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2章
本当の美徳とは何か
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青木駿平は良くも悪くも実直な男子だった。
だから両親の期待には答えたかったし、突然変異でアルファの性を得たことが、むしろ選ばれた人間になったようで誇りでもあった。
ただ、アルファとはなにか。青木にとって調べて出てくるその性の特徴は抽象的なものが多く、こうなりたいと思える目指すべき人間像が浮かばなかった。
だからこそ、高杉に出会ったときは雷に打たれたような衝撃を受けたのだ。
元々サッカーが得意だったこともあり、スポーツ推薦で入学した青木は、入部した先にいた先輩である高杉の試合を見て、カリスマという言葉はこの人のために作られた言葉なのだということを理解した。
勿論、他の先輩も確かに強かった。ただ、3年でさえ高杉の並外れた統率力を信頼しているようで、どんなに苦しい試合運びでも、簡単に戦況を覆してしまう手腕は見事という他言葉が見つからない。
失点を悔しがるチームメイトにさえ、怒鳴るでもなく励まし、前を向かせることに長けた言葉選び。そして得手不得手を把握し、それを補う配置やサポート、自分がゴールを決めるばかりではなく、後輩にも花を持たせる度量。
コーチよりもコーチらしく、人の努力を素直に喜び褒めてくれる。そんな素晴らしい先輩を、憧れるなという方が無理だろう。
そんな先輩の力になりたかった。
「先輩…?」
楽しげな声が聞こえてきて、思わず階下から見上げた部活の先輩達の会話。
高杉は階段の壁に持たれながら、同じ二年生と雑談に応じていた。
「俺にできるなら、お前らにもできるよ。」
「無理だって、俺らとお前じゃ立つステージが違うしな。」
「よせよ、同じチームメイトだろ?お前らだってみんなサッカー上手いじゃないか。助けられてるよ、俺は。」
「おいおい、上手いやつに褒められたって世辞にしか聞こえねぇぜ。先輩差し置いてレギュラーになっといてそりゃねーぜ。」
楽しそうに、わいわいと燥ぎながら紡がれる高杉の能力への賛辞。青木もそのとおりだと思ったし、何よりも自分自身も同じチームだということが嬉しかった。
「そういう、もんなのか。」
なんの変哲もない会話の応酬、それなのにその声のトーンが耳に残った。
先輩が少しずつ変わっていったのはいつからだろう。もしかしたら気づかなかっただけかもしれないし、目をそらしていただけかもしれない。
青木は今でもその時の自分の感情に名前がつけられないでいた。
果実が色づくように、自然に少しずつ変化していった心模様は、下から腐るように少しずつ高杉の内側を侵食していく。
「先輩!彼女待ってますよ!あとはやっておきますから、早く帰ってあげてください。」
「彼女…?」
ある日の部活後、サッカー部の部室の前で待っていた女子生徒がいた。
華やかさはないが、素朴で優しそうな黒髪のその生徒は、青木が部室に向かおうとしたときに声をかけてきた。
ー彼に頼まれたの。まだ戻ってきてないみたいだから、悪いけどタオル渡しといてくれないかしら。
そう言われて受け取った、事のあらましを説明しながらマフラータオルを差し出すと、高杉の顔色は解りやすく青褪める。予想に反した露骨な反応に戸惑いを隠せないでいると、震える手でそのマフラータオルを受け取る。
「あいつ、来てるの…」
「あ、え…はい。」
「…そう、」
恋人に対する反応では無い。そのまま無言でタオルを握りしめている高杉のただならぬ様子。それを見ているのは自分だけというシチュエーションに、青木はゴクリと喉を鳴らす。
先輩の為に何かできるかもしれない。そのきっかけが巡ってきた僥倖に、青木の身を支配したのはかすかな優越感だった。
「違うんですか。」
「え?」
「彼女じゃ、ないんですか。」
「あいつは…、」
違う。そう言われた青木の行動は早かった。
部室の前にまだいることを教え、自分が代わりに高杉のバッグをもってくることを告げると、返事も待たずに駆け出そうとした。
弾かれたように行動する青木を見た高杉は、戸惑ったように最初は固辞したが、このままだと鉢合わせることになるので、もう先輩は帰ったことを告げてくると言うと、すこしの逡巡のうち、諦めたように笑いながら、頼むわ。と言われた。
青木はまるで褒められた犬のように喜び、自分が高杉にとっていかに有益な人間であるか、それを知らしめるようにして無事に己にかした任務を遂行した。
高杉の荷物を持って戻り、女子生徒には校内にはもう居ないと嘘を付いたこと伝えると、高杉は困ったように笑いながら、ありがとうなと言ってくれたのだ。
思わず舞い上がり、念の為と前置きをしてから一緒に下校する約束を取り付けた。
途中、高杉が青木自身の鞄について尋ねると、自分の分の鞄を持ってくることを失念して顔色を悪くする青木の様子に吹き出すようにして笑うと、一緒に来た道を戻ってくれたのだ。
思えばあの頃の出来事がキッカケで、高杉の覚えも目出度くなのだ。
「あいつな、ストーカーなんだ。」
「先輩の、ストーカー‥」
青木は歯噛みした。自分の知らないところで苦しんだ高杉に。
やっと、なんでも腹を割って話せる中になったのに。
その立ち位置が一番好きだったのに、一番近くで見ていたはずなのに、その歪みに気づいてあげられなかった事実が、なによりも青木を苦しめた。
だから思った。どうしたら先輩を、守ることができるのだろうかと。
幸い自分はアルファだ。ならば出来る。清水の執着の矛先を、自分に向けることで高杉の平穏を守る。
傷心中の清水の手を取るのは容易った。まさか利用しているつもりで、利用されていたとは思いもよらなかったが。
「先輩、もう大丈夫ですよ。俺、清水先輩と付き合うことにしました。先輩は、自由です。」
先輩が、清水先輩をこっぴどく振った。そんな噂が広がる前に先手を打ったのだ。
「おまえ、」
清水が高杉から後輩にに鞍替えしたってよ。青木の予想通り、その噂は一気に駆け巡ることになった。
勿論それは青木の自己満で、自分が清水と付き合うことでストーカーの恐怖を消してあげることができる。
行き過ぎた承認欲求の果の行為だ。
全ては自分が憧れる高杉の為。まるで、王に傅く臣下のように、高杉が心置きなく立ち回れるために消費されていく自分の存在に酔いしれた。
その時の高杉が、どんな思いで青木の言葉を聞いていたかも想像せずに。
だから両親の期待には答えたかったし、突然変異でアルファの性を得たことが、むしろ選ばれた人間になったようで誇りでもあった。
ただ、アルファとはなにか。青木にとって調べて出てくるその性の特徴は抽象的なものが多く、こうなりたいと思える目指すべき人間像が浮かばなかった。
だからこそ、高杉に出会ったときは雷に打たれたような衝撃を受けたのだ。
元々サッカーが得意だったこともあり、スポーツ推薦で入学した青木は、入部した先にいた先輩である高杉の試合を見て、カリスマという言葉はこの人のために作られた言葉なのだということを理解した。
勿論、他の先輩も確かに強かった。ただ、3年でさえ高杉の並外れた統率力を信頼しているようで、どんなに苦しい試合運びでも、簡単に戦況を覆してしまう手腕は見事という他言葉が見つからない。
失点を悔しがるチームメイトにさえ、怒鳴るでもなく励まし、前を向かせることに長けた言葉選び。そして得手不得手を把握し、それを補う配置やサポート、自分がゴールを決めるばかりではなく、後輩にも花を持たせる度量。
コーチよりもコーチらしく、人の努力を素直に喜び褒めてくれる。そんな素晴らしい先輩を、憧れるなという方が無理だろう。
そんな先輩の力になりたかった。
「先輩…?」
楽しげな声が聞こえてきて、思わず階下から見上げた部活の先輩達の会話。
高杉は階段の壁に持たれながら、同じ二年生と雑談に応じていた。
「俺にできるなら、お前らにもできるよ。」
「無理だって、俺らとお前じゃ立つステージが違うしな。」
「よせよ、同じチームメイトだろ?お前らだってみんなサッカー上手いじゃないか。助けられてるよ、俺は。」
「おいおい、上手いやつに褒められたって世辞にしか聞こえねぇぜ。先輩差し置いてレギュラーになっといてそりゃねーぜ。」
楽しそうに、わいわいと燥ぎながら紡がれる高杉の能力への賛辞。青木もそのとおりだと思ったし、何よりも自分自身も同じチームだということが嬉しかった。
「そういう、もんなのか。」
なんの変哲もない会話の応酬、それなのにその声のトーンが耳に残った。
先輩が少しずつ変わっていったのはいつからだろう。もしかしたら気づかなかっただけかもしれないし、目をそらしていただけかもしれない。
青木は今でもその時の自分の感情に名前がつけられないでいた。
果実が色づくように、自然に少しずつ変化していった心模様は、下から腐るように少しずつ高杉の内側を侵食していく。
「先輩!彼女待ってますよ!あとはやっておきますから、早く帰ってあげてください。」
「彼女…?」
ある日の部活後、サッカー部の部室の前で待っていた女子生徒がいた。
華やかさはないが、素朴で優しそうな黒髪のその生徒は、青木が部室に向かおうとしたときに声をかけてきた。
ー彼に頼まれたの。まだ戻ってきてないみたいだから、悪いけどタオル渡しといてくれないかしら。
そう言われて受け取った、事のあらましを説明しながらマフラータオルを差し出すと、高杉の顔色は解りやすく青褪める。予想に反した露骨な反応に戸惑いを隠せないでいると、震える手でそのマフラータオルを受け取る。
「あいつ、来てるの…」
「あ、え…はい。」
「…そう、」
恋人に対する反応では無い。そのまま無言でタオルを握りしめている高杉のただならぬ様子。それを見ているのは自分だけというシチュエーションに、青木はゴクリと喉を鳴らす。
先輩の為に何かできるかもしれない。そのきっかけが巡ってきた僥倖に、青木の身を支配したのはかすかな優越感だった。
「違うんですか。」
「え?」
「彼女じゃ、ないんですか。」
「あいつは…、」
違う。そう言われた青木の行動は早かった。
部室の前にまだいることを教え、自分が代わりに高杉のバッグをもってくることを告げると、返事も待たずに駆け出そうとした。
弾かれたように行動する青木を見た高杉は、戸惑ったように最初は固辞したが、このままだと鉢合わせることになるので、もう先輩は帰ったことを告げてくると言うと、すこしの逡巡のうち、諦めたように笑いながら、頼むわ。と言われた。
青木はまるで褒められた犬のように喜び、自分が高杉にとっていかに有益な人間であるか、それを知らしめるようにして無事に己にかした任務を遂行した。
高杉の荷物を持って戻り、女子生徒には校内にはもう居ないと嘘を付いたこと伝えると、高杉は困ったように笑いながら、ありがとうなと言ってくれたのだ。
思わず舞い上がり、念の為と前置きをしてから一緒に下校する約束を取り付けた。
途中、高杉が青木自身の鞄について尋ねると、自分の分の鞄を持ってくることを失念して顔色を悪くする青木の様子に吹き出すようにして笑うと、一緒に来た道を戻ってくれたのだ。
思えばあの頃の出来事がキッカケで、高杉の覚えも目出度くなのだ。
「あいつな、ストーカーなんだ。」
「先輩の、ストーカー‥」
青木は歯噛みした。自分の知らないところで苦しんだ高杉に。
やっと、なんでも腹を割って話せる中になったのに。
その立ち位置が一番好きだったのに、一番近くで見ていたはずなのに、その歪みに気づいてあげられなかった事実が、なによりも青木を苦しめた。
だから思った。どうしたら先輩を、守ることができるのだろうかと。
幸い自分はアルファだ。ならば出来る。清水の執着の矛先を、自分に向けることで高杉の平穏を守る。
傷心中の清水の手を取るのは容易った。まさか利用しているつもりで、利用されていたとは思いもよらなかったが。
「先輩、もう大丈夫ですよ。俺、清水先輩と付き合うことにしました。先輩は、自由です。」
先輩が、清水先輩をこっぴどく振った。そんな噂が広がる前に先手を打ったのだ。
「おまえ、」
清水が高杉から後輩にに鞍替えしたってよ。青木の予想通り、その噂は一気に駆け巡ることになった。
勿論それは青木の自己満で、自分が清水と付き合うことでストーカーの恐怖を消してあげることができる。
行き過ぎた承認欲求の果の行為だ。
全ては自分が憧れる高杉の為。まるで、王に傅く臣下のように、高杉が心置きなく立ち回れるために消費されていく自分の存在に酔いしれた。
その時の高杉が、どんな思いで青木の言葉を聞いていたかも想像せずに。
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