3 / 79
3
しおりを挟む
「柴崎先輩!?」
「おま、旭じゃねえか!」
まさか、こんな偶然ってあるのだろうか。
百貨店の職員との顔合わせ当日、営業からオールマイティーに実務をこなすやり手のバイヤーがいる。というのを聞いていた。
噂によれば、年齢も旭とニ歳しか変わらず、同じ服飾関係の専門学校を卒業しているからと言われて、共通の話題で盛り上がれたらいいな。とは思っていた。
まさか、同じ服飾関係の専門学校。という言葉が、文字通りに同じ学校の卒業生という意味だとは考えが及ばなかった。
そうしていざ百貨店のマネージャールームに挨拶をするために入ったかと思えば、冒頭に戻るわけである。
「え、なに知り合い?」
「びっくりしたあ…」
藤崎も洋次も、突然旭を見た途端声を上げて抱擁してきた職員に動揺したらしい。柴崎が両手を広げてきたので、思わず勢い余って抱きしめ返してしまったが、一応取引先である。香水だろうか、ふわりと爽やかな香りを放つ上等なスーツは、憎たらしいほど顔の良い柴崎には似合っていた。
「おほん、ええっと水を差すようで悪いんだけどね、柴崎くん。」
「旭、一度戻っておいで。」
二人の手綱を握るそれぞれの上司によって、空気が切り替わる。懐かしむ間も無く、まずは社交辞令としてのご挨拶を優先することにした。
旭の目の前で、知らない大人の顔をした柴崎が、名刺を取り出して挨拶を交わす。営業と北川に自己紹介する姿は、学生時代とまるっきり変わっていたからか、つい変なものを見る目で見つめてしまった。
柴崎の、卒業後の進路は謎に包まれていた。いや、単純に旭が聞いていなかっただけかもしれないが、それにしたって柴崎がまともに就活をしている様子も無かったように思える。ついそんな失礼なことを考えながら見つめていれば、どうやら熱視線になってしまっていたらしい。ちろりと目配せをしてきた柴崎が、相変わらずの整った顔を意地悪に歪め、こそりと笑いかける。
顔がいい。そう、柴崎は顔がいいのだ。
通った鼻筋、男らしく引き締まった体はスーツが実によく生える。日本の血が濃いクオーターで、以前本人は三分の一だからワンサードって言うらしい。と、己の括りをざっくりと説明をしてくれた。
北川の横に立つ柴崎には悪気はないだろうが、腰の位置が違いすぎて少しだけ面白い。顔の大きさも違うし、髪型もアシメントリーでおしゃれだ。旭は語彙力がないので上手く言えないが、なんだか俳優さんにいそうな雰囲気である。陽の光に当たると、黒髪が茶色く光るのだ。きっと、ワンサードの血がそうさせているのだろう。そんなことを思っていれば、思ったことを衒いなく口にするらしい、洋次が旭の内心を代弁してくれた。
「腰の位置化け物ですか!」
「褒め方独特すぎだろ!」
余程ツボにハマったらしい、あはは!と快活に声を上げて笑う柴崎の横で、北川が腹の肉を強調するかのように胸を張った。
「洋次、お前誰と比較してそんな言葉が出たのか言ってみなさい。」
「あ、やべっ」
わかってるんだからな、といわんばかりに北川が睨みつけたのだが、実はそこまで気にもしていなかったらしい、それでは。と言葉一つで仕事モードに切り替えると、全員で改めて簡単な自己紹介をして、顔合わせは終了した。
こうして、残すところはオープンのみとなったわけである。身近に近しいものがいるのは心強いことこの上ない。旭は、幸先が良いものであることを喜んだ。今思えば、この瞬間が旭の第二の転機になっていたのかもしれない。
老舗の百貨店は、その地に根付いて長くあるせいか、実に様々なお客様がご来店される。
百貨という文字の如く、求められるものは多岐に渡り、商品は勿論、有意義なひとときや質の高い接客。そして購買意欲と承認欲求を満たしにくる。
無論、それに対して一歩進んだおもてなしをしてご満足いただくのが販売員の総じての使命である。が、やはりその質に関しても経験値が物を言うわけである。
「いらっしゃいませ、」
なんでこんな小難しいことを朝っぱらから思ったか。それは、百貨店特有のイベントが突然始まったからに他ならない。
「俺が来るってわかっていながら、どうしてコーディネートを用意してねえんだ!!あぁ!?」
酔っているのだろうか。顔を赤らめた爺様が、熟柿臭い呼気を振り撒きながら、演説をするように語気を強めた。
旭は店の端にいたので傍観者側に立つことが出来たが、聞いているだけで気が滅入るような圧力で話すお客様は、明らかに悪質なクレーマーに他ならない。
「お客さまにご足労をおかけした挙句、ご期待に添えずに申し訳ありません。」
北川は、三十五歳の丸みを帯びた体を小さく折り畳む。腹の肉に巻き込まれた二万四千円のカジュアルシャツが悲鳴をあげている気がして、思わず旭は目を逸らした。
「この百貨店で俺のことを知らないとは、さてはモグリだなぁ!?一体年間でいくらここに金を投げてきたともってるんだ!!お高く止まりやがって、お前らみたいなブランドがあるから百貨店の質が落ちるんだよ!!」
「ご意見、謹んで頂戴いたします。この度はご鞭撻頂き誠に有り難う御座いました。」
「今日の不手際は百貨店側に名指しで言付けてやるからな!?覚悟しておけよ!!」
「はい、またのお越しを心よりお待ち申し上げております。」
全身を使ったきっかり九十度の最敬礼が功を奏したのか、声の代わりに荒い鼻息で返事を返して去っていく。北川は身を縮こませながら、姿が見えなくなるまで見送っていたので、旭も静々と隣に立ち、一礼をして取り繕った。
膨らむように、北川がゆっくりと体を起こす。常に微笑みを絶やさぬと言ったイメージの北川の笑顔が、恐ろしく歪んでいることに気がついた旭は、ギョッとして思わず二度見をした。
「気が狂ってやがる。」
「っふ、」
噴き出すところであった。頬をじんわりと赤く染めながら、怖い笑顔でそんなことを宣うものだから、ちょっと、いやかなり危うかった。
その後、すぐに菩薩を彷彿とさせる微笑みに戻ったが、地響きのような低い声で、手前共は貴方など存じ上げません。などと呟く。なんてったってオープン初日である。初見も初見ですが何か?と言うのが事実であった。
「おま、旭じゃねえか!」
まさか、こんな偶然ってあるのだろうか。
百貨店の職員との顔合わせ当日、営業からオールマイティーに実務をこなすやり手のバイヤーがいる。というのを聞いていた。
噂によれば、年齢も旭とニ歳しか変わらず、同じ服飾関係の専門学校を卒業しているからと言われて、共通の話題で盛り上がれたらいいな。とは思っていた。
まさか、同じ服飾関係の専門学校。という言葉が、文字通りに同じ学校の卒業生という意味だとは考えが及ばなかった。
そうしていざ百貨店のマネージャールームに挨拶をするために入ったかと思えば、冒頭に戻るわけである。
「え、なに知り合い?」
「びっくりしたあ…」
藤崎も洋次も、突然旭を見た途端声を上げて抱擁してきた職員に動揺したらしい。柴崎が両手を広げてきたので、思わず勢い余って抱きしめ返してしまったが、一応取引先である。香水だろうか、ふわりと爽やかな香りを放つ上等なスーツは、憎たらしいほど顔の良い柴崎には似合っていた。
「おほん、ええっと水を差すようで悪いんだけどね、柴崎くん。」
「旭、一度戻っておいで。」
二人の手綱を握るそれぞれの上司によって、空気が切り替わる。懐かしむ間も無く、まずは社交辞令としてのご挨拶を優先することにした。
旭の目の前で、知らない大人の顔をした柴崎が、名刺を取り出して挨拶を交わす。営業と北川に自己紹介する姿は、学生時代とまるっきり変わっていたからか、つい変なものを見る目で見つめてしまった。
柴崎の、卒業後の進路は謎に包まれていた。いや、単純に旭が聞いていなかっただけかもしれないが、それにしたって柴崎がまともに就活をしている様子も無かったように思える。ついそんな失礼なことを考えながら見つめていれば、どうやら熱視線になってしまっていたらしい。ちろりと目配せをしてきた柴崎が、相変わらずの整った顔を意地悪に歪め、こそりと笑いかける。
顔がいい。そう、柴崎は顔がいいのだ。
通った鼻筋、男らしく引き締まった体はスーツが実によく生える。日本の血が濃いクオーターで、以前本人は三分の一だからワンサードって言うらしい。と、己の括りをざっくりと説明をしてくれた。
北川の横に立つ柴崎には悪気はないだろうが、腰の位置が違いすぎて少しだけ面白い。顔の大きさも違うし、髪型もアシメントリーでおしゃれだ。旭は語彙力がないので上手く言えないが、なんだか俳優さんにいそうな雰囲気である。陽の光に当たると、黒髪が茶色く光るのだ。きっと、ワンサードの血がそうさせているのだろう。そんなことを思っていれば、思ったことを衒いなく口にするらしい、洋次が旭の内心を代弁してくれた。
「腰の位置化け物ですか!」
「褒め方独特すぎだろ!」
余程ツボにハマったらしい、あはは!と快活に声を上げて笑う柴崎の横で、北川が腹の肉を強調するかのように胸を張った。
「洋次、お前誰と比較してそんな言葉が出たのか言ってみなさい。」
「あ、やべっ」
わかってるんだからな、といわんばかりに北川が睨みつけたのだが、実はそこまで気にもしていなかったらしい、それでは。と言葉一つで仕事モードに切り替えると、全員で改めて簡単な自己紹介をして、顔合わせは終了した。
こうして、残すところはオープンのみとなったわけである。身近に近しいものがいるのは心強いことこの上ない。旭は、幸先が良いものであることを喜んだ。今思えば、この瞬間が旭の第二の転機になっていたのかもしれない。
老舗の百貨店は、その地に根付いて長くあるせいか、実に様々なお客様がご来店される。
百貨という文字の如く、求められるものは多岐に渡り、商品は勿論、有意義なひとときや質の高い接客。そして購買意欲と承認欲求を満たしにくる。
無論、それに対して一歩進んだおもてなしをしてご満足いただくのが販売員の総じての使命である。が、やはりその質に関しても経験値が物を言うわけである。
「いらっしゃいませ、」
なんでこんな小難しいことを朝っぱらから思ったか。それは、百貨店特有のイベントが突然始まったからに他ならない。
「俺が来るってわかっていながら、どうしてコーディネートを用意してねえんだ!!あぁ!?」
酔っているのだろうか。顔を赤らめた爺様が、熟柿臭い呼気を振り撒きながら、演説をするように語気を強めた。
旭は店の端にいたので傍観者側に立つことが出来たが、聞いているだけで気が滅入るような圧力で話すお客様は、明らかに悪質なクレーマーに他ならない。
「お客さまにご足労をおかけした挙句、ご期待に添えずに申し訳ありません。」
北川は、三十五歳の丸みを帯びた体を小さく折り畳む。腹の肉に巻き込まれた二万四千円のカジュアルシャツが悲鳴をあげている気がして、思わず旭は目を逸らした。
「この百貨店で俺のことを知らないとは、さてはモグリだなぁ!?一体年間でいくらここに金を投げてきたともってるんだ!!お高く止まりやがって、お前らみたいなブランドがあるから百貨店の質が落ちるんだよ!!」
「ご意見、謹んで頂戴いたします。この度はご鞭撻頂き誠に有り難う御座いました。」
「今日の不手際は百貨店側に名指しで言付けてやるからな!?覚悟しておけよ!!」
「はい、またのお越しを心よりお待ち申し上げております。」
全身を使ったきっかり九十度の最敬礼が功を奏したのか、声の代わりに荒い鼻息で返事を返して去っていく。北川は身を縮こませながら、姿が見えなくなるまで見送っていたので、旭も静々と隣に立ち、一礼をして取り繕った。
膨らむように、北川がゆっくりと体を起こす。常に微笑みを絶やさぬと言ったイメージの北川の笑顔が、恐ろしく歪んでいることに気がついた旭は、ギョッとして思わず二度見をした。
「気が狂ってやがる。」
「っふ、」
噴き出すところであった。頬をじんわりと赤く染めながら、怖い笑顔でそんなことを宣うものだから、ちょっと、いやかなり危うかった。
その後、すぐに菩薩を彷彿とさせる微笑みに戻ったが、地響きのような低い声で、手前共は貴方など存じ上げません。などと呟く。なんてったってオープン初日である。初見も初見ですが何か?と言うのが事実であった。
20
あなたにおすすめの小説
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
【完結済】極上アルファを嵌めた俺の話
降魔 鬼灯
BL
ピアニスト志望の悠理は子供の頃、仲の良かったアルファの東郷司にコンクールで敗北した。
両親を早くに亡くしその借金の返済が迫っている悠理にとって未成年最後のこのコンクールの賞金を得る事がラストチャンスだった。
しかし、司に敗北した悠理ははオメガ専用の娼館にいくより他なくなってしまう。
コンサート入賞者を招いたパーティーで司に想い人がいることを知った悠理は地味な自分がオメガだとバレていない事を利用して司を嵌めて慰謝料を奪おうと計画するが……。
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*本編完結しました
いい加減観念して結婚してください
彩根梨愛
BL
平凡なオメガが成り行きで決まった婚約解消予定のアルファに結婚を迫られる話
元々ショートショートでしたが、続編を書きましたので短編になりました。
2025/05/05時点でBL18位ありがとうございます。
作者自身驚いていますが、お楽しみ頂き光栄です。
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。
悠と榎本
暁エネル
BL
中学校の入学式で 衝撃を受けた このドキドキは何なのか
そいつの事を 無意識に探してしまう
見ているだけで 良かったものの
2年生になり まさかの同じクラスに 俺は どうしたら・・・
孕めないオメガでもいいですか?
月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから……
オメガバース作品です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる