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第一章
5 処置
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眉を潜めて難しい顔をしているミアを見て、彼は足が痛いからだと勘違いしたのだろうか。
彼は躊躇いもなく彼女のドレスの裾をかき分け、長靴下に包まれた細い足を取り出した。そして凶器のような高いヒールがついている靴を放り投げる。
ドレスに合わせて新調した白い靴は、ダズリン織の重厚な絨毯の上を音もなく転がった。
それに驚いたのはミアである。
「えっ?! ちょ、ちょっと待って、何してるの?!」
初対面の相手、しかも男性に足を見せるなど淑女としてあるまじき行為だ。
暴れて振り払おうとしたのに、逆にしっかりと足を掴まれてしまった。
「何って足の手当てをするんだろう。このままでは靴を履いて帰れないぞ? それにこれからもっとすごいことをするんだ。この程度で驚くのは早いんじゃないか?」
怪しげな笑みを浮かべた彼を見て、ミアは首を傾げる。
もっと、すごいこと……?
もしかして、ものすごく滲みる薬を塗られてしまうとか。その痛みを想像してミアはぶるりと震える。
中途半端に抱えられたままの足は、彼の膝の上に載っている。まだ足首は熱を持っていて、確かにこのままでは歩いて帰れそうにない。
ものすごく滲みる痛い薬でも、今は彼の言う通りにするしかないようだ。
「じゃあ……お願いするわ」
「御意に」
待ち構えていたように彼の手がするすると脚をなぞり、少しずつドレスの裾が持ち上げられていく。銀糸の刺繍が入った純白のシフォンは複雑に光を跳ね返し、彼の手が白い海を漂っているようだ。
必要以上にゆっくりと持ち上げる手を見ていられなくて、ミアは身を固くして顔を背けた
「……ぅ、まだ、なの?」
「もう少しだ」
彼の手がミアの膝ををやわやわと撫でる。
顔を背けているから余計にその感覚が鮮明に感じられ、『見ない』という選択肢を選んだのは失敗だったのだとミアはやっと気付いた。
両足が露出される頃には、ミアはもう息も絶え絶えである。
「もぅ……やめて」
これだけたくし上げていたら、長靴下だけではなく太ももの素肌も見えてしまっているに違いない。そんなところを見せるなんて、一緒に暮らしている兄ですらありえないのに。
あまりの恥ずかしさで彼の顔が直視できないミアは、長靴下を止めるベルトを外された音にも気付かなかった。
彼の手が、また下まで戻っていく。
でも今度は、布越しの鈍い感覚ではない。彼の硬い手の皮膚を、体温を、ミアの地肌で感じる。
まさか! と思い当たって下を見れば、既に長靴下は脚の半ば以上脱がされ、くしゃくしゃになって下に丸まっていた。
「……っ!!」
驚きが声にならない。
どうして長靴下まで脱がされてしまっているのか。
しかしそんなミアの様子を全く意に介さず、彼はさっさと長靴下を放り投げ、冷静に脚を観察している。
「やはり擦れた痕があるな。皮が剥けているからかなり痛いだろう。ふくらはぎも張っているし、足首は炎症を起こしかけている」
「わ、わ、わたし、」
「足を揉み解してあげよう。そうすればかなり楽になるはずだ。……いいね?」
真っ赤な顔のまま見下ろすミアに、彼が上目遣いでそう言った。
甘い顔立ちの彼が肯定を強請る仕草には、どうしても否と言えない引力がある。
本当はだめなのに、断らなければいけないのに、ミアは知らず知らずのうちに同意してしまっていた。
「……え、えぇ」
ミアが父にわがままを聞いてもらいたい時にも同じような仕草をするが、いつも最後には父が折れる気持ちがやっと分かった気がする。
「……っ、……ぅ……」
彼の優しい手つきで細い足を撫で回され、思わず声を上げそうになったミアは慌てて口を塞いだ。
彼の手が触れている部分からぞわぞわした何かが駆け上がって、じんわりと痺れた腰に溜まっていく。
「どう? 少しは楽になった?」
真剣な表情をした彼は、ミアの様子を見ながら熱心に手を動かしていた。
たまに反応を確かめるように顔を覗き込まれるのだが、その度に綺麗な空色の瞳に自分が映り、ミアはドキドキが止まらない。
最初のうちは触られても不快感だけで硬く張り詰めていたふくらはぎも、根気よく彼が揉んでくれるとずいぶん柔らかくなった。むしろ気持ちよくて、いつまででもこうしていて欲しいとさえ思ってしまう。
そのマッサージと同時に足首も冷やしてもらった。
何度も何度も濡らした布を取り替え、同時に足の先も綺麗に拭われ、それが終わる頃にはかなり痛みも軽減されていた。
「ありがとう、本当に楽になったわ! あなたお医者様になれるんじゃない?」
ミアは彼を尊敬の眼差しで見つめる。
最初は恥ずかしくてたまらなかったが、彼に任せて本当によかった。
「戦場では医官は重症人にかかりきりになるからな。ある程度は自分で処置できるようになってるんだ。こんなことを他人にしたのは初めてだが」
「そうなの……?」
苦笑する彼にミアの心臓がとくんと跳ねる。
こんなことをしたのが初めてだなんて。
もしかしてミアは、他の誰よりも彼にとって特別だということだろうか。そんな僅かな期待を抱いてしまったミアはまた?茲が熱くなるのを感じる。
「じゃ、こっちも治そうか」
そんなミアの思考は、彼の冷静な一言で目の前に引き戻された。
彼が指差しているのはミアの擦過傷で、何箇所か皮が剥けている見た目が痛々しい。指の先も赤くなっている。
こちらは耐えれば我慢できそうな痛みなのだが、足を治してくれた彼に対してミアは絶大な信頼を寄せている。素直に任せることにした。
「え、ええ。お願いするわ」
ミアの了承を聞いた彼は嬉しそうに微笑んだ。
そして、あろうことか、
ミアの足を口に含んだのだ。
彼は躊躇いもなく彼女のドレスの裾をかき分け、長靴下に包まれた細い足を取り出した。そして凶器のような高いヒールがついている靴を放り投げる。
ドレスに合わせて新調した白い靴は、ダズリン織の重厚な絨毯の上を音もなく転がった。
それに驚いたのはミアである。
「えっ?! ちょ、ちょっと待って、何してるの?!」
初対面の相手、しかも男性に足を見せるなど淑女としてあるまじき行為だ。
暴れて振り払おうとしたのに、逆にしっかりと足を掴まれてしまった。
「何って足の手当てをするんだろう。このままでは靴を履いて帰れないぞ? それにこれからもっとすごいことをするんだ。この程度で驚くのは早いんじゃないか?」
怪しげな笑みを浮かべた彼を見て、ミアは首を傾げる。
もっと、すごいこと……?
もしかして、ものすごく滲みる薬を塗られてしまうとか。その痛みを想像してミアはぶるりと震える。
中途半端に抱えられたままの足は、彼の膝の上に載っている。まだ足首は熱を持っていて、確かにこのままでは歩いて帰れそうにない。
ものすごく滲みる痛い薬でも、今は彼の言う通りにするしかないようだ。
「じゃあ……お願いするわ」
「御意に」
待ち構えていたように彼の手がするすると脚をなぞり、少しずつドレスの裾が持ち上げられていく。銀糸の刺繍が入った純白のシフォンは複雑に光を跳ね返し、彼の手が白い海を漂っているようだ。
必要以上にゆっくりと持ち上げる手を見ていられなくて、ミアは身を固くして顔を背けた
「……ぅ、まだ、なの?」
「もう少しだ」
彼の手がミアの膝ををやわやわと撫でる。
顔を背けているから余計にその感覚が鮮明に感じられ、『見ない』という選択肢を選んだのは失敗だったのだとミアはやっと気付いた。
両足が露出される頃には、ミアはもう息も絶え絶えである。
「もぅ……やめて」
これだけたくし上げていたら、長靴下だけではなく太ももの素肌も見えてしまっているに違いない。そんなところを見せるなんて、一緒に暮らしている兄ですらありえないのに。
あまりの恥ずかしさで彼の顔が直視できないミアは、長靴下を止めるベルトを外された音にも気付かなかった。
彼の手が、また下まで戻っていく。
でも今度は、布越しの鈍い感覚ではない。彼の硬い手の皮膚を、体温を、ミアの地肌で感じる。
まさか! と思い当たって下を見れば、既に長靴下は脚の半ば以上脱がされ、くしゃくしゃになって下に丸まっていた。
「……っ!!」
驚きが声にならない。
どうして長靴下まで脱がされてしまっているのか。
しかしそんなミアの様子を全く意に介さず、彼はさっさと長靴下を放り投げ、冷静に脚を観察している。
「やはり擦れた痕があるな。皮が剥けているからかなり痛いだろう。ふくらはぎも張っているし、足首は炎症を起こしかけている」
「わ、わ、わたし、」
「足を揉み解してあげよう。そうすればかなり楽になるはずだ。……いいね?」
真っ赤な顔のまま見下ろすミアに、彼が上目遣いでそう言った。
甘い顔立ちの彼が肯定を強請る仕草には、どうしても否と言えない引力がある。
本当はだめなのに、断らなければいけないのに、ミアは知らず知らずのうちに同意してしまっていた。
「……え、えぇ」
ミアが父にわがままを聞いてもらいたい時にも同じような仕草をするが、いつも最後には父が折れる気持ちがやっと分かった気がする。
「……っ、……ぅ……」
彼の優しい手つきで細い足を撫で回され、思わず声を上げそうになったミアは慌てて口を塞いだ。
彼の手が触れている部分からぞわぞわした何かが駆け上がって、じんわりと痺れた腰に溜まっていく。
「どう? 少しは楽になった?」
真剣な表情をした彼は、ミアの様子を見ながら熱心に手を動かしていた。
たまに反応を確かめるように顔を覗き込まれるのだが、その度に綺麗な空色の瞳に自分が映り、ミアはドキドキが止まらない。
最初のうちは触られても不快感だけで硬く張り詰めていたふくらはぎも、根気よく彼が揉んでくれるとずいぶん柔らかくなった。むしろ気持ちよくて、いつまででもこうしていて欲しいとさえ思ってしまう。
そのマッサージと同時に足首も冷やしてもらった。
何度も何度も濡らした布を取り替え、同時に足の先も綺麗に拭われ、それが終わる頃にはかなり痛みも軽減されていた。
「ありがとう、本当に楽になったわ! あなたお医者様になれるんじゃない?」
ミアは彼を尊敬の眼差しで見つめる。
最初は恥ずかしくてたまらなかったが、彼に任せて本当によかった。
「戦場では医官は重症人にかかりきりになるからな。ある程度は自分で処置できるようになってるんだ。こんなことを他人にしたのは初めてだが」
「そうなの……?」
苦笑する彼にミアの心臓がとくんと跳ねる。
こんなことをしたのが初めてだなんて。
もしかしてミアは、他の誰よりも彼にとって特別だということだろうか。そんな僅かな期待を抱いてしまったミアはまた?茲が熱くなるのを感じる。
「じゃ、こっちも治そうか」
そんなミアの思考は、彼の冷静な一言で目の前に引き戻された。
彼が指差しているのはミアの擦過傷で、何箇所か皮が剥けている見た目が痛々しい。指の先も赤くなっている。
こちらは耐えれば我慢できそうな痛みなのだが、足を治してくれた彼に対してミアは絶大な信頼を寄せている。素直に任せることにした。
「え、ええ。お願いするわ」
ミアの了承を聞いた彼は嬉しそうに微笑んだ。
そして、あろうことか、
ミアの足を口に含んだのだ。
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