私と彼には“25の恋愛契約”があります。距離感こじらせ御曹司と始めたルールつき婚前同棲

花森 うらら

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第3話 婚約者ごっこはベッドの隣から?

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 夕食を終えたあと、社長――いや、玲央さんは静かに言った。

「荷物は秘書が届けてくれたそうです。案内しますね」

 私は頷いてついていったが、案内された部屋を見て固まった。

「……こ、ここって、玲央さんの、寝室じゃないですか?」

 広いベッド。ガラス張りの夜景。シンプルで清潔なのに、どこか冷たくて、美しい空間。

「そうですよ。隣の小部屋に簡易ベッドも準備しましたが……どちらがいいですか?」

「えっ……えっ……! ま、まさか同じベッドとかじゃないですよね!?」

「同じベッドで寝たいのですか?」

「違います!!」

 反射的に叫ぶと、玲央さんは喉の奥で小さく笑った。ほんの少し、意地悪そうに。

「安心してください。君を困らせるつもりはありません。けれど――“婚約者としての距離感”は少しずつ慣れてほしい」

 そう言って、壁を隔てた小さな部屋へ導かれる。落ち着いたトーンの家具、清潔な白いシーツ。十分すぎるほど整っている。

「……ありがとうございます。本当に気を遣ってくださって」

「気遣いではありません。君が逃げないようにしているだけです」

 冗談なのか本気なのか、わからない声音。胸の奥がくすぐったくなる。

「それと、今日のルール①――“ただいまのキス”は免除しましたが、明日からは練習しましょう」

「れ、練習って言い方やめてください……」

「じゃあ、段階を踏みましょう。まずは“距離に慣れるところから”。」

 そう言うが早いか、玲央さんは私の手をそっと取った。

 心臓が跳ねる。手のひらに伝わる熱が、体の奥まで染み込んでいく。
 玲央さんは、目元にだけ笑みを浮かべた。
 
「こういうスキンシップも、本番までの準備です。嫌なら言ってください」

「……嫌じゃ、ない……ですけど」

「じゃあ――きょうの練習は、ここまでです。おやすみなさい、美桜」

 小さく囁く声は、耳の奥を震わせるように甘い。

 ドアが閉まったあとも、胸の鼓動は治まらなかった。

     ◇ ◇ ◇

 夜――眠りについたと思ったのに、どこか耳に優しい低い声が聞こえる。

(……泣いてる?)

 玲央さんの寝室の方から、かすかな嗚咽に似た息遣いが漏れていた。

 気づけば私は、ノックもせずに扉を開けてしまっていた。

「玲央さん……!」

 ベッドの端に腰をかけた彼は、驚いたように瞬きをした。額には薄く汗、呼吸も荒い。

「……すみません。うるさかったですか」

「夢、見てたんですね……苦しそうだったから、気になって」

 私は、そっと近づく。彼は慌てて姿勢を正そうとするが、その腕を私は反射的に掴んで止めた。

「無理しなくていいです。……婚約者ですから」

 その言葉に、玲央さんの動きが止まった。

 静かな夜気の中、彼はゆっくりと目を伏せる。

「……父に、また結婚を迫られて。夢でも、逃げられなくて」

 抑揚のない声なのに、苦しさが滲んでいる。

「結局、“自由”がないのかと思ったら……少しだけ、息ができなくなりました」

 私は彼のとなりに座り、両手でそっと包み込むように背中へ触れた。

「25日間だけでも……ここは、玲央さんの逃げ場であっていいんです。私は、そばにいますから」

 その瞬間、彼の体から力が抜けた。肩に額を寄せ、小さく息を吐く。

「……ありがとう。君がいてくれて、本当によかった」

 顔を上げた玲央さんの目元は、少し赤くなっていた。それでも、笑っていた。

「でも、こうして優しくされると――契約で済ませる自信がなくなる」

 囁くような声に、胸の奥がきゅうっと縮こまる。

「……それでもいいです」

 玲央さんの目が、驚いたように見開かれた。

「私もまだ慣れてないし、怖いけど……でも、玲央さんが苦しいのを、何もしないで見てる方が嫌です」

 沈黙。次の瞬間、彼の指が私の髪に触れた。

「こんなに優しくされたら――本当に、君を手放せなくなりますよ?」

 吐息が触れる距離。胸が高鳴りすぎて、言葉が出ない。

「……今日は、ここまでにしておきます。これ以上は、僕が理性を失う」

 そう言って離れた顔が、ほんの少しだけ名残惜しそうで。

 その夜、私の胸はずっと熱くて――25日で終わるなんて、本当にできるのか不安になっていった。
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