3 / 151
2
しおりを挟む
父親が言うには、どうやらミハエルは天然らしい。本人には全くもってそういった自覚があるわけでもなく、むしろどちらかと言うとしっかりしているとさえ思っていた。
ミハエルの歩む足は、心なしか少し早い。ここから見える演習場には、訓練終わりの騎士達がゾロゾロと出てくる。時刻はもう夕刻だ。宿舎に帰っていく者もいれば、そのまま騎士棟に立ち寄ってシャワーを浴びて市井へ繰り出す者もいる。
ミハエルはその胸に日誌を抱いたまま、少し身を乗り出すようにして下を見る。見慣れた赤毛は見当たらず、少しだけ気分が下がった。
騎士団長である彼が、休息日以外休みということはないはずだ。ミハエルは少しだけ粘ってその姿を探していたのだが、胸に抱く日誌が急かすように存在を主張してくる。ダラスとの約束の時間はそろそろだった。
「はあ、」
一日、一度だけでも声を聞くことができたら良いのに、もしかしてそれは贅沢なことなのだろうか。期待していた分、気分が盛り下がってしまう。そのせいか俯いて歩いていたらしい、曲がり角で誰かとぶつかってしまった衝撃で、ミハエルはカシャンとメガネを落としてしまった。
「す、すみません…。」
「んだあ、ミハエルじゃねえか。何ぼーっとしてんだあ?」
「え、エルマーさん…あ、すいません。」
ミハエルの腕を掴んで倒れそうになるのを止めたその人は、思い人の父親でもあるエルマーだった。
ミハエルと同じ金色の瞳を持ち、二十六歳からその身の時間を止めた人は、サディンによく似ている。
無骨な手でそっと摘み上げられた眼鏡が日誌の上に乗せられると、その大きな手が少しだけ乱れた髪を整えてくれた。
「伊達なんだろう、なんでそんな邪魔くさいもんつけるかねえ。」
「あ、えと…、や、特に意味はないんですけど、」
「そうなんか?まあ、若い奴のオシャレとかそういう奴だろ。」
本当は、あなたの息子さんが眼鏡をかけていた女性とお付き合いをしていたからです。とは口が裂けても言えない。
「そういやサディンの元カノも眼鏡女子だったなあ。」
「元かの…、わ、かれたんですか…?」
「おう、気が合わねえってんで。」
これサディンには言わねえでくれや。と続けたエルマーは、俺が出どころってバレたら怒られちまうわと笑う。相変わらず愛妻家なようで、ナナシに飯作ってやんなきゃいけねえから帰るわ、と去り際にミハエルの頭をポンポンと撫でて去っていった。
「わ、かれた…、」
サディンが、通算45回目の破局をしたらしい。ミハエルが枕を涙で濡らした数と同じである。
どうしよう、もし落ち込んでいたら、慰めても良いだろうか。そんなことよりも、そこに行き着くまでに、サディンがミハエルを相手にしてくれるだろうか。そんなことを悶々と考えながらも、組み立てられた予定には体がしっかりと反応する。足取りはやはり少しだけ早く、ダラスのいる研究棟に向かうのであった。
途中、眼鏡を外すと胸ポケットに収める。ありえないだろうが、眼鏡を見たサディンが元カノを思い出したら、ちょっとやだなと思ったからである。
「ミハエル、遅いから暴漢にでも襲われたのかと思っていた。」
「こんな城内で暴漢なんて出るわけがないでしょう。」
研究棟についたと同時に、いったいどこから監視しているのやら。ドアに手をかける前にダラスが扉を開けたので、ミハエルは驚きすぎて小さな悲鳴をあげてしまった。
「局長、過保護も行きすぎると嫌われますよ。」
「何が過保護だ。こんなものは違う。そうだろうミハエル。」
「いえ、僕には少し判断しかねますが…、まあ、母さんに比べたら違うかもしれません。」
同僚である研究員の茶々に渋い顔をしたダラスが、ミハエルの言葉にさらに顔を渋くする。
母であるルキーノに対するダラスの過保護と比べれば、部屋の前に探知魔法など可愛いものである。ミハエルの言葉に茶々を入れたロンという研究員がひとしきり笑うと、確かになあと頷いた。
「それで、今回は何を研究なさっているのです?」
ダラスがミハエルを呼ぶときは、大抵違う視点からの意見を求めてる時であった。今回も男性の妊娠、出産についての術の改良に力を入れているというのは母から聞いていた。
三日も帰ってこないダラスに呆れたルキーノが、ミハエルに託した着替えを白衣の内側の異空間収納から取り出すと、それをダラスに手渡した。
「母さんからの伝言です。良い加減シャワーを浴びに帰ってきなさい。だそうです。」
ミハエルが伝えた伝言に反応してか、数人の研究員が体臭を気にする。ここはなんというか、一点集中型の変人の集まりだ。例にももれずその筆頭であるダラスが、清潔魔法はかけているなどと言い訳をする者だから、ミハエルは頭の痛い思いをした。
「一先ず、母さんにはご自身から伝えてください。で、本題は。」
「ああ、そうだった。これなんだが、お前ならどう考える。」
「これは、また随分と難解な…」
ダラスが差し出してきたものは、腹に直接陣を刻まなくても良いように、オブラートのようなものに書かれた構築魔法陣であった。
ミハエルの歩む足は、心なしか少し早い。ここから見える演習場には、訓練終わりの騎士達がゾロゾロと出てくる。時刻はもう夕刻だ。宿舎に帰っていく者もいれば、そのまま騎士棟に立ち寄ってシャワーを浴びて市井へ繰り出す者もいる。
ミハエルはその胸に日誌を抱いたまま、少し身を乗り出すようにして下を見る。見慣れた赤毛は見当たらず、少しだけ気分が下がった。
騎士団長である彼が、休息日以外休みということはないはずだ。ミハエルは少しだけ粘ってその姿を探していたのだが、胸に抱く日誌が急かすように存在を主張してくる。ダラスとの約束の時間はそろそろだった。
「はあ、」
一日、一度だけでも声を聞くことができたら良いのに、もしかしてそれは贅沢なことなのだろうか。期待していた分、気分が盛り下がってしまう。そのせいか俯いて歩いていたらしい、曲がり角で誰かとぶつかってしまった衝撃で、ミハエルはカシャンとメガネを落としてしまった。
「す、すみません…。」
「んだあ、ミハエルじゃねえか。何ぼーっとしてんだあ?」
「え、エルマーさん…あ、すいません。」
ミハエルの腕を掴んで倒れそうになるのを止めたその人は、思い人の父親でもあるエルマーだった。
ミハエルと同じ金色の瞳を持ち、二十六歳からその身の時間を止めた人は、サディンによく似ている。
無骨な手でそっと摘み上げられた眼鏡が日誌の上に乗せられると、その大きな手が少しだけ乱れた髪を整えてくれた。
「伊達なんだろう、なんでそんな邪魔くさいもんつけるかねえ。」
「あ、えと…、や、特に意味はないんですけど、」
「そうなんか?まあ、若い奴のオシャレとかそういう奴だろ。」
本当は、あなたの息子さんが眼鏡をかけていた女性とお付き合いをしていたからです。とは口が裂けても言えない。
「そういやサディンの元カノも眼鏡女子だったなあ。」
「元かの…、わ、かれたんですか…?」
「おう、気が合わねえってんで。」
これサディンには言わねえでくれや。と続けたエルマーは、俺が出どころってバレたら怒られちまうわと笑う。相変わらず愛妻家なようで、ナナシに飯作ってやんなきゃいけねえから帰るわ、と去り際にミハエルの頭をポンポンと撫でて去っていった。
「わ、かれた…、」
サディンが、通算45回目の破局をしたらしい。ミハエルが枕を涙で濡らした数と同じである。
どうしよう、もし落ち込んでいたら、慰めても良いだろうか。そんなことよりも、そこに行き着くまでに、サディンがミハエルを相手にしてくれるだろうか。そんなことを悶々と考えながらも、組み立てられた予定には体がしっかりと反応する。足取りはやはり少しだけ早く、ダラスのいる研究棟に向かうのであった。
途中、眼鏡を外すと胸ポケットに収める。ありえないだろうが、眼鏡を見たサディンが元カノを思い出したら、ちょっとやだなと思ったからである。
「ミハエル、遅いから暴漢にでも襲われたのかと思っていた。」
「こんな城内で暴漢なんて出るわけがないでしょう。」
研究棟についたと同時に、いったいどこから監視しているのやら。ドアに手をかける前にダラスが扉を開けたので、ミハエルは驚きすぎて小さな悲鳴をあげてしまった。
「局長、過保護も行きすぎると嫌われますよ。」
「何が過保護だ。こんなものは違う。そうだろうミハエル。」
「いえ、僕には少し判断しかねますが…、まあ、母さんに比べたら違うかもしれません。」
同僚である研究員の茶々に渋い顔をしたダラスが、ミハエルの言葉にさらに顔を渋くする。
母であるルキーノに対するダラスの過保護と比べれば、部屋の前に探知魔法など可愛いものである。ミハエルの言葉に茶々を入れたロンという研究員がひとしきり笑うと、確かになあと頷いた。
「それで、今回は何を研究なさっているのです?」
ダラスがミハエルを呼ぶときは、大抵違う視点からの意見を求めてる時であった。今回も男性の妊娠、出産についての術の改良に力を入れているというのは母から聞いていた。
三日も帰ってこないダラスに呆れたルキーノが、ミハエルに託した着替えを白衣の内側の異空間収納から取り出すと、それをダラスに手渡した。
「母さんからの伝言です。良い加減シャワーを浴びに帰ってきなさい。だそうです。」
ミハエルが伝えた伝言に反応してか、数人の研究員が体臭を気にする。ここはなんというか、一点集中型の変人の集まりだ。例にももれずその筆頭であるダラスが、清潔魔法はかけているなどと言い訳をする者だから、ミハエルは頭の痛い思いをした。
「一先ず、母さんにはご自身から伝えてください。で、本題は。」
「ああ、そうだった。これなんだが、お前ならどう考える。」
「これは、また随分と難解な…」
ダラスが差し出してきたものは、腹に直接陣を刻まなくても良いように、オブラートのようなものに書かれた構築魔法陣であった。
0
あなたにおすすめの小説
初夜に暴言を吐いた夫は後悔し続ける──10年後の償い【完結】
星森 永羽(ほしもりとわ)
恋愛
王命により、辺境伯ロキアのもとへ嫁いだのは、金髪翠眼の美しき公爵令嬢スフィア。
だが、初夜に彼が告げたのは、愛も権限も与えないという冷酷な宣言だった。噂に踊らされ、彼女を「穢れた花嫁」と罵ったロキア。
しかし、わずか一日でスフィアは姿を消し、教会から届いたのは婚姻無効と慰謝料請求の書状──。
王と公爵の怒りを買ったロキアは、爵位も領地も名誉も奪われ、ただの補佐官として生きることに。
そして十年後、運命のいたずらか、彼は被災地で再びスフィアと出会う。
地位も捨て、娘を抱えて生きる彼女の姿に、ロキアの胸に去来するのは、悔恨と赦しを乞う想い──。
⚠️本作はAIの生成した文章を一部に使用しています。
【完結・BL】胃袋と掴まれただけでなく、心も身体も掴まれそうなんだが!?【弁当屋×サラリーマン】
彩華
BL
俺の名前は水野圭。年は25。
自慢じゃないが、年齢=彼女いない歴。まだ魔法使いになるまでには、余裕がある年。人並の人生を歩んでいるが、これといった楽しみが無い。ただ食べることは好きなので、せめて夕食くらいは……と美味しい弁当を買ったりしているつもりだが!(結局弁当なのかというのは、お愛嬌ということで)
だがそんなある日。いつものスーパーで弁当を買えなかった俺はワンチャンいつもと違う店に寄ってみたが……────。
凄い! 美味そうな弁当が並んでいる!
凄い! 店員もイケメン!
と、実は穴場? な店を見つけたわけで。
(今度からこの店で弁当を買おう)
浮かれていた俺は、夕飯は美味い弁当を食べれてハッピ~! な日々。店員さんにも顔を覚えられ、名前を聞かれ……?
「胃袋掴みたいなぁ」
その一言が、どんな意味があったなんて、俺は知る由もなかった。
******
そんな感じの健全なBLを緩く、短く出来ればいいなと思っています
お気軽にコメント頂けると嬉しいです
■表紙お借りしました
悪役令息に転生した俺は推しの為に舞台から退場する
ユッキー
BL
前世の記憶を思い出したアレクシスは悪役令息に転生したことに気づく。このままでは推しである義弟ノアが世界を救った後も幸せになれない未来を迎えてしまう。それを回避する為に、俺は舞台から退場することを選んだ。全てを燃やし尽くす事で。
そんな俺の行動によってノアが俺に執着することになるとも知らずに。
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*本編完結しました
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
竜人息子の溺愛!
神谷レイン
BL
コールソン書店の店主レイ(三十七歳)は、十八歳になったばかりの育て子である超美形の竜人騎士であるルークに結婚を迫られていた。
勿論レイは必死に断るがルークは全然諦めてくれず……。
だが、そんな中で竜国から使者がやってくる。
そしてルークはある事実を知らされ、レイはそれに巻き込まれてしまうのだが……。
超美形竜人息子×自称おじさん
美貌の騎士候補生は、愛する人を快楽漬けにして飼い慣らす〜僕から逃げないで愛させて〜
飛鷹
BL
騎士養成学校に在席しているパスティには秘密がある。
でも、それを誰かに言うつもりはなく、目的を達成したら静かに自国に戻るつもりだった。
しかし美貌の騎士候補生に捕まり、快楽漬けにされ、甘く喘がされてしまう。
秘密を抱えたまま、パスティは幸せになれるのか。
美貌の騎士候補生のカーディアスは何を考えてパスティに付きまとうのか……。
秘密を抱えた二人が幸せになるまでのお話。
虚ろな檻と翡翠の魔石
篠雨
BL
「本来の寿命まで、悪役の身体に入ってやり過ごしてよ」
不慮の事故で死んだ僕は、いい加減な神様の身勝手な都合により、異世界の悪役・レリルの器へ転生させられてしまう。
待っていたのは、一生を塔で過ごし、魔力を搾取され続ける孤独な日々。だが、僕を管理する強面の辺境伯・ヨハンが運んでくる薪や食事、そして不器用な優しさが、凍てついた僕の心を次第に溶かしていく。
しかし、穏やかな時間は長くは続かない。魔力を捧げるたびに脳内に流れ込む本物のレリルの記憶と領地を襲う未曾有の魔物の群れ。
「僕が、この場所と彼を守る方法はこれしかない」
記憶に翻弄され頭は混乱する中、魔石化するという残酷な決断を下そうとするが――。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる