ヤンキー、お山の総大将に拾われる。-理不尽が俺に婚姻届押し付けてきた件について-

だいきち

文字の大きさ
71 / 84

誰が一番怖いのか

しおりを挟む
 湯から上がったのに、未だ体の疲れが癒えない。天嘉の股関節はまだガクガクしていて、心做しか肩口の傷がうずいて仕方がない。

 お湯の中ではあんなに元気に動いていた我が子も、湯から上がってしばらくしたら眠ったらしい。天嘉は湯上り後の火照ったからだを蘇芳に扇いでもらいながら、ずっと腹に触れたいた。

「のぼせたか?」
「のぼせてないけど、腰と股関節がいたい。」 

 汚れ物は纏めて置き場に蘇芳が持っていった。天嘉はそれを嫌がったが、そういう事はこちらでは普通だと言うと、顔を赤くしながら渋々納得をしていた。
 今は新しい寝具の上に腰を掛けた蘇芳の膝枕で、その身を横たえている。
 傷んだ金髪の根本が黒く染まっている。蘇芳は手触りの違う毛質を撫でるのが好きだった。

「横になっていると幾分か楽か?」
「うん、お前が程々にしてくれれば良かったんだけどな。」 
「お前が強請るから答えたまで。実に甘やかなひと時であった。」
「…覚えてねえな」

 もぞもぞと身を動かし、天嘉が蘇芳の腹に顔を埋めた。女のように柔らかな体でもない蘇芳の腹筋に触れてドキドキするなんて、自分の気は狂っているのだろうか。
 ごつんと頭突するように頭で押すと、ウッと息を詰めた蘇芳が腹筋を固くする。

「なぜ頭突きする…」
「やらかくねえ」
「お前は俺に何を…股の間なら今は柔らかいぞ。」
「ちんこはもういらねえ」

 頬を染めながらむすくれる。もそもそと起き上がると、ぐいぐいと蘇芳の体を押して横にさせる。何だ戯れるなと少しだけ楽しそうにした蘇芳が、天嘉に促されるままに横になる。天嘉はというと、蘇芳を放置して立ち上がると、カクカクとした動きで卓袱台に載せられていた茶菓子の詰め合わせを手に持った。
 どうやらずっと気になっていたらしい。蘇芳は色気よりも食い気かとしょっぱい顔をしたが、天嘉が盆を片手にのそのそと戻ってくると、寝転がる蘇芳の腹を背もたれのようにして寄りかかる。

「随分と上等な座椅子だなあ。」
「自分で言ってたら世話ねえぜ?あぐ、」

 まくりと包み紙を取って大福を齧る。半分を蘇芳の口元に運ぶと、菓子を摘んでいた天嘉の指ごとぱくんと食べる。

「お前のが美味いなあ。」
「………ふうん。」
「おや?照れたのか?」
「うるへー!」

 上等な顔をして、そんな睦言じみたことを言うのだ。蘇芳は偶に自分の顔の良さをわかっているんじゃないかと思うときがある。現に、天嘉は今の一言で照れた。
 蘇芳は楽しそうにくつくつと笑うと、腹に腕をまわしてそっと膨らんだそこを撫でた。

「明日は少し獄都を見て回ろうか。お前も気になっているのだろう?」
「え、いいの…?だって湯治だから、出ちゃいけないんだろ?」

 少しだけ期待するような顔で蘇芳を見た。天嘉は湯治とは、それ以外のことをしてはいけないのだと思っていたのだ。
 蘇芳はその反応に、本当にうちの嫁は素直であどけないなあと心配と可愛さが綯い交ぜになった不思議な心地になりながら、別に構わぬよ。と続けた。

「蜜月だ、楽しもう。順序は逆になったがな。」 
「なあ、そのみつげつってなに?」
「新婚旅行だ。まあ、今更だが。」
「ほええ…」

 しんこんりょこう…天嘉は妙な相槌と共に言い慣れぬ言葉を口にすると、なんだか妙に尻の座りが悪く感じた。だって、新婚旅行だ。なんとなくだが、もっと爽やかなイメージがあったのに。
 あんな、数時間前のように肉欲にまみれた濃厚な旅は、絶対に違うと思う。しかし蘇芳が蜜月とそう言うのならそうなのだろう。こちらの世界での天嘉の常識の基準は、蘇芳なのだから。

 蜜月にしては順序は逆、それは先に蘇芳が天嘉を孕ませたからに他ならない。蘇芳の愛しい嫁御は、実に表情に出やすいのだ。そして、手も出やすかった。
 天嘉は、無言でじとりと蘇芳を見ると、これ以上甘くささやくなと言わんばかりに、蘇芳の腹をどすんとぶん殴った。

「ぅごっ!」
「寝る!おやすみ!」
「…っな、…なんだというのだ…いつつ、」

 天嘉からの無言の一打に蹲る。そんな蘇芳の腕をガバリとひらいて、その腕の中に潜り込む。今日はツルバミも影法師たちも、青藍や宵丸もいない。だから人目を気にせずに、こうして懐にも素直に潜り込めるのだ。

 蘇芳は腹を擦っていた手を引き離された時の、中途半端に上げたままの状態で固まったかと思うと、己の懐の布生地を握り締めてちろりと見上げてくる嫁の姿に、口元をもにょりとモゾつかせる。
 獄都に来てから、デレてくれるのが可愛くて仕方ないのだが、これを口にすればすぐにやめてしまうだろう。
 まったく、懐かぬ猫のように気まぐれで面倒くさい性格が大変によろしい。
 蘇芳はそっと背に手を回して抱きしめると、実に嫁の可愛さにご機嫌な表情を見せ、抱き込んだ体を温めるかのように互いの素足を絡める。
 性欲を伴わない接触も心地よくて好きだ。腕の中の体温がこんなにも愛おしい。

「明日、楽しみだな。」
「うん、」

 胸元から籠もった声で天嘉が答えた。まるでそれに同意するかの様に、腹の中側からもぽこんと反応してくるものだから、それがなんだか嬉しくてむず痒い。
 おやすみを呟いた。二人の間に子を挟みながら、家族三人で静かな夜を過ごすのだ。












 ヒァアアアーーーー!!ワァアーーー!!!
 翌日の早朝。日も出ぬ薄暗い獄都で、そんなけたたましい悲鳴を聞いて、天嘉は飛び起きた。

「っ、なに!?」
「んん…、なんだ、」
「わ、わかんね…でも、悲鳴が…!」

 ギャァァァーーーー、まるで断末魔の悲鳴だ。天嘉は耳に手を当ててビクリと身体を縮こませた。蘇芳は呑気に欠伸をしていて、驚く様子もない。天嘉は顔を青褪めさせた。まさか自分にしか聞こえないのかと思うと、それが怖くて仕方がなかったのである。

 爽やかな朝にそぐわない悲鳴だ、きっと、なにか事件が起きたに違いない。琥珀の瞳に怯えを宿し、蘇芳を見上げたときだった。

「悲鳴鳥だ。獄都の朝なら当たり前の光景だなあ。」
「はぇ…」
「うむ、こちらで言う雀のようなものだ。怖がることなどなにもないさ。」

 バサバサと大きな羽撃きの音がして、なんだと思って外を見る。出窓の欄干には見たこともない鳥がいた。
 見た目は尾長鶏のようだが、顔が猛禽の顔つきだ。その目はぎょろぎょろと忙しなく動き、真っ赤な羽毛を纏った大きな鳥が天嘉を見つめ返したかと思うと、イヤァァァア!!と悲鳴を上げて朝が来たことを知らせる。

 どうやらこの宿のサービスの一環らしい。朝餉を配膳しに回るから、起きておくようにという意味もあるのだとか。
 天嘉はそのけたたましさにビクリと体を揺らす。悲鳴鳥は首を数度傾けると、何事もなかったかのように飛び去っていった。

「地獄が悲鳴ばっかなのって、あいつのせいでもある?」
「あるなあ、なんだ。行ったこともないのによくわかるな?」
「なんとなく想像だとこうかなってのがさ…」

 引きつり笑みを浮かべながら宣うと、遠くの方で聞こえる悲鳴にぴくんと肩を揺らす。
 そこらで物騒な事件が起こっているような悲鳴に、天嘉はビクビクしっぱなしである。無言で窓を閉める様子に、蘇芳は怖がりだなあと笑いながら頭を撫でてきたが、そういうことではない。

「俺の住んでたところはマッポ事案なんだよ…悲鳴が聞こえたらポリス呼ぶだろう普通。」
「まっぽもぽりすもしらんが。」
「んと、悪いやつが出たらしょっぴくやつ?」
「ああ、岡っ引きのことか。」

 岡っ引きっていうんだ…と逆に感心したのだが、はたと気づいた。そう言えば牛頭も岡っ引きをしているとか言ってたか。
 どうやら獄卒は地獄の管理人であり、獄都にいるときは逃げ出した亡者や悪事を働いた妖かしをしょっぴくという。なるほど彼奴等は忙しいらしいのだと気づくと、尚更昨日の逢引を邪魔してしまって悪い気がしてきた。

「馬頭もそうだぞ。大体獄都の治安はあいつらが守っているなあ。地獄の獄卒が下っ端だとすると、獄都を任されている彼奴等は指示を出す側だ。まあ、尻拭いをする側ともいうか。」
「へえ…」

 なんだか全然にイメージが沸かない。蘇芳はあまり信じていなさそうな天嘉の顔に笑うと、まあ表にいれば嫌でもわかるさといった。

「獄都に来て、まず獄卒の大捕物が見れたら僥倖だと言われるくらいだからなあ。」
「それも観光の一貫なの!?」 

 どうやら獄都は一大観光地であるからして、悪さをする輩も一定数いるらしい。
 蘇芳は、見世物のようで目には楽しいけどなあと続けると、いっそ言わないでほしかったことまで抜かす。

「獄都のみかじめ料が資金源だからなあ。」
「それは聞きたくなかった…、なにそれ岡っ引き兼やくざ!?」
「まあ、独自の治安部隊というか。まあそんなところだなあ。」
「そ、うっすか…はは…」

 だから牛頭馬頭はあんなに顔が怖いのかと変な納得をしたが、それは妖かしによる。蘇芳は、義骸を言いくるめた天嘉のほうが余程怖いと思うがなあと思ったが、それは言わないでおく事にした。


しおりを挟む
感想 25

あなたにおすすめの小説

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

淫愛家族

箕田 はる
BL
婿養子として篠山家で生活している睦紀は、結婚一年目にして妻との不仲を悩んでいた。 事あるごとに身の丈に合わない結婚かもしれないと考える睦紀だったが、以前から親交があった義父の俊政と義兄の春馬とは良好な関係を築いていた。 二人から向けられる優しさは心地よく、迷惑をかけたくないという思いから、睦紀は妻と向き合うことを決意する。 だが、同僚から渡された風俗店のカードを返し忘れてしまったことで、正しい三人の関係性が次第に壊れていく――

転生したら魔王の息子だった。しかも出来損ないの方の…

月乃
BL
あぁ、やっとあの地獄から抜け出せた… 転生したと気づいてそう思った。 今世は周りの人も優しく友達もできた。 それもこれも弟があの日動いてくれたからだ。 前世と違ってとても優しく、俺のことを大切にしてくれる弟。 前世と違って…?いいや、前世はひとりぼっちだった。仲良くなれたと思ったらいつの間にかいなくなってしまった。俺に近づいたら消える、そんな噂がたって近づいてくる人は誰もいなかった。 しかも、両親は高校生の頃に亡くなっていた。 俺はこの幸せをなくならせたくない。 そう思っていた…

久々に幼なじみの家に遊びに行ったら、寝ている間に…

しゅうじつ
BL
俺の隣の家に住んでいる有沢は幼なじみだ。 高校に入ってからは、学校で話したり遊んだりするくらいの仲だったが、今日数人の友達と彼の家に遊びに行くことになった。 数年ぶりの幼なじみの家を懐かしんでいる中、いつの間にか友人たちは帰っており、幼なじみと2人きりに。 そこで俺は彼の部屋であるものを見つけてしまい、部屋に来た有沢に咄嗟に寝たフリをするが…

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

敗戦国の王子を犯して拐う

月歌(ツキウタ)
BL
祖国の王に家族を殺された男は一人隣国に逃れた。時が満ち、男は隣国の兵となり祖国に攻め込む。そして男は陥落した城に辿り着く。

愛され少年と嫌われ少年

BL
美しい容姿と高い魔力を持ち、誰からも愛される公爵令息のアシェル。アシェルは王子の不興を買ったことで、「顔を焼く」という重い刑罰を受けることになってしまった。 顔を焼かれる苦痛と恐怖に絶叫した次の瞬間、アシェルはまったく別の場所で別人になっていた。それは同じクラスの少年、顔に大きな痣がある、醜い嫌われ者のノクスだった。 元に戻る方法はわからない。戻れたとしても焼かれた顔は醜い。さらにアシェルはノクスになったことで、自分が顔しか愛されていなかった現実を知ってしまう…。 【嫌われ少年の幼馴染(騎士団所属)×愛され少年】 ※本作はムーンライトノベルズでも公開しています。

処理中です...