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1巻
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あの日以来、さらに強く視線を感じる。
どこにいても、何をしていても感じる視線。
頬の傷がうっすらと白くなったあとも、恐怖心だけは消えなかった。
不安と困惑、恐怖がない交ぜとなってわたしを襲う。
どうして?
なぜ?
どうしてこんな状況になったのか、まったく理解ができなかった。
ただ平凡に暮らしていただけなのに。
どうしたらいいの?
わたしはいったいどうしたら?
誰かに言うべきか……
いつもと変わらない夜だった。
歩きなれた家までの道。
人気のなさも、時々しか通らない車もいつもと変わらなかった。
ただ、その車だけはまっすぐにわたしに向かってくる。
ヘッドライトが眩しくて、そばにあった電信柱と塀の間に逃げ込んだ。
次の瞬間、電信柱までほんの数センチの隙間を空けてその車は走り去った。
吹かすようなエンジンの音がいつまで経っても耳から離れない。
からだ中が震え、塀に寄りかかったまま一歩たりとも動けなかった。
逃げなければ……
微動だにしないままベッドの上でバチッと目が開いた。
窓の外では小鳥がさえずっているけれど、目覚ましはまだ鳴っていないはずだ。
どうやら先日の夢はまだ続いているらしい。
……マジでそのうち殺されるんじゃないの? わたし。
現実ではゴルゴに睨まれ、夢でも誰かに狙われ、これじゃあ心の休まる時間がないじゃない。
どうしてこんな嫌な夢ばっかり見るのかしら?
毎日アホみたいな甘い妄想をしているのだから、それがちょっとくらい夢に現れてもいいんじゃないかと切実に思う。
妄想力が足りないのかしら?
あの悪夢に勝つためには、それを上回るくらいのロマンティックが必要に違いない。
えいっと飛び起き、窓のカーテンをさっと開ける。朝の光が部屋中に満ち、眩しさに少し目を細めた。
それから部屋の隅にある本棚の前まで行き、棚に並んだ少女小説を片っ端から手に取って中身を確かめる。
砂を吐くくらい甘いお話がいい。
たとえ気分が悪くなろうが、行き帰りの電車の中で読んでやる。頭の中を完全にお花畑状態にしてしまえば、悪夢に勝てるかもしれない。
ああ、でも迷うなぁ。
どれもこれもそれぞれツボに入るシーンがあるんだもん。
チェックし終えた本を床に積み上げ、さらにページをめくっていると部屋の扉が開いた。
「……あんた、朝から何してるの?」
呆れた母の声が背中に突き刺さる。
「ちゃんと片付けなさいよ」
……これが二十五歳の女が朝一番に母親から言われるセリフかと思うと、とても情けない。
それもこれもすべて悪夢が悪いのよ。
「えーい、負けてたまるかあっ」
馬鹿馬鹿しいくらいにこぶしを振り上げ、そう強く決意した。
結局二冊の本を選び、他の本についていた書店でもらった紙のブックカバーを付け直して、通勤鞄に入れた。
ふっふっふ、これで悪夢ともおさらばよ!
……その自信が数日後には打ち砕かれてしまうなんて、そのときのわたしは想像もしていなかった。
梅雨明けの青空が広がっている。蒸し暑さにうんざりしながらも、夏がもうそこまで来ていると思うと少しわくわくした。
子供の頃、夏休みを待ち望んでいたのとは少し違うドキドキ感。特別何があるわけでもないけれど、季節が移り変わっていくのが好きなのだ。
まあ、変わっていくのは季節だけで十分だと思うんだけど……
青空から目を戻し、わたしを含めた若手社員三人を集めた部長を見つめた。
「東堂くんと池田くんのサポートをしてほしいんだ。二つの企画を平行して進める予定だから、次の全体会議に間に合うように助手として手伝ってくれ」
主任の助手ってすごいことじゃない? と一瞬喜んだけど……よくよく考えるまでもなく、ゴルゴのサポートなんて恐ろしくてできないよ。
それなら池田さんの方がいいなぁと思ったのに、部長はわたしの顔をじっと見て、
「永野くん、君は東堂くんね」
ときっぱりはっきり言い切った。
ガーンと漫画みたいな効果音が頭の中で響き、目の前が一瞬暗くなる。
なぜ? よりによってどうしてわたしがゴルゴなの……?
「お、早速よろしくな、東堂」
「……はい」
恐ろしいまでの重低音がいきなり背後で響き、思わず飛び上がって振り返る。すぐ目の前にあったのはスーツに半分隠れたネクタイで……そーっと顔を上げると、わたしを見下ろしているゴルゴと思いっきり目が合った。
それは今までで一番近い距離。間近で見るゴルゴはやっぱりこの上もなく恐ろしくて、全身の血が一気に下がっていくような気がした。
ひーっっ。怖いっ、怖すぎるっ。
絶対無理よ、終わるまで寿命がもたないって。
その前にミスしまくって絶対撃たれるってっっ。
「よ、よ、よ、よろしく、お、お願いしますっ」
青ざめて震えるわたしの心を知ってか知らずか、ゴルゴは無言で頷き、さっさと自分のデスクへと向かっていった。
「頑張ってくれよ、永野くん」
妙に楽しそうな部長の声を聞き流し、足取りも重くゴルゴのあとをついていく。ちらっと見ると、残りの二人の男の子たちは明らかにホッとした顔をしている。経緯を聞いていたまわりの人たちは、何だか可哀想な子供を見るような目でわたしを見ていた。
何だか人身御供にされる村娘になった気分だ。
「みく、背後に立っちゃダメだぞ」
夏美のささやき声がすぐそばから聞こえた。
ちらっと見ると、夏美の心配そうな……ではなくて、ものすっごく楽しそうな顔が見えた。
他人事だと思って……
それでもグッと拳を握り、意を決してゴルゴのデスクへと向かう。
すでに座っていたゴルゴは、わたしが来るのを待ち構えるかのようにこっちを見ていた。その視線の鋭さに思わず足が竦む。
こ、怖い……、や、やっぱり無理、か、も。
動くことを拒否する足を何とか動かし、ゴルゴの前まで行く。ゴルゴはわたしの目を見つめたまま、机の中から何かを取り出そうとした。
な、何? も、もしかして……
「……これを」
低い声と共にゴルゴの腕がゆっくりと上がった。その手には銃が握られて……?
「ひぃっ……」
撃たれるっ。
思わず一歩後ずさり、両腕で頭を覆った。いつまで経っても聞こえてこない銃声に恐る恐る腕を下ろすと、書類の束を差し出したままわたしを見つめているゴルゴがいた。
「あ、……あ、あはっ……あはは、す、すみません」
アホか、わたしは。
本当に撃たれるわけないでしょ。
誤魔化すように笑うわたしを、ゴルゴが冷ややかな目で見ている。
ああ、また変なヤツだと思われたかしら……
「……とりあえず、この企画書を読んでおいて」
「は、はいっ」
不自然なほどぎくしゃくした動きで書類を受け取り、そのまま回れ右をして、よろよろと自分の席へ戻った。椅子に座った途端、一気に力が抜ける。
大きくため息をついて机に突っ伏したわたしに、
「お疲れさま」
と夏美が声をかけてきた。
「思いっきりビビってたね」
少し笑いを含むその声に顔を上げる。
「だって……、本当に怖いんだもん。撃たれるかと思った」
「バカね、こんな真っ昼間に皆の前で撃つわけないでしょ」
夏美がケラケラと笑う。
そりゃそうだ、と思ったのもつかの間、一瞬で真顔になった彼女が、
「やるなら深夜よ」
と、低い声で言った。
「ちょ、ちょっと、やめてよぉ」
思わず半泣きになったわたしを見て、夏美がまた笑う。
「冗談に決まってるでしょ。……あら、ヤバイ、見られてるっ」
慌てて自分の席へと戻っていく夏美を見送り、恐る恐る視線だけを動かすと、こちらをじっと見ているゴルゴが目の端に映った。相変わらず鋭いその目は獲物を狙う猛禽類を思わせる。
この距離って確実に射程範囲内よね。
果たしてわたしは生きてこの仕事を終えることができるのだろうか。
この上もなく不安になりつつ、震える指で渡された企画書をめくった。
その日から、周囲が面白がるくらいビクビクする日々が始まった。不幸にも、机もゴルゴのすぐ近くに移動させられた。あの恐怖の宣託から数日が経つけれど、常にライオンと同じ檻に入れられたウサギのような気分だ。
サポートを始めてからは今までの仕事とは違い、パソコンを前にひたすら数字を打っている。苦手ではないけれど得意でもない。ブラインドタッチとも言えない怪しい手つきで、ボチボチとキーボードを叩いていたそのとき、
「エプロンのサンプルの納期を確認して」
「は、はいっ」
すぐそばから聞こえてきた重低音に一瞬からだが浮いて、そのはずみでキーを押し間違えてしまった。
この地獄の底から這い上がってくるような低い声にはまだ慣れない。
でも、助手の仕事をしてわかったのだけれど、ゴルゴは、見かけの印象とは少し違っていた。
ゴルゴの仕事ぶりはとても細やかだった。指示もとても明確でわかりやすい。同じような内容の仕事をしているのに、池田さんについた人たちは少々やりづらいと愚痴をこぼしていた。
雰囲気だけなら圧倒的に池田さんたちの方が楽しそうだ。ただ、それも池田さんが彼らを振り回しているだけと言えなくもない。ゴルゴはそれとは正反対で、無駄なく黙々と作業をこなしていた。
はっきり言って、サポートなんて必要ないんじゃないか……と思うこともある。
見かけは怖い。これは絶対。
けれどそれ以外については驚くほど充実している。
ゴルゴのサポートという仕事は、恐怖心さえなければものすごく新鮮で楽しかった。確かに面倒で大変なこともあるけれど、勉強になることも多い。費用を投じて製作するということはこういうことなのだとしみじみと感じた。
当たり前だけど、ゴルゴにはまだ撃たれていない。心臓の機能が停止しちゃうほど睨まれることもまだない。つまり、そこまで重大なミスはまだしてないってこと。
まあ、目が合うたびに寿命が縮みそうになるのは相変わらずだけど。
間違えた場所をまたボチボチと消して、入力をし直す。
「っと、納期の確認しなきゃ」
書類に埋もれた電話を探し、内線ボタンを押した。
4
気がついたときには見知らぬ場所を歩いていた。
からだを縮め、顔を隠し。
でもあの視線が追ってくるのはわかる。
どこまで逃げればいいの?
何もかも捨てたのに。
視線だけに弄ばれ、子犬のように震える自分はなんて無様なんだろう。
それでも足は止められない。
雑踏に紛れて、ホッと息を吐いた瞬間、背中に何か硬いものが当たった。
びくっと震え、思わず立ち止まりそうになったわたしの腕を誰かが掴む。
そのまま引きずられるように歩いた。
こっそりと見ると、濃いサングラスをかけた黒ずくめの大きな男が隣にいた。
ああ、この人だ。
恐怖が全身を走った。
背中に押し当てられた何かにぐっと力が入る。
ここで終わってしまうの?
絶望が溢れ、思わず涙がこみ上げたそのとき、低い低い声が頭に響いた。
『もっと逃げろ。どこまでも、お前を追う』
ふいに背中に押し当てられたものの感触がなくなった。
同時に大きな男が雑踏に紛れて消えていく。
安堵と同時に蘇ってきた恐怖に追い立てられるように、わたしはまた走り出した。
まだ終わらないのだ。
今度は生殺しかぁっ!!
ゼイゼイと荒く息をつきながら跳ね起きた。
滲む汗をタオルケットで拭い、また頭からベッドに倒れ込む。
やるならもういっそ一思いにやってくれればいいのに、なんて空恐ろしいことを考える。
でも、毎回毎回じわじわと追い詰められるくらいなら、さっさと殺されて違う夢を見た方がまだマシだ。
しかも今回はとうとうアイツが出てきた。見上げるほど大きくて黒ずくめの男。顔は見えなかったけれど、どう考えても……あの人だと思う。
ゴルゴと一緒に仕事をするようになってから、ますますリアルになっていく夢。恐怖心が積もり積もってこんな形で出てくるのだろうか。
この前から少女小説を持ち歩き、電車の中はもちろん、寝る前もばっちり頭の中をお花畑モードにしているのに……ロマンスではゴルゴには勝てないのね。
「みーくーっ、ご飯できてるわよー」
階下から母の声が聞こえた。
うう、すぐ行かなければ、また小言を言われてしまう。
よく寝たはずなのにからだが重い。
よいしょっと声を出して起き上がり、大きなため息を一つついた。
お昼休みを夏美と過ごすのはほぼ日課みたいなものだ。外にランチを食べに行くこともあるけれど、今日はすぐそばのコンビニで済ませることにした。
ドリンク売り場のドアを開け、ペットボトルを取り出すついでに吹き出してくる冷房を顔に受ける。すぐ隣では夏美が頬にペットボトルを当てていた。
会社の近くとはいえ、ほんの少しの間でも炎天下を歩くのは辛い。コンビニの効きすぎるくらい強い冷房がちょうど良かった。
「こう暑いと食欲もわかないなぁ、冷やし中華とかにしようかしら」
麺類の前で立ち止まった夏美の横で、悩んだ末わたしはサンドイッチを手に取った。パサパサするからどうかなと思ったけど、今日は冷たいミルクティーをガブ飲みしたい気分だったからちょうどいいかなと思って。
「あ、ゴルゴだ」
夏美の声に外を見ると、コンビニの前の通りをゴルゴと池田さんが並んで歩いていた。うだるような暑さの中、スーツ姿の彼らはなんとも涼しげに見えた。
涼しげ……というよりゴルゴのまわりだけは絶対零度のようだ。というか、この暑いのに真っ黒なスーツってどうなの? と心の中でさらに突っ込む。
「対照的だよね、あの二人って」
夏美の言葉に思わず頷いた。朗らかに話しながら歩く池田さん。ゴルゴはその横で黙ったまま足を動かしている。眉間にはいつもの皺が寄っていて、眩しいからかいつも以上に険しい顔に見えた。
二人の進行方向にいる人たちが、避けるようにささっと左右にわかれていくのは笑うところなんだろうか。
天使と悪魔、そんな対照的な雰囲気の二人だけど、一緒にいることも多い。池田さんはゴルゴのことを全然怖がっている風ではないし、ゴルゴも嫌がってはいないみたい。
男の友情って不思議だわ。そう考えながらさらにデザートのプリンを選んでレジに並んだ。
会社に戻って空いている会議室の一角で昼食を食べたあと、飲み物がなくなってしまったので、夏美と別れて給湯室に向かい、置いてある冷水機の水を備え付けの紙コップに入れた。
その場で一口飲んで給湯室を出た瞬間、ドンと何かにぶつかった。
「キャッ」
わたしの悲鳴と水のこぼれる音が同時に響く。
恐る恐る顔を上げると、目の前の黒いスーツの袖とわたしの胸元に水が飛び散っていた。
ああ、夏なのに真っ黒なこのスーツはもしかして……視線を上に向けると、わたしを見下ろしているゴルゴがいた。
その瞬間、サーッと血の気が引いた。
ひえーっっ、こ、殺されるっ。
「……す、すみませんっ、すみませんっ」
ああもう、こんなときに限ってハンドタオルを置いてきてしまった。確か給湯室にタオルがあったはず。
「ちょっ、ちょっと待ってください。今、タ、タオルをっ」
そのとき、慌てふためくわたしの腕にゴルゴの手がガシッとかかった。
「えっ?」
ゴルゴのもう一つの手が彼の背広のポケットに入る。
ま、まさか……、武器は銃だけじゃないの?
わたしの頭の中で飛び出しナイフがきらめいたのと同時に、ゴルゴがポケットからハンカチを取り出し、わたしの手に握らせた。
「…………」
「これで」
それだけ言うと、ゴルゴはさっさと歩き出した。
曲がり角でゴルゴが見えなくなった瞬間、わたしのからだから力が抜けた。ハンカチを握り締めたまま給湯室の壁にぐったりと寄りかかる。
「あ、あはは……そりゃあそうよね」
気の抜けた笑いが誰もいない廊下に響いた。
一体何をやってるんだ、わたしは。
会社の中で、銃だナイフだってありえないでしょ。想像力が豊かなのも考えものだわ。
でもゴルゴから渡されたハンカチを見た瞬間、わたしはまた固まってしまった。
それは生成りとチェックのパッチワークのような生地の四隅に小さなイチゴが刺繍されている、はっきり言ってものすごーく可愛いものだった。
一瞬、自社製品のサンプルかと思ったけれど、ついていたタグを見ると、そうではないようだ。
な、なぜに、こんな柄のハンカチを……?
恋人のもの……だったりして?
ゴルゴに恋人がいるなんて聞いたこともないけれど、だって、彼が持つには可愛いすぎるでしょう。
それにしてもこれほど不似合いな取り合わせってないわ。
イチゴとゴルゴ……ここはやっぱり笑うべきところなんだろうか。
それにしても、さっきのシチュエーションって思いっきり少女小説だったわ、なんて思ってしまうのは、普段からそんな妄想ばっかりしているからだろうか。
相手が別の人ならちょっとしたロマンスが生まれていたかもしれない。だって、すごく定番でしょ。
まあ、ゴルゴとわたしじゃ、Vシネマか新喜劇かって感じだったけれど。
相手がゴルゴだったからそうなったのか、それともわたしだからか。
ロマンスに限りなく遠い人間に、そうそうチャンスはないってことなのかな。
自分で考えた言葉にちょっと落ち込んでしまう。
胸元にこぼれた水はほんの少しで、この暑さならすぐにでも乾きそうだった。この可愛いハンカチで拭く必要すらない。それよりも彼の腕にかかった水の量の方が多かった気がする。
ゴルゴ、怒らなかったなぁ。
よくよく考えてみれば、ゴルゴがあからさまに怒ったところなんて見たことがない。無表情だからかもしれないけれど、本当は見た目ほど怖い人ではないのかもしれない。
そんなことを考えながら歩いていると、途中で池田さんと彼のサポートをしている二人にばったりと出会った。
「やあ、みくちゃん。調子はどう?」
池田さんはわたしを見るなり、いつもどおりの華やかな笑みを浮かべる。一瞬でその場が明るくなる、そんな笑い方だ。
「えっと、まあまあです……」
「困ったことがあったら言うんだよ」
珍しく真剣な顔をしてそう言った次の瞬間、前から歩いてきた別の女性にフェロモン全開の笑みを向けると、お先にとつぶやいてさっさと消えていった。もちろんその女性も一緒にだ。
残された三人の間に微妙な空気が流れる。なんとなく三人で歩き出すと、その気まずさを打ち消すように一人が言った。
「永野さんは大変だよなぁ、なんたってゴルゴだもん」
それに同調するようにもう一人が頷く。
「ミスしたら消されるって本当?」
……そんなの嘘に決まってるじゃない。
まあ、わたしもほぼそう思ってはいたけれど。
「まさか」
そう答えると、二人も納得したように頷いた。
「それでもあの顔を毎日間近で見なきゃならないのは苦痛だよ。あの強面でよくこんな仕事ができるよなぁ」
そうそうと半ば馬鹿にしたように笑う二人に内心イライラした。
すぐに女性と消えてしまう池田さんもどうかと思うわよ。どっちもどっちじゃない。
どうしてだろう……他の人にゴルゴのことを悪く言われると、ちょっとだけムカつく。
自分だって散々怖がっているのに。
変なの、わたし。
「おっと、噂をすれば」
その声に反応して視線の先を追った。
ちらっと覗いた休憩スペースにゴルゴがいた。この暑い中、窓際のよく日の当たる椅子に座り、相変わらず難しい顔をして外を見ていた。
休憩スペースには他にも数人がいたけれど、誰も彼の半径二メートル以内には近寄らないようだった。みんな、息をひそめて遠巻きにゴルゴを見ている。
「あれはやっぱりどう見たって殺し屋だよ」
隣からこそこそと聞こえてくる声にまた少し嫌な気分になる。
その感情に自分でも少し戸惑いつつ、それでも……とイチゴのハンカチをぎゅっと握り締め、思いきってゴルゴに近付いた。背後から焦ったような気配を感じたけれど、さらに近寄る。
気配を察したゴルゴが視線をわたしに向けた。鋭い瞳に見つめられ、一瞬足が止まりそうになる。周囲からは息を呑む音が聞こえた。
「あ、あの……。さっきはすみませんでした」
ちらっと見たゴルゴのスーツの袖にはもう濡れた痕跡はなかった。
まあこれだけ直射日光に当たっていれば……真黒なスーツからは、今にも煙が出そうだ。
「ハンカチ、洗って返しますから」
そう言ったわたしにゴルゴが頷いた。
「……永野は、平気か?」
「は、はい」
上擦った声しか出なかったけれど、ゴルゴはまた頷いた。
頭を下げてから通路に戻ると、まだ二人がそこにいた。
「永野さん、すげー。あのゴルゴに自分から近寄るなんて」
ゴルゴは野生の熊か。
凄い言われようだけれど、わたしも今まで同じように思っていたのだ。
でも……ずっと、誤解していたのかな?
見かけどおりの怖い人ではないのかもしれない。
三人で歩きながら、手の中にあるイチゴのハンカチをこっそりと見下ろした。
わたしの中でゴルゴの印象がまた少し変わった気がした。
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