名無しの龍は愛されたい。

だいきち

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ジルガスタント編

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城は、見事にダラスの策略に落とされたようだ。やはり、ダラスをあらわすのなら化け物という言葉の方が、しっくりとくる。儚げな見た目のくせに、随分と大層なことを企ててくれる。ジクボルトは、戸惑いもなく馬車を火にくべたダラスを前にそんなことを思った。
城を出て一週間。ダラスが慰撫という形で体を使い懐かせた近衛へと、ジクボルトが誘引した魔物をけしかけた。
ダラスのせいだとは思いも寄らない近衛達は、実に見事に正義を貫いた。
しかし八つ裂きにされた彼らの体を前に、当の本人であるダラスが涙を流すこともない。ただ淡々と頬に血を塗り、ダラスは死んでみせたのだ。
実に愉快な舞台であった。作られた惨状だとは知らぬまま、這這の体で生き延びた近衛一名が、必死で城へと運んだ一報。それは、ダラスの目論見通り皇国を巻き込んでの大騒ぎへと発展したのである。
すべては、愚かを演じぬグレイシスを引きずり下ろすため。なにより、手駒である面倒なジルバを引き剥がすことで城の守りを脆弱にさせたのだ。

「本当に貴方は怖いお人だ。流れている血の色が青いのかもしれない。」

引きずり倒した丸太に腰掛けて、ダラスは長い髪を風に遊ばせていた。その目は酷く凪いでいて、しがらみから解放されたかのような様子であった。
長い睫毛が、ゆっくりと瞬く。血色の良くなった顔色は、生前のルキーノの容貌を見事に保っていた。

「……あなたの弟は、とてもお美しかったんですねえ。」
「ああ、ルキーノはとても、……」

ダラスの手が、そっと袖をまくる。ジクボルトによって修復された腕は凹凸もなく滑らかだ。
人の血肉すら知らなさそうな嫋やかな手が、素肌をそっと撫でる。

「ジクボルト、手筈は。」

ゾットするほどに冷たい声だ。二人は、最後の仕上げをするために始まりの大地まで赴いたのだ。
ダラスの言葉に、ジクボルトの口がにいと歪む。

「ジルガスタント側に忍ばせておいた魔女が、皇国の御旗を背負って動き出した。内側から皇国の手のものが辺境を脅かしたと知れば、ギルド経由で国が動き出す。後はダラス様、貴方の合図次第ですよ。」
「スタンピートを起こす。ジルガスタント側に向かって魔物をけしかければ、そこに訪れた者たちも対応せざる負えなくなるだろう」
「まさか旅人達を時間稼ぎに使うってのかい?貴方は本当に慎重派だなあ。」

 
罪のない旅人たちが皇国の謀に巻き込まれたと認識すれば、間違いなくシュマギナール皇国の醜聞は広がる。人の口に戸はたてられない。
若き王は身に覚えのない罪を背負い、絞首台へと運ばれるだろう。ジルバに唆されたせいで、死期を早めることになった哀れな王。シュマギナールの愚かな一族は、決して残してはいけない。
ダラスの淡々と語る口調とは裏腹に、ジクボルトは実に楽しそうに笑っていた。もう既に、辺境へはジクボルトがけしかけた病魔系の魔物が向かっている。人が恐れるものはいつだって変わらない。
ダラスには好きにしろと言われている。ネクロフィリアでもあるジクボルトは、己の偏った性癖に忠実に行動した。吸血特性を持つものなら、趣味のための下準備を手伝ってくれるに違いない。

「ねえ、彼らは一体いくつ聖石を取り込んだかなあ。ダラス様の期待に応えてくれるといいのですがねえ」
「ルキーノを蘇らせたって、そこに金眼がなければ意味がない。見通す力のある神の目がなければ…。」

水分を含んだ木が、炎によって弾ける音がした。囂々と燃え盛っていた火炎は徐々に収束し、馬車は炭になっていた。その残骸から、身代わりが二体。ダラスが魔物に襲わせた近衛の亡骸を前に、ジクボルトは面倒くさそうに顔を歪めた。
 
「いやだなあ。生身ならよかったけど、体の体積をいじるにしてもここまでこんがりとしてちゃやりづらいったらないよ。」
「彼らが俺の身がわりになるのだ。丁寧に処理をしろ。それがせめてもの敬意だ。」
「はいはい、ああいやだ。触るのも火傷しそう。」
 
この二人を、ジクボルトとダラスへとかえるのだ。皇国の手のものがこの馬車を見つけた時に、本当に死んだと思わせるために。
ジクボルトはインベントリの中からエンバーミングに必要な小道具類を取り出すと、しゃがみこんで作業をし始めた。いやだいやだと言っている割には実に楽しげに術を施す。
 
「金眼は、エルマーから奪えばいい。」
「何…?」
 
金属の器具が肉をいじる音がする。何気なさを装ってダラスへ提案したのは、龍の眼を手に入れる最善の方法をジクボルトがきちんと持っているからだ。
 
「僕のミュクシルちゃんがきちんと仕事をしてくれたんですよ。かわいい手駒ちゃん、ほらカストールのギルド長。」
「…続けろ。」
「ミュクシルちゃん、ジルガスタントへナナシちゃん攫ってエルマーを誘き寄せてくれたから、うまく捕まえることができれば金眼は戻ってきますよ。」
「待て、お前は以前あいつの金眼を抉ればいいと言っていたな…。まさか、」
「まさかだから、その提案をしたんじゃないですか。」

口端を釣り上げて笑う。ジクボルトの様子にダラスの眉間に皺がよる。最初から、ダラスは告げられていたのだ。身近に龍の瞳があるということを。
つまり、ダラスは無駄な時間をジクボルトと共に過ごしたということになる。エルマーの瞳も、また龍と同じ目の色をしているのだ。邂逅は幾度となくしていた。しかし特にエルマーに対してこちらへの害は感じてはいなかった。なぜエルマーが金眼を持っているのかはわからない。しかし、エルマーの左目は義眼をはめ込んでいたはずである。それが、龍の眼だとしたら。
 
「全く、奇妙な巡り合わせですよねえダラス様。同じ魔力は惹かれ合う。あなたが毛嫌いしているナナシちゃんが、エルマーの横にいるのは必然なのですなあ。」
「ジクボルト、お前仕組んではいないだろうな。」
「おや濡れ衣、うふふ、しかしそうだとしたら、それは確かに愉快ですねえ。」

ジクボルトが手を施して、亡骸は見事に化粧を施された。素材が足りないため、出来栄えはあまり納得はいっていないようだが、騙すことはできるだろう。人は思い込む生き物だ。あとは、自己暗示にかかってくれれば問題はない。
 
「どけ。」
「おやあ、あなたもここ数十年で随分と律儀におなりだ。」
 
ダラスが慣れた手つきで祈りを済ます。ルキーノの声が紡ぐ祈りの言葉が好きだった。しかしそれも今は手段の一つとして、ダラス自身が汚してしまっていた。弟を殺してその皮を被るという、人としての禁忌を犯したダラスに祈ってくれるようなものなどこの世にいない。
この祈りの言葉は、もしかしたら己のためにしているのかもしれない。そう思うとなんだか笑えてきた。
 
「あれま、もうご機嫌になったのですか可愛いお方。」
「黙れ、替えの馬車を用意しろ。」
「ああ、それとミュクシルちゃんからもうひとつ、」
「なんだ、お前いい加減に、」
「妊娠しているそうです。ナナシちゃん。」

ジクボルトの言葉に、ダラスの言葉が消えた。静寂は僅かな時間だ。感情が消えたかのような顔は、作り物めいた美貌を際立たせる。
ダラスのときを奪うことに成功したジクボルトは、笑みを浮かべると亜空間魔法に収納をしていた馬車を取り出した。
 
「龍眼を持つエルマーとの子だそうです。ミュクシルちゃん、実に働き者ですねえ。死んじゃいましたけど。」
「は、…異能は健在か。全く、人を選ぶとは失礼な化け物め。」
「龍の子ですか。何やら金眼よりも凄そうですねえ。」
 
からかいまじりに宣うジクボルトの相手はせず、ダラスは歪に唇を歪ませる。
ミュクシルが船へと連れ去ったナナシには、なぜか二人分の魔力の気配がしたという。腹を護るように蹲った様子から、ミュクシルはナナシの隠すべきもう一つの真実を知ったのだ。
本当に龍の子を孕んでいるのなら。それこそ命を張る対価としては十分である。
 
「さて、龍眼を迎えに行こう、ジクボルト。俺からもお祝いを渡さなくてはならんだろう。」
「あれまあ、お優しい。面倒なのが足止めを食らってる間に、一仕事すると言うわけですなあ。」
 
ダラスの言葉をきちんと受け止めたジクボルトは、使役しているバイコーンを呼び寄せると、その体にしっかりと馬車を固定する。
さて、どうやら花が芽吹く準備がととのったようである。合図は、実に単純だ。皇国経由で広まるであろうダラスの死。この情報の開示が火蓋となる。
  
「楽しいなあ、楽しい…。ねえダラス様、」 
 
うふ、うふふ。そう気持ち悪く笑いながら、ジクボルトはダラスを乗せた馬車の手綱を握りしめた。夜闇は徐々にその色を薄めていく。日の出が近い証拠だった。
 
 




 
 

「だあああああやばいやばい!もう水がそこまできているぞ!!レイガンなんとかしろ!」
「やかましい!今なんとかしようとしている!」
 
カストールの祭祀から得た情報で、やっとのことでたどり着いた水路に四人はいた。湿気ていて、恐ろしく暗い。ルキーノいわく、ゴーストの気配はないが、あまり良くないものがいるらしい。
しかし、そうは言われてもどうしようもできない。船で水路の入り口に立ったまではいいが、アロンダートがやらかしたのだ。
 
「いやあ、まさかあんなすばらしいギミックが隠されているとは。古い時代のカラクリは、時として先の技術を勝るのだなあ。うん、僕は実に感動した。」
「こんなときにまで趣味に興じなくて良かろうが!!」
「うん、それは少し反省している。」
「大いに反省してくれ!!ニア!!」
 
レイガンが迫り来る水流から身を守るようにニアを放つ。美しい白蛇はすぐさまその身に魔力を行き渡らせると、水の膜で一気にサジたちを包み込んだ。
 
「はわ、っ!マイコ!」
 
繁殖特性のマイコの胞子で水流を堰き止めようとしたサジの目論見ははずれていた。ナナシの手が、ぷよぷよと体を水面に任せたマイコを引き寄せる。
通路の入り口付近はまだ広いからいいが、ジルガスタント側に行くにつれてどんどんと道幅は狭くなっていく。足で駆け上がる方が早かった通路が水で満たされてしまい、サジたちはしばらくの間水の流れに身を任せる羽目となった。
水膜が、天井まで押し上げられる。数メートル先に水のない場所が見えていると言うのに、今水膜が破れてしまえば、水の中に放り出されてしまう。なんとも歯痒い状況だった。
  
「まさかこの近くにも水門があったとは。」
「ああ、上は治水庫のようなものがあったからな。アロンダートがいじった壁のギミックは、入り口を閉じる代わりに水位を上げるものだったらしい。ったく、なんの意味があるんだこれ。」
ー昔の人は、水位の上げ下げで上に荷物を運んでましたから。恐らくそれでしょうねえ。
「そんなこと、ニアだって理解しているぞ。やーい、レイガンの物知らず。」
「うるさいぞニア。そんなもの今の時代はことさら一般的ではないに決まってる。」
 
レイガンが誂われている横で、ナナシとサジはマイコ水気を拭ってやっていた。水膜越しの水の中の景色は、非常に透明度が高い。石が積まれたような水路の壁からは、気泡がぷくぷくと細く漏れ出ている。時折、目の前を揶揄うように小魚が通り過ぎるたび、ナナシは目を輝かせながら見送る。

「サジ、風魔法で水流を作ることはできないのか。」
「できなくはないだろうが…ふむ、しかし天井に擦れて割れそうだなあ。」
 
サジが不安そうに見上げると、ナナシはすっと手を伸ばして膜と天井の間に結界を重ねた。これで幾分かはマシになるだろう。アロンダートの大きな手に頭を撫でられたナナシはというと、ぱたぱたと尾を揺らしてマイコに抱きついた。
 
「ナナシが一番偉い。今回のばかはアロンダートである。」
「はわあ…ナナシほめらりたのう…あわわ…」 
ーと、とにかく先を急ぐ旅でしたら、サジ様お願いします! 
「うう、騎獣の不始末は飼い主の務めというわけか…。」
「そこは恋人と言ってくれ。」
 
アロンダートの言葉は、サジによって「どうでもいいわ!」と冷たく一蹴される。
白い手のひらの上で、緑の風が渦を巻く。サジはそれを両手で閉じ込めると、膜の外側に手を突き出して開いた。
ボコり、大きな泡がサジの手のひらの上で踊るように水中で弾ける。
沸騰したかのようにボコボコと夥しいほどの気泡が作り出されると、水膜を包む結界はゆっくりと前に進み始めた。
 
「フハハハハ!見たか愚民どもサジの力を!!」
「すぐ調子に乗るところは直した方がいい。」
「そうか?むしろ僕は可愛いと思うが…。」
 
ニコニコ顔のアロンダートとは、つくづく恋人に対する接し方の価値観がレイガンとは合わないらしい。
水膜を包む結界は、ナナシの助けもあってかぐんぐんと水路を進んでいく。やがて光が揺らぐ水面へとザパリと音をたてて浮かび上がると、あとはコロコロと転がすようにして足場まで移動した。
 
「うむ、なんだかなかなかに楽しかった。」
「収納可能な船のようなものも、作れば売れそうだなあ。」
 
サジとアロンダートのマイペースは、相変わらずに健在なようだ。一足先に降りたレイガンがナナシを抱き上げて降ろしてやると、なぜか我もとマイコまで手をあげて待っていた。
 
「んん…」
 
くん、とナナシの鼻がエルマーの魔力の残滓を捉える。ここにいたのだろう。なんだか幽鬼臭い匂いもすることから、戦闘になったのだろうかと不安がよぎる。
そんなナナシの手を、マイコがきゅっと握りしめる。ナナシばかり不安に怯えて足を引っ張るわけにはいかない。マイコへのふにゃりと微笑むと、しっかりと手を握られて上下に揺らされた。どうやら励ましてくれたらしい。
 
「ナナシ、」
 
背後からべちゃりと不快な音がした。レイガンが警戒の構えを取るよりも早く、ナナシはくるりと振り向いて手をかざした。
 
「やだなの。」
 
鋭い音を立てて、結界は即座に展開された。襲い来る水魔は、結界に纏わせた聖属性魔法によって状態異常をひきおこしたようだ。情けなく体を溶かしたスライムの核を、レイガンが踏み潰す。
水浸しになった地べたには、スライムの魔石だろう薄い色の石が転がっていた。

いつもなら守られていることが多いナナシが、自らの意思で動いた。レイガンが出るまでもなく、淡々と魔物をいなしたのだ。
エルマーと離れたことで、ナナシのなかでなにかが変わったらしい。薄い体の背後には、マイコがいた。どうやらナナシはマイコを守るために行動を起こしたらしい。

「さてまだ先は長いぞナナシ。お前もあまり無駄に魔力は使わぬようにな。」
「うん、こっち…」
 
ふんふんと鼻をきかせながら、ナナシが進路へと指を差す。自発的な行動ができるようになったナナシを見たら、きっとエルマーはショックを受けることだろう。
もしくは、エルマーの知らぬ一面を目にしたことのほうが知られたら面倒臭いか。
エルマーがいないにも関わらず、余計なことに気を回すレイガンは、やはり苦労性であった。
レイガンの眉間の皺が増えている理由が、まさか己とエルマーについてだとはついぞ思わない。ナナシはただ不思議そうに、レイガンのお顔がちょっぴり怖いなあと、そんなことを思ったのであった。 
 
 
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