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2章

お花見と言うよりも花宴

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微睡みからゆっくりと浮上する。僕の体を拘束するように回された引き締まった腕が身動きを許さず、乾いた喉を潤したくても目の前のそれを取ることが出来ない。

「けほっ、」

ぺちぺちと俊くんの腕を叩いて外すようにアピールをするも、逆に引き寄せられてしまう。乾いたシーツに足を取られながら前がだめなら腕から首を引き抜く方にシフトして、ずりずりと下にさがっていく。

「ぐぬぬ…」
「ん、っ!」

腰の辺りに紛れ込んだライトのリモコンだかテレビのチャンネルのようなものが素肌に当たる。角張った形状のそれとは少し違うそれを後ろ手に退かそうと鷲掴むと、びくりと体をはねさせた俊くんが飛び起きた。

「ぉわ…」
「っ、ぐぅ…お、おまえ…」
「え、え!?」

飛び起きてなぜか呻く俊くんを呆気にとられてみていると、恨めしそうにしながら僕の握りしめた手を外した。

「起こすなら、せめて優しく握ってくれ…」
「お、おお!!!おわぁあー!!ごめえええん!!」
「しー!!!ばかうるさい!!」
「おっと、」
 
なんと邪魔だと思って握り締めて引っ張ってしまったのはご起立されていた俊くんのご本尊だったようで、そら痛いですわ。僕も寝てる時にそれやられたら死んでしまう。
それにしてもリモコンのように硬いそれとは流石です。形状で気付けよとか言われたらぐうの音も出ないんですけどねぇ。

「後始末して気持ちよく寝てたら…」
「り、リモコンだと思って…」
「別のスイッチを押してもいいんだぞ?」
「ソッチのやる気スイッチはもう大丈夫ですぅ…」

引きつり笑顔で積極的に自退申し上げてみた。
春休みにはいってもう3日。6日後には僕たちは三年生になる。そういえば末永くんが卒業式の日が誕生日とか言ってたっけ、学のサプライズはうまく行ったのだろうか。
スマホを開くと、昨日の夜に学からSNSでメッセージが飛んできていた。春休み中に集まらないかとのお誘いだ。末永くんちでお花見をするらしく、どうせなら二人より大勢のが楽しいだろうとのことだった。

ここで二人にならないところが学らしい。もちろんオーケーの連絡を入れると、朝早いのにもう既読がついた。
ポコンと悲鳴を上げるようなスタンプが飛んできたあと、誕生日プレゼントの代償に尻が死んだとメッセージが続く。どうやら大成功を収めたらしい。

変にプレゼントをなやむよりもずっといいんじゃないかと、なんとなく提案してみたら採用されたのだ。
その後のシチュエーションうんぬんのせいで尻へのダメージを食らったとしても、僕の責任は提案したとこまでなので、それ以外は益子と俊くんにバトンタッチでお願いしよう。

「俊くんー!明後日末永くんちでお花見だって!」
「まじでか。」

腹筋を使って起き上がった俊くんが僕の肩に顎を載せてスマホを覗き込んでくる。そのまま俊くんも行くってと返事を送ると、オッケーと看板を持ったウサギのスタンプが帰ってきた。
忽那さんよりも男らしいのに使うスタンプは可愛いんだなとおもいつつ、昨日買った服は明後日来てくことにしようと決めた。




「でっっっか。」

お招きされた僕ら五人の目の前には、有形文化財ですかと言わんばかりのお屋敷がそびえ立っていた。
語彙力がないのでうまく言えないが、数寄屋造りというらしい。
シンプルながら門をくぐれば、自然の石を組み合わせてできた主役と言わんばかりの石組に、緑あふれる池泉庭園の様な庭は、木々の合間から見える石灯籠がいい味を出している。
一匹いくらですかと思うくらいの鮮やかな錦鯉は、広い池を縦横無尽に、繊細な鰭で舞うように優雅に水面に身を任せて泳いでは、石橋の上から覗く人の目を楽しませる。
その石橋を渡ると露地があり、手水鉢は前石、手燭石、湯桶石の3つの石の他、水門までついた本格的なものだ。

どうやらこの露路は先代の趣味も兼ねていたらしい。見事な桜の木を眺めながらの一服はさぞ贅沢な気持ちになることだろう。

「だめだめだめ、むりむり、なにここ文化遺産?僕らここで飲み食いしろって?バチしか当たらないでしょ!!」
「こんな風光明媚な所でジャンクフードか。いまならまだ間に合う、精進料理でもデリバるか。」
「精進料理のデリバリーなんかねえよ!!!」
「お前ら今日も元気いいな。」
「今日はお招きいただき…」

僕も俊くんも頭が悪い発言しか出来ないのだ。まともなのは大人な忽那さんのみである。だって圧巻すぎない?なにこのお屋敷、というか土地の広さやばくない?延々と壁しかねぇなと思って歩いてた場所がまさかのご自宅。この生け垣の向こうにこんな異世界があったとは。

門をくぐってからここまでの引率をしてくれた末永くんは、家元らしく渋い色味の着物を見事着こなしていた。なんなの、若ってよんだほうがいいの?というかここまで見学気分で呆気にとられてついてきたので、さあここで寛いでいいよっていわれても思考がついてこないのだ。

「すげええええ!!被写体ばっかじゃね!?カメラ持ってきてよかったぁぁあ!!!なにここ!?異世界!?タイムスリップ!?なにこの茶室!!茶の名人いるだろこれ、はぁーたかまるううう!!!」
「悠也は少しは遠慮しなさいね。」
「おっといかんいかん。じゃあ、末永そこで座って柄杓持って。」
「こうか、」
「やるんかい。」

大はしゃぎの益子にカメラを向けられた末永くんものりのりで柄杓片手にカメラ目線だ。いいのか家元、というかモデルがいいので様になりすぎる。学がいないけどどこいった、お前の恋人が益子のファインダーの餌食になってるぞええんか。

「あった。」

僕から離れて何故か益子の荷物を漁っていた俊くんが、白い封筒を取りだした。おい人様の荷物漁るなんて益子のだからいいけど他の人はだめだからね!?

「あ、わりーわすれてた。焼き増ししたやつね、それ!」
「そして僕にくれるやつなんだ。」
「ほいよ」

俊くんが渡してくれた封筒を傾けて中身を取り出す。そこには先日僕がおねだりしていた俊くんのモデルの写真がページ分だけ入っていた。嬉しいけど、嬉しいけど、

「いまぁ!?」
「わっ、よく撮れてるね。」

忽那さんが覗き込んでくる。受け取った写真はあの雑誌のページのまんまで、その存在感は写真が小さくなってもしっかりわかる。
こんなただでさえバカでかい文化財みたいなお屋敷の、さらに隠庵みたいな場所でジャンクフードの袋を抱きしめている状態の僕に渡してくるなんて情報量が多すぎてキャパオーバーですぅ!!

「なんだ、ほしがってたろ?」
「いるいるいりますぅ!てか、もおおキャパオーバーだよこの状況…」
「おーいおまえら!!ピザ届いたぞーい!!」
「もおおおお!!」

そしていつの間にか消えてた学が元気よく宅配ピザをかかえて走ってきた。益子は被写体の末永くんをバシバシとるわ、末永くんはのりのりで、俊くんはマイペースにジャンクフードの袋を漁り、学が露路に続く道を爆走し、忽那さんは僕の隣で収集のつかない自由奔放な面々に呆れ気味である。

お花見という字面にしてはあまりにも厳かな緑に囲まれた露路で、もうすでに僕は疲れかけていた。


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