こっち向いて、運命。-半神騎士と猪突猛進男子が幸せになるまでのお話-

だいきち

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 片付けられた室内で、暫く待つように言われた。ミハエルは恐らく館の主の執務室であろう部屋で、膝を揃えてソファに腰を下ろしていた。これから、この箱庭の主に会うのだ。机はひどく年季が入っている。今の所、消毒液やら薬品の臭いは感じない。この部屋ではないのかもしれないなあと思った。

「おや、新しいお客様かな。」

 ドアノブの回る音がした後、ゆっくりと扉が開かれた。ミハエルはゆっくり立ち上がると、その男に向き直る。
 年重は40代だ。事前に聞き及んでいたので、おそらく間違いはないだろう。痩せぎすで、柔和な笑みを浮かべると、かけてて構わないよと促された。

「ヨナハンさんからご紹介頂きました。」
「これはまた随分ときれいな子が入ってきたなあ、ユリくんもだけど、惜しむらくは長く務められないことか。」
「二十歳までとお伺いしております。」
「ヨナハンから聞いたかい?」

 男はニコリと微笑むと、目の前の執務机につく。手で促され、もう一度腰掛けると、結んでいた髪を後ろに流した。
 ミハエルは、浅く腰を掛けたまま、ゆっくりと見つめ返した。相手の返答を待つように大人しく。

「青年の美しさは20歳までだとおもうんだ。ほら、他の娼館だと、年齢は逆に18から上だろう。棲み分けるのにもいいよね。あとは何より体力がある。」

 他の店ではお目にかかれない若い粒揃いを求める客も多いしね。そう語った後ニコリと微笑んだ男は、名を告げぬまま、己のことをお父さんと呼べといった。

「君は2年ほどしかいられない。でもね、居場所がないなら幸せにしてあげるから安心おし。」

 ミハエルは、その言葉に戸惑いながらも、微笑むだけに留める。男に指名されるまでは、好きに過ごすように言われた。館の中には各々の部屋があるらしく、いまここに在籍しているのはミハエルをいれて四人だという。

「四人のうち、動けるのは君とユリかな。一人は今、とある貴族と結婚して、子育て中なんだ。だから人手が足りなくてね。」
「そんなこともあるのですか。」
「うん、まあ頻繁には無いけどね。そうだ、名前を与えてあげなくてはいけないね。そうだなあ…」

 ミハエルはもうひとりの話を聞きたかったのだが、どうやらそれはうまく誤魔化されたようだった。もうひとりは、館の中にいるのだろうか。そんなことを思っていたら、扉をノックする音が聞こえた。

「はい、どうぞ。」
「お父さん、ちょっといいですか?」
「ああおいで、マリー。新しい子が入ったからご挨拶なさい。」
「新しい子、」

 マリーと呼ばれた青年は、褐色の肌に赤眼が美しい黒髪の麗人であった。耳の先がつんと尖り、その身にワンピースのような女性的な服を着ていた。
 
「今晩は、ええと。」
「まだ名を与えていなくてね。丁度今決めようとしていたところだったんだ。」

 マリーは不思議そうにミハエルを見つめると、そっとその隣に腰掛けた。優しく触れられ、擽ったくて肩をはねさせると、流していた髪をそっと耳にかけられる。

「え、人?」
「ええ、保有魔力だけが取り柄です。」
「そうなんだ…あ、僕は偏見とかないから好きにして。でも、…頑張ろうね。」
「え?あ、はい…」

 マリーは憂いを帯びた瞳でミハエルを見ると、館の主はニコリと笑う。ここは確かに、半魔のものしか敷居を跨げない。そんななかミハエルが選ばれたのは、確かにイレギュラーなのだろう。ミハエルは2つの魔力を身に宿す。言わずもがなサリエルなのだが、どうやらその存在は検知されてはいないようであった。

「リンドウ。そうだな、君はリンドウにしよう。」
「紫の美しい花をつけるの。君の凛とした魅力には相応しいと思うよ。」

 マリーは細い腕をミハエルに絡ませると、ぎゅうと抱きしめた。柔らかく、いい匂いがする。そっとその背に手を添えると、宥めるように背を撫でた。

「リンドウ、君には期待している。人の枠組みに閉じ込めておくのは実に惜しい美しさがある。マリーと一緒に、ユリに会いに行っておいで。」
 
 慈愛を感じる柔らかな笑みだ。お父さんと呼べと言うだけあり、包容力さえ感じる。マリーに手を握られ、促されるように立ち上がった。リンドウと呼ばれたミハエルは、扉の前で一礼だけすると、マリーに引かれるままにその場を後にした。

「リンドウ、ヨナハンから聞いたよ。傷とか直せるんだって?」
「ええ、…ただ、余り期待はされたくは無いのですが。」
「ううん、変な意味じゃなくて。お客様もさ、剣を握る人もいるから。もし傷ついてたら、治してあげると喜ばれるよ。」
「たしかに、…マリーもされているのですか?」
「ううん、センス無いんだよね。ほら、僕は半魔だから治癒術と相性よくなくて。」

 マリーと手を繋ぎながら、そんな会話をする。治癒術ができるのは羨ましい、そう言う様子から、おそらく自分に使うのにも必要なのだろうと推察した。マリーの細い手首には強く引っ掻いたような擦過傷だと思われる跡があった。ミハエルがそっとその手首に触れると、恥ずかしそうに服で隠してしまった。

「お金をいただくからね、ご要望には答えないと。」
「僕で良ければお教えしますよ。」
「本当?なら、ユリにも教えてあげて。」

 嬉しそうにはにかむ。素直な子だなと思った。恐らく同い年だろう。頬を染めながら笑うマリーにつられて、ミハエルも微笑んだ。良かった、どうやら馴染めそうだ。心のなかでほっと息をつく。
 マリーに連れられてやってきた扉の前、ユリと書かれた紙がべたりと貼り付けてあるのがなんとも歪だ。まじまじと見てしまうと、マリーは、中の人も変わり者だよと補足した。

「ユリ、いるんでしょう?入るよ?」

 マリーの声で入室の許可を求めると、どうやら確かに在室しているらしい。ちょっとまってー!と元気な声で返事が帰ってきた。
 どたばたと忙しない音を立てながら、ようやく収まったかと思うと、ガチャリとノブが回る。

「マリー、僕今一人で遊んでたのに。」
「ユリ、血に忠実なのはいいけど、程々にしないとだめだよ。雌臭いのはヒュキントスの格が落ちる。」

 へえへえ、そう言ってうるさそうな顔をするユリは、ミハエルを視界に捉えた。瞬き一つ、ニコリと微笑むと、そっと手を差し出した。

「はじめまして、リンドウ。」

 待ってた。まるでそう言うかのように、シスはいたずらっぽく微笑んだ。
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