ヤンキー、お山の総大将に拾われる。-理不尽が俺に婚姻届押し付けてきた件について-

だいきち

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それは正しい境界線

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 ぽたぽたと、小太郎があつらえた小豆の枕に涙が染み込んでいく。
 声を殺して静かに泣くものだから、小太郎はほとほと困った。一度目だけでなく二度目まで。泣かせるつもりなど微塵もなかった分、大いにまごついた。雌のご機嫌取りなんて知らなかったからだ。
 悲しきかな、妖として生まれ、雌に泣かされることの方が多かった情けない自分が、こんな上等な雌の泣き止ませ方などを体得しているわけがない。やれどうしたものか。外ではピチチと呑気に囀る小鳥が恨めしい。
 天嘉はしばらくシクシクと大人しく涙をこぼしていたのだが、小太郎が顔色をなくしている間に心境を落ち着けたのか、目元を赤くしたまま恥ずかしそうに俯くと、小さくごめんと呟いた。
 
「や、な、あ、え?」
「や、だから…」
「な、泣かせちまってすまねえ…」
「え、あ。いや、俺もごめん。」
 
 天嘉はしばらくは黙っていたのだが、やはり涙というのはそう簡単に止まるものではない。心のうちの蟠りがハラハラと水滴となって現れる。まろい頬に再び伝った涙の一雫に、小太郎が慌てて法被の裾で拭うと、天嘉は呆気に捉えたように固まった。
 
「はっ…き、汚くねえから安心しろ!」
「え、うん…そこは心配してねえけど…」
「な、ならよかった…ほら、おはぎ食え。甘いもん食ったら嫌なこと忘れちまうからよ。」
 
 ずい、と差し出されるそれを受け取ると、小さく吹き出した。不器用ながら泣き止ませようとしてくる姿がなんだか面白かったのだ。
 
「うん、…」
「…なあ、俺ァあんたが泣いてる理由がわかんねえから、どうしたらいいのかもわかんねえ。なんか悩み事でもあんのか。」
 
 小太郎の男らしい眉が下がる。日本男児という具合に硬派が似合いそうなこの男がそんな顔をするのだ。天嘉は、気を使わせてしまったことを詫びると、そっと腹に触れた。
 
「…ん、んと…さ、」

 どうしよう。天嘉の表情からはそんな気持ちが読み取れた。腹に添えられた手のひら。どうやら腹のややこが絡んだ繊細な悩みらしい。まさかとは思うが、思い詰めてとんでもないことを抜かすのだろうか。
 小太郎は自分のよからぬ想像に卒倒しそうになりながら、その一言を待った。
 
「小太郎が、孕んだらどうする…」
「おめえじゃあるまいし、こんな大男抱く野郎はいるかなあ…」
「…いや、俺だってそうだろ。」
「いや、お前は抱かれるだろう…」

 ふに落ちぬといった顔で見つめる天嘉に、逆になんでだと思いながらも小太郎なりに真剣に悩んでみた。でも、まあ産むだろう。それが好きな相手の子でなければ話は変わるが。
 
「好きな奴のややこなら、産むだろうなあ。」
「…前例が、なくても?」
 
 天嘉の寄る辺の無い気持ちが現れた声色に、ようやく言いたいことを理解した。
 これはなんとも繊細な話題だ。小太郎はぼりぼりと頭を掻く。
 
「人間には前例がないだろうが、俺たち妖かしが繁殖相手に同性を選ぶことはあるぜ。」
「え、そうなの…孕む?」
「おうよ。青藍だって産んでんしな。」
「え、まじで。」
 
 これには天嘉も驚いた。青藍はそんなこと一言も言っていなかったからだ。しかし、青藍のことを他の妖かしから聞くのはルール違反だろう。天嘉は聞きたいことはあったが、直接、もし青藍が許してくれるなら聞こうと記憶に留めるだけにしておいた。
 
「俺たち妖かしは、そもそもあんまりこだわりがねえっていうか、まあ、変な線引きはしねえんだ。時代を超えて生きる俺たちは窮屈を好まねえ。だから好きなやつは好きだし、他にとられたらたまったもんじゃねえから、孕まして自分のもんにすんのよ。」
 
 ずず、と茶で喉を潤す。色恋ごとは不得手だが、こちらの常識や当たり前を解くことなら小太郎にだってできる。そもそも天嘉はまだ若いし、こちらにはひょんなことで迷い込んだ雌である。
 
「むしろ、お前が蘇芳の旦那に種つけてもらってよかったと思うがね。俺たちの色恋なんて獲ったもん勝ちの後だし虫拳だ。そっから雌を惚れさせらんなきゃ、男語ってられっかよ。」
「…そうなのかな。女だっているのにさ、なんで俺って思っちまうけど。」
「女はそりゃあ確かに手間はかかんねえ。男よりもずうっと孕むのに適してらあ。」
「知ってるよ、んなこと。」
 
 当たり前のことを言われて、天嘉の気持ちが少しだけ滅入った。自分が男だからというのを引け目に感じているのは自覚している。いくら周りがそう扱わなくても、二十一年間そういう常識の中で暮らしてきた。その凝り固まった思想を、今更変えろと言われても無理なのだ。
 
「蘇芳の旦那がお前を選ばなかったら、とか。そんなしょうもないこと考えてっから具合悪くなんだよ。それにそんなこと思わせちまうのはアレだな。旦那が悪い。」
「や、そうじゃなくて…蘇芳も悪くねえんだけど…。」
 
 腹に添えた手が汗ばむ。乾いた喉を潤すように唾液を飲み込むと、天嘉は腹のうちを明かすようにして口を開こうとした。
 
「ちょ、待て。」
「へ。」
「それ、俺が聞いちまったらダメな気がする。俺の本能が、そう危険を説いてくる。てぇかこの話題自体がよろしくねえ。旦那以外の男に相談する内容じゃねえ。」
 
 小太郎は、まるで外聞を憚るかのようにして周囲を確認すると、顔を青褪めさせる。そして身震いをひとつすると、まるで声が広がらないように気を配りながら、口元に手を添えて天嘉に言った。
 
「いいか、このことはくれぐれも俺に相談したとか言うんじゃねえぞ。蘇芳の旦那の怒りの雷を食らって、本職の奴らが山に降りてきたら戦ばりに山は荒れる。犯人探しが始まったら、真っ先に俺は避雷針の如く吊し上げられる、そんな気がする。」
「本職…?」
「大雷神だあ!」
「そ、んなのまでいるの…」
 
 いるさ!というと、慌てて口を塞ぐ。とにかくその流れは非常にまずい。同じ天候を操るものとしてただでさえ仲が悪いのに、空の器の嫁を娶ったと分かれば悔しがるに違いない。神だって嫁を探している。己の力で器を満たし、染め上げることができる純粋な空の器がいれば、その神や妖かしはより強い力を得ることができるからだ。
 
「と、とにかくだ!お前はまだ妖力だって満ちてない!蘇芳の旦那のややこが出来たからって上書きされかねねェんだからな。くれぐれも気をつけるこった!」
「上書き…?」
「これ以上はいけねえ!俺ぁ帰る、夫婦間の問題に俺を巻き込むのは勘弁してくんな!
 」
「あ、おい小太郎!」
 
 クワバラクワバラ。そんなことを言って去っていく。天嘉はほうけたままそれを見つめると、止めようとした己の行き場のない手のひらをそっと下ろした。
 
 上書き。なんだかその一言が気になって仕方がない。空の器。前にも聞いた。己のことを指していると思われるそれは、恐らくだがイメージの通りなのだろう。純粋な妖力を注ぎ込むことができるとか、多分そういうの。
 
 そしたら、上書きって…。不穏の種を残すかのような言葉は、天嘉の記憶に小さな異物感として残ってしまった。
 ほら、また知らないことを知ってしまった。天嘉は小さく溜息を吐くと、のそのそと布団に潜り込んだ。
 
「お前は、俺で幸せなのか。」
 
 まだ目立たない腹をさすりながら、小さく呟く。まだ母になることを受け入れているわけではない。ここでの日々が激しい奔流のように過ぎ去っていくから、流されるままにきてしまっている。腹が出たら自覚するのだろうか。
 そして、何よりも。
 
「親が居ない俺が、親になれんのか。」
 
 そう小さく呟く。握りしめたシーツに、天嘉の体温が移っていく。
 なあ、子供って望まれて生まれてくるのが幸せなんじゃねえの。俺がこんな気持ちで、きちんと産んで愛してやれんのかよ。
 そんな正論をぶつけてくるもう一人の自分がいる。
 喉が渇く。産まれた命の重みを、体温を、抱く自分のイメージが全くわかない。怖い、こんなことではダメなのに。
 
「蘇芳に、…」
 
 蘇芳に言えって、無茶を言う。体を許して、心を許して、蘇芳から自分がどう見られているのかも、意識するようになってしまった。
 腹に子供がいるんだよ。あいつが父親なんだよ。それは事実なはずなのに、こんな事で悩んでいると言ったら、それはひどい裏切りになってしまうような気がしたのだ。
 
 息苦しい。ここはこんなに居心地がいいのに、みんなも喜んでくれているのに、それが天嘉を苦しめる。小太郎は、雄が孕む事の違和感は気にするなと言った。でも、それよりももっと根本的な部分で天嘉は悩んでいる。
 
 頭が痛い、蘇芳、蘇芳に縋りたい。あいつは何にも言わないで、ただ甘やかしてくれるのだ。でも、仕事を俺の為に休ませてしまっては、また十六夜に迷惑をかけてしまう。そうしたら、お市さんにもその子供にも悪い。
 はみ出しものの天嘉が邪魔をしてはいけない、正しい家庭の形。男と女。俺が女だったら、こんなにも悩むことはなかったはずなのに。
 自ら線引いた境界線が、怖くて仕方がない。その境界の内側にいる自分の居場所が、どんどん狭くなって追い詰められていく。
 助けて、欲しい。
 ぎゅうと胸が締め付けられ、冷や汗をかいた。まるで腹の子に責められるかのように、突然悪阻が来た。ごめん、ごめんな。ダメだよなこれじゃ。

 口元を押さえる。深呼吸すれば楽になるはずなのに、全然治らない。もう、やだ。
 ごぽりと腹を震わして、必死に飲み下す。吐きたくない、苦しいのは嫌だ。嫌なんだよ。手足が震えて、急激に体温が下がる。ああ、貧血だ。ここが布団で良かった。後頭部からじわじわと迫るようにして侵略してくる黒い染みが、思考を奪っていく。このまま、誰も気が付かないまま消えることが出来たら。そこまで思って、まるでライトを消すかのように天嘉の意識はプチンと切れた。
 
 
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