こっち向いて、運命。-半神騎士と猪突猛進男子が幸せになるまでのお話-

だいきち

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「…血の匂いですか。」

 ジキルによって雑に巻かれた手首の包帯を眺めながら、マリーは困ったように呟いた。ジキルが自分のことを見つめている。ちろりとそちらを見ると、片眉を上げて話すことを促された。

「えっと…そうですね、正直ここは、そういう匂いが多くてあまり…」
「ああ…たしかに。まあ、俺らには生臭えな。」
「そうか、…なら何かのフェロモンの匂いはしたか?」
「フェロモン?」

 くん、と鼻を効かせると、ちろりと再びジキルを見る。俺じゃねえと言われると頬を染めながら俯いた。黙ってマリーを見下ろしていたサディンが、ハンカチで包んでいた先程の体毛をマリーの目の前に出すと、ぴくんと反応した。

「これがマイアの牢にあったんだ。」
「これ、…すこしだけ嗅いだことのある匂いがする。」
「だれの?」
「ずっと、…ずっと昔、なんか甘い匂い…ううん…」

 サディンの手のひらの上でふんふんと香っていたマリーは、ゆっくりと鼻先を離す。難しい顔をしながら首を傾げると、何かを思い出そうとしているようだった。

「団長、マリーはもう拘束しなくていいだろう。俺のもとに身を寄せさせる。だめか。」
「自傷するからか。」
「それも確かにあるけどよ、こんな生臭えところに俺が来たくねえ。鼻が馬鹿になっちまうからな。」

 ずび、と鼻を啜りながら言うジキルを、期待のこもった目で見上げる青年はゆるゆると尾を揺らす。どうやら嗅覚を研ぎ澄ますのが下手なようで、集中すると部分的に出てしまうようだった。

「ほら、これが俺たち人狼の毛質だ。これと全然ちげぇだろ。」
「きゃぅ、っ」

 むしりとジキルによって尾の毛を抜かれたマリーが、情けない声を上げて身を跳ねさせた。おずおずと尾を抱きしめながら泣きそうな顔をしているあたり、少し硬めのその毛質を気にしているようだった。

「僕も、柔らかな毛ならよかったのに。」
「種族違いだ。そこは諦めるんだな。」
「うぅ…」

 サディンはしばらく毛をつまんで見つめていたのだが、ふと思い至り顔を上げる。いるじゃないか、こういう解析が得意な奴らが。
 その金眼を珍しく輝かせると、勢いよくジキルをみた。

「産業支援研究局。」
「ああ!?」
「ダラスなら調べられるかもしれない。ほら、あそこは変態の集まりだろう。」
「…団長ってたまに失礼だよなあ。」

 友達なんだよね?とジキルは渋い顔をしているが、サディンからしてみたら魔物の生態を研究して国家の発展に活かすというダラスの研究局なんて、まじめな変人変態の集まりだと思っていた。
 ぽかんとしているマリーを見ると、ジキルはその足の枷を捻じり切る。あいかわらずの怪力である。

「おら、お前は俺から離れるな。」

 そういったジキルが、マリーの体を抱き上げる。素足を気にしての行動らしいが、サディンからしてみたら、ジキルもマリーのことを気にいってるように見える。自分のことは棚に上げた上で、こいつは鈍感だよなあと思う。

「ダラスがいれば話は早い。治癒も、ルキーノに頼めばいい。そうだ、そうしよう。」
「おうおう、光明見出すとすぐにテンション上がるよなあ…」 

 そうして、マリーを小脇に抱えたジキルとサディンが研究局に向けて歩みを勧めたのだが、やはりそこは魔窟であった。人狼二人にとって、魔物研究をしている部署というのはとにかく臭い。色々な魔物の体液やら素材をサンプリングしているのだ。
 その悪臭は近づくに連れて濃くなっていく。

「っ、だ、団長…わりいけど、俺はこれ以上はむりだ…」
「わかる。臭いよな。でも、普段はここまでじゃないんだけどな。」

 そう言って、げんなりするジキルと、口を抑えて泣きそうなマリーを後ろに侍らせたサディンは、そのボロボロで痛みの酷い扉のドアノブに手をかけようとして辞めた。
 カタカタと微かに揺れているような気がしたのだ。不自然に動きを止めたサディンを見つめていたジキルが、その扉の足元からかすかに見えた蔓のようなものを視認すると、引きつり笑みを浮かべた。

「お、おい団長…」
「下がってろ、中になにかいる。」

 サディンが体制を低く構えたまま、剣の柄に手をかける。じりじりと後ろに下がるほど、それに抗議するかのようにがたがたと大きくなっていく扉の揺れ。
 扉の奥で誰かの悲鳴が聞こえた瞬間、サディンは一息に剣を振り抜いて扉を両断した。

「な、んだこれ…」

 扉がはずれ、そして目の前にはみちりと詰まったかのようにその身をぎゅうぎゅうに収めている蔓型の魔物がサディンを見下ろす。呆気に取られるようにそれを見上げていれば、扉の奥から聞き慣れた声がした。

「そ、そこに誰かいるのか!すまないがそいつを倒してくれないか!!」
「誰かの使い魔ではないのか!」
「ちがう!!そいつは、っ!」

 大きな蔓の魔物がドクンと震える。その茎の部分を膨らませては、何かを吸い上げるかのようにその身の中身を移動させると、その蔓の隙間からぎょろりと赤い目を咲かせた。

「ジキル!マリーを守れ!」
「合点!」

 サディンは即座に行使された恐慌の状態異常を弾かせると、指で空を切る用にして結界を展開させた。狭い通路で大立ち回りは非常にやりづらい。それに、燃やそうとしても城の中だ。こちらの分が悪い。その魔物は眼を開くたびに状態異常を放つらしい。結界でそれは弾かれてはいるが、ここだと剣も振るえないだろう。

「団長!」

 キィ、という小動物の鳴き声が聞こえた。サディンはその方向へと目を滑らせると、蝙蝠を侍らせたカルマがその瞳を晒したまま、モップ片手に飛び込んできたところであった。

「カルマ!」
「うおおナイスタイミング!!」

 首にマリーをしがみつかせたままのジキルが、片手を上げて声援を送った。カルマの瞳には状態異常は効かない。そのままの勢いでモップを振るいあげると、体を捻り、遠心力をつけた勢いでその中央の目玉にその柄を叩きつけた。

「うわっ!最悪、こいつの体液溶けるやつじゃん!」

 ギィイイ!蝶番の軋むような不快な音を晒しながら、黄色い体液を撒き散らしてその蔦の中に瞳をめり込ませた魔物は、その体液を四方にばら撒きながらシュルシュルと蔦で急所を覆う。

「カルマ、お前が仕留めろ。」
「え?いいの。なら素材はもらおうかな。」

 着ていたシャツは既に体液のせいでぼろぼろだ。シャツの隙間から見える体は、のほほんとしている性格とは裏腹に鍛えられている。

「じ、ジキルさん」
「ああ、大丈夫だから、まあ見とけって。」

 怯えた顔をしたマリーを宥めると、ジキルはにやりと犬歯を見せつけながら悪人面で笑う。

「悪食のカルマ、あいつはなんだって食っちまうぜ。」

 にやりと笑ったカルマが、その瞳をキラリと光らせた。まとう魔力がぐわりと歪むと、その体を魔物のように変化させた。黒く重い髪はふわりとあがり、カルマの破邪の瞳が晒される。指先の爪は長く鋭い。その先端を黒く染めながら変化を終えると、つり上がった口端から鋭い犬歯がちらりと見えた。

「カルマはただのダンピールじゃねえ、あいつは混じりもんだ。」
「あ、え?」
「あいつ、魔女と吸血鬼のハーフだから。」

 サディンが飛びかかっていったカルマを見て言う。カルマ本人がダンピールと言っているのでそうなのだろうが、カルマの母親は破邪の眼を持つ魔女、そして父親が吸血鬼。半魔は半魔でもハイブリッドであるのだ。本人は母似といっているが、大口を開けて食らいついた茎の部分を引き千切りながら襲いかかる姿は、獣に近い。
 魔物は食らって殺す。そしてその魔力はそのままカルマの栄養になるのだ。
 ブチブチと恐ろしい勢いで、まるで穴を掘るかのように魔物の体を穿っていくカルマの服は、すでにもう溶けている。傍から見れば全裸で食っている状態なのだが、本人はこうして食らうのが好きだというから始末に負えない。

「おいカルマ、もういい。お前、素材まで腹に収めるつもりか。」
「ぅぐ、っ…あ、そうだった。」

 たしなめたサディンに反応して、カルマが顔を上げる。口に加えていた大きな目玉を腕で抱きしめるように持ったまま、体液で濡れたひどい姿で照れくさそうに笑うカルマに、サディンは呆れた目を向けた。


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