恋に恋するお年頃

柳月ほたる

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第一章

3 彼の正体

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「そういえば今日は舞踏会があると聞いていたな。私は出席するつもりがないから忘れていた」
 そう言った彼は、ミアの隣にどっかと腰を下ろした。
 投げ出した足は長く、白い布に包まれてちんまりと座っているミアとは大違いだ。
「あの、こんな所に座ったら汚れてしまいますよ?」
 男性と何を話せばいいかなんて全く分からない。でも何か言わなければ、と考えあぐねた結果がこれだった。ちょっといい女を気取りたくて、彼の洋服の心配をしてみることにする。
 すると彼はまた笑って、ミアのスカートを指差した。
「そう言う君はもう座ってるだろう。汚れて困るのは私より君の方だと思うけど」
「えっ?! うそどうしよう!」
 見下ろしたドレスは、言われてみればかなり酷い状態だった。
 芝生に座り込んでいたせいで細かい草がスカートに纏わり付き、花壇に接していた部分は泥汚れでくすんでいる。薄暗いここですら分かるのだから、明るい場所に行ったら一目瞭然だろう。
 まさかこんなに汚れるなんて思っていなくて、ミアは呆然とスカートを見下ろす。これでは父を探すために舞踏会の会場に戻れない。
「芝生に座った事がなかったのか? 相当な箱入りのお嬢様なんだな」
「…………」
 なんだか子供扱いされた気がして、ミアは俯いて唇を噛む。

 でも、彼の言う通りだ。
 伯爵家の末っ子として育ったミアは、非常に過保護に育てられた。
 淑女としての教育は受けているが、ドレスを着るのはもちろんの事、靴を履くだけでも侍女が隣で手助けをする。
 元々穏やかな性格だから外で走り回った事などないし、湖畔でピクニックをする際には必ず敷物が準備してあった。
 彼のからかうような声色が突き刺さる。
 一人では何も出来ないと言われているようで自分が不甲斐ない。でもそれは確かに事実だという現実。
「……ぅ」
 その矛盾した感情がぐるぐると渦巻いて、思わず涙が滲んだ。
「っ、おい、泣いてるのか?! 悪かった、私が悪かったから!」
 目に涙を溜めて俯くミアに気付いたらしく、隣にいる彼が慌てふためく。
 今度は子供っぽく泣いて謝罪を引き出してしまい、なんて惨めなんだろうともっと悲しくなった。

 上位貴族の家に生まれた女子は大抵こうやって全てを世話されながら育つが、正直言ってミアは自分が特に甘やかされすぎだという自覚がある。
 姉はもっと自分で自分の事をする活動的な人だったし、女だてらに騎士となって宿舎に住んでいる友人は、着替えどころか洗濯も全て自分の手でやっていると言っていた。
 ミアとは大きく違う。

 16歳になり、デビュタントを迎えた事で大人になったと思っていた。
 新調した純白のドレスに身を包み、贅を尽くしたティアラと宝石で飾り立て、いつもと違う化粧を施せば、童顔の自分でも少しは見れた姿になるものだと。
 だがそうではなかったのだ。中身も成長しなければいつまでも子供のまま。
 もっと自立した、大人の女性になりたい。

 ミアは白手袋で涙を拭って、潤む瞳で彼を見返した。
「な、泣いてません! 目にゴミが入っただけです!」
「……別に悪口のつもりはなかったんだが……。そういう何も知らない箱入り娘の方が好きだっていう奴の方が多いと思うけどな」
「えっ」
 彼の思いがけない言葉に、たった今したはずの決意が鈍りかける。
 いやいや、だがそうやって易きに流れてはいけない。
 だいたい彼が箱入り娘の方が好きだと言った訳ではない。“好きな者の方が多い”という一般論を語っただけだ。
 本当は彼がどちらを好きなのか聞きたかったが、そんな勇気のないミアは再び視線を落とす。

 ーー知りたい。でも、そんなことを聞くなんてはしたないわ。

 チラリと彼を見上げてみれば、青い目が優しく細められる。恥ずかしくて、慌てて視線を落とした後はまた芝生しか見られなくなった。

「……あの、あなたはどうしてここに? お城の警備兵の方ですか?」
 何を言ったらいいか分からないのは相変わらずで、耳まで赤くなったミアがやっと口にしたのはこの台詞だった。
 我ながら気の利かない話題だが、家族以外の男性と話した経験が圧倒的に少なすぎてどうしようもない。まぁこの場に一般人の通行人がいる訳もなく、答えは最初から分かりきっているのだが。
「は? 警備兵? ……まぁそうだな。一応所属は王国軍になっているが」
「やっぱりそうなんですね! 私の兄も去年から軍に入ったんです。今度の遠征軍に参加したいって言ってたんですけど、志願したのに選ばれなかったって」
 共通の話題が見つかったミアは、嬉しくなって続けた。

 ミアの長兄クラウディオは官吏として王城に出仕し、すぐ上の次兄ロレンツォは騎士として王国軍に所属している。
 この国からはもうすぐ、国境付近の平定のための派兵が行われる事になっていた。それを聞いた兄は初めての実戦だと勢い込んでいたが、残念ながら待機に回されたと嘆いていたのだ。

「そうか。……私は参加するよ。出発は明後日だ」
 ミアのはしゃぐ顔を見た彼が、また視線を前に戻して淡々と告げた。
「本当に? お兄様が聞いたら羨ましがると思うわ」
 彼の視線の先には回廊を照らすランプがあったが、その目はどこか遠くを映している気がしてミアは少し戸惑う。
 なんだか、彼が遠くに行ってしまったような嫌な感じだ。
「君のお兄さんは勇敢だな。……私は怖い。恐らく1年か2年。もしかしたらそれ以上帰って来られないかもしれない。死ぬかもしれないし、例え生きて帰っても腕がないかもしれないんだ」
「…………え……」
「臆病者だろ?」
 静かに微笑んだ彼を見て、ミアは返す言葉が見つからずに口籠る。

 ミアにとっての戦争は、どこか遠い場所の出来事だ。
 それこそ、ドラゴンに攫われたお姫様を勇者が助けに行く物語と同じようなもの。兄が戦争で武功を立てたいと言いだした時も同じような感覚で、無邪気に『お兄様がんばってね!』などと励ました。
 だが目の前の彼は違う。
 息をしていて、心臓が動いていて、そして今、ミアと会話をしている彼に迫る危険が、じわじわとミアの心を侵食する。
 出会ったばかりなのに、これからもっと彼の事を知りたいと思っていたのに。そんなのあんまりだ。
 ミアが初めて“死”を意識した瞬間だった。
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