なんだか泣きたくなってきた

金大吉珠9/12商業商業bL発売

文字の大きさ
35 / 273

嫌わないで *

しおりを挟む
「ふ、ぅあ…っ」

突然体が言うことを効かなくなるというのを、僕は初めて体験した。しかも最悪なことに、俊くんの家というシチュエーションでだ。

「っ、きいち!」

ぶわ、と鳥肌が全身を包むみたいに痺れを伴った反応にびくりと体が跳ねた。ガタン、と音を立てて慌てて立ち上がると、面白いくらいに膝に力が入らなくて、そのままスプーンが床に落ちるように良い音を立てて床に崩れた。

「きいち?おい、大丈夫か!?」
「お、おかしい…っ、おかしいよ、」
「なにが?どうした、おい!」
「し、しゅんく、っ…ぼ、ぼく…っ」

首の後が燃えるように熱い。まるで肺が小さくなったかのように呼吸もうまくできず、泣きたくないのに涙が出てきた。
何がなんてそんなことになったのかわからなくて、駆け寄ってきた俊くんの手を、すがるように握りしめた。

お腹の奥が変だ。なんだこれ、俊くんの手を力強く握っているはずなのに、全然力が入らない。情けないくらいさっきから僕が泣くから、俊くんは焦ったような顔をしながら背中をさすってくれる。
でもそれはだめだ、逆効果である。

「ひ、やめ、やめてぇ…っ」
「おまえ、」
「し、ゅ…たすけ、っ…こぇ、なに…っ」

恐い、死んじゃうんじゃないかと思うくらい全身の甘い痺れと視界の点滅が恐い。
ろれつも回らないし、口端からはだらしなく唾液が伝って床を汚した。人んちの床の上で蹲ってる僕はどんだけ迷惑なのだろう。
嫌われたらどうしようとおもったら、もう余計にだめだった。

「発情期、か?でも、なんで…」
「きら、わな…でぇ、っ」
「ああ、大丈夫、大丈夫だから落ち着け。」

はつじょうき、という俊くんの言葉を薄ぼんやりと聞き取ると、なるほどこれが。と納得した。
でも、これはなんだ?たしか保険の授業で習ったのは、アルファとオメガが互いに番にしたいと思ったらなるのではなかったか。

あの時、告白の答えも聞いていないのに、なんでこんな。
僕の口は意味をなさない声しか出せないまま、ぐしゅぐしゅと情けないくらい泣いていた。もう赤ん坊だったときバリに泣いてたと思う。
俊君はひょい、と僕を抱き上げると重さを感じさせない足取りでどこかへ連れて行かれる。
もう、どうにかしてほしかった。このお腹の中のぐるぐるも、疼くうなじも、とにかく、全部どうにかしてほしかった。

「きいち、ごめんな、ちょっとだけまってられるか?」
「ひ、ゃ、やだ!やだぁ…っいや、だっ」
「怖いよな、これやるから少しだけ我慢してくれ。」
「ひ、ぅうー…っや、ぁ…だっ」

何かわからないけど、物凄くいいにおいがして落ち着くものを被せられた。くん、と香るのはミントのような、それでいて後から優しく包み込むような甘さが混じったものだ。
俊くんのばたばたと走る音がしたとおもうと、何かを倒すような、大きな音がして騒がしい。
僕はちうちうと貰ったいい香りのするそれを口に含みながら、暑くてたまらない体を持て余すように無意識にシャツのボタンを外していた。

「ふ、ぅ…、っひ、ゅんふ…」
「おまたせ、きいち。あぁ、すごい匂いだ…」

僕そんなに臭いのかな。と恥ずかしくてまたじわりと涙が出てくる。貰った大好きな香りがするものを取られたくなくて、ぎゅうと抱き込んでうずくまった。
俊くんがそのまま覆い被さるように抱き締めてくれるのが嬉しくて、俊くんの胸元にすり寄るとさっきよりも濃い香りが体を包んだ。

「う、ぅ…ぁ、っ」
「っ、くそ…」
「し、ゅっ…すき、すきい…うぇ、えっ…ううっ」
「ああ、きいち、きいちすきだ。俺も、っ」
「ん、んぁ…っ」

ぐい、と顔を無理やり上げられると、僕の半開きの口に花の蜜のような甘いものが入ってくる。ぬるりと肉厚なその熱は、僕の思考をかんたんにとろけさせるようにすこしだけ乱暴に口の中を攻め、何度もその蜜を飲み込んだ。
こくん、とそれを飲むたびに、俊くんの切羽詰まった、それでいて嬉しそうな顔が僕を見つめてきて、恥ずかしいことにそれだけで何度か下着の中を汚してしまった。

「きいち、俺は…後悔したくない。」
「う、ぁっ…なに…?」
「俺のになれ、俺の番に。」
「ぁ、つ…がぃ…?や、しんな…しら、な…」

甘い蜜が俊くんの唾液だと理解したとき、初めてのキスに喜ぶまもなく俊くんの首に腕を回していた。後悔の意味はわかんないけど、今はとにかく目の前の俊くんのことが欲しかった。

「う、ん…っ」
「飲め、いいこだから」

無理やり口を指で割り開かれたかと思うと、なんだか漢方のような不思議な味をしたものが口の中を流れ、いわれるがままにそれを嚥下した。

「は、飲んだな?いいこ。」
「ぁ、あ?っ…あぅ、ンっ…」
「ん、っ…ぐ。」

ひくん、と体が震えたかと思うと、さっきよりも少しずつだけれど呼吸がしやすくなってきた。全身が性感帯になったのではと疑うくらいのしびれも軽減しはじめる。
俊くんは、眉間にシワを寄せながら、タオルを口に噛みしめるようにしてくわえながら見つめていた。
こめかみに血管が走るほど何かをこらえながら、何度も僕の首筋に顔をうずめながら呼吸を整える。
僕は徐々に戻りつつある思考で、先程飲まされたのは即効性の抑制剤のようなものだと理解した。

「しゅんく…っ、これ…」
「ふ、…っ」

腰に押し付けられた熱い俊くんの性器に、こんな状況でも我慢する忍耐強さに、ああ、僕のためか。と理解した途端に愛しさがこみ上げてきた。

タオルを犬のように噛んで我慢するその口端に、ちゅ、と口付けを落とすと、僕は確かめるように俊くんのそこに手を伸ばした。

しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

こわがりオメガは溺愛アルファ様と毎日おいかけっこ♡

なお
BL
政略結婚(?)したアルファの旦那様をこわがってるオメガ。 あまり近付かないようにしようと逃げ回っている。発情期も結婚してから来ないし、番になってない。このままじゃ離婚になるかもしれない…。 ♡♡♡ 恐いけど、きっと旦那様のことは好いてるのかな?なオメガ受けちゃん。ちゃんとアルファ旦那攻め様に甘々どろどろに溺愛されて、たまに垣間見えるアルファの執着も楽しめるように書きたいところだけ書くみたいになるかもしれないのでストーリーは面白くないかもです!!!ごめんなさい!!!

孕めないオメガでもいいですか?

月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから…… オメガバース作品です。

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版) 8/16番外編出しました!!!!! 読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭 1/27 1000❤️ありがとうございます😭 3/6 2000❤️ありがとうございます😭 4/29 3000❤️ありがとうございます😭 8/13 4000❤️ありがとうございます😭

両片思いのI LOVE YOU

大波小波
BL
 相沢 瑠衣(あいざわ るい)は、18歳のオメガ少年だ。  両親に家を追い出され、バイトを掛け持ちしながら毎日を何とか暮らしている。  そんなある日、大学生のアルファ青年・楠 寿士(くすのき ひさし)と出会う。  洋菓子店でミニスカサンタのコスプレで頑張っていた瑠衣から、売れ残りのクリスマスケーキを全部買ってくれた寿士。  お礼に彼のマンションまでケーキを運ぶ瑠衣だが、そのまま寿士と関係を持ってしまった。  富豪の御曹司である寿士は、一ヶ月100万円で愛人にならないか、と瑠衣に持ち掛ける。  少々性格に難ありの寿士なのだが、金銭に苦労している瑠衣は、ついつい応じてしまった……。

獣人王と番の寵妃

沖田弥子
BL
オメガの天は舞手として、獣人王の後宮に参内する。だがそれは妃になるためではなく、幼い頃に翡翠の欠片を授けてくれた獣人を捜すためだった。宴で粗相をした天を、エドと名乗るアルファの獣人が庇ってくれた。彼に不埒な真似をされて戸惑うが、後日川辺でふたりは再会を果たす。以来、王以外の獣人と会うことは罪と知りながらも逢瀬を重ねる。エドに灯籠流しの夜に会おうと告げられ、それを最後にしようと決めるが、逢引きが告発されてしまう。天は懲罰として刑務庭送りになり――

アルファのアイツが勃起不全だって言ったの誰だよ!?

モト
BL
中学の頃から一緒のアルファが勃起不全だと噂が流れた。おいおい。それって本当かよ。あんな完璧なアルファが勃起不全とかありえねぇって。 平凡モブのオメガが油断して美味しくいただかれる話。ラブコメ。 ムーンライトノベルズにも掲載しております。

運命じゃない人

万里
BL
旭は、7年間連れ添った相手から突然別れを告げられる。「運命の番に出会ったんだ」と語る彼の言葉は、旭の心を深く傷つけた。積み重ねた日々も未来の約束も、その一言で崩れ去り、番を解消される。残された部屋には彼の痕跡はなく、孤独と喪失感だけが残った。 理解しようと努めるも、涙は止まらず、食事も眠りもままならない。やがて「番に捨てられたΩは死ぬ」という言葉が頭を支配し、旭は絶望の中で自らの手首を切る。意識が遠のき、次に目覚めたのは病院のベッドの上だった。

処理中です...