皿をテーブルまで運んでくれる?」
「うん、わかった」
――――
Side-良透
今日のレッスンも疲れた。三階に借りた部屋までの階段をなんとか登り切って、良透は現在一人暮らしをしている部屋に帰宅した。
午前中から夜までみっちりダンスを叩きこんだ身体は重くて、このまま布団に突っ伏してしまえば気持ちよく眠れそうだ。人前に立つ者として、そんなことはできないのだけれど。
汗に濡れたレッスン着を洗濯機に放り込んで、ついでに今着ている服も放り込む。そのまま洗剤と柔軟剤を規定量入れて、スタートボタンを押した。ゴウンゴウンと動き始めた洗濯機をBGMに、良透は若干眠気を訴える身体を引きずってシャワールームに足を踏み入れる。
良透だって、体力の衰えが来るような年ではない。六月になれば二十歳を迎える立派な若者だ。しかし、今日良透は本来のレッスン時間を超過して、半日近く練習に明け暮れていたのだ。疲れないわけがない。
本当なら、湯舟に浸かって身体を癒すべきなのだが、湯を貯めている間に寝落ちてスキンケアを怠ってしまいそうでできなかった。もう少しお金に余裕が出てきたら、湯張りを予約して自動で貯めてくれる装置が付いた物件に引っ越すのもありかもしれない。
そんなことを考えながら、一日の汗と汚れを洗い流し、ついでに洗顔まで済ませた。身体の水気を払い落として、脱衣所に用意しておいたタオルでふき取る。当たり前だが、洗濯はまだ終わっていない。
「スキンケアやってご飯食べて洗い物したくらいに終わるかなぁ……うーん、一人暮らしだと全部自分でやらないといけないから大変だな。かと言って実家から通うとそれはそれで大変だったから、しょうがないんだけど」
良透の実家は、O-KAWApromotionの事務所やレッスン室がある地域から離れた場所にある。公共交通機関を使って通うにしても一時間は余裕で越えてしまうし、タクシーを使おうものなら片道でもかなりの額になる。送迎車を使うにも他のメンバーに迷惑がかかってしまうので、良透は自然と実家を離れ、事務所に通いやすい地域に住居を借りたというわけだ。
別にこの生活が苦というわけでもない。体力的にしんどいなと思う日は確かにあるけれど、これからさらに忙しくなる予定なのだ。この程度で音をあげてはいられない。
良透はとりあえず、洗面台の横に置いた棚からスキンケア用品を取り出した。
「虎音、お疲れ様。宿題難しかったら連絡してね。分からなくて夜更かししちゃだめだよ」
「うん、ありがとう万努花ちゃん。どうしても分からなかったら連絡するね、気をつけて」
「はーい。虎音も、家に入るまで気を抜いたら駄目だからね!」
「うん」
今でも一人で帰ろうとしてマネージャーの木口に止められることはあるけれど、レッスンを終えて送迎車で家まで送ってもらう事にこの一年で大分慣れてきた。候補生時代は、自力で帰るか両親の迎えを待つしかなくて、事務所のスタッフの手を借りることはなかったからだ。
虎音を心から心配してくれている先輩メンバーの万努花に手を振り返して、送迎車が視界から見えなくなってから、虎音は家の扉を開けた。
「ただいま」
「あら、おかえり虎音。学校とレッスン、今日も楽しかった?」
「うん、楽しかったよ。初めてソロを褒められたんだ」
「本当に?よかったじゃない。上手くできないって悩んでたのに、たくさん頑張ったのね」
「えへへ。ライブ、楽しみにしてて。絶対、母さんのこと楽しませるから」
「えぇ、楽しみにしてるわよ。さ、まずは荷物を置いてお風呂に入っておいで。その間にご飯作り終えちゃうから」
「分かった」
料理をしていた母が、虎音に今日あった出来事を聞く。虎音は母からの質問に答えて、父が帰ってきたら今度は虎音が父に一日の出来事を聞く。虎音が生まれる前から続く、鞘元家のルールだ。
虎音も、虎音の父も非常に寡黙な性格だ。必要以上に喋ることが殆どない。
反対に、母は非常におしゃべりな人だった。母がしゃべって、父が聞く。それが当たり前だった。そこに、娘として虎音が入るようになって、自然とルーティーンに加えられた。それだけのことだ。
アイドルとして人前に立つことが増えた虎音にとって、このルーティーンは自分の体験や思考を纏めて相手に伝える練習にも役立ったし、なにより仕事で家を空けることが多く中々話すことのできない家族との会話を楽しめる数少ない機会にもなっていた。
レッスン用のカバンと学校指定の通学鞄を自室において、布製のトートバッグだけをもって洗濯機のおいてある脱衣室に向かう。レッスン着と汗をかいて着替えた下着類、制服のシャツとこれらを入れていたトートバックを洗濯機に入れて、そのまま浴室へ入った。
入浴を済ませて、面倒くさいと思う前に髪を乾かしてから、虎音は再びリビングへ戻った。おいしそうな香りがふわふわと漂っている。好き嫌いはあまりなくてどんな料理でも完食できる虎音だが、母の作る料理はどんな高級料理にも匹敵する美味しさがある。HolidayPartyに加入して初めて出演したネットバラエティ番組でそう口にした時の周囲の、なんとも言えないあたたかな視線も同時に思い出すようになってしまったけれど。
「お風呂、入ってきたよ」
「お疲れ様。タイミングピッタリね、夜ご飯できてるわよ」
「やった。ねぇ、今日のご飯は何?」
「今日は茄子とトマトのグラタンよ。さ、お皿をテーブルまで運んでくれる?」
「うん、わかった」
――――
Side-良透
今日のレッスンも疲れた。三階に借りた部屋までの階段をなんとか登り切って、良透は現在一人暮らしをしている部屋に帰宅した。
午前中から夜までみっちりダンスを叩きこんだ身体は重くて、このまま布団に突っ伏してしまえば気持ちよく眠れそうだ。人前に立つ者として、そんなことはできないのだけれど。
汗に濡れたレッスン着を洗濯機に放り込んで、ついでに今着ている服も放り込む。そのまま洗剤と柔軟剤を規定量入れて、スタートボタンを押した。ゴウンゴウンと動き始めた洗濯機をBGMに、良透は若干眠気を訴える身体を引きずってシャワールームに足を踏み入れる。
良透だって、体力の衰えが来るような年ではない。六月になれば二十歳を迎える立派な若者だ。しかし、今日良透は本来のレッスン時間を超過して、半日近く練習に明け暮れていたのだ。疲れないわけがない。
本当なら、湯舟に浸かって身体を癒すべきなのだが、湯を貯めている間に寝落ちてスキンケアを怠ってしまいそうでできなかった。もう少しお金に余裕が出てきたら、湯張りを予約して自動で貯めてくれる装置が付いた物件に引っ越すのもありかもしれない。
そんなことを考えながら、一日の汗と汚れを洗い流し、ついでに洗顔まで済ませた。身体の水気を払い落として、脱衣所に用意しておいたタオルでふき取る。当たり前だが、洗濯はまだ終わっていない。
「スキンケアやってご飯食べて洗い物したくらいに終わるかなぁ……うーん、一人暮らしだと全部自分でやらないといけないから大変だな。かと言って実家から通うとそれはそれで大変だったから、しょうがないんだけど」
良透の実家は、O-KAWApromotionの事務所やレッスン室がある地域から離れた場所にある。公共交通機関を使って通うにしても一時間は余裕で越えてしまうし、タクシーを使おうものなら片道でもかなりの額になる。送迎車を使うにも他のメンバーに迷惑がかかってしまうので、良透は自然と実家を離れ、事務所に通いやすい地域に住居を借りたというわけだ。
別にこの生活が苦というわけでもない。体力的にしんどいなと思う日は確かにあるけれど、これからさらに忙しくなる予定なのだ。この程度で音をあげてはいられない。
良透はとりあえず、洗面台の横に置いた棚からスキンケア用品を取り出した。
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