こっち向いて、運命。-半神騎士と猪突猛進男子が幸せになるまでのお話-

だいきち

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「どちらへ」
「…宰相に呼ばれております。道を開けてください。」
「嘘ですよね。」
「用があるのは本当です!」

 なんでそんな意地悪なことをするのか分からず、ミハエルは語気を強める。サディンよりも少し低い位か。見上げると、それでも距離が近いせいか圧迫感を感じる。一歩詰められ、一歩下がる。ぐっと眉間にシワを寄せるミハエルに、騎士は心外だとでも言うように眉を下げた。

「なんでそんなに怖い顔をするのですか。貴方にそんな顔は似合わない。」
「貴方がそこをどいてくだされば、僕だって怒りを納めます。」
「なら、俺の名前を呼んでくださればこの身を引きましょう。」
「名前、…」

 ミハエルの瞳が戸惑いの色を見せた。名乗られたこともなければ、名簿だって使っていなかった。あの忘れ物の本だって、結局名前を探す前に内容を読んでしまったせいで、ミハエルの記憶を漁っても騎士の名前は出てこなかった。

「ミハエル先生、どうしました。こんな簡単なことは無いですよ。貴方はただ俺の名前を呼ぶだけでいい。」
「貴方は、たしか恋人がいると伺いましたが。」
「おやまあ、そういう所だけは覚えているのですね。」

 ニコリと笑って、ミハエルの肩に手をのばす。身の危険を感じて慌てて振り払うと、茶髪の男は乾いた笑いを漏らした。

「肩のごみを取って差し上げようとしただけなのに。」
「え、」

 心外です。そう言って残念そうに宣う男にのせられて、ミハエルが自分の肩を確認しようとしたときだった。

「ぁ、っーーーー、」

 ミハエルが男から視線を反らしたと同時に、視界が弾けるかのような鋭い痛みがミハエルの右側頭部に走った。何が起きたのかわからない。耳鳴りがして、ミハエルの膝がぬける。かくりと細い体が崩れ落ちるのを受け止めると、騎士はそっとミハエルの耳元に唇を寄せた。

「ミハエル、貴方はずっと愚かなままでいてください。」
「な、にぃ…っ、…」
「いいえ、少々お休みください。次起きるときは、城にあなたの居場所はない。」

 そういって笑うと、その体を抱き込んだまま魔力を纏った。欲しいものは手に入った。後はじっくりと待つだけでいい。

「俺はサリエルですよ、名前似てるから、すぐ覚えられますねえ。」

 意識をぼんやりとさせたミハエルの額にそっと口付ける。サリエルは鼻歌でも歌い出しそうな位ごきげんにミハエルを抱きしめると、ふわりと風を纏う。不思議な色合いの瞳がゆっくり細まると、瞬きをひとつするほどの間に、二人はどこかへと消えてしまったのであった。
 


「遅くないか。」
「と、いいますと。」

 カインに与えられた執務室で、相変わらず目の下にくまをこさえた疲労顔で時計を見上げる。父からは、市井での調査に当たってミハエルを使うという話を聞いている。一応時短でも許嫁は許嫁だ。カインにも話を通しておこうという事らしい。
 そんなの気にしなくても勝手にやってくれと思うのだが、いちいちそういった事実を残さねばならんというのはまことに時間の無駄である。
 そして、時間の無駄といえば。いつもなら5分前くらいには着くはずのドクソ真面目なミハエルがこちらに来ていない。

「腹でも壊したか。」
「イズナが迎えに行ってまいりましょうか。」
「いや、いい。もう少しまとう。」

 いくら幼なじみでも、カインを待たすということはしたことがない。珍しく遅れているのが仕事絡みならいいのだが、何も連絡がないと気になることは気になる。

「カイン様、ではジルバ様に確認をしてまいります。恐らくミハエル様のことですから、遅れる旨のご報告は、まずお父上にお話されてるのではありませんか?」
「む、そうか…、ああ、そのほうがしっくりくるな。頼まれてくれるか。」
「承知いたしました。」

 そういって、イズナはカインに離席する無礼を詫びるかのように一礼をする。それを鷹揚に頷いて答えたタイミングで、部屋の扉がノックされた。

「ん?」
「見て参ります。」
「頼む。」

 イズナがどうぞと声をかける。ノックをした割には静かに待っている様子に怪訝そうな顔をすると、どうするかと確認を取るようにカインに振り向いた。

「ミハエルが来ていない。」
「ーーーーーっ、」

 突然の背後からの声かけに、カインの声なき悲鳴があがる。ぎょっとしたのもつかの間、イズナが慌てて構えた目の前にいたのは、涼やかな顔をしてカインに入れた紅茶を飲むジルバであった。
 
「ち、父上…毎度のことながら影渡をなさるなら俺の部屋の扉の前まででお願いいたします。」
「カイン、効率を考えろ。俺がこちらにきながら、刺客の奇襲への対処も学べるのだぞ。これは父からの子への愛ある教えの一つだと思え。」
「奇襲されて一番困るのはイズナだろう…、ああ、お前は気にすることはない。こんなイレギュラーは早々には起こらんからな。」
 
 動揺しすぎて言葉を失っているイズナに珍しくフォローを入れると、カインは跳ね上がった心臓を宥めるかのようにゆっくりと深呼吸をする。真顔でいるのに、こんなにも不遜な態度に見えるのは父の性格のせいだろう。ため息混じりにジルバを見上げると、片眉を吊り上げて反応を返された。何がだと言わんばかりに。
 
「ミハエルはこちらにもまだきていません。てっきり遅れるなら父さんのところに一報があったかと思ったのですが。」
「ないな。不敬な父親と違ってあいつは敬虔な信徒のようなやつだからな。ふむ。」
 
 ジルバが考えるような素振りを見せた。チラリと時計をみる。流石にこれ以上ミハエルを待つのに時間を割くのは執務に影響がが出る。カインは仕方なく、ミハエルに日を改めるようにとイズナに言伝を頼んだ。
 
「あいつが幼馴染でなければこうはいかんぞ、全く。」
「では医術局に言って参ります。」
 
 ジルバが飲み干した紅茶のおかわりを継ぎ足しながらイズナが言うと、カインは小さく頷いた。引き出しを開けて、一枚の紙を取り出す。あのおっとりとしたミハエルが、わざわざ多忙なスケジュールを組むわけもない。任務についても決まった時点でミハエルから相談させて欲しいと話が上がってきたほどだ。
 
「ミハエルは今日どこかに行く予定などなかったはずだがな。」

 改めて、イズナが一礼をして部屋から出ていく姿を見送ると、ジルバはカップに角砂糖を一つ入れた。
 
「ただの多忙ならいいがなあ。」
「父上、洒落にならないことを言わないでくださいよ。第一、神や悪魔でもない限り、この城で好き好んで悪さを働く奴なんかおらんでしょう。」
 
 カインがまるで軽口を叩くようにそう宣った瞬間、ジルバの動きがぴたりととまった。
 紅茶を口にしようとした動きのまま、数秒停止した父親の様子に、カインは思わず黙りこくる。
 ふわりと体にまとっていたジルバの魔力が知覚化すると、まるで砂の中に隠れていた琴線を引き摺り出すようにして一本の細く、黒い蜘蛛の糸が床からジルバの目線の高さまで浮かび上がる。
 城中に張り巡らしている、ジルバの蜘蛛の糸のうちの一本だ。
 その、本来見えてはいけないはずの糸先が便りなく晒されたことに、カインは小さく息をのんだ。
 
「…入り込んだな。何かが。」
「糸の先はどこに繋がっていましたか。」
 
 切り取られたかのように垂れたそれを摘み上げたジルバが、そっと手の内にその魔力の糸をしまっていく。糸の先は、とある場所に忍ばせていたうちの一つであった。
 
「医務室だ。」
 
 そこは兵舎からほど近い、ミハエルの仕事場に他ならなかった。   
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