記憶。

ひとしずく

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1章「出会い」

2話「食事」

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__結局、姉さんの手がかりを掴むことは出来なかった。

はぁ、と深いため息をつく。

次の依頼場所へ行こう、そう思い足を進めようとすると、グーーと音がした。なんの音…?私は首を傾げる。しばらく考えてみると、

 

………私のお腹からだとわかった。

 

なんですぐ分からないんだ、という文句は受け付けない。

誰かに聞かれていないかと焦ったが、運良く周りには誰もいなかった。

そういえば、私は2日前から何も食べていない気がする

 

ついさっきあの女性から依頼に見合ったお金をきっちり貰ったし……なんとか食事は取れるだろう。

多分、1週間分くらい?

15の少女にはキツすぎるとは思う。

でも、仕方ない。姉さんの為だから。

 

直ぐにでも次の依頼場所へ行かなければいけないのに…そう思ったが、しかし、空腹には勝てない。きっと誰だってそうだと思う。……分からないけど。

 

私はすぐ近くにあった飲食店らしき場所に入る。

そこはバーのように上品な雰囲気を纏い、オーケストラで演奏しているような音楽がゆったりと流れていた。

 

そんな上品な店の風景に見惚れていると、1人の店員らしき男性が近づいてきた。

 

「いらっしゃいませ。1名様ですか?」

 

「ええ、1人です。」

 

そう言って頷く。店の中を一通り見渡してみる。

私が見たところそこまで混んではいないようだった。

 

「それではこちらへどうぞ。」

 

店員はそう言って店の奥に歩いていく。

私はそれに急いで着いて行った。

 

……この世界では、飲食店に少女が一人で来ても怪しまれない。それはなぜか。

 

それは……家系の問題で家出をする少年少女が多いから。単純な理由だ。しかも探偵をしていても警察にはお疲れ様ですとしか言われない。

そんな決まりのようなものが、私にとってはありがたかった。これで少女だから、未成年だからといって追い返されたり探偵を辞めさせられたりでもしたら、お金も貰えず食事をも取れず餓死するところだ。

 

席に着いたのか、店員は立ち止まり、席を手で示した。私はありがとうこざいます、と言って案内された席に座る。

 

「それでは、ごゆっくりどうぞ。」

 

店員はそう言い残して席から離れて行く。

テーブルの端にあったメニュー表を取り、開いた。

ペラペラとページをめくり、あるところで止まってしまう。

 

 

………。






………!

 

 

いけない、スイーツの物だけ見てしまっていた。

ちゃんと食事を取らなきゃ、姉さんに怒られちゃうものね……けど………

 

「ご注文はお決まりでしょうか?」

 

…呼んでないのになんで来た。

呼んでもいないのに来たことと、店員のロボットかと思うほどの冷静な声に驚きながらもあ、えーっと……と考えるふりをする。気持ちを整える時間が欲しかった。

驚くのも無理はないはずだ。絶対に。

 

「ふぅ……よし。」

 

私は小さく呟くと、メニュー表のある料理を指差す。

 

「この……スパゲッティで……!」

 

いつでも私は冷静であること。自分の中のプライドだ。

自分の弱いところなど、見せて堪るものか。

 

……スイーツになど、負けてたまるか。

 

店員は注文料理を聞くと、かしこまりましたと言って席を離れて行った。

 

普通に考えて、呼んでもいないのに来る店員なんているのだろうか。まぁ…気にしても仕方ないか。

 

もう一度息をついて、呼吸をちゃんと整える。

その後、料理が届くまで、と思い、ショルダーバッグから1冊の本を取りだした。

この本は、私が唯一持っている本、そして世界で1つの本でもある。

 

別に私のために本を書いてくれと作家に直々に頼んだ訳じゃない。

簡単なこと、自分で書いたお話だからだ。

小説を書くのは好きだ。自分の思い通りに話が進んでいってくれるから。

 

私が書いたお話の内容は1話1話それぞれ違う。いわゆるいくつかの短編を集めた一つの小説。

 

1つはある国の王子と王女のお話で、2つ目は幸せというものを嫌い、苦しみに祈りを捧げる島の民のお話だったり……色んなお話を書いた。

これがもし現実になったら……そう思う。

しかし、王子と王女のお話は、いつかどこかで……

 

「お客様、こちら、パンケーキになります。」

 

先程も聞いた声……店員が声をかけた。

そこで思考が強制的に停止させられる。

 

パンケーキ……?パンケーキって、あの?

 

……そんなもの、私は頼んだ覚えはない。

確かに気になってじっと見つめていたものではあるが…間違えて頼んだなんてことはありえない。

 

「あの、これ……頼んでないのですが」

 

パンケーキを笑顔でテーブルに置いた店員に恐る恐るそう言った。店員は何かを思い出したように目を丸くした。


「ああ、申し訳ありません。こちら、あのお客様からのプレゼントということになっていて……言うのが遅くなってしまい、大変申し訳ありませんでした。」

 

本当に申し訳なさそうに頭を下げて言う店員。

 

「え、……は?」

 

は?

声にも心にも出てきた2文字。意味がわからなかった。

もしかして……最初に入ってきた時のようにここは本当はバーだったりするの??

 

いや、私に限ってそんなこと…

 

私は店員があのお客様、と言って手で示した場所を見る。そこには一人の男の人が座っていた。

 

…知らない、

 

男の人は私の視線に気がつくと、こちらを向いてウインクをしてきた。

なんだろう、気持ち悪い、という感情しか出てこない。

 

呆然とその席に座っているしかなかった。

 

すると、その男の人は私に聞こえるような声量で店員に一度席を外すよと言った。しかもこちらに近づいてきたのだ。

 

逃げ出したい。ここにいたくない。気持ち悪い。吐き気がする。

 

酷い言葉が長々と綴られる。

 

「やぁ、君がなんとも綺麗で、ついプレゼントをしてしまったよ。是非美味しく食べてくれ」

 

……………無理だ。私には、無理。

不快。この人には少し我慢できない感情がある。

 

「……申し訳ないのだけれど、お返しするわ。

貴方は自分の顔を鏡で見た事がある?見たことがないならば今すぐみて。あ、もしかして毎日見てるけど気づいてないってやつかしら?あなたのその面見てたら気分が悪いわ

 

 
__気持ち悪いのよ、1度死んで」
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