狼王の贄神子様

だいきち

文字の大きさ
24 / 111

ティティアの願い

しおりを挟む
「何やってんだお前ぇええええ‼︎」
「っ、ぃぎ……‼︎」

 鋭いハニの声とともに、ティティアの上に乗っていたヴィヌスの体は勢いよく吹き飛ばされた。
 澄んだ金属の音が聞こえて、それは床を滑るようにして手から離れる。
 重い鉄の扉は、開け放たれていた。震える呼吸を堪えようと口を引き結ぶと、ティティアの鼻腔をくすぐったのは慣れ親しんだ安心する香りだった。

(きたんだ……ここまで、きてくれた……!!)

 確かな存在を感じた時、ティティアは悲鳴混じりにその名を叫んだ。
 
「ぇれ、す……っ、カエ、レス……‼︎」
「いるよ、私はここにいる!」
「カエレ、ス、ぅあ、あーーっ……‼︎」

 狼のネメスをつけた、黒髪の美丈夫がティティアへ駆け寄った。姿は変わっても、それが誰であるかなんて分かりきったことだった。
 カエレスによって自由を与えられた手は、足の拘束が外されるのを待たずして縋り付いた。
 大きな手のひらは、足を繋ぐ錠を後回しにするように薄い背中を温める。輪郭を確かめるようにキツく抱きしめられて、少しばかし息が苦しい。
 それでも、今はこの高い体温がひたすらに恋しかったのだ。

「なんだよそれ……マルカはしくじったってのか!!」

 カエレスの腕の中で、わあわあと声をあげて泣くティティアを見つめていたのはヴィヌスだった。その瞳は暗く、奥底に嫉妬にも似た炎を燃やしているかのような、そんな視線であった。

「っ……、いいよな、ぁ……お前は、好きな方を選べる……」
「お前、自分が何したか分かってんのかよ!」
「黙れ‼︎  お前達に俺たちの苦しみがわかってたまるか‼︎」
「てんめ、っ」
「ハニ」

 名を呼んだカエレスに反応を示すように、ハニは振り上げた拳をキツく握ったまま降ろす。
 その薄い背中の背後では、カエレスが鈍い音を立てて地べたから鎖を引き抜いていた。両足に繋がる鎖を握りしめるその拳は、いつもの獣の手ではない。ティティアと同じ人間の手だ。
 腕に浮かび上がる血管が、カエレスの静かな苛立ちを如実に表している。
 その無骨な手で労わるように触れたのは、枷によって擦り切れたティティアの細い足首だ。
 獣頭の時よりもわかりやすい表情で顔を上げると、カエレスは金糸水晶の瞳にヴィヌスを写した。
 見たこともない若い男だ。もしかしたら、ティティアと同じ年嵩くらいかもしれない。
 あと少し遅れて到着していれば、腕に抱く温もりは奪われていただろう。押し殺した怒気が、僅かに口端に滲む。

「お前たちが何を望んで、こんなことをしたのかは大体にわかる」
「ああそうかい、なら話は早いじゃないか」
「ああ、だからお前には一緒にきてもらう。私の考えとお前たちの思考が同じかどうか、確かめなければいけないからね」
「やってみな畜生王」

 カエレスの温度のない言葉を前に、ヴィヌスは馬鹿ににするように宣った。ハニによって、後ろ手に拘束されるように立たされる。それでもなお、ヴィヌスの鋭い視線はティティアへと向けられたままだった。

「ヴィ、ヌス」

 掠れたティティアの声が、ポツリと溢れた。
 泣き腫らした目元には、いつもの強さが戻っていた。覚束ないまま、カエレスに支えられるように立ち上がる。
 ティティアは泣いたことを恥じるように袖で涙を拭うと、くっと眉を寄せて宣った。

「選べないよ」
「は?」
「ティティア、お前は下がりなさい」
「嫌だ」

 ヴィヌスに向けて、一歩踏み出した。これは勇気ではない。己へと刃を向けた相手に恐怖を感じるのは、何も変わらないまである。
 それでも、ティティアにはどうしても言わなければいけないことがあった。

「選べないよ、だって。もし選べるのなら、俺は普通に生きたかった」

 それは、擦り切れるまで願った有りもしない未来だ。男の体で、子宮がある。中途半端な体の、生贄としてのみ存在が許される価値。
 ティティアはこの体のせいで、たくさんのことを諦めてきた。だからこそ、決めつけるようなヴィヌスの言葉には納得できなかった。

「俺、人間の国でも疎まれて、殺される運命だった。だから獣人の国に亡命したの。だって、ふ、普通にいきたかったから」
「お前は神に愛されて生まれてきた。そんな奴が普通を選べるとでも思ってんのかよ」
「でもそれは俺が選んだことじゃない……っ、神様が作ったから、全部言うこと聞かなきゃいけないの……‼︎」
 
 悲鳴混じりのティティアの言葉に、ヴィヌスが黙りこくる。その顔は、飲み込みづらいものを口に含んだかのようであった。
 きっと、理解はしあえない。ヴィヌスの刹那的な生き方を、ティティアが理解できないように。
 手のひらで口元を塞ぐと、力が抜けたようにヘナヘナと座り込んだ。極度の緊張から解放された上に、気力だけでヴィヌスへと啖呵を切ったのだ。ティティアは忙しない鼓動を落ち着ける為に、浅い呼吸を繰り返した。
 薄い背中を温めるように、手を添えられた。
 そっと抱き上げられたカエレスの腕の中。獣人の時とは違う人の体温を確かめるように、ティティアの腕がカエレスの首に縋り付いた時だった。

「ああそうだ、一個忘れてた」

 ポツリと呟いたヴィヌスの嘲笑気味の言葉に、反応を示す。
 ハニに無理やり立たされるように体を起こしたヴィヌスの、愉悦じみた笑みに違和感を感じた。

(まって、蛇……)

 夕焼け色の瞳がゆっくりと目を見開く、ティティアの耳が、小さな音を拾った。

「っ、カエレス……‼︎」
「なん、っ」

 湾曲した牙が、獲物に狙いを定めるかのように飛びかかってきた。いつの間にかヴィヌスの首から離れていた蛇が、天井から様子を窺うように潜んでいたのだ。
 細い腕が、カエレスのネメスを払うように頭を抱き込む。ティティアの急な行動に、二人はもつれあうように床に倒れ込んだ。

「くそ、っ」

 長い耳を揺らすように素早く動いたハニが、短剣を投擲した。蛇は刃に弾かれるように赤い血を散らすと、その体を壁に貼り付けた。
 ハニの瞳は、腕から血を流すティティアを映していた。カエレスの頭を抱くように、地べたに身を投げ出す。その細い腕はみるみるうちに赤黒い痣を広げていた。
 カエレスの大きな手のひらが、それ以上の広がりを堰き止めるように、ティティアの腕を握りしめた。ネメスの外れた姿はいつもの見慣れた姿に戻っている。普段は読めぬ表情のカエレスが、明確な焦りを滲ませていた。

「ティティア‼︎」
「お前が調子乗るからこうなるんだよバーカ!! っ、ぐァ、っ」
「っ、ウメノ‼︎  ウメノ早く来い走れぇ‼︎」

 弾かれるように、ハニはヴィヌスの体を押さえ込んだ。鋭い聴覚は、確かにこちらへと向かうロクの足音に気がついていた。怒声を浴びせるように、声を張り上げる。狭い室内は、先ほどとは違う緊張感に包まれた。
 開け放たれた外へと繋がる扉から、砂漠の夜独特の冷たい風が流れ込んでいた。しかし、カエレスを庇って蛇に噛まれたティティアの体は、夜風に冷やされることなく体温を高めていた。

(なんで……こんな……)

 耳の奥でカエレスの叫ぶ声が聞こえる。その声に応えてやりたいのに、ティティアの口からは熱を吐き出すような短い呼吸が繰り返されるだけであった。
 熱が体を支配する。己ではどうにもできない異常に怯えるように、薄い手のひらはカエレスの指先をキツく握りしめていた。

しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない

了承
BL
卒業パーティー。 皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。 青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。 皇子が目を向けた、その瞬間——。 「この瞬間だと思った。」 すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。   IFストーリーあり 誤字あれば報告お願いします!

夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い

青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。 神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。 もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。 生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。 過去世と同じ轍を踏みたくない……

虚ろな檻と翡翠の魔石

篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」 不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。 待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。 しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。 「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」 記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

伝説のS級おじさん、俺の「匂い」がないと発狂して国を滅ぼすらしいい

マンスーン
BL
ギルドの事務職員・三上薫は、ある日、ギルドロビーで発作を起こしかけていた英雄ガルド・ベルンシュタインから抱きしめられ、首筋を猛烈に吸引。「見つけた……俺の酸素……!」と叫び、離れなくなってしまう。 最強おじさん(変態)×ギルドの事務職員(平凡) 世界観が現代日本、異世界ごちゃ混ぜ設定になっております。

氷の婚約者様に破談を申し出たら号泣された

楽矢
BL
目が覚めると、レースの牢獄のような天蓋付きベッドの上だった。 何も覚えていない出来損ない下級貴族ミラ。無能だクズだと冷酷な罵詈雑言を浴びせてくる氷の騎士セティアス。 記憶喪失から始まる、2人のファンタジー貴族ラブコメディ。 ---------- ※注) かっこいい攻はいません。 タイトル通りそのうち号泣しますのでご注意! 貴族描写は緩い目で雰囲気だけお読みいただけると幸いです。 ハッピーエンドです。 激重感情をこじらせた攻→受な関係がお好きな同志の方、どうぞよろしくお願いします! 全16話 完結済み/現在毎日更新予定 他サイトにも同作品を投稿しています。 様子を見ながらそのうち統合するかもしれません。 初めての一次創作でまだよく分かっておらず、何かおかしなことをしでかしていたら申し訳ないです!

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

処理中です...