[改稿版]これは百貨店で働く俺の話なんだけど

だいきち

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「柴崎先輩!?」
「おま、旭じゃねえか!」
 
 まさか、こんな偶然ってあるのだろうか。
 
 
 百貨店の職員との顔合わせ当日、営業からオールマイティーに実務をこなすやり手のバイヤーがいる。というのを聞いていた。
 噂によれば、年齢も旭とニ歳しか変わらず、同じ服飾関係の専門学校を卒業しているからと言われて、共通の話題で盛り上がれたらいいな。とは思っていた。
 
 まさか、同じ服飾関係の専門学校。という言葉が、文字通りに同じ学校の卒業生という意味だとは考えが及ばなかった。
 そうしていざ百貨店のマネージャールームに挨拶をするために入ったかと思えば、冒頭に戻るわけである。
 
「え、なに知り合い?」
「びっくりしたあ…」
 
 藤崎も洋次も、突然旭を見た途端声を上げて抱擁してきた職員に動揺したらしい。柴崎が両手を広げてきたので、思わず勢い余って抱きしめ返してしまったが、一応取引先である。香水だろうか、ふわりと爽やかな香りを放つ上等なスーツは、憎たらしいほど顔の良い柴崎には似合っていた。
 
「おほん、ええっと水を差すようで悪いんだけどね、柴崎くん。」
「旭、一度戻っておいで。」
 
 二人の手綱を握るそれぞれの上司によって、空気が切り替わる。懐かしむ間も無く、まずは社交辞令としてのご挨拶を優先することにした。
 
 旭の目の前で、知らない大人の顔をした柴崎が、名刺を取り出して挨拶を交わす。営業と北川に自己紹介する姿は、学生時代とまるっきり変わっていたからか、つい変なものを見る目で見つめてしまった。
 
 柴崎の、卒業後の進路は謎に包まれていた。いや、単純に旭が聞いていなかっただけかもしれないが、それにしたって柴崎がまともに就活をしている様子も無かったように思える。ついそんな失礼なことを考えながら見つめていれば、どうやら熱視線になってしまっていたらしい。ちろりと目配せをしてきた柴崎が、相変わらずの整った顔を意地悪に歪め、こそりと笑いかける。
 
 顔がいい。そう、柴崎は顔がいいのだ。
 
 通った鼻筋、男らしく引き締まった体はスーツが実によく生える。日本の血が濃いクオーターで、以前本人は三分の一だからワンサードって言うらしい。と、己の括りをざっくりと説明をしてくれた。
 北川の横に立つ柴崎には悪気はないだろうが、腰の位置が違いすぎて少しだけ面白い。顔の大きさも違うし、髪型もアシメントリーでおしゃれだ。旭は語彙力がないので上手く言えないが、なんだか俳優さんにいそうな雰囲気である。陽の光に当たると、黒髪が茶色く光るのだ。きっと、ワンサードの血がそうさせているのだろう。そんなことを思っていれば、思ったことを衒いなく口にするらしい、洋次が旭の内心を代弁してくれた。
 
「腰の位置化け物ですか!」
「褒め方独特すぎだろ!」

 余程ツボにハマったらしい、あはは!と快活に声を上げて笑う柴崎の横で、北川が腹の肉を強調するかのように胸を張った。

「洋次、お前誰と比較してそんな言葉が出たのか言ってみなさい。」
「あ、やべっ」
 
 わかってるんだからな、といわんばかりに北川が睨みつけたのだが、実はそこまで気にもしていなかったらしい、それでは。と言葉一つで仕事モードに切り替えると、全員で改めて簡単な自己紹介をして、顔合わせは終了した。
 こうして、残すところはオープンのみとなったわけである。身近に近しいものがいるのは心強いことこの上ない。旭は、幸先が良いものであることを喜んだ。今思えば、この瞬間が旭の第二の転機になっていたのかもしれない。
 
 
 
 
 
 老舗の百貨店は、その地に根付いて長くあるせいか、実に様々なお客様がご来店される。
 百貨という文字の如く、求められるものは多岐に渡り、商品は勿論、有意義なひとときや質の高い接客。そして購買意欲と承認欲求を満たしにくる。
 無論、それに対して一歩進んだおもてなしをしてご満足いただくのが販売員の総じての使命である。が、やはりその質に関しても経験値が物を言うわけである。
 
「いらっしゃいませ、」
 
 なんでこんな小難しいことを朝っぱらから思ったか。それは、百貨店特有のイベントが突然始まったからに他ならない。
 
「俺が来るってわかっていながら、どうしてコーディネートを用意してねえんだ!!あぁ!?」
 
 酔っているのだろうか。顔を赤らめた爺様が、熟柿臭い呼気を振り撒きながら、演説をするように語気を強めた。
 旭は店の端にいたので傍観者側に立つことが出来たが、聞いているだけで気が滅入るような圧力で話すお客様は、明らかに悪質なクレーマーに他ならない。
 
「お客さまにご足労をおかけした挙句、ご期待に添えずに申し訳ありません。」
 
 北川は、三十五歳の丸みを帯びた体を小さく折り畳む。腹の肉に巻き込まれた二万四千円のカジュアルシャツが悲鳴をあげている気がして、思わず旭は目を逸らした。
 
「この百貨店で俺のことを知らないとは、さてはモグリだなぁ!?一体年間でいくらここに金を投げてきたともってるんだ!!お高く止まりやがって、お前らみたいなブランドがあるから百貨店の質が落ちるんだよ!!」
「ご意見、謹んで頂戴いたします。この度はご鞭撻頂き誠に有り難う御座いました。」
「今日の不手際は百貨店側に名指しで言付けてやるからな!?覚悟しておけよ!!」
「はい、またのお越しを心よりお待ち申し上げております。」
 
 全身を使ったきっかり九十度の最敬礼が功を奏したのか、声の代わりに荒い鼻息で返事を返して去っていく。北川は身を縮こませながら、姿が見えなくなるまで見送っていたので、旭も静々と隣に立ち、一礼をして取り繕った。
 膨らむように、北川がゆっくりと体を起こす。常に微笑みを絶やさぬと言ったイメージの北川の笑顔が、恐ろしく歪んでいることに気がついた旭は、ギョッとして思わず二度見をした。
 
「気が狂ってやがる。」
「っふ、」
 
 噴き出すところであった。頬をじんわりと赤く染めながら、怖い笑顔でそんなことを宣うものだから、ちょっと、いやかなり危うかった。
 その後、すぐに菩薩を彷彿とさせる微笑みに戻ったが、地響きのような低い声で、手前共は貴方など存じ上げません。などと呟く。なんてったってオープン初日である。初見も初見ですが何か?と言うのが事実であった。
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