[改稿版]これは百貨店で働く俺の話なんだけど

だいきち

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「朝からそんなことがあったんすか。」
 
 俺、遅番でよかったあ。などと呑気に宣う洋次に、旭は苦笑いしか出なかった。
 
「いや、またのお越しはよしていただきたいっすね。」
「帰りに血圧上がってぶっ倒れてくれるんだったら文句は言わないさ。」
「ウケる、菩薩の北川さんどこ行ったんですか。」
「そんなものになった覚えはない。」
 
 洋次の茶化しに、ふんす。と鼻息で返す。いや、本当に凄かったんだからとフォローを入れたが、やはり実際に見なければ冗談に聞こえてしまうくらい、やばい輩だったらしい。
 
「百貨店って、もうちょっと上質なお客様がいると思ってたんですけどね。」
 
 なんというか、思ってたんと違う。旭の何気ない一言を掬い上げるように、藤崎が反応した。
 
「あんなん、いくらだっているぞ。」
「え?」
「ね、店長。なんなら俺らん時とかもっとやばいの来ましたよね。」
「ああ、九年前の購入品のクレームとかな。」
「えぇ!?」
 
 流石にそれは嘘だろうと思ったが、目は本気であった。曰く、クリーニングをしたら縮んだと言われ、製品検査をしろと怒鳴り込んできたらしい。蓋を開けてみればフリマサイトで購入した物だったので、製品検査は可能だが、現物はないので交換は不可能だと素直に答えれば、そこでまた着火をしたらしい。百貨店の職員を巻き込んで揉めに揉め、結局本社の人間がわざわざ家まで行って説明をすることで納得してもらったという。
 
「ここは魔窟ですか…。」
 
 死んだ目をして語る北川と藤崎に、思わず怯えてしまった。旭の表現は実に的確だったらしい。確かに。などと端的ながら噛み締めるように納得され、それが余計に怖かった。
 
 突飛な客を相手にすることもある。初日に見事、その洗礼を受けたということだろう。
 お客様は神様です。販売員の一般的なイメージは水商売と同様だ。ときにストレスの吐口のように扱われても、しっかりとそこまでが給料分ということである。
 軽い気持ちでこの職種を選んだわけではないのだが、初日から挫けそうになった旭であった。
 


 
 
 イギリスの伝統的なスーツを柱に、ベーシックで上品にも使えるカジュアルアイテムを展開するキングスパロウ。エスカレーター前のゴールデンゾーンという立地条件のおかげか、はたまたやはりブランド名か。良くも悪くも実に様々なお客様がお立ち寄りされる。
 
 オープンこそ問題はあったが、なんとか店の売上も週間予算に乗せることができた。しかし、コンスタントに売上を伸ばせることと来客数はもちろん比例しており、そしてそこが比例すると様々な要望にも応えていかなくてはいけない。そうすると、スタッフ四人で回すというのはなかなかに骨が折れるのだ。
 
「北川さん、コンペチ見てきます。」
「あー待って、他ブランドの売上報告しなきゃいけないから、全部メモってきて!」
「週報用ですか、らじゃりました。」
 
 事務所に行き、定時に売上を確認するのは旭の仕事であった。周辺の競合ブランドの売上状況を見て、舵取りをすることも販売員の仕事の一つである。どこの店舗は何が売れているだとか、天候、気温に合わせてディスプレイも変える。先手を打ってしかるべし、店長である北川は、実にそういったことが上手く、仕事のできる上司の下で働けるということが、旭のモチベーションにも繋がっていた。
 
「柴崎さーん!コンペチ、長いのください!」
「手が離せねえから自分で打って!短縮三十一番、四一〇〇一二、確定三〇一四!」
「え、エンターどこっ」
「右端っこの緑色!!」
 
 事務所に入った勢いのままお願いをしたのはいいものの、柴崎はガタガタと忙しなくパソコンでメールを打っていた。どうやら急ぎの案件らしく、唐突に投げられた聴き慣れぬ番号を飲み込むように記憶しながら、拙い手つきでレジを操作する。ぽちぽちと、情けない手つきで上から順に空欄に入力していくだけだというのに、なんでこんなに緊張するのか。
 
「だぁああ間に合ったあぁ…!!」
 
 ガタン!と音を立てて、柴崎がデスクに突っ伏した。それと同時に旭がエンターを押すと、思っていたよりも短いレシートが出てきた。どうやら打ち間違えたらしい、情けない顔でそろそろと柴崎に振り向けば、レジの音で察したらしい。柴崎がこちらに振り向いた。
 
「お、お慈悲ください…。」
「ぶっは、ちょっと待ってな。」
 
 旭の妙な言い回しが気に入ったらしい、お慈悲かけてやるかあ。と揶揄いながら、場所を入れ替わる。旭の目の前で小気味いい音を立てながら、あっという間に一二桁の数字の打ち込みを終わらせると、ようやく求めていた長さのレシートが出てきた。
 
 百貨店のバイヤーでもある柴崎とは、専門学校の先輩と後輩の間柄である。初日についはしゃぎすぎて咳払いされたことは記憶に新しい。なんだかんだ面倒見のいいところは昔と変わらないらしく、旭は申し訳なく思いつつも、ありがとうございますと受け取ったそれを、ホワイトボードに貼り付けた。
 
「おげぇ!負けてる!!」
「オゲェって、おま、どっからそんな声出したよ!」
 
 隣のブランドに売上が負けていたことに、つい声を上げてしまった。油断しすぎて素が出たらしい。旭は思わず口を塞ぐと、渋い顔をしながら振り向いた。柴崎の反応からして、また揶揄われると思ったのだ。
 
「聞いちゃいました?」
「聞かれるくらいでけえ声で言っといて、何を今更。」
 
 くつくつと笑われる。旭はメモを取り終えたペンを胸ポケットにしまい込む。事務所の時計を見れば、もう五分は経っていた。
 
「揶揄わないでくださいよ、コンペチあざした。」
「あ、ちょい待ち。」
 
 メモ片手に、お店に戻ろうという時だった。呼び止められたままの形で振り向く。ぬっ、という効果音がつきそうなほど近くで見下ろされ、にこりと微笑んだ柴崎が口を開く。
 
「今日飲みニケーションしようぜ。」
「うわ、親父くさ。」
「おいこら。」
 
 手刀を食らう直前で、ひらりとかわす。久しぶりのやりとりが楽しくて、思わず口元が緩んでしまった。
 
「柴崎さんの奢りだったら喜んで。」
「任せろ、一皿三五〇円の中華に決まりだな。」
「そこは言わなくてもいいところじゃね!」
 
 今度は旭が笑う番であった。後輩のよしみかもしれないが、こうやって慣れぬ自分を気にかけてくれる柴崎の使いはくすぐったい。生意気言うな。と、送り出されるように背中を叩かれた力の強さに文句は言いつつも、カジュアルなこのやりとりが息抜きになっているのは、旭が一番わかっていた。
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