だいきちの拙作ごった煮短編集

金大吉珠9/12商業商業bL発売

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ヤンキー、お山の総大将に拾われる2-お騒がせ若天狗は白兎にご執心-

馬頭と鐘楼と地獄の手綱 5

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「お前は随分と不器用に生きてきたのだなあ。」

 かちゃかちゃと茶器の音がする。饒河は鐘楼が淹れた茶を目の前にして、唇を真一文字にして俯いていた。
 饒河はお前が管理しろ。そう、牛頭によって任された鐘楼は、あいわかったと頷くと、こうして饒河を己の寝床に招いたのだ。
 岩屋戸というくらいだから、余程薄暗いのかと思っていた。しかしそれは饒河の勝手な思い込みで、実際のところはぼんぼりに灯りが灯るような、そんな温かみのあるやわこい光が四隅に吊るされていた。灯籠の中の火の玉が覗き込むようにこちらを見て揺れている。鐘楼は、彼奴も愛玩の一つだと言っていた。
 
「浮かれたのか。」
「は?」
 
 蒸らし終えたらしい。鐘楼が茶器の蓋をとって饒河に進める。薄い黄緑のそれは暖かな湯気と共に饒河の前にその香りを広げる。
 
「野狐が長い年月を経て力をつけるというのは聞いておるよ。お前の尾は三つに分かれておるしな。」
「たかだか三本だ。唐国には九つに分かれている者もいると聞く。」
「何も尾の本数の話をしたいわけじゃないさ。」
 
 訝しげな顔で鐘楼を見る。こいつの笑みは嫌いだ。まるで幼児に向けるかのようにこちらを見てくる。
 
「なんで神気を奪われた。」
「聞いてどうする。」
「自分のものを知りたいという欲求は当たり前のものだと思うが、違うのか。」
 
 まただ。底抜けのような仄暗い瞳孔を、透き通った赤い瞳に隠している。饒河はもぞりと身じろぐと、なんとなく見つめられたくなくて、そっと目を逸らした。
 
「私の話を聞きたいのなら、お前の話からするがいい。」
「ふむ。なるほど道理だな。だが罪状は話した。ならば我の過去についてということか。」
「そうだ。お前が私の手綱を握っているのだろう?ならば素性を明かせ。私をきちんと飼う気が有るのなら。」
 
 ぼんぼりの灯りと、鐘楼の背後の入り口の光しかない部屋の中で、饒河は必死で矜持を保っていた。馬鹿にされたくない。怖いが、こんな理不尽を振るわれるのなら、これくらいの要求は許されると思ったのだ。
 鐘楼は己の中の道理が嵌れば何もを言わないらしい。饒河の金色の瞳が鐘楼を見つめる。
 
「そうさな。どこから話そうか。」
 
 着物の合わせ目に手を入れ、鐘楼が煙管を取り出した。馬頭から貰ったものだった。無言でただ座っているままの鐘楼は圧がすごいからと、何か人となりがわかるような、そんな仕草の一つでも覚えろと文句を言われたのだ。そこから少しずつ、馬頭や部下の獄卒に話しかけて、感情の起伏を学んだ。煙管は場を繋ぐらしい。確かに、思考をまとめるのには丁度いい気がした。
 吸い口に鐘楼の唇が寄せられる。饒河はその仕草を見れずに、目だけを逸らした。
 
「始まりはな、随分と昔であった。」
 
 薄い唇から、薄紫の細い煙が伸びた。耳心地良い甘い声だ。空気を震わすその声は、何かを吟じるかのように間伸びした言葉を紡ぐ。
 鐘楼が己の体に纏うものが、他と違うことに気がついたのは、もう百五十年以上前のことだった。
 
「異国のものがちらほらと混じり始め、人間の様相が変わった頃合いから、物事の意味を理解できるようになった。」
「意味?」
「水を飲むのは喉が乾くから、飯を食らうのは腹が減るから。そう言った当然ではないぞ。」
「ならば、なんだというのだ。」
 
 かちりと鐘楼の歯が当たる。煙管を甘く噛んだのだ。
 吸い口を口に含むとき、少しだけ舌が当たるのは鐘楼の癖である。
 
「邪魔なのだと。そう言った意味だ。」

 発展は、実に目まぐるしかった。
 
「鉄の塊が走る道を作るのに、里は奪われた。」
「お前の最初の住処か。」
「お前のではなく、仲間たちのだ。」
 
 共存してきたと思っていたのに。そう思っていたのはこちら側だけだった。
 最初は、食える草が減ったなあくらいだった。そこから徐々に、身を隠す森が林になり、それが木が数本程度までになった。それでも、困ったなあくらいで、その理由がなんでだかわからなかった。年々、仲間たちの頭数は減っていった。それでも鐘楼は生きていた。番い、子をなし、群れで山を登りながら、てんてんと住処を変えていった。
 妻が死に、子も老いて死に、仲間の家族が少しずつ減っていった。鐘楼だけがずっと変わらぬまま群れを率いているというのに、なんの疑問も抱かぬままに日常を過ごしてきた。
 時代が変わり、山に人が混じり始まる。群れの一部は糧とされて、必死に逃げ惑う日々がしばらく続いた。
 空からは火の玉が降ってきて、足の遅いものから淘汰された。疑問は鐘楼だけだった。人のように武器を持たない獣は、炎や鉄の筒の前ではただの肉にしかならない。
 時代が変わり、今までの境遇が人間の住処を広げるためだったのだと理解した。
 鐘楼の最初の住処であった山は灰色の道に変わり、その下には沢山の亡骸が埋もれている。人や獣。死だけが等しく平等の中、鐘楼だけが生きていた。

「そうだなあ。長生きばかりが良いことだと言うのは違うか。」

 鐘楼の一つしかない赤眼が、戸惑った顔でこちらを見返す饒河に向けられる。
 
「お前が我に語れと言わなければ、こうして振り返ることもなかったのだろうな。」
「何だ、何が言いたい。」
「いいや、お前のおかげで今更ながらに気付かされた。ああ、俺がなんで禍津神になったのか漸く理解した。」

 睡蓮に詫びなければ。ポツリと呟き饒河の手を握る。血の通った暖かな掌である。鐘楼は指の股を開くかのようにして饒河の手に己の指を絡ませる。

「先が見えぬ、お前は一体何がしたい。」
「怯えなくていい。」
「だから、なにを」

 鐘楼は、長く生きすぎた。群れを率いて時代を渡り、仲間を看取りながら少しずつ恨みを積もらせた。鐘楼の神格はきっと神の気まぐれだろう。親の顔は知らぬ。もしかしたら、群れで育てられた中にいたのかもしれないが、死んだだろう。
 一人だけ違和感に早くから気が付かねば、こうして知恵を得て生き汚く生を汚すこともなかっただろう。

「お前は、若い頃の我に似ているのだ。だからこうして放ってはおけぬ。大事にしたいと思うのだろう。」
「な、」
「我は人間に、お前は妖かしに理不尽を覚えただけのこと。やはり寄り添うべきは似た者同士というわけだ。」

 似ていると言われたのは、初めてであった。
 饒河は、物心がつく頃にはもう人が着物ではなくなっていた。随分と長生きのつもりではあったが、妖かしと括られるのならそれほど長く生きてはいない。それでも尾が三股に分かれ、神気を得た。稲荷神の元で、饒河の他に四匹の狐と共に修行をしたのだ。恵まれた環境であったと思う。鐘楼のような時代の狭間を縫うように生きてはいない。

「お前の言う似た者同士と言うのは、違う。」
「違わぬよ、お前も我も、互いに弾かれた身だろう。」

 息が詰まる。鐘楼は、饒河が気づきたくないところばかり粗探しのように指摘してくる。

「………。」
「弱い者いじめをして嫌われたと聞いている。」
「そんなんではないわ。」
「しかし、そういう捉え方をされたということは事実だ。」

 下手くそな生き方しか出来ないのは、饒河が四匹の中で追いかける側だったからだ。
 神気を得たのが遅かった。他の兄弟達は皆早くに化け、術を得て、認められて次々と神の元から消えていった。
 饒河は、ずっと落ちこぼれであった。なんで己だけ力が芽吹かぬのか分からず、ずっと歯噛みをしてその時を待った。なんでやどうしてで思考は埋め尽くされ、結局饒河が神気を得たのは、皆が消えてから数年後であった。

「浮かれたのだろう、己の価値を見誤ったのだ。お前の神気は分け与えるものであって、それを惜しんだから神気は消えたのだ。」

 それぞれが持つ神気とは、それぞれの役割のことだ。鐘楼の神気とは、統率することに長けている力だ。統率するとは、率いるということ。率いるということは、守るということだ。鐘楼はふつふつと恨みを積み上げて、その守る力を執着へと変えた。禍津神としての執着は、文字通り個に固執することだ。そうして、一人を呪い陥れようとした。己と同じ場所まで引きずり下ろして、けっして離すまいと我欲を優先させた。思えば、群れも守れなかった鐘楼の救いを求めていたのだ。たった一人を守ることで、己の存在を許したかった。
 
「己の価値、」
「お前の神気は、分け与えるものだった。分け与えるとは、慈悲の心からくる。お前はそれを渋ったのだ。そこに、お前は当たり前として対価を求めた。」

 饒河の神気は、分け与える慈悲の心で育むべきであったのだ。いっとう神として向いているはずだったその神気を失ったのは、その教えに背いたからに他ならない。

「与えたら、なくなるだろう。私の神気が消えたら、きっとあやつらはもう不要だと暴力を振るうに違いないのだ、だから、」
「だから、己を護るために対価を得たのか。」
「力を振るってやる変わりに、対価を求めるのは自然だろう。」
「自然だ。それに打算が働いてないのならな。」

 四匹の中でいっとうのハズレ狐。そう言われていた。だから、神気を得てすぐに社を飛び出した。見返したかった。己の神気を振るって、馬鹿にした者共を見返してやりたかった。
 椎葉の山を統治すれば、その名は響くだろう。己だけの群れを作りたかった。そうすればきっと兄弟たちも認めてくれる。

「私は悪くない、勝手に褒めそやして侍っていたくせに。媚を売ってきたくせに。」
「お前はそれの上に胡座をかいていたのだな。」
「誰にも教えてなんかくれなかった。」
「それはそうだろう、お前は周りが怯えるほど強く振る舞っていたのだから。」

 大きな耳をへたらせて、俯いている。稲穂の髪で表情が見えないが、その肩がかすかに震えていた。

「我なら、お前を認めてやれる。似た者同士だ。愛してやれる、守ってもやれる。」
「爺、調子に乗るなよ。」
「そんな顔で言われてもなあ。」

 鐘楼は饒河よりも強いから、道を正してやれるのだ。
 金色の瞳が潤む。勝ち気そうな唇が微かに戦慄くのを抑えるかのように、真一文字に引き結ぶ。

「我が寂しいから、共にいてくれ。共にいてくれるのなら、我はお前を守ってやれる。」
「っ、」

 鐘楼の手のひらが、そっと饒河に向けられる。その姿が、こちらに手を差し伸べた睡蓮のものと重なった。矜持が邪魔をして取れなかった掌だ、情けをかけられていると勘違いをしたあの時、饒河は馬鹿にするなと言って睡蓮の横面を張り倒した。

「後悔を知ったのなら、お前はもう道を誤らぬ。」
「どの口が言うのだ。」
「わは、全くもってそのとおりだなあ。」

 茶器を挟んで、饒河の掌が遠慮がちに鐘楼のそれと重なった。手を引かれ、尻が浮いた。淹れたばかりの茶で膝を濡らした饒河が、その両腕に閉じ込められる。
 温かい腕だ、背中が寂しくない。癪だから背に手は回さないが、こうして暫くは甘んじてやろうという気にはなった。
 こいつのおかげで、饒河は心情が忙しない。己が地獄に堕ちたのは鐘楼のせいであるとして、しっかりと責任を取ってもらわねば。饒河はそう思って、むかっ腹が立つままにガジリと肩口に歯を立てたのであった。




 
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