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「ほぁーーーーー!」
情けない声が、室内に響いた。そして、その素っ頓狂な声を唐突に出したのはミハエルであった。
「うん、今日も元気が良くて何よりだが少し落ち着きなさい。」
「これが落ち着いていられますか!!」
「わかったわかった、父が悪かったから憤慨するな。」
顔を真っ青にさせて、両手で覆う。ミハエルは膝から崩れ落ちるように酷く落ち込んだ。なんでって、それは朝からエルマーが爆弾を投下したからである。
「逆になんでおめーはそんなに落ち着いていられんだあ。」
「んなもん、出処がこちらと決まっているなら、犯人探しも簡単だろうが。」
「それをそんなに踏ん反り返って言えるのはお父さんだけです!」
普段大人しくおっとりとしたミハエルがひどく取り乱す。エルマーから告げられた、妊娠薬の流出。その話を朝一から聞かされたダラスとミハエルは、その被害者である男娼の遺体を検分するのが一番早いとわかっていた。エルマーはというと、研究室の扉にもたれかかりながら床に正座をするミハエルを見下ろす。
ダラスの血が入っている割には酷くしおらしい。やはりルキーノの子育ての賜物だなあと思う。すっと指を差すようにエルマーが手をのばすと、落ち込むミハエルの形の良い額へと、べちんといい音を立ててデコピンをした。
「にょっ、ぅ、ぉ、おおぉぅ…っ…!!!」
「お前は意味もなくミハエルを虐めるなバカモノ!!」
「ああ、つい俺の中のわんぱく心が。」
額を抑えて、土下座のような格好で妙な悲鳴を上げたミハエルが、痛みのあまりうずくまる。こめかみに血管を浮かせたダラスが寄り添うようにミハエルの背を撫でてやりながら、突然のちょっかいをかけたエルマーに怒鳴った。
エルマーのデコピンはクソほど痛いのだ。わんぱく心で脳震盪を起こしてもおかしくない。これがお仕置きだとしたら、常人に合わせたお仕置きにしてほしかった。
「んで、検死すんだろ?遺体ならまだ保管してるらしいけど、どうする?」
「一度開いているのだろう。なら手間は省ける。その時の書類はあるのか。」
「あ、それは医術局の管轄です。僕が取ってきます。」
遺体はすでに5日は経っている。防腐魔法をかけてはいるが、そろそろ火葬もしてやりたい。
ミハエルは額に治癒をかけながら立ち上がると、白衣の裾を叩いて埃を落とす。そのまま書類を取りに向かうべく、研究室の扉に手をかけたときだった。
「おぅっ…ーーーーー!!!」
「あ、悪い。」
ゴン!といういい音が響いて、突然開いたドアがミハエルの顔に当たったらしい。泣きっ面に蜂とはまさにこのこと、ミハエルは涙目になりながら顔を抑えてへなへなとしゃがみ込むと、さすがのダラスも息子の鈍臭さにいささか呆れた顔をした。
「はぅ…」
「あーあ、ほら見せてみ。」
「ふぁ、おきづかいな、」
く。までは続かなかった。ミハエルを心配してくれたその人は、サディンその人であったからだ。
「さ、さでぃっ、さ、」
「俺はそんな変な名前じゃない。」
そっと避けるようにミハエルの前髪を耳にかけてやると、その赤くなった額に優しく掌を当てた。
はゎ、と変な声を漏らしながら硬直したミハエルを気にせずに、サディンは治癒をかけてやる。泣きっ面に蜂でかなり痛かったが、まさかこんなご褒美が待っているなんて聞いてない。ミハエルはきゅうっと口を噤み、目まで瞑って顔をクシャッとさせながら大人していた。
まさかその顔を見てサディンが吹き出しそうになるのを堪えていたのも気づかずにだ。少しでも長くサディンに触れてもらいたい。ミハエルのそんな恋心は、今日もまた一方通行には変わりなかった。
「んで、ミハエルは何しに出てくつもりだったの。」
「へ、ぁ…、医術局に、ちょっとそこまで…」
「サディン、お前来たところわりいけど着いてってやんな。」
「えぇ!?」
エルマーの何気ない一言に仰天した。いつも一人で行っているから、何も危ないことなんてない。だから、尚更そんなことを言われるだなんておもわなかったのだ。
遠慮する気持ちは小さじほどある。だけど、これは自分から気まずくさせてしまったサディンとの関係の修復のきっかけになるのではないか。ミハエルの中の心の声が、後押しする可のように語りかける。
「そのつもり。行くよミハエル。」
「お、お供します!!」
「や、お供するのは俺なんだけど。」
ミハエルの言葉にエルマーは吹き出した。サディンからは、何とっ散らかったことを言っているのだと若干呆れた目で見られたが、そんな顔にもキュンとしてしまうから始末に負えない。頬を染めながら扉を開けて通路を譲るミハエルに、いやなんでお前にエスコートされるんだとサディンは思ったが、なんだか指摘するのも面倒くさかったので言うのはやめた。
ミハエル的には、出来る部分というか、男らしくエスコートしたつもりだったのだが、明らかに対象を間違えているということに本人は気づいていない。自身が謎の手応えを感じてはいるだけであった。
医術局では。回廊を抜けて行かねば着かない。研究室とは深い関わりがあるのにも関わらず、なぜだか場所は離れているのが腑に落ちない。でも、そんな距離が今は嬉しかった。
ミハエルの少し高めのソールの靴は、サディンに少しでも近づきたいという気持ちからである。肩から少し頭がはみ出るくらいの身長にしてくれるそれは、ミハエルが子供扱いをされてからずっと履いているものである。
「事件の話、もう聞いたのか?」
「あ、ええと…妊娠薬の流出、ですよね…はい、すみません…」
「まて、先を急ぐな。その件に関しては経緯がはっきりしてからだ。」
少しだけ、いつもより声が低い。舞い上がっていたのはミハエルだけだったようで、たしかに人死にが出ているというのに不自然な態度だったことを恥じた。
「あまりすぐ謝るな。悪い癖だ。」
「あ…は、そ、そうですね…はい、」
静かな声が降ってくる。また面倒だと思われただろうか。
すぐ近くにサディンがいるのに、顔を見れない。顔を見るためには見上げなきゃいけないのに、なんとなくそれが少し怖くて、結局ミハエルは少し後ろを歩くことにした。
結局、ソールで身長を誤魔化したところで自分はこうなのだ。サディンの後姿をみながら諦めたように少しだけ俯く。こういうところが無くなれば、自分に自身が持てるのだろうか。
情けない声が、室内に響いた。そして、その素っ頓狂な声を唐突に出したのはミハエルであった。
「うん、今日も元気が良くて何よりだが少し落ち着きなさい。」
「これが落ち着いていられますか!!」
「わかったわかった、父が悪かったから憤慨するな。」
顔を真っ青にさせて、両手で覆う。ミハエルは膝から崩れ落ちるように酷く落ち込んだ。なんでって、それは朝からエルマーが爆弾を投下したからである。
「逆になんでおめーはそんなに落ち着いていられんだあ。」
「んなもん、出処がこちらと決まっているなら、犯人探しも簡単だろうが。」
「それをそんなに踏ん反り返って言えるのはお父さんだけです!」
普段大人しくおっとりとしたミハエルがひどく取り乱す。エルマーから告げられた、妊娠薬の流出。その話を朝一から聞かされたダラスとミハエルは、その被害者である男娼の遺体を検分するのが一番早いとわかっていた。エルマーはというと、研究室の扉にもたれかかりながら床に正座をするミハエルを見下ろす。
ダラスの血が入っている割には酷くしおらしい。やはりルキーノの子育ての賜物だなあと思う。すっと指を差すようにエルマーが手をのばすと、落ち込むミハエルの形の良い額へと、べちんといい音を立ててデコピンをした。
「にょっ、ぅ、ぉ、おおぉぅ…っ…!!!」
「お前は意味もなくミハエルを虐めるなバカモノ!!」
「ああ、つい俺の中のわんぱく心が。」
額を抑えて、土下座のような格好で妙な悲鳴を上げたミハエルが、痛みのあまりうずくまる。こめかみに血管を浮かせたダラスが寄り添うようにミハエルの背を撫でてやりながら、突然のちょっかいをかけたエルマーに怒鳴った。
エルマーのデコピンはクソほど痛いのだ。わんぱく心で脳震盪を起こしてもおかしくない。これがお仕置きだとしたら、常人に合わせたお仕置きにしてほしかった。
「んで、検死すんだろ?遺体ならまだ保管してるらしいけど、どうする?」
「一度開いているのだろう。なら手間は省ける。その時の書類はあるのか。」
「あ、それは医術局の管轄です。僕が取ってきます。」
遺体はすでに5日は経っている。防腐魔法をかけてはいるが、そろそろ火葬もしてやりたい。
ミハエルは額に治癒をかけながら立ち上がると、白衣の裾を叩いて埃を落とす。そのまま書類を取りに向かうべく、研究室の扉に手をかけたときだった。
「おぅっ…ーーーーー!!!」
「あ、悪い。」
ゴン!といういい音が響いて、突然開いたドアがミハエルの顔に当たったらしい。泣きっ面に蜂とはまさにこのこと、ミハエルは涙目になりながら顔を抑えてへなへなとしゃがみ込むと、さすがのダラスも息子の鈍臭さにいささか呆れた顔をした。
「はぅ…」
「あーあ、ほら見せてみ。」
「ふぁ、おきづかいな、」
く。までは続かなかった。ミハエルを心配してくれたその人は、サディンその人であったからだ。
「さ、さでぃっ、さ、」
「俺はそんな変な名前じゃない。」
そっと避けるようにミハエルの前髪を耳にかけてやると、その赤くなった額に優しく掌を当てた。
はゎ、と変な声を漏らしながら硬直したミハエルを気にせずに、サディンは治癒をかけてやる。泣きっ面に蜂でかなり痛かったが、まさかこんなご褒美が待っているなんて聞いてない。ミハエルはきゅうっと口を噤み、目まで瞑って顔をクシャッとさせながら大人していた。
まさかその顔を見てサディンが吹き出しそうになるのを堪えていたのも気づかずにだ。少しでも長くサディンに触れてもらいたい。ミハエルのそんな恋心は、今日もまた一方通行には変わりなかった。
「んで、ミハエルは何しに出てくつもりだったの。」
「へ、ぁ…、医術局に、ちょっとそこまで…」
「サディン、お前来たところわりいけど着いてってやんな。」
「えぇ!?」
エルマーの何気ない一言に仰天した。いつも一人で行っているから、何も危ないことなんてない。だから、尚更そんなことを言われるだなんておもわなかったのだ。
遠慮する気持ちは小さじほどある。だけど、これは自分から気まずくさせてしまったサディンとの関係の修復のきっかけになるのではないか。ミハエルの中の心の声が、後押しする可のように語りかける。
「そのつもり。行くよミハエル。」
「お、お供します!!」
「や、お供するのは俺なんだけど。」
ミハエルの言葉にエルマーは吹き出した。サディンからは、何とっ散らかったことを言っているのだと若干呆れた目で見られたが、そんな顔にもキュンとしてしまうから始末に負えない。頬を染めながら扉を開けて通路を譲るミハエルに、いやなんでお前にエスコートされるんだとサディンは思ったが、なんだか指摘するのも面倒くさかったので言うのはやめた。
ミハエル的には、出来る部分というか、男らしくエスコートしたつもりだったのだが、明らかに対象を間違えているということに本人は気づいていない。自身が謎の手応えを感じてはいるだけであった。
医術局では。回廊を抜けて行かねば着かない。研究室とは深い関わりがあるのにも関わらず、なぜだか場所は離れているのが腑に落ちない。でも、そんな距離が今は嬉しかった。
ミハエルの少し高めのソールの靴は、サディンに少しでも近づきたいという気持ちからである。肩から少し頭がはみ出るくらいの身長にしてくれるそれは、ミハエルが子供扱いをされてからずっと履いているものである。
「事件の話、もう聞いたのか?」
「あ、ええと…妊娠薬の流出、ですよね…はい、すみません…」
「まて、先を急ぐな。その件に関しては経緯がはっきりしてからだ。」
少しだけ、いつもより声が低い。舞い上がっていたのはミハエルだけだったようで、たしかに人死にが出ているというのに不自然な態度だったことを恥じた。
「あまりすぐ謝るな。悪い癖だ。」
「あ…は、そ、そうですね…はい、」
静かな声が降ってくる。また面倒だと思われただろうか。
すぐ近くにサディンがいるのに、顔を見れない。顔を見るためには見上げなきゃいけないのに、なんとなくそれが少し怖くて、結局ミハエルは少し後ろを歩くことにした。
結局、ソールで身長を誤魔化したところで自分はこうなのだ。サディンの後姿をみながら諦めたように少しだけ俯く。こういうところが無くなれば、自分に自身が持てるのだろうか。
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