[改稿版]これは百貨店で働く俺の話なんだけど

だいきち

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二章 百貨店にくる顧客に情緒をかき乱される俺の話なんだけど。(大林梓編)

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 よくよく考えてみたら、一日で人間の三大欲求を満たしてしまうではないか。
 大林は洗面台の戸棚を開けると、歯ブラシを取り出した。歯磨き粉の横には常備してあるローションを置いている。こんなところに置くなと言われそうだが、特に友人を家に呼ぶこともないので気にもしない。
 歯磨き粉をつけたそれを口に咥えながら、戸棚の下から拡張器具を取り出す。風呂場で慣らし始めると時間を忘れてしまうので、大林の浴室には目覚ましまでセットしてある。我ながら、自宅に風俗があるようだと思わないこともない。
 しゃこしゃこと歯を磨きながら、プチプチと片手間にパジャマのボタンを外していく。袖を抜きながら、鏡に映った自分の姿を目に留めると、顔を寄せてまじまじと見つめた。
 少しだけ顎を上げる。自分じゃ見えづらい位置には、先日オトモダチにつけられた鬱血痕が少しだけ残っていた。
 かちり、と歯ブラシのプラスチックに歯を立てる。榊原との出会いのきっかけを作りやがったその男との関係は、すでに絶っている。月並みな言葉だが、執着のようなものをされたので、大林からしてみたら一度寝たぐらいで。というやつだった。
 口を濯ぐ。脱いだシャツを洗濯機に放り込み、生まれたままの姿になった。下着は寝ているうちに紐が解けたらしい。床に落ちたのを拾って来ればよかった。まあ、後でもいいか。
 我ながら、実に爛れた生活をしている。オフの日の生活なんて、誰にも見せられない。世間様からは引かれそうな趣味と実益を兼ね備えた休日を楽しむ奔放な男に、榊原はよく興味を持ったよなあと思う。大林は浴室のシャワーの温度を調整し終えると、こなれた体にするベく準備を始めたのであった。







「最悪、」

 人通りの多くなり始めた夕刻の時間帯。榊原との待ち合わせまでは後一時間ほどあった。
 大林は、感情を見事に顔色に反映させたまま体を引きずるようにして歩いていた。最悪。端的すぎる独り言には、全ての今の気持ちが如実に表されている。
 体の節々が痛い。わざわざ大林が金のためだとはいえ、しっかりと準備をしてきたのにも関わらず、昼間の相手は実に下手クソであったのだ。
 即腹部が痛い。妙な具合に力を込められ鷲掴まれたのだ。おかげで骨盤が痛いし、執拗に擦り込まれた蕾も、晴れているようでジクジクと痛む。最悪のコンディションだ。今まで多くの男と遊んできたが、ここまで体に不便を強いられるほどの下手くそなんてあまりいなかったというのに。
 やはり火遊びをしたがるノンケはダメだ。たとえ金払いが良くても扱いが雑すぎる。
 爛れた生活をしている分、大林は後腐れのない関係を望んでいた。一晩だけ、その日限り。掲示板やらバーやらSNSやら、出会いのツールが多ければ多いほど趣味趣向も多様化してくる。故に、今日の男のように加虐趣味なクソ野郎も混じってくるのだ。
 もちろん、大林だって自衛はしていた。何ができないとか、そういうNG項目を交わしてフランクに楽しもう。そういうつもりで出会いを楽しんでいるわけなのに、稀にいるのだ。気分が乗ってくると暴力に等しい行為をしてくる馬鹿者が。つまり、今回の男がまさにそれであった。

 いつからか、セックスをしても快感を得ることが難しくなってきた。その為、こちらの反応を伺うような相手だと、演技をするようになってしまったのだ。
 だって、お金をもらっている訳だし、貰うものを貰うからにはサービスしてやるか、という大林のサービス精神が裏目に出ることの方が多いのだ。
 単純なやつなら演技でもいいが、変にプライドが高いやつだと、もう最悪の一言に限る。テクニックがないくせに、観察力だけがあるパターンだ。
 まあ、大林自身も悪いと思うところくらいはある。だからこそ後腐れなくの現地集合現地解散、もう一度寝たから互いを詮索しないでね。というルールのもとに出会っている。ことが終わったら、連絡先の削除をする。今回の相手は、着信拒否もさせてもらったが。

「とりあえず、どっか座るとこ…」

まさにヘロヘロとはこのことを言う。歩けてはいるが、やはりどこかを庇っているような歩き方になってしまうのは否めない。とにかくリフレッシュするにはタバコを吸いたい。
 足を引き摺るようにしてやってきた、駅近くのカフェ。注文をしたのはココアだ。疲れた体は糖分も所望してるので、大林は灰皿とココア片手に喫煙室へと入っていく。
 しかし、紫煙が包み込む室内を見て、大林は足を止めた。

「…ああ、もう…。」

 クシャりとした顔をすると、灰皿片手に踵を返した。咳がなかったと言うわけではない。ただ、これから榊原と会うのに、煙草の匂いをさせているのはどうかと思ったのだ。別に、気を遣っているとかではない。決して。
 タバコをカバンにしまい、ココア片手に禁煙ゾーンである店内の隅の一角を陣取る。ソファー席が空いていてよかった。これで少しは尻を労わることができるだろう。
 今までのオトモダチに関しては
ほぼ他人だったから気にしなくて済んでいた。だが、榊原は大林の昼の職業の顧客でもあるし、そして何よりも弱みを握られている相手でもある。だから、こうして先のことを考えて行動するのは必然だと自分で納得をさせると、口寂しさを紛らわせようと、カウンターに戻りクッキーを追加注文した。

 席に戻り、ポリポリとアーモンドクッキーを咀嚼する。もはやこの後が榊原とのご飯だろうと気にしない。現時点で大林の体が求めるのは糖分だ。それによく言うだろう。甘い物は別腹だと。

「…うまいなこれ、」

 まじまじと食べかけのクッキーを見た。細かく砕かれたアーモンドの粒がいい仕事をしている。それに合わせてココアを一口含むと、ゆっくりと深呼吸した。鼻に抜けるカカオの香りと程よい甘さが大林の疲れた体を癒してくれる。至福だ。
 いつもカバンにチョコレートを常備するくらいには甘味が好きだ。だって、甘味は嫌な気持ちになっても手軽に気持ちを落ち着かせてくれるし、疲れも取れる。
 周りから見たら、甘いものは食べません。と言った身なりである。
 やや猫目気味の形の良い目は、くっきりとした二重。スッと伸びた鼻筋に、何もつけていないのに薄く色づいた色気のある唇。口端についたクッキーのかけらを舐めとった赤い舌は艶めき、実に瑞々しい。
 大林は、実に上等な見た目をしている。中性的で、香るような色気があるのだ。
 
 女性からしてみたら、遊ばれてもいい。と思う人もいるだろう。実際、積極的に声をかけられれば、大林は誰とでも寝れる。
 だが、今の大林の服装は、白のマオカラーシャツに黒のチェスターコート。同色の黒のスキニーを履いたしなやかな足にスエードブーツを合わせ、モノトーンのファッションに差し込まれたゴールドのシンプルで華奢なネックレスを召しているせいか、実に禁欲的に見えた。
 周りのお姉様方からしてみたら、手出し無用のイケメンである。中身はビッチだとは誰も思うまい。
 そんな、周りが時折自身を見て想像を服甘せていることなんて露知らず。大林が呑気にクッキーを頬張っていれば、尻に突っ込んでいたスマートフォンに振動を感じた。

「はい、あ、もうついたんすか。はーい、今行きます。」

 連絡は、榊原からであった。どうやら最寄駅に着いたらしく、今どこにいるかとの電話であった。時計を見れば、待ち合わせ時間よりも十五分は早い。まあ、食事を前に菓子は食べたが、まだ腹の空き具合としてはたらふく食える分だけの余裕は残してある。
 今日は榊原との食事が終わったら、即刻帰ろう。大林は通話を終えた後SNSを開くと、駅の中にある花屋の前で待っているように連絡を入れた。
 スエードブーツのヒール部分がこつりと音を立てた。食べたものを受け取ってくれた店員さんに礼を言ってから、颯爽と店を出た。


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