名無しの龍は愛されたい。

だいきち

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シュマギナール皇国編

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全身が甘い痺れに包まれたまま、ナナシは睫毛を震わせた。
疲れた体が微睡みから浮上するままに、頬に触れる体温へと甘えるように擦り寄る。
髪を撫でるようにして不器用な手が優しく触れた。その心地良さを追いかけるようにしてナナシが甘えると、上からぐぅっという、妙な呻き声が聞こえた。

「ん…?」

ゆるゆると顔を上げる。呻き声の正体はエルマーで、毛布にナナシを包みながら、なんとも痛そうな顔をして見下ろしていた。

「…はよ、その、体は?」
「える、へいき。」
「ああ、ならよかった…」

ほう、と吐息を漏らす。目元が赤いのは、昨日エルマーが散々泣かせてしまったからだ。親指でそこに触れると擽ったそうに身を捩る。
恋しい体温は懐くナナシへと、労るようにその頬に手指を滑らせた。エルマーはその金色に熱を灯したままナナシを見つめていた。それもつかの間で、むくりと起き上がってしまったが。

ナナシはエルマーの側を離れたくなくて、腕に力を入れて身を起こす。
白い肌を滑るかのように毛布が落ちて、虫に刺されたような痕が散らばるナナシの素肌が顕になった。

キョトンとした顔で、体を見ては首を傾げる。ぺたんと尻を床につけ、痒くないのに不思議だと言わんばかりに、ナナシはあどけない顔で己の体を見つめている。
そんな無垢なナナシを見て、エルマーは心底やらかしたと言わんばかりに落ち込んだ。

「ああぁあ童貞じゃあるまいし何やってんだまじで…サジぃ!」

もう誰でもいいから、とりあえず殴ってくれと言わんばかりにサジを呼ぶ。ふわりと後ろからエルマーに抱きつくようにして現れたサジが、昨夜の情事を引きずる素肌のナナシを見て、ポカンとした後、わなわなとその顔に驚愕の色をのせる。

「なんだと!?エルマーの化け物ちんこ突っ込んだのか!!この尻に!!」
「突っ込んでねえ!!セーフだ!!」

慌ててサジがナナシに飛びつくと、ベタベタと体を検分する。足を開かせると、顔を赤らめたナナシが大人しく顔を隠した。隠すべきはそこじゃないのだが、幼い蕾をまじまじと見つめるサジはそれどころではなかった。

「よかった。裂けてない。サジでさえ飲み込むのに苦労するというのに。」
「とりあえずナナシの足閉じてくんね?ナナシも隠すなら股ぐらだろうが。」
「あぃ。」

顔を赤らめてキレるという器用なことをするエルマーに、サジが珍しいものを見るかのように、見つめ返した。

「まるで童貞のような反応をする。うふふ、これは一興。」
「ンなの俺がいっちゃんわかってらァ!!」

朝から何だこのやり取りは。エルマーは思わず煽りに乗ってしまったことを悔やむように顔を抑える。というか、サジに一発殴ってもらうために呼び出したのだ、ならばまずは目的を果たしてもらうかとサジの手を掴むと、テントの外にぐいぐいと引きずっていく。

「お前俺のこと助走つけて殴ってくんねえ?」
「なるほど。そういうプレイか。いいだろう、物凄いのをお見舞いしてやる。」
「いやプレイとかじゃ、て、あ!?」

外に出たついでに、ふと幽鬼を倒した場所をみると、そこにあるはずの魔石が無かった。通常、幽鬼の魔石は太陽に焼かれて石の部分が露出したとしても、多少の瘴気は纏っている。
それに聖水を垂らし、改めて浄化を行ってから手にすることが出来るのだが、エルマーが討伐した幽鬼の魔石は、それをする前に無くなっていた。
エルマーは慌てて昨夜投げ捨てたであろう場所に駆け寄ると、そっと土に触れる。

「うっっそだろ。幽鬼の魔石がねえんだけど。サジ食った?」
「食うわけなかろう。常識がないのか。」
「おまえにだけは常識とか言われたくねんだけど。」

サジはエルマーの背後から顔を出すと、土と太陽を見比べた。紫色の舌があったはずの場所には焼け焦げた跡があるので、確実に太陽に焼かれている。肝心の魔石だけが跡形もないのだ。盗むにしたって余程のバカしか盗まない。幽鬼の瘴気はいわば呪いのようなものだ。冒険者なら常識である。だから幽鬼の魔石が放置されていたとしても、誰も手に取らない。聖水が無ければ使えないからだ。

「聖水をかけていたら、草が芽吹くぞ。」
「え、芽吹くの?それは知らんかった…てこたぁ、聖水無しで持ってったバカ野郎がいる?」
「いるな。しかし幽鬼が出たのか。サジの苗床にしたかった。」

惜しいことをしたと言わんばかりのサジに、もったいない事をしたと項垂れるエルマー。ナナシはというと、ふらふらと洗濯物に近づいて、お漏らしをしたズボンが乾いているか確認をした。しかしまだ乾いていなかったようで、しょんもりとする。

「えるぅ、」

困り顔でズボン片手にふらふらと表に出ると、エルマーがはっとした顔をしてサジを見た。

「そうだ、とりあえず一発よろしく。」
「やむなし。」

ナナシの頭を撫で、そこにいろというエルマーに、ズボンを握り締めたままのナナシはきょとりと首を傾げた。
サジは楽しそうに開けた場所の反対側までかけていくと、裾を膨らますようにしてくるりと振り向いた。
サジの真向かいに立ったエルマーは、気合を入れ直すように頬を叩くと、受け入れるように足を肩幅に開いて腰を落とす。

「おし、ばっちこーい!!」

ナナシは二人を眺めながら、ズボンが少しでも乾かないかと端を伸ばしては、パタパタと揺らす。サジがそれを目端にいれると、ナナシが皺を伸ばすように振った洗濯物を合図に、それはもう楽しそうにしながら人差し指を勢いよく振り下ろした。

「マイコニド!」
「はあ!?!?!?!?」

突然サジの足元から、土をほじくり返すようにして現れたオレンジ色のキノコに、エルマーが素っ頓狂な声を出す。あれは道端で対峙したキノコではないか。そんなことを思っていれば、サジがニコニコしながら殴っていいぞと指示を出した。
瞬間、それはもう物凄い勢いで二足歩行のキノコがジャンプした。

「多分そこまで痛くないはずだ!」
「いやお前の拳で、っいてえ!!!」

そのままキノコの魔物は瞬時に地面に消えたかと思うと、エルマーの足元から勢いよく飛びだした。
笠で頭突きをされたエルマーは、どしゃりとその場でずっこけると、マイコニドと呼ばれたキノコは笠を震わし、その場を駆け回って喜んだ。

「つおい、きのこ!」

ナナシがあの時のキノコだと理解すると、目を輝かせて反応する。頬を染め、大はしゃぎをしながら駆け寄ると、サジはマイコニドにナナシは悪い奴ではないと教えてやる。
マイコニドはナナシを見て短い両手を広げると、まるで挨拶をするかのように、ぴょんと飛び跳ねた。

「うふふ、サジの子だ。かわいいだろう。」
「お前、吸血花の種植えてたよな?なんでキノコになってんだ…」
「植えて育っているぞ。こいつは干からびたキノコに魔力を与えたらこうなった。」

顎をさすりながら、エルマーが腹筋で起き上がる。
じいっと見つめると確かにサジと同じ魔力を感じる。まったくこいつは実験大好きすぎるだろうと呆れたように見つめる。

「そういえば皇国は今、治安があまり良くないらしいぞ。」
「なんでそんなこと知ってんだ。」
「サジはほら、消えられるしなあ。」
「うわっ、チートじゃねえか…くそずる…」

ナナシは、早速細い両腕でぎゅむぎゅむとマイコニドに抱きついて、楽しそうにしている。短い手をぴるぴる動かして抱きしめ返そうとしているのだろう、ナナシに好意を抱かれたキノコの魔物は、照れるようにして笠をピンクに染めた。

「魔石は残念だが、清めずに持ち去った相手の末路なんぞ気にしてやる必要もないだろう。」
「ああ、まあ、しゃあねえか。」
「えるぅ、」

マイコニドと手を繋ぎながら、ナナシは生乾きのズボンを片手にとてとてとエルマーのもとに向かう。
しょんもりとしているナナシの様子に気がついたサジが、おや?という顔をしてナナシを見ると、エルマーが生地の濡れ具合を確かめて苦笑いをした。

「まだ乾いてなかったかぁ。」
「乾けばいいのか?」
「あぃ…、う?」

サジが濡れたズボンをマイコニドの笠に乗せる。
湿気で成長するキノコの魔物は、ふるふると身を震わすと、ナナシの生乾きのズボンの水分を吸収し、先程よりも一回り大きくなった。
手が短いので乗せられたズボンまではさすがに取れない、マイコニドは笠を傾けてナナシの手に乾いたズボンを落としてやった。

「まいこ!つおい、あぃがと!」
「マイコニドだからマイコか。」
「次漏らしたらマイコに手伝ってもらえな。いってぇ!!」
「える、やー!!」

悪気なく、エルマーによって昨夜にお漏らしをしたことをばらされたナナシは、よほど恥ずかしかったらしい。
野営の後片付けを始めたエルマーの腕をペチンと叩くと、顔を真っ赤にして抗議をした。今のはエルマーが悪い。
サジはそのやり取りを耳にして、意地悪そうに顔に笑みを浮かべた。誂うようにして、むすくれるナナシの膨らんだ頬をその細い指先でぶすぶすと突いて遊ぶと、くちゃっとした顔でサジの指から逃げたナナシが、マイコニドに引っ付いて顔を埋める。
マイコだけがナナシに何も言わないで好きにさせてくれた。

「さて行くかぁ。」

三人と一株のキノコが、皇国に入るための列に向かう。朝が早いせいか城壁周りの人も疎らであった。
やはりサジの言っていたとおり皇国の治安は悪いらしい。エルマーもサジもナナシも、皆顔が整っているせいか、下卑た輩は不愉快な笑みを浮かべてこちらに視線を向けてくる。
列の後ろに並ぶと、ナナシは怯えるようにしてマイコニドの体にくっついた。
なんだか冒険者はみんな怖い人ばかりで、サジやエルマーみたいに穏やかそうな人は少ない。勿論サジもエルマーもまったく穏やかなんかではないのだが、あくまでもナナシが受けた印象の話だ。

エルマーは怯えるナナシの頭にフードを被せると頭を撫でた。サジは何が面白いのか、口元をニヤつかせながら大人しく列が進むのを待っている。

「エルマー、絡まれたら暴れてもいいか。」
「入国前に問題起こすのだけはやめろ。」
「えー、つまらん。正当防衛でどうだ。」
「駄目だっつの。」

列が進んで城壁に近づく。距離が縮まると、まるで入国者を吟味をするかのように鋭い視線を走らせる衛兵共が、馬に乗って見回りをしている姿が目についた。
城壁周りを守る職務だ、その鋭利な視線が悪いわけではないが、少しだけ嫌な気分にはなる。
エルマーは別にやましいことなど何も無いので黙っていると、衛兵のうちの一人がサジの顔を見て、厭らしい笑みを浮かべにやついた。
エルマーは横目でそれを見ると、小さく溜め息を吐いた。面倒事に巻き込まれたとわかったからだ。

「おい、そこのお前ら。城門についたらしばし待て。持ち込み禁止のものがないか改めさせてもらう。」
「持ち込み禁止ってどんな?」
「うちの国では性奴や売春を目的とする人物の入国を禁じている。へんな病気を持ち込まれないようにな。」

にやりと笑う衛兵の言葉に、やっぱりか、やら、そうだと思った。などと邪智する声がチラホラと上がる。
意味ありげな目線を向けられたサジはというと、まるで品定めをするかのように目を細めた後、嫣然と微笑んだ。
白くたおやかな手が、エルマーの腕に絡みつく。その肩にすり寄るかのように体重をかけると、ふん、と鼻で笑った。

「エルマー、サジのことを奴隷だと思っているのか?」
「奴隷つれて歩ける甲斐性なんて持ち合わせてねーよ。」
「だそうだ。サジはサジだ。」

エルマーは、しなだれかかるサジの好きにさせながら、辟易した目で衛兵を見上げる。どこの国でも職権乱用の身体検分名目で、手籠めにしようとする奴らはいるのだなと思ったのだ。
エルマーはナナシの肩を抱き寄せると、その華奢な体を抱き寄せるようにして衛兵の視線からナナシを守る。サジはというと、その細い腕をエルマーの背中に回し、通り過ぎざまに衛兵へと見せつけるようにして中指を立てる。
それを見た衛兵が怒りに顔を赤らめると、語気を強めた。

「おい!」
「急かすな。どうせ中に入るためにも城門で調べられんだろーが。ここで止まる方が迷惑だろ。」

至極真っ当なことを言われた衛兵は、苛立たしいといった顔で歯噛みする。自分が言った手前文句も言えず、忌々しそうに舌打ちをする。
サジが馬鹿にするように、未だ舌を出して煽るので、エルマーは頭を叩いてやめさせた。好戦的はサジはすぐに人間を玩具にしたがるのだ。

「え、えるっ、ぁ、」
「んだ、どんくせえガキだなぁ。」

ナナシは、エルマーから遅れを取ったマイコニドが列の後ろからかけてくるのを認めると、エルマーの腕から抜け出して迎えに行った。遅れてきたマイコニドの手をしっかりと握りしめると、エルマー達の元へと戻ろうとした。その時だった。

「ひゃ、っ」

身なりに気を使った金髪の大男が、よたよた走るナナシの足元に、己の足を突き出したのだ。
その足に引っかかり、足をもつれさせたナナシがマイコニドごとべしょりと転んだ。

「あ、あ、だめぇ!」

ナナシを助けようと起き上がったマイコニドの体を、靴底で蹴り上げる。
キノコの肉厚な体がぼいんと地面に跳ねて転がると、ナナシは膝を土で汚しながら、慌ててマイコニドを追いかけ、飛びつくようにしてその体に抱きついた。

「おいガキ、なんでてめえ魔物なんか連れてやがる。よこせ、俺が討伐してやるよ。」
「だめ、マイコ!いたい、だめぇ!」

エルマーがナナシの声に気づくと、サジに並ぶのを任せて列から離れる。
ふんぞり返る大男を見上げながら、泣きそうな顔で怯えるナナシの側に駆け寄ると、屈み込んでナナシを背後に回す。横目で列を取り締まる衛兵をチラと見た。
明らかに魔物だとバカにして見てみぬふりをしていた。度量がわかるその態度に鼻で笑うと、エルマーはもそもそと起き上がったマイコニドに目配せをした。

「おいおい魔物を友達扱いかよ。やめとけやめとけ、」
「おいおっさん、そのへんにしとけよ。マイコニドもやられたらやり返せっつの。」
「えるぅ!マイコ、いたいのやだぁ!!」

泣きそうなナナシにしがみつかれたマイコニドは、ぴるぴると笠を震わすように体を動かすと、ふわふわとその胞子を振りまいた。
エルマーが異変に気づき、青褪めた顔で慌てて口元を抑えると、胞子はまるで最初から決まっていたように大男の周りに纏わりついていった。

それもしかして増殖の胞子じゃね?

引きつり笑みを浮かべたエルマーが、なんとなく今後の展開を察してしまった。
エルマーが思ってる以上にえげつない仕返しをしたマイコニドはというと、ナナシの手を取り、とてとてと何事も無かったかのように列に戻っていく。

エルマーはしっかりとやり返したマイコニドを見て、さすがサジの魔物だと無理やり納得して二人を追いかけた。
列に戻ったナナシが、しょんもりしながらマイコニドの白い体についた靴跡を拭うのを見つめながら、サジはご機嫌にマイコの頭を撫でて言う。

「燃やせば収まる。うふふ、見ものである。」
「うふふじゃねえわ!」

自業自得で収まればいいが、エルマーは頭の痛そうな顔をする。背後では先程の男が体に増殖したキノコに悲鳴を上げる声がした。ナナシはキョトンとした顔で振り返りはしたが、エルマーは誤魔化すように、ナナシの頭を撫でると、呑気に繋いだ手を揺らすマイコニドの姿を見て、己の振る舞いにも気をつけようと心に決めたのであった。

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