126 / 273
晃と勇
しおりを挟む
「それにしても。最近の子はそんな早いもんなのか?」
大きなテーブルを囲みながら、みんなでばーちゃんが用意してくれたご飯を食べる。おじさんはオカンが番ったときのことを思い出しているようだった。
「僕のクラスメイトでも一人いるよ、年上のオメガと番った生徒。益子って言うんだけど、めちゃくちゃらぶらぶ。」
「そうなのか、なんだかすごい世の中になったもんだ。当人同士が幸せなら、いいのかもしれないなぁ。」
おじさんは眩しそうに僕たちを見て、しみじみと言った。番は、本能でわかる。おじさんは自分がこんな体になってしまったから、どこかにいるであろう番に出会わないようにしている。その為病院に行くとき以外、めっきり部屋で過ごしているみたいで、おじさんの部屋で感じた墨の匂いは、手のリハビリも兼ねて書道をしているということだった。
ハマると結構楽しいもんだ。そう言って笑うおじさんにオカンがおかずを取り分けながら、少しだけ寂しそうな顔をしていた。
首の骨を折ったことで麻痺した下半身はもう戻らない、湾曲してしまった指は、リハビリで少し使えるようになったらしいが、血の滲むような努力をしたという。
元々スポーツをしていたこともあり、ハンディキャップを感じさせないくらい障害者スポーツにも打ち込んだ。だけど打ち込めば打ち込むほど、健常者だった頃の自分と比べてしまい、その落差が許せなくなっていく。
オカンが安定期に入る頃には、吉信に黙って介護を手伝った。本当にかんたんなものだけだったらしいけど、孕んだ兄にまで自分は迷惑をかけているのかと、オカンも知らないところでおじさんを追い詰めてしまっていた事を後悔している。
アルファなのに、というプライドもあったんだろう。
僕を産んだあと、オカンは吉信と実家に帰ってきて同居を決めた。家のバリアフリー化も、小さい子がいることもあって即決で決めたらしい。
目の前で、兄の横に立っている完璧なアルファ。おじさんのささくれだった部分が、より主張してしまうのは仕方なかった。
「俺はあの時から時が止まっちまったからなあ。」
懐かしむように遠くを見つめながら、おじさんが言った言葉はやけに物哀しい。オカンはべしりとおじさんの頭を叩くと、呆れたばーちゃんが注意した。
「晃はホントすぐに手が出るんだから!きいちくんだってみてるんだから、親としてきちんとしなさい。」
「しらねー、こいつが辛気くせえこというからいけねーんだし。」
「きいち、おまえのかーちゃんすこしガキ臭くないか?」
「僕から謝るよ…オカンがごめん。」
ケッ、とした表情で不貞腐れるオカンをみていると、下手くそにも慰めようとしたのがよくわかる。おじさんもそれはわかっているみたいで、仕返しにフォークで腕を突く。それをキレて嗜めるばーちゃん。僕はそれを見て笑い、俊くんは呆気にとられていた。
おじさんが落ち込んで居られなかったのも、オカンがこうやって前と変わらないやり取りを続けてきたからだろう。二人して喧嘩して、ばあちゃんが叱る。吉信は二人のやり取りに嫉妬したし、おじさんは兄を取られて嫉妬した。
「やっぱりアルファってばかなんだなぁ。」
「きいち、おまえどっちの味方なんだ。」
「え、頭の出来なら俺のほうがお前よりいいぞ。」
思わず呟いたことを拾った二人のアルファが戸惑ったように問いかけて来るのが面白くて、更に意味を理解したオカンとばーちゃんが同意するように頷くから、なんだか楽しくなってケラケラ笑う。
ばーちゃんの美味しい料理と、オカンとおじさんの掛け合いが、今この瞬間をかけがえの無いものにしていた。
おじさんち、めちゃくちゃ楽しかった。
久しぶりにあったばーちゃんも、僕と俊くんがもりもり食べるのが余程嬉しかったのか、作りがいがあるわぁと追加でニラ饅頭を焼いてくれたり、俊くんがおじさんと再びはさみ将棋でバトルしたり、おじさん秘蔵の映画鑑賞会をしたりと、あっという間に楽しい時間はすぐに過ぎ、そろそろ帰る時間となった。
「久しぶりに会った甥っ子が、綺麗になっててびっくりした。女の子みたいに可愛かったのに、立派になったなぁ。」
「もうやめてよ、恥ずかしくなる…」
「また来てくれるか?」
「うん、またおじさんとばーちゃんにも会いたいし。」
ばーちゃんからは番のお祝いにとレシピノートが渡された。僕たちがうまいうまいと食べたニラ饅頭も、この中に入っているらしい。
色あせたキャンパスノートの中身は、所々油染みや書き込み等があり、付箋にはそれぞれの味の好みが貼ってあった。
最後の方には、ばーちゃんがオカンに教えた離乳食のつくり方や、味付け、僕の好みなども書かれていて、このノート一冊にたくさんの歴史が詰まっていた。
僕はそのノートを胸に抱いて、いつか俊くんにも美味しいって言ってもらえるご飯を作れるようにしようと、心に決める。
最後におじさんとばーちゃんにハグをして、別れを惜しむ。結果的にはこれが最善策だったのはわかっている。それでももし、離れずにずっと一緒に住んでいたら、何かが変わったのだろうか。そんな詮無いことを、僕が考えても仕方がない。だけど、オカンの少し寂しげな横顔をみると、おじさんもばーちゃんも後悔してないわけはない。
口から出た言葉はもう戻らない、お互いがその時は頭に血が上っていたんだとしてもだ。
「晃、悪いな。」
「別に?手のかかる弟で困るぜ全く。」
おじさんの一言には、すべての気持ちが詰まっている。時間が解決してくれた蟠りなら、離れた距離も縮めてくれればいいのに。
子供だからって、問題の外側から傍観するだけの立場は許されない。僕も家族だ、オカンと吉信の子供だし、ばーちゃんとおじさんとも血が繋がってるんだ。
おじさんとばーちゃんが、コンサバトリーから見えるように手を振って見送ってくれる。
僕と俊くんも、それに手を振りかえしながら、来た道を滑るように車は発進した。
やっぱり次は、吉信もつれてこよう。今度はオカンも、きちんと二人に手を振ることができるように。
大きなテーブルを囲みながら、みんなでばーちゃんが用意してくれたご飯を食べる。おじさんはオカンが番ったときのことを思い出しているようだった。
「僕のクラスメイトでも一人いるよ、年上のオメガと番った生徒。益子って言うんだけど、めちゃくちゃらぶらぶ。」
「そうなのか、なんだかすごい世の中になったもんだ。当人同士が幸せなら、いいのかもしれないなぁ。」
おじさんは眩しそうに僕たちを見て、しみじみと言った。番は、本能でわかる。おじさんは自分がこんな体になってしまったから、どこかにいるであろう番に出会わないようにしている。その為病院に行くとき以外、めっきり部屋で過ごしているみたいで、おじさんの部屋で感じた墨の匂いは、手のリハビリも兼ねて書道をしているということだった。
ハマると結構楽しいもんだ。そう言って笑うおじさんにオカンがおかずを取り分けながら、少しだけ寂しそうな顔をしていた。
首の骨を折ったことで麻痺した下半身はもう戻らない、湾曲してしまった指は、リハビリで少し使えるようになったらしいが、血の滲むような努力をしたという。
元々スポーツをしていたこともあり、ハンディキャップを感じさせないくらい障害者スポーツにも打ち込んだ。だけど打ち込めば打ち込むほど、健常者だった頃の自分と比べてしまい、その落差が許せなくなっていく。
オカンが安定期に入る頃には、吉信に黙って介護を手伝った。本当にかんたんなものだけだったらしいけど、孕んだ兄にまで自分は迷惑をかけているのかと、オカンも知らないところでおじさんを追い詰めてしまっていた事を後悔している。
アルファなのに、というプライドもあったんだろう。
僕を産んだあと、オカンは吉信と実家に帰ってきて同居を決めた。家のバリアフリー化も、小さい子がいることもあって即決で決めたらしい。
目の前で、兄の横に立っている完璧なアルファ。おじさんのささくれだった部分が、より主張してしまうのは仕方なかった。
「俺はあの時から時が止まっちまったからなあ。」
懐かしむように遠くを見つめながら、おじさんが言った言葉はやけに物哀しい。オカンはべしりとおじさんの頭を叩くと、呆れたばーちゃんが注意した。
「晃はホントすぐに手が出るんだから!きいちくんだってみてるんだから、親としてきちんとしなさい。」
「しらねー、こいつが辛気くせえこというからいけねーんだし。」
「きいち、おまえのかーちゃんすこしガキ臭くないか?」
「僕から謝るよ…オカンがごめん。」
ケッ、とした表情で不貞腐れるオカンをみていると、下手くそにも慰めようとしたのがよくわかる。おじさんもそれはわかっているみたいで、仕返しにフォークで腕を突く。それをキレて嗜めるばーちゃん。僕はそれを見て笑い、俊くんは呆気にとられていた。
おじさんが落ち込んで居られなかったのも、オカンがこうやって前と変わらないやり取りを続けてきたからだろう。二人して喧嘩して、ばあちゃんが叱る。吉信は二人のやり取りに嫉妬したし、おじさんは兄を取られて嫉妬した。
「やっぱりアルファってばかなんだなぁ。」
「きいち、おまえどっちの味方なんだ。」
「え、頭の出来なら俺のほうがお前よりいいぞ。」
思わず呟いたことを拾った二人のアルファが戸惑ったように問いかけて来るのが面白くて、更に意味を理解したオカンとばーちゃんが同意するように頷くから、なんだか楽しくなってケラケラ笑う。
ばーちゃんの美味しい料理と、オカンとおじさんの掛け合いが、今この瞬間をかけがえの無いものにしていた。
おじさんち、めちゃくちゃ楽しかった。
久しぶりにあったばーちゃんも、僕と俊くんがもりもり食べるのが余程嬉しかったのか、作りがいがあるわぁと追加でニラ饅頭を焼いてくれたり、俊くんがおじさんと再びはさみ将棋でバトルしたり、おじさん秘蔵の映画鑑賞会をしたりと、あっという間に楽しい時間はすぐに過ぎ、そろそろ帰る時間となった。
「久しぶりに会った甥っ子が、綺麗になっててびっくりした。女の子みたいに可愛かったのに、立派になったなぁ。」
「もうやめてよ、恥ずかしくなる…」
「また来てくれるか?」
「うん、またおじさんとばーちゃんにも会いたいし。」
ばーちゃんからは番のお祝いにとレシピノートが渡された。僕たちがうまいうまいと食べたニラ饅頭も、この中に入っているらしい。
色あせたキャンパスノートの中身は、所々油染みや書き込み等があり、付箋にはそれぞれの味の好みが貼ってあった。
最後の方には、ばーちゃんがオカンに教えた離乳食のつくり方や、味付け、僕の好みなども書かれていて、このノート一冊にたくさんの歴史が詰まっていた。
僕はそのノートを胸に抱いて、いつか俊くんにも美味しいって言ってもらえるご飯を作れるようにしようと、心に決める。
最後におじさんとばーちゃんにハグをして、別れを惜しむ。結果的にはこれが最善策だったのはわかっている。それでももし、離れずにずっと一緒に住んでいたら、何かが変わったのだろうか。そんな詮無いことを、僕が考えても仕方がない。だけど、オカンの少し寂しげな横顔をみると、おじさんもばーちゃんも後悔してないわけはない。
口から出た言葉はもう戻らない、お互いがその時は頭に血が上っていたんだとしてもだ。
「晃、悪いな。」
「別に?手のかかる弟で困るぜ全く。」
おじさんの一言には、すべての気持ちが詰まっている。時間が解決してくれた蟠りなら、離れた距離も縮めてくれればいいのに。
子供だからって、問題の外側から傍観するだけの立場は許されない。僕も家族だ、オカンと吉信の子供だし、ばーちゃんとおじさんとも血が繋がってるんだ。
おじさんとばーちゃんが、コンサバトリーから見えるように手を振って見送ってくれる。
僕と俊くんも、それに手を振りかえしながら、来た道を滑るように車は発進した。
やっぱり次は、吉信もつれてこよう。今度はオカンも、きちんと二人に手を振ることができるように。
8
あなたにおすすめの小説
【完結】愛されたかった僕の人生
Kanade
BL
✯オメガバース
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。
今日も《夫》は帰らない。
《夫》には僕以外の『番』がいる。
ねぇ、どうしてなの?
一目惚れだって言ったじゃない。
愛してるって言ってくれたじゃないか。
ねぇ、僕はもう要らないの…?
独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。
こわがりオメガは溺愛アルファ様と毎日おいかけっこ♡
なお
BL
政略結婚(?)したアルファの旦那様をこわがってるオメガ。
あまり近付かないようにしようと逃げ回っている。発情期も結婚してから来ないし、番になってない。このままじゃ離婚になるかもしれない…。
♡♡♡
恐いけど、きっと旦那様のことは好いてるのかな?なオメガ受けちゃん。ちゃんとアルファ旦那攻め様に甘々どろどろに溺愛されて、たまに垣間見えるアルファの執着も楽しめるように書きたいところだけ書くみたいになるかもしれないのでストーリーは面白くないかもです!!!ごめんなさい!!!
【完結】幼馴染から離れたい。
June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。
βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。
番外編 伊賀崎朔視点もあります。
(12月:改正版)
8/16番外編出しました!!!!!
読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭
1/27 1000❤️ありがとうございます😭
3/6 2000❤️ありがとうございます😭
4/29 3000❤️ありがとうございます😭
8/13 4000❤️ありがとうございます😭
孕めないオメガでもいいですか?
月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから……
オメガバース作品です。
運命じゃない人
万里
BL
旭は、7年間連れ添った相手から突然別れを告げられる。「運命の番に出会ったんだ」と語る彼の言葉は、旭の心を深く傷つけた。積み重ねた日々も未来の約束も、その一言で崩れ去り、番を解消される。残された部屋には彼の痕跡はなく、孤独と喪失感だけが残った。
理解しようと努めるも、涙は止まらず、食事も眠りもままならない。やがて「番に捨てられたΩは死ぬ」という言葉が頭を支配し、旭は絶望の中で自らの手首を切る。意識が遠のき、次に目覚めたのは病院のベッドの上だった。
【運命】に捨てられ捨てたΩ
あまやどり
BL
「拓海さん、ごめんなさい」
秀也は白磁の肌を青く染め、瞼に陰影をつけている。
「お前が決めたことだろう、こっちはそれに従うさ」
秀也の安堵する声を聞きたくなく、逃げるように拓海は音を立ててカップを置いた。
【運命】に翻弄された両親を持ち、【運命】なんて言葉を信じなくなった医大生の拓海。大学で入学式が行われた日、「一目惚れしました」と眉目秀麗、頭脳明晰なインテリ眼鏡風な新入生、秀也に突然告白された。
なんと、彼は有名な大病院の院長の一人息子でαだった。
右往左往ありながらも番を前提に恋人となった二人。卒業後、二人の前に、秀也の幼馴染で元婚約者であるαの女が突然現れて……。
前から拓海を狙っていた先輩は傷ついた拓海を慰め、ここぞとばかりに自分と同居することを提案する。
※オメガバース独自解釈です。合わない人は危険です。
縦読みを推奨します。
アルファのアイツが勃起不全だって言ったの誰だよ!?
モト
BL
中学の頃から一緒のアルファが勃起不全だと噂が流れた。おいおい。それって本当かよ。あんな完璧なアルファが勃起不全とかありえねぇって。
平凡モブのオメガが油断して美味しくいただかれる話。ラブコメ。
ムーンライトノベルズにも掲載しております。
獣人王と番の寵妃
沖田弥子
BL
オメガの天は舞手として、獣人王の後宮に参内する。だがそれは妃になるためではなく、幼い頃に翡翠の欠片を授けてくれた獣人を捜すためだった。宴で粗相をした天を、エドと名乗るアルファの獣人が庇ってくれた。彼に不埒な真似をされて戸惑うが、後日川辺でふたりは再会を果たす。以来、王以外の獣人と会うことは罪と知りながらも逢瀬を重ねる。エドに灯籠流しの夜に会おうと告げられ、それを最後にしようと決めるが、逢引きが告発されてしまう。天は懲罰として刑務庭送りになり――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる