なんだか泣きたくなってきた 零れ話集

金大吉珠9/12商業商業bL発売

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ブルースター4

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学とおでん屋によった帰り、ジンジャエールとおでんだけで満腹になったのか、これ以上食ったらヤバそうと言って苦笑いする学と一緒に店を出た。
どうやら食べたはいいが、胸がむかむかするらしい。頭を打っているということもあるので、気持ち悪くて吐くようなら病院に連れて行かなくてはいけない。
末永は、大事を取って明日はバイトを休むようにと言うと、流石に思うところがあったのか素直にうなずいた。

「……。」
「おい、本当に大丈夫か。」

家につく頃には顔色は悪く、ほぼもたれ掛かるようにして末永に歩みを任せて帰ってきた。
学は小さく頷くと、ごめんといってふらふらとした足取りで自室に消えていった。
末永はうろうろと困った顔をしてその場を巡ったが、逡巡したのち学の部屋の扉を開けた。

「心配だから、今日は一緒に…」
「うわ、っ!」

着替え途中だったらしい。下着一枚の学がパジャマを片手に固まっている姿を見て、同じく固まってしまった末永は、まじまじとその胸元に色付く2つの突起に気付き、一気に顔を染め上げた。
学が慌てて上だけ羽織と、恥ずかしそうにしながら後ろを向く。

「と、突然開けるなってば!」
「すまん、いや、俺が悪い。ごめん。」
「同じ男同士だから、べつにいいけどよ…あんたはちょっと、はずかしい…」

ポツリとこぼした言葉は尻すぼみになっていく。
いつもならクッションの一つでも飛んでくるのに、しおらしいその様子に調子が狂う。
何度も求めた体なはずなのに、初なところはずっと変わらない。
心配する気持ちも勿論ある。だが、このまま付かず離れずの距離で終わる気はなかった。

「体調は、」
「へいき…」
「近づいてもいいか。」
「え、あ、…」

後ろを向きながら、なんだこの妙なやりとりはと思う。学の声色は返事に迷っているようだった。ならば近づいてだめなら離れればいいと、半ば焼けになりながら振り向くと、その長い脚で一息に距離を詰める。

「いい、って…まだいってない…!」
「良いって言ってくれ。」
「言う前に近づいてんじゃん!」
「引いてもだめなら押せと先人が言っていた。」

何を馬鹿なことを言ってるんだと自覚しながら、その小柄な体を抱きしめた。久しぶりの距離だ。小さな後頭部に手を回して胸に抱く。学の両手は自分との体と距離を取るようにして胸元に添えられていた。
上から覗いた耳は真っ赤に染まっている。そんな素振りを見せてくれる程度には、期待してもいいのだろうか。

「馬鹿じゃね、逆だろ…」
「そうかもしれん。が、都合よく解釈するのが人間だろう。」
「性格ねじ曲がってんな…」
「お前が一番知ってるはずだ。」

ぎゅっと抱きしめながら、そんなやり取りをする。ふわりと香る学の香りは末永の好きな花の香だ。番ってから変化したそのフェロモンは、日に日にふくよかな香りに変化していく。

「マジで、平気だから…も、近いって。」
「む。」
「も、もちょい…俺のペースにあわせてくれって…」
「…一週間、触れていなくてついな。」
「今触れただろ!ならあと、一週間は…まってくれ。」

抱きすくめられて、学の心臓は早鐘のようにやかましい。包み込まれた心地よい香りに、これが番の香りかと気が抜けそうになる位リラックスしてしまい、思わず身を任せるところだった。

学は元来身持ちが硬い。手も繋がないうちからハグなどとは、順番が違いすぎて体が持たない。
項に刻まれた痕があるのだ。おそらくそういった行為もしたのだろう。抱きすくめられて、間近で体温を感じたというのに、じゃあ試しにどうでしょう。とはいかない。そんなのキャラじゃないし、末永だって嫌だろう。

「……。」
「なんだ?」
「…べつに。」

そもそも、学の体は末永の事を知っていても、記憶としては微かに触れた程度だ。今の学にとって、末永に抱かれるというのはどうなのか。
そんなことを考えて、じわりと顔を染めあげる。思春期のガキじゃあるまいに、なんだか急に情けなくなってしまい、慌てて体を突き放す。完全に八つ当たりだが、いまはもういっぱいいっぱいだった。

「学、お前何を考えた?」
「う、うるせえ!もう寝る!お前もあっちいけよー!!」
「おい学、まてまて。」
「またねえ!おやすみ!!」
「まな、っ」

バタンと大きな音を立ててようやく部屋から追い出す。そのままドアを背にしてずるずると座り込むと膝を抱えた。

「…いやじゃ、ない。」

あのしっかりとした体付きに触れて、想像しても、いやじゃなかった。

前の自分も今の自分も、結局内面は変わらない。その時学の脳内を駆け巡った記憶は、窓を叩く雨粒と、静かな洋間。芙蓉や紫陽花などが植えられた庭が、壊れた映写機で移された映像のように朧気に思い出された。
窓の額縁に見事な水彩画のような景色。なんでソファーは使えなくなったんだっけ。

ぎゅ、とパジャマを握りしめる。また、一つ思い出せた。良かった、これはきっと大切な記憶だ。
多分、末永と過ごしたのだろう。記憶の景色は暗い部屋と雨なのに、全然陰鬱さはなかった。

記憶の洋館はどこなのか。そこに行けばもっと思い出せるのではないか。
欲張りたい。ほんとは全部思い出してしまいたい。
それができないのは、過去の自分がなにかに怯えたからなのか。

ちらりと見つめた禊萩。その紫の鮮やかさを目に焼き付けるかのようにして、学は向き合う覚悟をした。





「まなちゃんはぁ、なかよししたぁ?」
「うん?」
「よーくんとだよぅ!」
「ぶふっ、」

大事を取ってバイトを休むことを話したら、店長はこころよく了承してくれた。
学は大学終わりにきいちの家にケーキ片手にやってくると、ここが凪の席といわれてお膝を陣取られた次第だ。
凪の言う仲良しが何を指すのだろうと、思わず昨日のことを思い出して吹き出した学は、慌てて取り繕うようにして噎せた。

「う゛ん。」
「声やば。大人の仲良しでもした?」
「大人仲良しとかいうな!」
「なかよしいいこですねぇ!」

にやつくきいちに入れてもらった紅茶に砂糖を入れる。学の持ってきたフルーツタルトをみたきいちが、これは絶対に紅茶だわと嬉しそうに準備したものだ。甘いものが好きなのは変わらないが、食べるものによって飲み物まで変えるこだわりは流石だと思う。学はあるもんでいく。緑茶にフルーツタルトでも気にしない。

「凪ちゃんまなちゃんにありがとーってして!」
「まなちゃんしゅきぃ。あぃあとぉ!」
「ぐっは天使…俺は凪の笑顔のために日銭稼いでるからいいんだよぅ!」

ふくふくとしたほっぺを凪の手にくっつけながら言う。こうすると大人がもだえることを知っている凪のあざとい仕草に、構えていた学も即ノックダウンした。
きいちに甘えるときもこれをするのだが、最近効かなくなってきたのだ。こうも新鮮な反応をしてくれるのが嬉しいのか、最近はもっぱらまなちゃんまなちゃんと凪が甘えるようになった。

「ひぜにってなにぃ?」

そんなまなちゃんが凪の知らないことばを使う。なんだかその言葉がかっこよく聞こえて、ワクワクしながら聞く。「お賃金のことだよー」ときいちが補足すると、凪は戸惑ったような顔で見上げた。

「まなちゃん…おちんちん…かせぐの?」
「きいちおまえわざとだろ!?!?」
「ぐっふ、くくくくくくっ、んふっふ…!!」
「まなちゃんのおちんちんで買ってくぇたのぅ…」
「お賃金ですう!!!!」

しょもっとしたなんとも言えない顔をした凪を見たきいちが、ついに耐えられないとばかりに大きな腹を抱えて爆笑する。最近の凪の言い間違いが面白すぎて、わざと難解な言い回しをすることもあるという。悪い親である。

「うひゃひゃ、お賃金って働いてもらえるお金のことだから、おちんちんとはちがうよ。」
「ちぁうの?」
「うんうん、あーおかし、ごめんね凪くんからかって。」
「いーよぅ!」

ふにゃふにゃ笑う凪に、一口サイズにカットしたタルトを口に運ぶ。ぱくんとたべると、もちゅもちゅと頬を動かしながら口を抑えて幸せそうだ。
おくちを閉じて食べることを教えてから、ずっとこんな感じでかわいい。

「そう、えらいなぁー!!お口閉じて全身でフルーツタルトを味わってる凪くんおっとなぁ!!お、いーねぇ。決め顔きまってるぅ!」
「ぶふっ、お、お前の育児も…なんかすごいな?」
「子供目線マジ大事。」
「なぎ、かっこぃー?」

ちゃんとごっくんするまで口を閉じられた凪は、二人に褒められながらごきげんだ。もっと見たいなぁ?と甘えられて、結局最後までお手てでお口を抑えながらもちゅもちゅと幸せそうな顔をして食べていた。

タルトに凪用のアップルジュースだ。色味だけ紅茶に似せてくるところもさすがである。
タルトに舌鼓を打ったあとは、凪のヘアアレンジごっこが始まった。
全部お揃いがいいと言い出した凪により、途中から凪と学ときいちの三人でなぜかツインテールアレンジにさせられるという地獄の一時も過ごしたが、引き金はきいちだ。

「凪ちゃんにお似合いといった結果がこれとは。」

ままとまなちゃんにも、してあげぅねぇ!と言われていじられた。二人の頭の上には歪なツインテールが揺れている。

「こぇで、おしょといく。」
「ええええ。」

学は良いけど僕はちょっとなぁ。と苦笑いしているが、学だってお断りである。折衷案でハーフアップに変更してもらって三人でお買い物に行くことで許してもらったが、なんだかちょっと気恥ずかしい。
学ときいちで凪の手を繋ぎながら近くの公園までいくと、凪がはしゃぎながら砂場へとかけていった。

「凪くん僕走れないからゆっくりねー!」
「はぁい!」
「俺が見とくよ。きいちはベンチにでも座ってな。」
「男前ぇ!んじゃそうしよっかなぁ。」

凪がニコニコしながら小さい鞄からビニール袋にいれたお砂場セットをとりだすと、ベンチに座っているきいちのもとに荷物をあずけに行った。

「まなちゃんとあしょぶ。」
「暴れないでね?」
「ぜんひょひゅる!」
「ぶっは!どこから覚えたのそんな言葉!?」

えひえひ楽しそうに笑うと、凪は生意気にも善処するなどと言って学のところにかけていく。途中で猫さんごっこしてね!と言われてそろりそろりとした足並みに変えてあるきだす姿を見て、今度は学が笑う番だった。

「歩くのが猫さんかぁ!じゃあ走るのは?」
「おうましゃん。みゆぅ?」
「今度でいいかなあ。」

また見るとか言って公園を走り回らせるのはきいちが慌てるだろう。学は砂場にシャベルを突き刺してほりほりしている凪を見ながら、そのへんの枝を砂の山の上に突き刺した。

「棒崩しやろ。しってる?」
「なにしょれ。」

学は簡単に棒崩しの説明をすると、やるー!!とテンションを上げた凪が興奮したように目を輝かせた。二人で静かにしながらちょっとずつ山を崩していく。最後に棒を倒したほうが負けのゲームだ。単純だからこそ、幼児とやるには丁度いい。
小さいおしりをふりふりしながらわくわくしている凪に最初に勝たせてやると、にこにこしながらその棒を見せびらかしにきいちのところへ向かった。

「凪ー!ねこさんごっこしてー!」
「はぁい!」

学の言葉に駆け足から慌てて早歩きになる。スキップするような歩みについて行くように、学はあとを追いかけた。

凪の歩みの先には、見知らぬ黒髪の女性がきいちの隣に腰掛けてなにか話しかけていた。
誰だろう。知り合いにあんな人いたっけ?

疑問に思いながら近づいていく。学の目線の先の女性は、清楚な白いワンピースを身にまとっていた。

ふわりと風が吹いて、その長い黒髪を耳にかける。
女性がゆっくりと振り向くようにして学を見る。
表情が歪んだきがした。。

すべてがコマ送りのように見えて、なんだか不自然だ。

「っ、」

その瞬間、ゾクリとした何かが背筋を駆け上がる。気がつくと足は勝手に駆け出して、まるで滑り込むかのように慌ててきいちと女性の間に入った。

「うわ、っ!ま、学?」
「だめ。こいつはだめだ!」
「な、何いってんの?」

顔を真っ青に青ざめさせた学は、真っ直ぐに女を見つめ返した。しっている。黒髪の、この女は、

「貴方って、本当に図太いのね。」

あの時と同じ声色で、侮蔑の目を向けて女は言った。
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