私と彼には“25の恋愛契約”があります。距離感こじらせ御曹司と始めたルールつき婚前同棲

花森 うらら

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第11話 記事の朝と、ルール⑨

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 週明けの朝、エレベーターの中でスマホが震えた。通知の見出しが目に刺さる。
 
《如月社長、駅前で“頬キス”――交際相手の素顔》
 
 ぼやけた写真。けれど、私の横顔は自分にはわかる程度に写っていた。

(昨日、つい私からしてしまったんだ……)

 息が浅くなる。
 
 扉が開いた瞬間、秘書課の月島さんが待っていた。

「社長室へ。広報と弁護士が入っています」

 社長室の扉が閉まると同時に、玲央さんが立ち上がった。視線が合う。
 
「来てくれて、ありがとう。――怖かった?」

「……あの、ごめんなさい。私」
 
「大丈夫。ここで全部やる」

 会議は淡々と進んだ。
 
 広報は「実名・個人情報の特定を避ける導線で」と冷静に。
 弁護士は「住居・勤務先への張り込みに警告文」と短く。
 
 玲央さんは、結論だけを低くきっぱりと言う。

「プライベートに踏み込む取材は、受けません。彼女の実名は出しません。広報文は僕の署名で」

 周囲が散っていき、部屋にふたりきりになった途端、私は小さく息を吐いた。

「……本当に、ごめんなさい。私から、頬にしたせいで」

「謝らないで。あの写真は、僕の宝物の一枚になりましたから」

「た、宝物って……」

「見るたびに理性が危うい。――ルールがなかったら、今すぐきみを抱きしめてる」

 耳まで熱くなる。けれど、柔らかく笑う彼に、胸のこわばりがほどけていくのがわかった。

「それから、ルール⑨を増やしたい」

 彼は白紙にさらりと書く。

【ルール⑨ “ネット記事やコメントは、ひとりで見ない。見るときは、一緒に見る”】

「言葉の刃は、見えないところで深く刺さる。君をひとりにしたくない」

「……はい。わかりました」

 私はスマホを握り、深くうなずいた。

     ◇ ◇ ◇

 昼休み。給湯室で紙コップにお湯を注いでいると、背中でヒソヒソ声がはじけて消えた。

「写真、見た?」「でも顔わからないよね」「横顔、似てるって噂だよ……」

 無視して通り抜けようとしたとき、柏木くんが慌てて追ってくる。

「先輩、これ……」

 ピンク色の小さな箱。中身はのど飴とメモ。
 
〈無理しないでください。俺、味方です〉
 
 素直な善意が胸に刺さる。誤解も増える、とわかっているのに。

「ありがとう。でも、これは受け取れない。あなたを、巻き添えにはしたくないから」

 言い切ると、彼は苦笑して頭を下げた。

「……わかりました」

 給湯室を出ると同時に、スマホへ文字が表示された。

Reo:迎えに行く。B2へ

     ◇ ◇ ◇

 地下の車寄せ。
 ドアが閉まった瞬間、世界が静かになる。

「おかえり」

 玲央さんの指が、私の指を絡める。
 
「ただいま、玲央さん」

「ルール①、今日は僕から」

 チュッ、と頬に落ちる軽い温度。ひどく短いのに、涙が出そうに安心する。

「あとで広報文を出します。君は“ふつうの一日”を守って」

「……はい」

「その代わり、今夜は“ふつうより少し甘い夜”にする。料理は僕、片付けは君。役割分担だ」

 私は笑って、うなずいた。

     ◇ ◇ ◇

 夜。キャンドルに火を点ける。皿を洗い終えた私の背中に、ふわりとタオルが触れた。

「拭き残し、ここ」

「わ、わざとじゃないです」

「知ってる。きみに触れたかっただけ」

 さらりとそう言うの、反則だ。心臓が忙しい。

「広報文、出たよ。僕の私生活は僕が選ぶ。相手の安全と尊厳を守るため、報道各位にお願いする。――穏当に、はっきりと」

「コメント、見ますか?」

 私が問うと、彼はうなずいた。

「ルール⑨だ。一緒に見よう」

 スマホを並べ、同じ画面をスクロールする。ありがたい言葉。刺のある言葉。
 どれも、ふたりで受ければ、ただの文字に戻っていく気がした。

「――もういい。今日はここまで」

 彼はそっとスマホを伏せ、私の手帳を指さす。

「一行、見せ合おう」

 私はうなずき、手帳に文字を書いた。

『ひとりで見なかった。ふたりで見た』

 彼の手帳には、こうあった。

『彼女が“ひとりじゃない”と言ってくれた』

 ページの紙の匂いがやさしい。私たちは顔を上げ、同時に微笑んだ。

「合鍵の手配は、完了したよ。来週末、鍵屋で受け取り。――ルール⑧の本番だ」

「緊張します」

「僕もだよ。鍵は、誓いだからね」

 しばらく沈黙。炎のゆらぎだけが、壁に小さな影を揺らす。
 やがて彼が、少しだけ真面目な声で言った。

「ルール、増やしすぎて苦しくない?」

「全然。だって、ぜんぶ“嘘をつかない”の言い換えだから」

 彼の目がふわりと緩む。

「じゃあ、更新の予告。――ルール⑩、“眠る前に“今日よかったこと”を声に出す”。明日から」

「声に、出すんですね」

「うん。言葉は、残るから。あと、おやすみの前に、もう一つ

「え?」

 彼は一歩だけ近づき、耳元に囁いた。

「明日も、僕は君を選ぶ」

 私は、体をビクッとさせた。
 玲央さんは笑いながら、キャンドルの火を細く吹き消す。
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