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翌日、ミハエルは昼休憩がてら城の中庭でもそもそとバゲットサンドを食べていた。一夜明けても目は腫れたまま、なんだか連日サディンのせいで泣いてばかりいるせいかミハエルは自分の元の顔を忘れかけていた。
中庭の四阿で食べるフィッシュサンドが美味しい。のんびりと口を動かして、そして喉が乾いたなあと持ってきていた水筒で喉を潤す。
なんともほのぼのとした午後である。ミハエルの静かなる昼食をそっと見守る人影があることに気づきもしないまま、今日も医術局の天使はマイペースにお昼休みを満喫していた。
「ミハエル先生っていつも一人だけど、友達いないのかな。」
「ばっかオメー、高嶺の花っつーのはよ、常に孤高なんだよ。みんなが牽制しあって手を出さねえってやつよ。そんなことも知らねえのかおめー。」
「あ、口端にソースついてる可愛い。」
「うっわタルタルじゃん。いい仕事しやがるぜ。」
コソコソと陰ながら見守っているのは、ミハエル医師を見守り隊という名で、主に進行方向の異物やら不審者などを取り払いながら、推しの健やかなる日常生活を守るための活動を行なっている親衛隊の二人である。と言っても二人しかいないのだが。
本職は庭師だ。庭師と言ってもバリバリの肉体派でなければこの城では雇ってもらえない。故に二人して元傭兵という過去を持つ異色の庭師だ。
「へっく…ひんっ…」
「可愛い。」
「可愛い。」
「うん…?」
びっくりした。ミハエル医師のくしゃみは小鳥の囀りなのかもしれない。そんな馬鹿なことを思っていたら、二人して思わず声が揃ってしまった。
生垣の中。二人揃って仲良く身をかがめていたのだが、どうやら今の一言でミハエルに存在を気づかれたらしい。カサカサと控えめに歩く足音から、かすかな怯えを感じることができる。こんな城の中に魔物なんか出るはずないのに怯えてる可愛い。そんなことを思いながら地べたにへばりついていたジキルとカルマは、その足音が止まったことを確認すると、恐る恐る顔を上げた。
「こんにちは…?」
「ここここおっこんにちわああ…」
「こんちわ。」
そこには太陽を背負って、不思議そうな顔をして挨拶をするミハエルがいた。腰を抜かすジキルと違い、カルマは相変わらずこちらも負けぬマイペースさで挨拶を返す。二人して庭師の格好をしているので、中庭にいるのは何も変ではない。だからこそ堂々とすればいいのになあとカルマはジキルを見た。
「あ、えーと…お膝はもう大丈夫ですか?」
「ひひ、膝ぁ!?」
「この間お前木から落ちた時のこと言われてんだよ。」
ジキルの勢いにびっくりはしたものの、ミハエルはヨイショと生垣を跨ぐと、すっころぶジキルの横に膝をついた。
「ミハエル先生、あなたが膝をつくことはいけません。」
「カルマさん、お気遣いありがとう、でももしかしたら、ジキルさんまだお膝治ってないから転んじゃったかもしれないから。」
そう言ってミハエルはあっけに取られているジキルの作業服のボトムスに手をかけると、いよいよジキルは顔を真っ青にさせた。
「す、すね毛剃ってねえから脱ぐのは嫌だあ!!」
「ブフっ…そこなのかよ!」
言うに事欠いてそれかいと、素っ頓狂な声をあげて喚くジキルをカルマが笑う。ミハエルもびっくりはしたが、二人のやり取りに小さく拭き出すと、そっとジキルの手を取った。
「そうですね、突然不躾でした。肩を貸しますから、医務室にいきましょう。僕も男ですから、臑毛が生えていてもなんとも思いませんよ。」
「俺今日死ぬのかな!?」
「膝の怪我で人は死にません、ほら、カルマさんも一緒にどうぞ。」
「うん、」
うんじゃねえだろ!そう言って喚くジキルに肩を貸しながら、ミハエルと共に立ち上がる。本当はどこにも痛いところなんてないのだけれど、こんな千載一遇のチャンスを逃す手立てはない。カルマはにこりと笑うと、ジキルの膝にさりげなく蹴りを入れてから一歩を踏み出した。突然うめくジキルに心配そうな顔をしたものの
ミハエルはもうすぐですからねと言って、首から水筒をぶら下げたままその場を後にした。
薬品の匂いが仄かにする、ミハエルの白い医務室のベットの上で、ジキルが顔を真っ赤にして座っていた。カルマの馬鹿野郎が蹴りやがった膝は、せっかく治りかけていたというのにまた悪化した。しかしこれも、ミハエル先生に触れてもらうための代償かと思うと溜飲は下がるのだが、納得はしていない。
現在ミハエルによってボトムスを中途半端に脱がされたジキルは、下肢にクッションを押し付けながら必死で素数を数えていた。
「庭師さんでも、プライベートではギルドで依頼を受けていると聞きました。僕は怖くてギルドには行ったことがないけれど、ジキルさんもカルマさんも、二人で組んでやっているのですか?」
「ミハエル先生、ギルド興味あるの?戦えるイメージないけど。」
「そ、それは僕だって男ですから、…でも、やっぱり痛いことは苦手ですが…、憧れてはいますね。」
そっとミハエルの手が、赤く腫れたジキルの膝に添えられる。膝は先日縫ってもらったばっかりだ。細かな傷に消毒をしてもらい、ガーゼの上から腫れた部分を氷嚢で冷やされる。労るように膝を撫でないでほしい。別のところも腫れてしまいそうだった。
「それにしても、先日見た時よりも悪化してますね。しばらくはギルドに向かわれるのは控えた方がよろしいかと、」
「いやこいつがさっきけったぁい!!」
「俺もそう思う。うん、治るまでミハエル先生に見てもらおう。そうしよう。」
不思議なところせアクセントをつけるのだなあと首を傾げるミハエルに、膝に電気を走らされたジキルは顔を真っ赤にしてカルマを睨む。
属性魔法を放つにしても限度があるだろう。そんな目を向けるジキルに、カルマは満面の笑みで見つめ返した。
中庭の四阿で食べるフィッシュサンドが美味しい。のんびりと口を動かして、そして喉が乾いたなあと持ってきていた水筒で喉を潤す。
なんともほのぼのとした午後である。ミハエルの静かなる昼食をそっと見守る人影があることに気づきもしないまま、今日も医術局の天使はマイペースにお昼休みを満喫していた。
「ミハエル先生っていつも一人だけど、友達いないのかな。」
「ばっかオメー、高嶺の花っつーのはよ、常に孤高なんだよ。みんなが牽制しあって手を出さねえってやつよ。そんなことも知らねえのかおめー。」
「あ、口端にソースついてる可愛い。」
「うっわタルタルじゃん。いい仕事しやがるぜ。」
コソコソと陰ながら見守っているのは、ミハエル医師を見守り隊という名で、主に進行方向の異物やら不審者などを取り払いながら、推しの健やかなる日常生活を守るための活動を行なっている親衛隊の二人である。と言っても二人しかいないのだが。
本職は庭師だ。庭師と言ってもバリバリの肉体派でなければこの城では雇ってもらえない。故に二人して元傭兵という過去を持つ異色の庭師だ。
「へっく…ひんっ…」
「可愛い。」
「可愛い。」
「うん…?」
びっくりした。ミハエル医師のくしゃみは小鳥の囀りなのかもしれない。そんな馬鹿なことを思っていたら、二人して思わず声が揃ってしまった。
生垣の中。二人揃って仲良く身をかがめていたのだが、どうやら今の一言でミハエルに存在を気づかれたらしい。カサカサと控えめに歩く足音から、かすかな怯えを感じることができる。こんな城の中に魔物なんか出るはずないのに怯えてる可愛い。そんなことを思いながら地べたにへばりついていたジキルとカルマは、その足音が止まったことを確認すると、恐る恐る顔を上げた。
「こんにちは…?」
「ここここおっこんにちわああ…」
「こんちわ。」
そこには太陽を背負って、不思議そうな顔をして挨拶をするミハエルがいた。腰を抜かすジキルと違い、カルマは相変わらずこちらも負けぬマイペースさで挨拶を返す。二人して庭師の格好をしているので、中庭にいるのは何も変ではない。だからこそ堂々とすればいいのになあとカルマはジキルを見た。
「あ、えーと…お膝はもう大丈夫ですか?」
「ひひ、膝ぁ!?」
「この間お前木から落ちた時のこと言われてんだよ。」
ジキルの勢いにびっくりはしたものの、ミハエルはヨイショと生垣を跨ぐと、すっころぶジキルの横に膝をついた。
「ミハエル先生、あなたが膝をつくことはいけません。」
「カルマさん、お気遣いありがとう、でももしかしたら、ジキルさんまだお膝治ってないから転んじゃったかもしれないから。」
そう言ってミハエルはあっけに取られているジキルの作業服のボトムスに手をかけると、いよいよジキルは顔を真っ青にさせた。
「す、すね毛剃ってねえから脱ぐのは嫌だあ!!」
「ブフっ…そこなのかよ!」
言うに事欠いてそれかいと、素っ頓狂な声をあげて喚くジキルをカルマが笑う。ミハエルもびっくりはしたが、二人のやり取りに小さく拭き出すと、そっとジキルの手を取った。
「そうですね、突然不躾でした。肩を貸しますから、医務室にいきましょう。僕も男ですから、臑毛が生えていてもなんとも思いませんよ。」
「俺今日死ぬのかな!?」
「膝の怪我で人は死にません、ほら、カルマさんも一緒にどうぞ。」
「うん、」
うんじゃねえだろ!そう言って喚くジキルに肩を貸しながら、ミハエルと共に立ち上がる。本当はどこにも痛いところなんてないのだけれど、こんな千載一遇のチャンスを逃す手立てはない。カルマはにこりと笑うと、ジキルの膝にさりげなく蹴りを入れてから一歩を踏み出した。突然うめくジキルに心配そうな顔をしたものの
ミハエルはもうすぐですからねと言って、首から水筒をぶら下げたままその場を後にした。
薬品の匂いが仄かにする、ミハエルの白い医務室のベットの上で、ジキルが顔を真っ赤にして座っていた。カルマの馬鹿野郎が蹴りやがった膝は、せっかく治りかけていたというのにまた悪化した。しかしこれも、ミハエル先生に触れてもらうための代償かと思うと溜飲は下がるのだが、納得はしていない。
現在ミハエルによってボトムスを中途半端に脱がされたジキルは、下肢にクッションを押し付けながら必死で素数を数えていた。
「庭師さんでも、プライベートではギルドで依頼を受けていると聞きました。僕は怖くてギルドには行ったことがないけれど、ジキルさんもカルマさんも、二人で組んでやっているのですか?」
「ミハエル先生、ギルド興味あるの?戦えるイメージないけど。」
「そ、それは僕だって男ですから、…でも、やっぱり痛いことは苦手ですが…、憧れてはいますね。」
そっとミハエルの手が、赤く腫れたジキルの膝に添えられる。膝は先日縫ってもらったばっかりだ。細かな傷に消毒をしてもらい、ガーゼの上から腫れた部分を氷嚢で冷やされる。労るように膝を撫でないでほしい。別のところも腫れてしまいそうだった。
「それにしても、先日見た時よりも悪化してますね。しばらくはギルドに向かわれるのは控えた方がよろしいかと、」
「いやこいつがさっきけったぁい!!」
「俺もそう思う。うん、治るまでミハエル先生に見てもらおう。そうしよう。」
不思議なところせアクセントをつけるのだなあと首を傾げるミハエルに、膝に電気を走らされたジキルは顔を真っ赤にしてカルマを睨む。
属性魔法を放つにしても限度があるだろう。そんな目を向けるジキルに、カルマは満面の笑みで見つめ返した。
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