[改稿版]これは百貨店で働く俺の話なんだけど

だいきち

文字の大きさ
25 / 79

25

しおりを挟む
「恋愛以外の話にしましょうよ。」
「なら肉欲?」
「俺ハラミが好き。」
「保健体育の方だよばーーか。」
 
 肉と肉欲を繋げるんじゃねえ。そう、藤崎の低俗な話の流れの持って行き方についツッコミそうになる。旭のそんな目線を誰よりも早く感じとったらしい。生肉を掴むトングで鼻を詰まれそうになったので、慌てて避ける。酔っ払って無邪気になった藤崎はアウトローすぎて困るのだ。店長はというと、いじけながらも箸は進んでいるようで何よりであった。
 
「旭さんって、もしかして童貞!?」
「そうなのか、なんかごめんな。」
「違いますけど!!」
 
 洋次は酒が進んでいるらしい。無礼講を忠実に守っているせいか、プライベートな話にも容赦なく突っ込んでいく。それに便乗した藤崎が、またしても人を小馬鹿にするように、にやついた目で旭を見やる。
 
「な、最近いつシた。」
「別にどうだって良くないですか!」
 
 思わず口をつけていたジンジャエールを吹き出しそうになった。つい食い気味に言い返したのは、正直に言えばあの日の夜を思い出したからに他ならない。言えるわけがないのは、あまりにも当事者すぎて誤魔化せる気がしないからだ。
 しかし、そんな旭の反応に強い違和感を覚えたらしい。藤崎はまるで獲物を逃がさないとばかりに眼光を強めてくる。
 
「怪しい。」
 
 じっとりとした三人の目線が、己に集中する。旭は冷や汗をかきながらゆっくりと目線を逸らすと、今度は北川からご指摘をいただいた。だいぶ呑んでいたからか、完全に目が据わっている。
 
「ご無沙汰なら、普通笑って流すのがセオリーじゃない。」
 
 声色から、ほくそ笑んでいることがわかった。しくじった。旭の頭の中では久しぶりにエマージェンシーコールが鳴り響く。
 うわついた話題なんてありません。そう言えるのが一番なのに、柴崎のおかげで無いとも言えないのが事実。嘘が下手くそなのは自覚している分、なんとも苦しい展開に引き攣り笑みが浮かんでくる。
 そんなことを思いながら、どうにか逃げ道を探していれば、洋次が目を輝かせてトドメをさす。
 
「彼女いないのに遊んでんすか旭さん!!!」
「彼女いなくて悪かったな!!!」
 
 我が意を得たりと無邪気に決めつけられ、思わず強めに言い返す。なんだこの引っかけのトラップは。旭はしくじった感を感じながら、もうこれ以上は何も言わぬと唇を真一文字に引き結ぶ。しかし、旭の望みとは裏腹に、無情にも藤崎による恋愛お悩み相談室が始まってしまったのだ。
 
「そこに愛はあるのか。」
「あいぃ…?」
 
 あまりにも愛という言葉が似合わなさすぎて、旭はつい間抜けな相槌じみた返事をしてしまった。
 
「その子のこと、ちゃんと好きなんだよな?」
 
 北川が続く。酔っ払いの据わった瞳で見据えられながら、旭は逃げ道を探す。だって、そんなもの、…好きだけど、どこからが愛かなんてわからない。流されたつもりはないけれど、恋愛経験がなさすぎて、何が正解なんて旭にはわからないのだ。
 三人の目に見据えられ、逃げ場がない。色恋の話だって慣れていないから、答え方だってわからない。
 だが悲しきか、そんな旭を置いてけぼりにして、視線で先を促してくる。
 旭はグッと詰めていた息を飲み込むと、絞り出すようにしてポツリと呟く。
 
「好きでは、ありますけど…。愛とかわかんないし…。」
 
 どうもこうも、先輩後輩という枠で収まっているだけで満足だったのに、旭をダメにしてしまったのは柴崎のせいだ。
 重なった唇があまりにも優しくて、そしてなんの嫌悪感もなかった。まつ毛が触れ合う距離で見つめた柴崎の顔も、抱きすくめられた時の腕の強さも全部覚えている。
 
「じゃあ、ライクであって、ラブではないと?」
「わ、かんない…」
「わかんないのによく寝たな。」
 
 藤崎の身もふたもない言い方に、旭の言葉が詰まる。お前もなかなかに隅に置けないなと茶化されたが、旭にとっては居た堪れなくなっただけである。洋次は曖昧な発言しかできない旭をじいっと見つめると、若者特有の間伸びした声で言った。
 
「でもぉ、好きじゃなかったら寝ないっすよねえ。」
「え?」
「だから、身を任せてもいいって思ってるってことでしょ。それって好きじゃなきゃできないっしょ。あとはマゾとか?」
 
 旭は、ポカンとした顔で洋次を見つめ返した。好きじゃなかったら、その言葉がくるりと脳内に巡る。そう言われて、旭の中の何かがかちりとはまったのだ。
 
「確かに気持ちが伴わないとできないよなあ。そういうのって。」
「ということは、相手はお前のことを思っているということだなあ。」
「……。」
 
 藤崎達は相手のことを話しているが、それは丸ごと旭をさすのだ。じんわりと耳を赤らめながら、口元を抑える。確かにこれは恋愛相談かもしれないと、己の代わりに矢面に立てられた、架空の彼女の話に花が咲く。藤崎は完全に酔っているらしく、ガハハと笑いながらテーブルを叩いていた。
 
「旭さん、顔真っ赤。」
「お前も意外と隅に置けないよなあ。」
 
 ニヤニヤと意地悪な目線に晒されたまま、旭は俯くしかできない。小さな声でほっといてくださいと漏らしたが、肩を突かれるだけであった。
 店員が、追加注文されたドリンクをサーブする。ことりと置かれた汗をかいたグラスを見て、なんとなく、柴崎と初めて飲みに行った時のことが思い出された。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】

古森きり
BL
【書籍化決定しました!】 詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります! たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました! アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。 政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。 男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。 自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。 行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。 冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。 カクヨムに書き溜め。 小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。

番に見つからない街で、子供を育てている

はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。 異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。 現世の記憶は失われているが、 この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。 街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、 ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。 だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。 再会は望まない。 今はただ、この子との生活を守りたい。 これは、番から逃げたオメガが、 選び直すまでの物語。 *本編完結しました

いい加減観念して結婚してください

彩根梨愛
BL
平凡なオメガが成り行きで決まった婚約解消予定のアルファに結婚を迫られる話 元々ショートショートでしたが、続編を書きましたので短編になりました。 2025/05/05時点でBL18位ありがとうございます。 作者自身驚いていますが、お楽しみ頂き光栄です。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。

悠と榎本

暁エネル
BL
中学校の入学式で 衝撃を受けた このドキドキは何なのか そいつの事を 無意識に探してしまう 見ているだけで 良かったものの 2年生になり まさかの同じクラスに 俺は どうしたら・・・

孕めないオメガでもいいですか?

月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから…… オメガバース作品です。

番解除した僕等の末路【完結済・短編】

藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。 番になって数日後、「番解除」された事を悟った。 「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。 けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。 2026/02/14 累計30万P突破御礼バレンタインSS追加しました 2026/02/15 累計いいね♡7777突破御礼SS 19時に公開します。 様々な形での応援ありがとうございます!

身代わり召喚された俺は四人の支配者に溺愛される〜囲い込まれて逃げられません〜

たら昆布
BL
間違って異世界召喚された青年が4人の男に愛される話

処理中です...