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第一章
10 彼の決意
「で、早速食っちまったってわけか? 我が指揮官殿は相変わらず手が早いな」
彼女を見送って自室に足を向けたところで、彼――アルベルトはどこかから揶揄いを含んだ声を投げかけられ、ふと立ち止まった。
その声の主に心当たりのあった彼は渋々振り返り、その不躾な質問にも嫌々ながら返答をする。
「ふざけたことを言うな。ドレスが汚れて困っていたから助けただけだ」
実際は足を舐め回して思う存分喘がせ、本当に食べようとして失敗したのだが。全て真実を教えてやる義理はない。
「へぇ、屋外でドレスが汚れるようなことを2人でしていた、と。やらしいよなぁ」
「お前のその発想はどこから出て来るんだ……。本当にドレスの汚れを落としてやっていただけだ」
「マジかよ」
一体いつから見ていたのか。
バカバカしい言い分を聞いている気にもなれず、彼は暗がりから現れた幼馴染――ステファンに厳しい視線を向けた。
自分もそれなりに遊んではいるが、それを上回るプレイボーイだと評判の男である。2日後には副官として戦地に赴くというのに、今日も舞踏会で女性達に甘い言葉を囁いていた強者だ。
「しかし今日はあの子を巡って男共が一触即発だったんだぜ? お前が横から掻っ攫って行ったなんて知れたら暴動が起きる」
「……どういう意味だ」
彼女についてやけに詳しそうなステファンの口ぶりに、彼は不機嫌そうに片眉を上げた。
立場上、アルベルトには多くの縁談が持ち込まれる。
年頃の娘を持つ貴族からは直接的にも間接的にも縁組を打診され、娘を引き合わせて見初めてもらおうという算段なのか、なにかにつけて挨拶にもやって来る。
だが、彼女の姿は一度も見たことがなかった。
「は? なんだ、お前あの子が噂のコンスタンツィ嬢だと知らずに手を出したのかよ」
「……コンスタンツィ?」
コンスタンツィ家はこの国で最も古い伯爵家のうちのひとつだ。
南方にある領地では良質な金属が多く産出しているために精錬や加工で栄えており、古くから王家との関わりも深い。また、現在の伯爵夫人はアルベルトの乳母を務めてくれた人物でもある。
そのまで考えて、彼はようやく合点がいった。
彼女は、アルベルトの乳兄弟であり、友人でもあるクラウディオの妹だったのだ。
『去年軍に入ったお兄様』というのも、幹部候補として入隊したばかりのコンスタンツィ家次男のことに違いない。
「名前は、確か……」
「エウフェミア・コンスタンツィ。クラウディオが何度もミア、ミアって煩かったのを覚えてるだろ」
流れるように名前を告げたステファンが、得意げに腕を組む。
「そんなに自慢するなら顔を見せろと言っても、絶対に会わせてくれなかった深窓の令嬢だよ」
彼がミアの顔を知らなくても無理はなかった。
コスタンツィ家は大事な大事な末っ子を猫可愛がりし、他所の男の視線に晒すだけでも汚れるとばかりに徹底的に異性を排除していたからだ。当然ミア本人も、同じ年頃の貴族男性の姿など見た事がない。
とはいえ、人の口に戸は立てられないものである。
可憐で美しい深窓の令嬢の噂は社交界を駆け巡り、今日という社交デビューの日を待ち望んでいた男は多かった。その結果がミアの奪い合いへと繋がり、楽しみにしていたはずの舞踏会から本人が逃げ出す羽目になったのだが。
「俺も初めて見たが、あの美しさは流石だな」
だらしなく?茲を緩め、しみじみと呟くステファンに対し、アルベルトは不快感を露わにする。
「……おい、手を出したら承知しないぞ」
「っ、ちょ、待て、剣に手を掛けるな! 俺はああいう如何にもか弱そうな女の子には興味ねぇよ!」
目を合わせただけで妊娠させられると噂のこの男だけは彼女に近づけてはならない。
途端に剣呑な雰囲気になったアルベルトを見て、ステファンは大慌てで首を振って否定した。
多くの貴婦人と浮名を流すステファンだが、実はベッドの中では虐げられる方に悦びを見出すという厄介な趣味を持っている。その嗜好と真逆の女を理由にして叩き切られたら堪ったものではないからだ。
しかし。
「いや、待てよ。最近気の強い女に虐げられてもマンネリなんだよな。たまには非力な子に虐めて貰うってのも、逆に興奮してアリかも……」
「今すぐ、殺す」
「待て待て待て! ナシ! さっきのナシだから! もうすぐ戦場で命預け合う俺を殺そうとすんな!」
全力で防御の姿勢を取るステファンを見て、彼はフンと鼻を鳴らした。
世のため人のため、この美形貴公子の皮を被った悪趣味被虐性癖野郎はいつか駆除してやるべきだと思う。
「……ミアか」
大げさに震えるステファンの横で、噛みしめるように名前を呟いて大広間の方を振り返る。
彼女はきちんと父親と落ち合えただろうか。足の具合は悪くなっていないだろうか。
出入り口には続々と立派な馬車が集まっており、従僕が何人も慌ただしく走り回っていた。
「あぁ、そういえば」
ステファンに視線を戻したアルベルトが、平然とした口調で切り出した。
「この戦いは必ず半年以内に終わらせるぞ。彼女と約束した」
「は?!」
奴は盛大に驚いているが、確かにその気持ちも分からなくはない。
なぜなら今回の戦いは、以前から燻っている隣国との国境争いに終止符を打つためのもので、簡単に期限を切れるものではないからだ。
しかし、アルベルトにも引けない時がある。
「戦いが長引けば戦費もかさむ、死傷者も増える。短いに越した事はないだろう」
「いや……確かにそれは正論だが!」
正論だが、あくまでも理想論だ。
それが果たして実行出来るのかは、全てアルベルト次第である。
きゃんきゃんと文句を言いつつも、『でもこういう追い込まれ方もある意味興奮してくるかも……いや、やっぱ半年はねぇだろ』とぶつぶつ呟きながら頭を抱えるステファンを冷たく一瞥し、彼は戦略を練り始める。
全ては彼女のため。
もう一度会って、今度こそこの腕で絡め取って自分のものにするためだ。
自分が軍略の天才だと言われる事に、今ほど感謝した事はなかった。
彼女を見送って自室に足を向けたところで、彼――アルベルトはどこかから揶揄いを含んだ声を投げかけられ、ふと立ち止まった。
その声の主に心当たりのあった彼は渋々振り返り、その不躾な質問にも嫌々ながら返答をする。
「ふざけたことを言うな。ドレスが汚れて困っていたから助けただけだ」
実際は足を舐め回して思う存分喘がせ、本当に食べようとして失敗したのだが。全て真実を教えてやる義理はない。
「へぇ、屋外でドレスが汚れるようなことを2人でしていた、と。やらしいよなぁ」
「お前のその発想はどこから出て来るんだ……。本当にドレスの汚れを落としてやっていただけだ」
「マジかよ」
一体いつから見ていたのか。
バカバカしい言い分を聞いている気にもなれず、彼は暗がりから現れた幼馴染――ステファンに厳しい視線を向けた。
自分もそれなりに遊んではいるが、それを上回るプレイボーイだと評判の男である。2日後には副官として戦地に赴くというのに、今日も舞踏会で女性達に甘い言葉を囁いていた強者だ。
「しかし今日はあの子を巡って男共が一触即発だったんだぜ? お前が横から掻っ攫って行ったなんて知れたら暴動が起きる」
「……どういう意味だ」
彼女についてやけに詳しそうなステファンの口ぶりに、彼は不機嫌そうに片眉を上げた。
立場上、アルベルトには多くの縁談が持ち込まれる。
年頃の娘を持つ貴族からは直接的にも間接的にも縁組を打診され、娘を引き合わせて見初めてもらおうという算段なのか、なにかにつけて挨拶にもやって来る。
だが、彼女の姿は一度も見たことがなかった。
「は? なんだ、お前あの子が噂のコンスタンツィ嬢だと知らずに手を出したのかよ」
「……コンスタンツィ?」
コンスタンツィ家はこの国で最も古い伯爵家のうちのひとつだ。
南方にある領地では良質な金属が多く産出しているために精錬や加工で栄えており、古くから王家との関わりも深い。また、現在の伯爵夫人はアルベルトの乳母を務めてくれた人物でもある。
そのまで考えて、彼はようやく合点がいった。
彼女は、アルベルトの乳兄弟であり、友人でもあるクラウディオの妹だったのだ。
『去年軍に入ったお兄様』というのも、幹部候補として入隊したばかりのコンスタンツィ家次男のことに違いない。
「名前は、確か……」
「エウフェミア・コンスタンツィ。クラウディオが何度もミア、ミアって煩かったのを覚えてるだろ」
流れるように名前を告げたステファンが、得意げに腕を組む。
「そんなに自慢するなら顔を見せろと言っても、絶対に会わせてくれなかった深窓の令嬢だよ」
彼がミアの顔を知らなくても無理はなかった。
コスタンツィ家は大事な大事な末っ子を猫可愛がりし、他所の男の視線に晒すだけでも汚れるとばかりに徹底的に異性を排除していたからだ。当然ミア本人も、同じ年頃の貴族男性の姿など見た事がない。
とはいえ、人の口に戸は立てられないものである。
可憐で美しい深窓の令嬢の噂は社交界を駆け巡り、今日という社交デビューの日を待ち望んでいた男は多かった。その結果がミアの奪い合いへと繋がり、楽しみにしていたはずの舞踏会から本人が逃げ出す羽目になったのだが。
「俺も初めて見たが、あの美しさは流石だな」
だらしなく?茲を緩め、しみじみと呟くステファンに対し、アルベルトは不快感を露わにする。
「……おい、手を出したら承知しないぞ」
「っ、ちょ、待て、剣に手を掛けるな! 俺はああいう如何にもか弱そうな女の子には興味ねぇよ!」
目を合わせただけで妊娠させられると噂のこの男だけは彼女に近づけてはならない。
途端に剣呑な雰囲気になったアルベルトを見て、ステファンは大慌てで首を振って否定した。
多くの貴婦人と浮名を流すステファンだが、実はベッドの中では虐げられる方に悦びを見出すという厄介な趣味を持っている。その嗜好と真逆の女を理由にして叩き切られたら堪ったものではないからだ。
しかし。
「いや、待てよ。最近気の強い女に虐げられてもマンネリなんだよな。たまには非力な子に虐めて貰うってのも、逆に興奮してアリかも……」
「今すぐ、殺す」
「待て待て待て! ナシ! さっきのナシだから! もうすぐ戦場で命預け合う俺を殺そうとすんな!」
全力で防御の姿勢を取るステファンを見て、彼はフンと鼻を鳴らした。
世のため人のため、この美形貴公子の皮を被った悪趣味被虐性癖野郎はいつか駆除してやるべきだと思う。
「……ミアか」
大げさに震えるステファンの横で、噛みしめるように名前を呟いて大広間の方を振り返る。
彼女はきちんと父親と落ち合えただろうか。足の具合は悪くなっていないだろうか。
出入り口には続々と立派な馬車が集まっており、従僕が何人も慌ただしく走り回っていた。
「あぁ、そういえば」
ステファンに視線を戻したアルベルトが、平然とした口調で切り出した。
「この戦いは必ず半年以内に終わらせるぞ。彼女と約束した」
「は?!」
奴は盛大に驚いているが、確かにその気持ちも分からなくはない。
なぜなら今回の戦いは、以前から燻っている隣国との国境争いに終止符を打つためのもので、簡単に期限を切れるものではないからだ。
しかし、アルベルトにも引けない時がある。
「戦いが長引けば戦費もかさむ、死傷者も増える。短いに越した事はないだろう」
「いや……確かにそれは正論だが!」
正論だが、あくまでも理想論だ。
それが果たして実行出来るのかは、全てアルベルト次第である。
きゃんきゃんと文句を言いつつも、『でもこういう追い込まれ方もある意味興奮してくるかも……いや、やっぱ半年はねぇだろ』とぶつぶつ呟きながら頭を抱えるステファンを冷たく一瞥し、彼は戦略を練り始める。
全ては彼女のため。
もう一度会って、今度こそこの腕で絡め取って自分のものにするためだ。
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