67 / 79
二章 百貨店にくる顧客に情緒をかき乱される俺の話なんだけど。(大林梓編)
22
しおりを挟む
「大林くんがさ、そっちの方がいいのかなって。」
榊原の心音が心地よい。大林は、こいつも俺と同じでドキドキしたりするのだろうか。と、そんなことを思ってしまうくらいには絆されてしまっていた。
少しだけ低い声が、大林の質問に答える。不貞腐れたような口調が可愛くて、不覚にも胸の奥が甘く鳴いた。
「なんだよ、それ、」
「面倒臭そうな男が好きなのかと思って。」
「おい、」
「だから、あえて言わなかったんだよ。てか、途中から反応が可愛くてつい。」
後半が本音で、前半が嫌味だと言うのは理解した。大林は目元をひくつかせながら榊原を見つめると、にっこりと微笑まれる。強かなのは素が滲み出ていたからなのかと改めて感じとる。どうやらこの男は取り繕うことはやめたらしい。己が剥がした外面は随分と分厚かったようだ。
大きな掌が、大林の濡れた睫毛を撫でるように触れる。それがくすぐったくて、少しだけ肩がすくむ。
「君だって、俺が既婚者だって勘違いしたまま煽ってきただろ。」
「見境ねえなって、幻滅した?」
「どっちかっていうと、らしくないなって思った。」
目元を撫でていた親指が、榊原の視線と共にゆっくりと唇に到達する。
その濡れた唇を割り開くようにして親指を差し込まれると、指の腹で舌を擦られた。榊原は、違和感を感じていた。体は知らない男に触れさせていたが、面倒臭そうなことになる前に距離を取る大林が、なんで後々面倒ごとに発展する可能性が高い既婚者へとモーションをかけたのかを。
最初は、この偽物の指輪の意味を察した上での行動かと思った。そういう遊びをしたいのかと。だから榊原は、まあ、その時頭が煮詰まってしまったというのもあるのだが、大林の誘いに応じたのだ。仕置きするつもりではなかったのかと聞かれたら、それは違うとは言い切れはしないが。
「女扱いしてほしくない、みたいな素振りだったじゃん。俺がどんな顔で女抱くのか気になっていたくせに。」
「っ、…ひゃ、めへ」
「口の中あっちいね、」
「ん、んぅ、…っ」
緩く開かされた唇の隙間から、飲みきれなかった唾液が溢れる。榊原の腕を伝って垂れていくその一筋が、大林の熱を煽る。それを止めるようにゆるゆると榊原の腕を掴むと、親指が大林の口を開いたまま、榊原は大林の舌をべろりと舐めた。
「う、っぅん、っ」
肉厚な舌が口内をねぶる感覚に、神経が粟立つ。腰の奥に響くような重だるい感覚が滞留して、大林の腹の奥を疼かせる。抱かれ慣れた素直な体は、自然と榊原を受け入れようと勝手に腹の奥で準備を始めてしまうのだ。
はしたない体に、大林はじんわりと涙を滲ませた。
こんな体になったのも、自業自得だ。大林は反応しやすい己の体が嫌で仕方がなかった。榊原が触れる体は、女じゃないのに雌になるのだ。この人が作ってくれた体だったら、どれだけよかっただろう。そんなことを思って、そうしたら、今までの己の行いを始めて後悔した。
唾液を舐めとられるように、榊原の舌がゆっくりと離れていく。嫌だ、もっとしてほしい。そんな素直な気持ちも、口にすることは許されないような、そんな心地だ。
「いもしない奥さんと重ねられると思った?んとに、かわいいねお前は。」
「ぅ、っ」
違うんだよ、それも、そうなんだけど、でも、俺は、あんたに甘やかしてもらう価値なんてないんだよ。
「ひ、…っく、ぅ、っ…」
大林の喉が震えた。己の今までの行いが、己の情緒を苛んでくるのだ。榊原の大きな掌に、幾筋もの涙を染み込ませる。嗚咽混じりの、情けない泣き顔だ。体は熱いし、腹の奥は疼く。本当は抱いてほしい。だけど、榊原に抱いてもらったら、今までの男と並列に扱うような気がしてしまって、素直に身を任せることができない。
大林は、もう、一杯一杯になってしまったのだ。こんなに泣くなら自覚なんかさせないでくれよ。優しくなんてしないでくれよ。ああ、でもこれも俺がこの人に対する選択肢をミスったからこうなんだっけ。
子供のように泣く大林を、戸惑ったように見つめる榊原をほっぽらかしにして、大林は過去の自分を呪った。
「なんで泣いてるの、具合悪い?」
「ゎ、わ、ぁ、んな…っ、も、もぅ、い、いゃだ、っ」
「俺が嫌だ?」
「ち、ちが、ぉ、俺、お、ぇが、…っ」
榊原が、心配そうに大林の顔を覗き込む。こんなに泣いて、不細工になってしまった顔を見るのはやめて欲しかった。それなのに、榊原は根気強く、まるで小さな子の話を聞くように大林が話すのを待ってくれている。辿々しい言葉も、きちんと聞いている。相槌を小さく打ちながら、情けない大林を心配そうな目で見てくれるのだ。
「ご、ぇん、あさ…っ、うぁ、あっ…」
「なんで俺が、お前に対して怒るのさ。」
「ふう、ぅ…っ…」
「大丈夫だから、ほら、こっちきな。一緒に寝よう。」
大林の体を引き寄せるように、榊原は横になった。その厚みのある胸板に大林を抱き込むようにして髪の毛を撫でる。胸元を涙と鼻水でべしょべしょにしても怒らない。大林は、榊原の腕に頭を預けながら、その手で縋るかのようにして榊原の服の裾を握りしめた。
好きだとは、まだ言われていない。だけど、そんな言葉なんていらないほど、気持ちのこもった口付けをくれた榊原に、大林は応えることはできないのだ。
身から出た錆とはよく言ったもので、それが己の心を蝕んでいく。身を任せたい、榊原の手のひらにもっと触れてほしいけど、その手のひらを求めるにはあまりにも汚れすぎていた。
だから、今だけ、今だけは甘えさせてほしい。泣顔を隠すように、胸元に顔を埋める。だって、榊原に触れてもらう為には、大林は沢山のものを清算しなくてはいけないのだから。
榊原の心音が心地よい。大林は、こいつも俺と同じでドキドキしたりするのだろうか。と、そんなことを思ってしまうくらいには絆されてしまっていた。
少しだけ低い声が、大林の質問に答える。不貞腐れたような口調が可愛くて、不覚にも胸の奥が甘く鳴いた。
「なんだよ、それ、」
「面倒臭そうな男が好きなのかと思って。」
「おい、」
「だから、あえて言わなかったんだよ。てか、途中から反応が可愛くてつい。」
後半が本音で、前半が嫌味だと言うのは理解した。大林は目元をひくつかせながら榊原を見つめると、にっこりと微笑まれる。強かなのは素が滲み出ていたからなのかと改めて感じとる。どうやらこの男は取り繕うことはやめたらしい。己が剥がした外面は随分と分厚かったようだ。
大きな掌が、大林の濡れた睫毛を撫でるように触れる。それがくすぐったくて、少しだけ肩がすくむ。
「君だって、俺が既婚者だって勘違いしたまま煽ってきただろ。」
「見境ねえなって、幻滅した?」
「どっちかっていうと、らしくないなって思った。」
目元を撫でていた親指が、榊原の視線と共にゆっくりと唇に到達する。
その濡れた唇を割り開くようにして親指を差し込まれると、指の腹で舌を擦られた。榊原は、違和感を感じていた。体は知らない男に触れさせていたが、面倒臭そうなことになる前に距離を取る大林が、なんで後々面倒ごとに発展する可能性が高い既婚者へとモーションをかけたのかを。
最初は、この偽物の指輪の意味を察した上での行動かと思った。そういう遊びをしたいのかと。だから榊原は、まあ、その時頭が煮詰まってしまったというのもあるのだが、大林の誘いに応じたのだ。仕置きするつもりではなかったのかと聞かれたら、それは違うとは言い切れはしないが。
「女扱いしてほしくない、みたいな素振りだったじゃん。俺がどんな顔で女抱くのか気になっていたくせに。」
「っ、…ひゃ、めへ」
「口の中あっちいね、」
「ん、んぅ、…っ」
緩く開かされた唇の隙間から、飲みきれなかった唾液が溢れる。榊原の腕を伝って垂れていくその一筋が、大林の熱を煽る。それを止めるようにゆるゆると榊原の腕を掴むと、親指が大林の口を開いたまま、榊原は大林の舌をべろりと舐めた。
「う、っぅん、っ」
肉厚な舌が口内をねぶる感覚に、神経が粟立つ。腰の奥に響くような重だるい感覚が滞留して、大林の腹の奥を疼かせる。抱かれ慣れた素直な体は、自然と榊原を受け入れようと勝手に腹の奥で準備を始めてしまうのだ。
はしたない体に、大林はじんわりと涙を滲ませた。
こんな体になったのも、自業自得だ。大林は反応しやすい己の体が嫌で仕方がなかった。榊原が触れる体は、女じゃないのに雌になるのだ。この人が作ってくれた体だったら、どれだけよかっただろう。そんなことを思って、そうしたら、今までの己の行いを始めて後悔した。
唾液を舐めとられるように、榊原の舌がゆっくりと離れていく。嫌だ、もっとしてほしい。そんな素直な気持ちも、口にすることは許されないような、そんな心地だ。
「いもしない奥さんと重ねられると思った?んとに、かわいいねお前は。」
「ぅ、っ」
違うんだよ、それも、そうなんだけど、でも、俺は、あんたに甘やかしてもらう価値なんてないんだよ。
「ひ、…っく、ぅ、っ…」
大林の喉が震えた。己の今までの行いが、己の情緒を苛んでくるのだ。榊原の大きな掌に、幾筋もの涙を染み込ませる。嗚咽混じりの、情けない泣き顔だ。体は熱いし、腹の奥は疼く。本当は抱いてほしい。だけど、榊原に抱いてもらったら、今までの男と並列に扱うような気がしてしまって、素直に身を任せることができない。
大林は、もう、一杯一杯になってしまったのだ。こんなに泣くなら自覚なんかさせないでくれよ。優しくなんてしないでくれよ。ああ、でもこれも俺がこの人に対する選択肢をミスったからこうなんだっけ。
子供のように泣く大林を、戸惑ったように見つめる榊原をほっぽらかしにして、大林は過去の自分を呪った。
「なんで泣いてるの、具合悪い?」
「ゎ、わ、ぁ、んな…っ、も、もぅ、い、いゃだ、っ」
「俺が嫌だ?」
「ち、ちが、ぉ、俺、お、ぇが、…っ」
榊原が、心配そうに大林の顔を覗き込む。こんなに泣いて、不細工になってしまった顔を見るのはやめて欲しかった。それなのに、榊原は根気強く、まるで小さな子の話を聞くように大林が話すのを待ってくれている。辿々しい言葉も、きちんと聞いている。相槌を小さく打ちながら、情けない大林を心配そうな目で見てくれるのだ。
「ご、ぇん、あさ…っ、うぁ、あっ…」
「なんで俺が、お前に対して怒るのさ。」
「ふう、ぅ…っ…」
「大丈夫だから、ほら、こっちきな。一緒に寝よう。」
大林の体を引き寄せるように、榊原は横になった。その厚みのある胸板に大林を抱き込むようにして髪の毛を撫でる。胸元を涙と鼻水でべしょべしょにしても怒らない。大林は、榊原の腕に頭を預けながら、その手で縋るかのようにして榊原の服の裾を握りしめた。
好きだとは、まだ言われていない。だけど、そんな言葉なんていらないほど、気持ちのこもった口付けをくれた榊原に、大林は応えることはできないのだ。
身から出た錆とはよく言ったもので、それが己の心を蝕んでいく。身を任せたい、榊原の手のひらにもっと触れてほしいけど、その手のひらを求めるにはあまりにも汚れすぎていた。
だから、今だけ、今だけは甘えさせてほしい。泣顔を隠すように、胸元に顔を埋める。だって、榊原に触れてもらう為には、大林は沢山のものを清算しなくてはいけないのだから。
10
あなたにおすすめの小説
愛してやまなかった婚約者は俺に興味がない
了承
BL
卒業パーティー。
皇子は婚約者に破棄を告げ、左腕には新しい恋人を抱いていた。
青年はただ微笑み、一枚の紙を手渡す。
皇子が目を向けた、その瞬間——。
「この瞬間だと思った。」
すべてを愛で終わらせた、沈黙の恋の物語。
IFストーリーあり
誤字あれば報告お願いします!
【WEB版】監視が厳しすぎた嫁入り生活から解放されました~冷徹無慈悲と呼ばれた隻眼の伯爵様と呪いの首輪~【BL・オメガバース】
古森きり
BL
【書籍化決定しました!】
詳細が決まりましたら改めてお知らせにあがります!
たくさんの閲覧、お気に入り、しおり、感想ありがとうございました!
アルファポリス様の規約に従い発売日にURL登録に変更、こちらは引き下げ削除させていただきます。
政略結婚で嫁いだ先は、女狂いの伯爵家。
男のΩである僕には一切興味を示さず、しかし不貞をさせまいと常に監視される生活。
自分ではどうすることもできない生活に疲れ果てて諦めた時、夫の不正が暴かれて失脚した。
行く当てがなくなった僕を保護してくれたのは、元夫が口を開けば罵っていた政敵ヘルムート・カウフマン。
冷徹無慈悲と呼び声高い彼だが、共に食事を摂ってくれたりやりたいことを応援してくれたり、決して冷たいだけの人ではなさそうで――。
カクヨムに書き溜め。
小説家になろう、アルファポリス、BLoveにそのうち掲載します。
番に見つからない街で、子供を育てている
はちも
BL
目を覚ますと、腕の中には赤ん坊がいた。
異世界の青年ロアンとして目覚めた「俺」は、希少な男性オメガであり、子を産んだ母親だった。
現世の記憶は失われているが、
この子を守らなければならない、という想いだけははっきりと残っている。
街の人々に助けられ、魔石への魔力注入で生計を立てながら、
ロアンと息子カイルは、番のいない街で慎ましく暮らしていく。
だが、行方不明の番を探す噂が、静かに近づいていた。
再会は望まない。
今はただ、この子との生活を守りたい。
これは、番から逃げたオメガが、
選び直すまでの物語。
*本編完結しました
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
✻改稿版を他サイトにて投稿公開中です。
いい加減観念して結婚してください
彩根梨愛
BL
平凡なオメガが成り行きで決まった婚約解消予定のアルファに結婚を迫られる話
元々ショートショートでしたが、続編を書きましたので短編になりました。
2025/05/05時点でBL18位ありがとうございます。
作者自身驚いていますが、お楽しみ頂き光栄です。
悠と榎本
暁エネル
BL
中学校の入学式で 衝撃を受けた このドキドキは何なのか
そいつの事を 無意識に探してしまう
見ているだけで 良かったものの
2年生になり まさかの同じクラスに 俺は どうしたら・・・
番解除した僕等の末路【完結済・短編】
藍生らぱん
BL
都市伝説だと思っていた「運命の番」に出逢った。
番になって数日後、「番解除」された事を悟った。
「番解除」されたΩは、二度と他のαと番になることができない。
けれど余命宣告を受けていた僕にとっては都合が良かった。
2026/02/14 累計30万P突破御礼バレンタインSS追加しました
2026/02/15 累計いいね♡7777突破御礼SS 19時に公開します。
様々な形での応援ありがとうございます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる