なんだか泣きたくなってきた

金大吉珠9/12商業商業bL発売

文字の大きさ
137 / 273
2章

その手はきっと離せない。

しおりを挟む
俊くんが目の前にいる。番になったので突発的に出てしまったフェロモンは周りには効かないが、俊くんはそれを敏感に感じ取った。

じわりと目に涙が浮かび、クラスの中だというのに、ジクリと腰に熱が灯る。目線だけで腰砕けになるという情けない瞬間を番に見られ、まるで捕食されるかのように目を細められる。

「片平、具合でも悪いのか?」
「あ、や、…」

先生が顔が赤くなった僕を見る。この間早退したことも知っているので、またかといった顔だ。
ただその誤解をとけるのは、他でもない眼の前の俊くんだけ。

「すんません、きいちが俺に反応しただけなんで。」
「反応?」

開いてる席に向かって俊くんが近づいてくる。僕が 机に小さく蹲って必死で呼吸を整えているというのに、それを楽しんでいるような俊くんが、僕の隣にたつとシャツの襟の隙間から手を差し入れた。

「んぁ、っ…」
「こいつ、俺の番なんです。」

益子と学がやっちまったという顔でため息を吐く。意味を理解した先生が、すこしだけドギマギした声で納得してくれた。
僕は恥ずかしいことに、下着の中に漏らした精液が気持ち悪くて、顔を覆う袖が涙で濡れる。
項をあやす悪戯な手を何とか掴むと、そのまま俊くんがするりと頬をなでた。

無理に顔を挙げさせられて目線を合わせられる。こんな公衆の眼の前で誰のものかを分からせるような、僕にしかわからない支配の香りが気持ちいい。

溶けた顔を晒しだすような形なのに、僕の目は俊くんから離れられず、周りが息を呑む音なんて聞こえないまま俊くんの手を漏れ出た吐息で撫でた。

「きいち、後で慰めてやっから、今は我慢な。」
「ふ、ぁ…」

こくんとひとつ、小さく頷くと褒めるように顎下を擽られ、後ろの席に俊くんが座る。誰だか思い至った生徒は、あのときの…とか口々に呟いており、溶けた僕は机に突っ伏したまま呼吸を整えるので必死だった。
結局始まった授業も見事に耳をすり抜け、なんとか体が落ち着いてきたのは休み時間だった。

「僕、トイレ…」
「きいち。」
「っ、うぅ…俊くん…」

なんとか立ち上がって下着を拭いたかった。だけどかんたんに僕を引き止めることができるその声に、抗うことなんてできなかった。

「こっちこい。ここ、」

俊くんが伸ばした手をとると、そのまま導かれるように席の前に立った。じくりと少しだけ反応してしまったそれを隠すように、着ていたカーディガンを羽織らされる。大きいそれを着ると、包まれている安心感で少しだけ息がしやすくなった。

「き、きいち?番ってマジ?」

クラスのみんなが俊くんに大注目である。ひどく整った容姿に釘付けになるのもわかる。でも俊くんは僕のものなのだ。小さく頷くと、そのままぎゅうと抱きついた。

「すまん、ちょっと今不安定になってる。だけど俺と番ってのはマジだから、よろしく。」

するりと僕の髪を武骨な俊くんの指が避けて、噛み跡のある項を見せた。その仕草にも熱がぶり返しそうで、俊くんの胸元に思わず熱い吐息を漏らした。

「な、なんかさいきん元気なかったから…番が来てよかったなぁ。」
「うん、うん。」

ぐすぐすめそめそと抱きついてしまうのは許してほしい。だって泣くだろう普通。俊くんが僕のためにわざわざ学校を変えてまで一緒に居てくれるのだ。
残りの一年近く、俊くんがいない学校でオメガだということをからかわれても、気にしないように努めようと気持ちを固めたのに。

「なんで言ってくんなかったのぉ…」
「言ったらそわそわするだろ。ならこっちのがい。」

よろよろ体を離して見上げると、泣いた目元を拭うようにして親指で撫でられる。まだ信じられない。

「それより、俺も友達増やしてえんだけど?」
「あ、そうだ。あのね、僕も最近増えたの。」
「最近?」

末永くんは他クラスなので後で行くとして、くるりと振り向くと目があった三浦くんたちが居住まいを正した。吉崎親衛隊でもある彼等は僕にも優しくしてくれる。俊くんにも是非仲良くしてほしかったのだ。

「この一番おっきいのが三浦くんで、二番目におっきいのが木戸くん。その次が吹田くんで全員吉崎親衛隊で野球部。」
「どうも、」

そそくさと三人の背を押して俊くんの前に並べると、謎に緊張した雰囲気で引きつり笑みを浮かべる。俊くんの背が高いからだろうか、見下されなれてないのかもしれない。

「桑原って呼んで。俊でもいいけど。宜しく。」
「あ、アッス!!」
「へい、なんなりと!!」
「お、おしゃぁあす!!」

にこりと笑うと初対面なのに謎の兄貴扱いを受けていて少しだけ面白い。3人きれいに並んだ頭をぽんぽんと叩くと、何故か三人組は頬を染めながらもぞもぞと照れていた。いやなんでだよ!

「俊くんよ、昼休み屋上集合な。」
「決定事項だからよろしく。」

益子と学が説明しろと顔に書いてある。僕にはわかる、僕も説明してほしいし。小さくうなずくと、ぐるりとクラスを見回した。
クラスのすみで固まってる添田たちは、俊くんと目が合うとニコリと愛想笑いをした。なんだかそれが嫌で、隠すように俊くんの前に立つ。
他のクラスのみんなは転校生に純粋な興味を持っているみたいだけど、彼等はアルファ至上主義だ。益子と同じアルファな俊くんが嫌な目に合うとは思わないけれど、僕の番いは僕が守るのだ。

「どうした?」
「うん、ちょっとね」

後ろから腹に手を回されて後頭部に口づけられる。スキンシップは場所が変わっても変わらない。僕も安定するためにそれを求めてるし、牽制になることも知っているから好きなようにさせる。
益子も学も見慣れたものなので何も言わないけど、口を出してくるとしたら、そんなの決まっている。

僕の目線の先にいる奈良も添田も崎田も、俊くんが普通のアルファとは違うことはわかるようだ。
番のことを眼の前で悪く言うような愚行はしないと思うけど、よからぬことに巻き込まれないように守りたい。

以前新庄先生が言っていた。アルファには二種類のパターンがあると。
群れるアルファは上にリーダーを起きたがる。陶酔しやすく、過激な行動を取りやすい。番いを見つけてない若い男に多い。
そして、俊くんや益子、末永くんのように、番いをもつアルファは、最も本能的に動く。フェロモンを使い分け、マウントを取ることで互いを必要不可欠な存在として縛る。

明らかに彼等は前者だ。高杉くんというリーダーを失った今、思春期ゆえの突発的な行動で俊くんを害したら、僕はきっと冷静でなんていられない。

面白そうに添田が片眉を上げた煽るような表情を返してくる。俊くんのためにも、僕は負けられないのだ。

しおりを挟む
感想 11

あなたにおすすめの小説

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

こわがりオメガは溺愛アルファ様と毎日おいかけっこ♡

なお
BL
政略結婚(?)したアルファの旦那様をこわがってるオメガ。 あまり近付かないようにしようと逃げ回っている。発情期も結婚してから来ないし、番になってない。このままじゃ離婚になるかもしれない…。 ♡♡♡ 恐いけど、きっと旦那様のことは好いてるのかな?なオメガ受けちゃん。ちゃんとアルファ旦那攻め様に甘々どろどろに溺愛されて、たまに垣間見えるアルファの執着も楽しめるように書きたいところだけ書くみたいになるかもしれないのでストーリーは面白くないかもです!!!ごめんなさい!!!

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版) 8/16番外編出しました!!!!! 読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭 1/27 1000❤️ありがとうございます😭 3/6 2000❤️ありがとうございます😭 4/29 3000❤️ありがとうございます😭 8/13 4000❤️ありがとうございます😭

孕めないオメガでもいいですか?

月夜野レオン
BL
病院で子供を孕めない体といきなり診断された俺は、どうして良いのか判らず大好きな幼馴染の前から消える選択をした。不完全なオメガはお前に相応しくないから…… オメガバース作品です。

運命じゃない人

万里
BL
旭は、7年間連れ添った相手から突然別れを告げられる。「運命の番に出会ったんだ」と語る彼の言葉は、旭の心を深く傷つけた。積み重ねた日々も未来の約束も、その一言で崩れ去り、番を解消される。残された部屋には彼の痕跡はなく、孤独と喪失感だけが残った。 理解しようと努めるも、涙は止まらず、食事も眠りもままならない。やがて「番に捨てられたΩは死ぬ」という言葉が頭を支配し、旭は絶望の中で自らの手首を切る。意識が遠のき、次に目覚めたのは病院のベッドの上だった。

【運命】に捨てられ捨てたΩ

あまやどり
BL
「拓海さん、ごめんなさい」 秀也は白磁の肌を青く染め、瞼に陰影をつけている。 「お前が決めたことだろう、こっちはそれに従うさ」 秀也の安堵する声を聞きたくなく、逃げるように拓海は音を立ててカップを置いた。 【運命】に翻弄された両親を持ち、【運命】なんて言葉を信じなくなった医大生の拓海。大学で入学式が行われた日、「一目惚れしました」と眉目秀麗、頭脳明晰なインテリ眼鏡風な新入生、秀也に突然告白された。 なんと、彼は有名な大病院の院長の一人息子でαだった。 右往左往ありながらも番を前提に恋人となった二人。卒業後、二人の前に、秀也の幼馴染で元婚約者であるαの女が突然現れて……。 前から拓海を狙っていた先輩は傷ついた拓海を慰め、ここぞとばかりに自分と同居することを提案する。 ※オメガバース独自解釈です。合わない人は危険です。 縦読みを推奨します。

アルファのアイツが勃起不全だって言ったの誰だよ!?

モト
BL
中学の頃から一緒のアルファが勃起不全だと噂が流れた。おいおい。それって本当かよ。あんな完璧なアルファが勃起不全とかありえねぇって。 平凡モブのオメガが油断して美味しくいただかれる話。ラブコメ。 ムーンライトノベルズにも掲載しております。

獣人王と番の寵妃

沖田弥子
BL
オメガの天は舞手として、獣人王の後宮に参内する。だがそれは妃になるためではなく、幼い頃に翡翠の欠片を授けてくれた獣人を捜すためだった。宴で粗相をした天を、エドと名乗るアルファの獣人が庇ってくれた。彼に不埒な真似をされて戸惑うが、後日川辺でふたりは再会を果たす。以来、王以外の獣人と会うことは罪と知りながらも逢瀬を重ねる。エドに灯籠流しの夜に会おうと告げられ、それを最後にしようと決めるが、逢引きが告発されてしまう。天は懲罰として刑務庭送りになり――

処理中です...