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ヤンキー、お山の総大将に拾われる~理不尽が俺に婚姻届押し付けてきた件について~
水喰のお嫁さま 4
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どれくらい寝ていたのだろう。幸は腹を空かせてむくりと起き上がると、しょぼつく目を擦りながら辺りを見回した。
どうやら盛大に寝過ぎたらしい。泊めてくれと言いながら、家の主人より早く寝てしまうとは、幸もまだ体力的には幼いままであった。
寝起きで少しだけ高い体温が、幸のまろい頬を赤らめる。静かに誰かが近づいてくる音がしたかと思うと、障子が開いて蘇芳が顔を出した。
「む、起きたか……。」
「蘇芳様、ご無沙汰しております……あと、お邪魔してます。」
「ああ、天嘉から話は聞いている。水喰と拗れたそうだな。まあ、大方あの偏屈が妙なことを言ったのだろう。」
蘇芳は盆を片手に中に入ると、幸の目の前に晩飯の残りをそっと渡す。
「時間も時間だしな、天嘉が消化にいいものにすると言ってうどんにした。」
すいとん汁のすいとんは、琥珀と蘇芳によって平らげられてしまっていた。幸の分を残せといった天嘉が諦めるほどに見事な食いっぷりだったので、結局残りの汁を足しておうどんにしたのである。
土鍋からふわりと出汁の香りがする。牛蒡と味醂を入れると美味いんだと教えてくれた天嘉お手製の鍋焼きうどんは、彩も実に豊かであった。
「ちくわ……」
「幸が好きだからと天嘉がいれた、お前も妙なものが好きよなあ。」
うまいことはうまいが、主役ではないだろうにという蘇芳に、気恥ずかしそうに頬を染めた。だって、水喰様も好きなのだ。ちくわ。幸はそんなことは流石に口にはしなかったが、言われてみれば確かに変な好物だと自覚した。
「天嘉は琥珀と風呂だ。今日はお前と共に寝るそうだ。それだけが俺は不服だ。」
最近は琥珀とばかり寝ていて、俺と同衾もしておらぬ。そういってぼやく蘇芳の話を聞きながら、幸はありがたくおうどんをいただくことにする。出汁が効いていて美味しい。水喰様にも食べさせてあげたいから、今度作ってあげたいなあ。そんなことを思いながら、もむもむと口を動かしては、具は何が入っているのだろうと気になってくる。
ああ、今晩は一人で晩酌をしているのだろうか。水喰のことが頭にちらついて仕舞えば、今度はそれが呼水となって、それしか考えられなくなる。なんだかそれが悔しくて、幸はちょっとだけ落ち込んだ。
「して、お前はいつまで排斥しているつもりだ。」
「…排斥などと……、水喰様のお心にそぐえぬ事柄だって、幸にはございます。」
「ふん、神気を与えられねばまともに生活もできぬくせに生意気なことを言う。」
「……意地悪を言わないでください。」
蘇芳の嫌味な言い方に、幸は顔に影を落とす。神気をいただくには、唇を合わせなくてはならない。幸は水喰から何度もそうして神気を与えられてきたが、それはあくまでも必要だったから行われた行為であった。
水喰に、幸のような思慕はない。そうキッパリと言われてしまってから、幸は水喰にそう言った目を向けてしまった自分を恥じていた。
「蘇芳殿は、気持ちのこもった口づけとはどういうものかご存知ですか。」
「まあ、好きあって番いになったからな。なんと言えば良いのか。舌先に気持ちをのせるようなものだな。」
「舌……、でございますか。」
幸と水喰の神気の受け渡しは、稀に舌先が触れ合うくらいで、深く絡めると言ったことはしていない。だからこそ想像がつかなかったらしい。己の舌先に少し触れてみたが、なんだかざらつく表面が気になって仕方がない。
「水喰様は、わがままです。幸のことを愛でてくださらぬのに、幸の全てを寄越せとおっしゃる。幸は水喰様からの唇を心待ちにしているというのに。」
自身の唇に触れながら、またじんわりと涙が滲んだ。慕う相手から求められないというのは寂しい。体が小さな時は抱きしめてくれたこともあったのになあと思うと、大人になって体の距離が近づくにつれて、水喰の心に触れたいと思うようになってしまった自分に気がつく。
水喰は神だ。龍神だ。幸がもっとを求めていいような存在ではない。そんなこと、わかっているのに心が追いつかない。だからずるい幸は、水喰みはわがままだと宣って、行き場のない感情を見ないふりをするのだ。
「抱かれたいのか、水喰に。」
あけすけな蘇芳の言葉に、幸の首から上が一気に赤くなる。
違うと否定したくとも、その言葉の輪郭が強すぎて、幸は処理し切れない。それでも、唇を何度も重ねていくうちに、幸の心に水喰が強く刻み込まれてしまったのは事実である。
「……幸は、天嘉殿と蘇芳様のような関係に憧れを抱いております。」
家族の形……、それは確かに幸が描いてきた憧れであった。蘇芳は諦めたように微笑む幸の頭をひと撫ですると、ため息を一つはいた。
「まあ、お前に対する我儘こそまさに、独占欲の現れだと思うが。」
「そうなのでしょうか…」
そうだと嬉しいですが、と口にする幸の姿は、諦めのほうが強く感じた。そもそも、妖かしや水神といった人外の者たちは、生きる年月が人のそれよりも遥かに多い。しかし、多いからこそ奔放というわけでもなく、そこが刹那を生きる人との違いであろう。
妖かしや神は、病や怪我で死ぬというのが無い。信仰や、そして無邪気な悪意によって死んでしまう。
人の前に姿を現さぬのは、境界を守ることで自らの身も守るからだ。
人がその境界を侵さぬ限りは、こちらは静かに暮らすのである。人の畏怖や信仰の狭間を縫うようにして生きる者たちは、忘れられたら消えてしまう。
いつ消えてしまうかわからないからこそ、妖かし達は性別関係なく、好いた者たちと番うのだ。
「俺たちは刹那を生きる人とは違うからな。まあ、いつ死ぬかわからんというのだけは平等である。忘れられゆく運命なら、最期は好いたものの記憶だけを抱いて逝くさな。」
蘇芳の言葉に幸の目からぽろりと涙が溢れる。幸も、生きていた頃の記憶はない。それは自分で自分を忘れたからだ。
半端者の幸は、亡者でも妖かしでもない。今もこうして鬼にもならずに理性をたもてているのは、水喰からの神気のおかげである。
「おいこら」
「あいて、」
塞ぎ込んでいた空気が弾けるような、ぺちんと小気味よい音がした。
間抜けな声を上げた蘇芳を見るように顔を上げれば、その音の出どころはどうやら天嘉の一発のようであった。
旦那の頭を窘めるように叩いた天嘉を見上げると、蘇芳は困ったような顔をする。
「幸泣かせなんていってねンだけど。」
「勝手に泣いたのだ。俺が悪いわけではない。」
お前もなにか言えという目で蘇芳が見てくる。幸が口にするよりも先に、天嘉がそっと幸を横から抱きしめる。
柔らかく甘い香りは、琥珀を産んでから顕著になった。幸は天嘉の香りがとても好きで、つい甘えたくなってしまう。
「おい、子猫の戯れは俺のおらぬところでやってくれ。」
「俺今から幸と寝るから、蘇芳は琥珀んとこな。」
「もう寝かしつけたのか?」
「お風呂で爆睡。」
なら行くか、天嘉を貸すのは一夜限りだとしっかりと告げて蘇芳は座敷をあとにする。嫁からの出動要請に満更でもないといった具合である。
「蘇芳にひでえこといわれた?」
「いいえ、生のあり方を教えてもらいました。」
「人の世は刹那ってやつ?」
「ええ、たしかそのようなことを…」
天嘉の腕が促すように幸を寝かすと、もそもそと横に潜り込んでくる。久しぶりの共寝だ。小さかった頃のように、天嘉の腕が幸の頭を優しく引き寄せる。
柔らかくなった体に包み込まれるように抱きしめられると、幸の額に天嘉の唇が降ってきた。
「爺ってなんでみんな言葉足りねえんだろうな。」
「じじい……」
「蘇芳も水喰も、俺らよりずっと爺だろ。だから一つ言えば十伝わると思ってる。」
天嘉の腕の中で、耳心地の良い少しかすれ気味の声を聞く。水神も天狗も、天嘉の前では総じて爺。幸はそれがなんだか面白くて、小さく笑った。
「明日さ、腹割ってはなしてみなよ。幸が悲観するようなことはねえと思うし。」
琥珀の前だと柔らかい言葉が、幸の前では少し崩れる。気を許してもらえているというのが嬉しくて、そっと肯定するように胸元にすり寄った。
天嘉の指が、素直な幸の髪を梳く。その心地よい感覚に身を任せるようにして、幸はゆっくりと瞼を瞑った。
どうやら盛大に寝過ぎたらしい。泊めてくれと言いながら、家の主人より早く寝てしまうとは、幸もまだ体力的には幼いままであった。
寝起きで少しだけ高い体温が、幸のまろい頬を赤らめる。静かに誰かが近づいてくる音がしたかと思うと、障子が開いて蘇芳が顔を出した。
「む、起きたか……。」
「蘇芳様、ご無沙汰しております……あと、お邪魔してます。」
「ああ、天嘉から話は聞いている。水喰と拗れたそうだな。まあ、大方あの偏屈が妙なことを言ったのだろう。」
蘇芳は盆を片手に中に入ると、幸の目の前に晩飯の残りをそっと渡す。
「時間も時間だしな、天嘉が消化にいいものにすると言ってうどんにした。」
すいとん汁のすいとんは、琥珀と蘇芳によって平らげられてしまっていた。幸の分を残せといった天嘉が諦めるほどに見事な食いっぷりだったので、結局残りの汁を足しておうどんにしたのである。
土鍋からふわりと出汁の香りがする。牛蒡と味醂を入れると美味いんだと教えてくれた天嘉お手製の鍋焼きうどんは、彩も実に豊かであった。
「ちくわ……」
「幸が好きだからと天嘉がいれた、お前も妙なものが好きよなあ。」
うまいことはうまいが、主役ではないだろうにという蘇芳に、気恥ずかしそうに頬を染めた。だって、水喰様も好きなのだ。ちくわ。幸はそんなことは流石に口にはしなかったが、言われてみれば確かに変な好物だと自覚した。
「天嘉は琥珀と風呂だ。今日はお前と共に寝るそうだ。それだけが俺は不服だ。」
最近は琥珀とばかり寝ていて、俺と同衾もしておらぬ。そういってぼやく蘇芳の話を聞きながら、幸はありがたくおうどんをいただくことにする。出汁が効いていて美味しい。水喰様にも食べさせてあげたいから、今度作ってあげたいなあ。そんなことを思いながら、もむもむと口を動かしては、具は何が入っているのだろうと気になってくる。
ああ、今晩は一人で晩酌をしているのだろうか。水喰のことが頭にちらついて仕舞えば、今度はそれが呼水となって、それしか考えられなくなる。なんだかそれが悔しくて、幸はちょっとだけ落ち込んだ。
「して、お前はいつまで排斥しているつもりだ。」
「…排斥などと……、水喰様のお心にそぐえぬ事柄だって、幸にはございます。」
「ふん、神気を与えられねばまともに生活もできぬくせに生意気なことを言う。」
「……意地悪を言わないでください。」
蘇芳の嫌味な言い方に、幸は顔に影を落とす。神気をいただくには、唇を合わせなくてはならない。幸は水喰から何度もそうして神気を与えられてきたが、それはあくまでも必要だったから行われた行為であった。
水喰に、幸のような思慕はない。そうキッパリと言われてしまってから、幸は水喰にそう言った目を向けてしまった自分を恥じていた。
「蘇芳殿は、気持ちのこもった口づけとはどういうものかご存知ですか。」
「まあ、好きあって番いになったからな。なんと言えば良いのか。舌先に気持ちをのせるようなものだな。」
「舌……、でございますか。」
幸と水喰の神気の受け渡しは、稀に舌先が触れ合うくらいで、深く絡めると言ったことはしていない。だからこそ想像がつかなかったらしい。己の舌先に少し触れてみたが、なんだかざらつく表面が気になって仕方がない。
「水喰様は、わがままです。幸のことを愛でてくださらぬのに、幸の全てを寄越せとおっしゃる。幸は水喰様からの唇を心待ちにしているというのに。」
自身の唇に触れながら、またじんわりと涙が滲んだ。慕う相手から求められないというのは寂しい。体が小さな時は抱きしめてくれたこともあったのになあと思うと、大人になって体の距離が近づくにつれて、水喰の心に触れたいと思うようになってしまった自分に気がつく。
水喰は神だ。龍神だ。幸がもっとを求めていいような存在ではない。そんなこと、わかっているのに心が追いつかない。だからずるい幸は、水喰みはわがままだと宣って、行き場のない感情を見ないふりをするのだ。
「抱かれたいのか、水喰に。」
あけすけな蘇芳の言葉に、幸の首から上が一気に赤くなる。
違うと否定したくとも、その言葉の輪郭が強すぎて、幸は処理し切れない。それでも、唇を何度も重ねていくうちに、幸の心に水喰が強く刻み込まれてしまったのは事実である。
「……幸は、天嘉殿と蘇芳様のような関係に憧れを抱いております。」
家族の形……、それは確かに幸が描いてきた憧れであった。蘇芳は諦めたように微笑む幸の頭をひと撫ですると、ため息を一つはいた。
「まあ、お前に対する我儘こそまさに、独占欲の現れだと思うが。」
「そうなのでしょうか…」
そうだと嬉しいですが、と口にする幸の姿は、諦めのほうが強く感じた。そもそも、妖かしや水神といった人外の者たちは、生きる年月が人のそれよりも遥かに多い。しかし、多いからこそ奔放というわけでもなく、そこが刹那を生きる人との違いであろう。
妖かしや神は、病や怪我で死ぬというのが無い。信仰や、そして無邪気な悪意によって死んでしまう。
人の前に姿を現さぬのは、境界を守ることで自らの身も守るからだ。
人がその境界を侵さぬ限りは、こちらは静かに暮らすのである。人の畏怖や信仰の狭間を縫うようにして生きる者たちは、忘れられたら消えてしまう。
いつ消えてしまうかわからないからこそ、妖かし達は性別関係なく、好いた者たちと番うのだ。
「俺たちは刹那を生きる人とは違うからな。まあ、いつ死ぬかわからんというのだけは平等である。忘れられゆく運命なら、最期は好いたものの記憶だけを抱いて逝くさな。」
蘇芳の言葉に幸の目からぽろりと涙が溢れる。幸も、生きていた頃の記憶はない。それは自分で自分を忘れたからだ。
半端者の幸は、亡者でも妖かしでもない。今もこうして鬼にもならずに理性をたもてているのは、水喰からの神気のおかげである。
「おいこら」
「あいて、」
塞ぎ込んでいた空気が弾けるような、ぺちんと小気味よい音がした。
間抜けな声を上げた蘇芳を見るように顔を上げれば、その音の出どころはどうやら天嘉の一発のようであった。
旦那の頭を窘めるように叩いた天嘉を見上げると、蘇芳は困ったような顔をする。
「幸泣かせなんていってねンだけど。」
「勝手に泣いたのだ。俺が悪いわけではない。」
お前もなにか言えという目で蘇芳が見てくる。幸が口にするよりも先に、天嘉がそっと幸を横から抱きしめる。
柔らかく甘い香りは、琥珀を産んでから顕著になった。幸は天嘉の香りがとても好きで、つい甘えたくなってしまう。
「おい、子猫の戯れは俺のおらぬところでやってくれ。」
「俺今から幸と寝るから、蘇芳は琥珀んとこな。」
「もう寝かしつけたのか?」
「お風呂で爆睡。」
なら行くか、天嘉を貸すのは一夜限りだとしっかりと告げて蘇芳は座敷をあとにする。嫁からの出動要請に満更でもないといった具合である。
「蘇芳にひでえこといわれた?」
「いいえ、生のあり方を教えてもらいました。」
「人の世は刹那ってやつ?」
「ええ、たしかそのようなことを…」
天嘉の腕が促すように幸を寝かすと、もそもそと横に潜り込んでくる。久しぶりの共寝だ。小さかった頃のように、天嘉の腕が幸の頭を優しく引き寄せる。
柔らかくなった体に包み込まれるように抱きしめられると、幸の額に天嘉の唇が降ってきた。
「爺ってなんでみんな言葉足りねえんだろうな。」
「じじい……」
「蘇芳も水喰も、俺らよりずっと爺だろ。だから一つ言えば十伝わると思ってる。」
天嘉の腕の中で、耳心地の良い少しかすれ気味の声を聞く。水神も天狗も、天嘉の前では総じて爺。幸はそれがなんだか面白くて、小さく笑った。
「明日さ、腹割ってはなしてみなよ。幸が悲観するようなことはねえと思うし。」
琥珀の前だと柔らかい言葉が、幸の前では少し崩れる。気を許してもらえているというのが嬉しくて、そっと肯定するように胸元にすり寄った。
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