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第三章
3 幸せ
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それから2人は、時間を忘れて色々なことを語り合った。
離れていた間のこと、昔飼っていた動物のこと、仲の良い友人のこと。寂しかった時を埋めるように、話題は尽きることを知らない。
その間、アルベルトが放してくれなかったから、ミアの小さな手は彼の大きな手にすっぽりと包まれたままだ。薄いレースの手袋越しとはいえ、こうしてずっと触れ合っているのはドキドキして仕方なかった。
話を聞いていると、どうやらアルベルトは相当高位にいる軍人らしい。
昼間は仕事が忙しくて、軍の訓練所は使っていないそうだ。せっかくクッキーを焼いては彼を探しに行っていたのに、全て無駄足だったことになる。
しかしその話を聞いた彼はミアに会えなかったことを残念がってくれ、なんと今度彼のためだけにクッキーを焼いてあげる約束を取り付けられた。奇跡のようだった。
「私のクッキーはおいしいって評判なのよ。孤児院の子供達にも、チーズタルトと同じくらい人気なの」
「へぇ、いつか私もその孤児院に行ってみたいな」
「本当に?! あのね、将来は偉い騎士様になりたいって勉強をがんばってる男の子がいるの。あなたに会えたらとても喜ぶと思うわ」
ミアは嬉しくなって、孤児院について熱心に説明する。
孤児院では、男手が常に足りていない。アルベルトが体力を持て余している男の子たちの相手をしてくれたらとても助かるだろう。
彼はどんなことでも楽しそうに聞いてくれるから、ミアは一生分のおしゃべりをしたと思うくらい話し続けてしまった。
そうしているうちに、遠くから教会の鐘の音が聞こえてくる。
いつしか日は沈みかけて、淡い橙色と水色が溶け合った夕暮れ空が辺りを包んでいた。
「え……もうこんな時間……?」
急に感じた肌寒さにふるりと震えて、ミアは今更ながら我に返る。夢中になって話し続けて忘れていたが、そろそろ父と約束している帰宅の時間だ。
どうしよう。帰りたくない、別れたくない。
やっと再会できたアルベルトとの逢瀬が楽しすぎて、この時が永遠に続けばいいのにとさえ思う。
だがそんなわがままが許されないのはミアが一番よく分かっている。あまりにも遅くなると、不審に思った御者が探しに来るだろう。
だったらせめて、次に会う約束を取り付けたい。でも女性からそんなことを言い出すなんて、はしたないと思われるだろうか。都合良く彼が誘ってくれたらいいのに。
すっかり困ってしまったミアは、しゅんとなって黙り込む。だがそんな時に、彼はミアが待ち望んでいた通りの言葉をくれたのだ。
「ああ、もう帰らないといけない時間か。……ねぇ、次はいつ会える?」
願ってもいない質問に、ミアは思わず顔を上げる。
「……っ、また会ってくれるの?」
「なんだ、ミアはもう会わないつもりだった? それはショックだな」
苦笑いした彼が、ミアの髪をそっと撫でる。その恋人同士にも似た振る舞いに、ミアの胸が大きく跳ねた。
「違うのっ! 私は……私は毎日でもアルに会いたいっ! でも、お仕事が忙しそうだし……」
「ミアに会うためならいくらでも時間を作るさ。そうだな、今度の祝賀会に招待したら来てくれる?」
「……祝賀会?」
彼の言う祝賀会とはおそらく、3日後に王城で開かれる戦勝祝賀会のことだ。
この日は先日の戦いで武功を上げた者が王城に呼ばれ、国王自らが勲章と恩賞を与えることになっている。そしてその働きを労うため、ダンスパーティーに宴席にと、一晩中かけての盛大な夜会になるのだそうだ。
コンティーニ家にも招待状が届いたが、最も手柄を立てた王太子殿下が出席しないはずもなく、殿下を避けたいミアは出席しないつもりだった。
だが、アルベルトが出席すると言うのなら。
「行く! 私も行くわ。そうしたらあなたに会えるのね?」
「あぁ、今度こそホールの中心でダンスを踊ろう。もう私としか踊っては駄目だよ?」
「ええ、もちろん」
言われなくても、アルベルト以外と踊るつもりなど毛頭なかった。例え王太子殿下に誘われたって断ってやるんだから、とミアは大きく頷く。
だが彼は、自信満々のミアを見て目をすっと細めた。
「本当に分かって言ってる? 私は4回以上踊って欲しいと思っているんだが」
「……え、……でも、それは……」
この国の社交界において、同じ相手と何度も踊り続けるというのには意味がある。
1回踊るのは挨拶、2回は親しい間柄、3回は恋人同士。そして4回以上同じ相手と踊り続けるのはマナー違反だが、将来を誓い合った仲だとお披露目する場合は例外だ。
色恋の駆け引きには疎いミアも、さすがに彼が求める意味に思い当たって息が止まる。
――まさか。信じられない。夢じゃないかしら。
嬉しくて、切なくて、今にも叫び出したいくらい心の中は波打っているのに、溢れ出る感情が言葉にならない。焦ったようにアルベルトを見上げると、情熱の中に少しだけ不安が混じった色の瞳にぶつかった。もしかして彼も自信がなかったのだろうかと気付く。
だからどうにかして自分の気持ちを伝えたくて、ミアは彼の胸にぎゅうっと抱きついた。すぐに、痛いくらいに抱き締められる。
「夢みたい……本当に私をお嫁さんにしてくれるの?」
「ああ、君こそ本当に私でいいのか? 後から取り消したいと言ったってもう二度と離してやれないぞ」
「……私だって同じ気持ちよ。もう離してあげないんだから」
ぴったりとくっついたまま、2人でくすくすと笑い合う。
硬い檻のようなアルベルトの腕の中で、ミアはうっとりと目を閉じた。
今日は信じられないことばかりだ。彼に再会できただけでも奇跡のようだったのに、まさか求婚までしてもらえるなんて。
アルベルトが、ミアの長い髪を優しく梳いてくれる。
彼女は今、確かに幸せの絶頂にいた。
離れていた間のこと、昔飼っていた動物のこと、仲の良い友人のこと。寂しかった時を埋めるように、話題は尽きることを知らない。
その間、アルベルトが放してくれなかったから、ミアの小さな手は彼の大きな手にすっぽりと包まれたままだ。薄いレースの手袋越しとはいえ、こうしてずっと触れ合っているのはドキドキして仕方なかった。
話を聞いていると、どうやらアルベルトは相当高位にいる軍人らしい。
昼間は仕事が忙しくて、軍の訓練所は使っていないそうだ。せっかくクッキーを焼いては彼を探しに行っていたのに、全て無駄足だったことになる。
しかしその話を聞いた彼はミアに会えなかったことを残念がってくれ、なんと今度彼のためだけにクッキーを焼いてあげる約束を取り付けられた。奇跡のようだった。
「私のクッキーはおいしいって評判なのよ。孤児院の子供達にも、チーズタルトと同じくらい人気なの」
「へぇ、いつか私もその孤児院に行ってみたいな」
「本当に?! あのね、将来は偉い騎士様になりたいって勉強をがんばってる男の子がいるの。あなたに会えたらとても喜ぶと思うわ」
ミアは嬉しくなって、孤児院について熱心に説明する。
孤児院では、男手が常に足りていない。アルベルトが体力を持て余している男の子たちの相手をしてくれたらとても助かるだろう。
彼はどんなことでも楽しそうに聞いてくれるから、ミアは一生分のおしゃべりをしたと思うくらい話し続けてしまった。
そうしているうちに、遠くから教会の鐘の音が聞こえてくる。
いつしか日は沈みかけて、淡い橙色と水色が溶け合った夕暮れ空が辺りを包んでいた。
「え……もうこんな時間……?」
急に感じた肌寒さにふるりと震えて、ミアは今更ながら我に返る。夢中になって話し続けて忘れていたが、そろそろ父と約束している帰宅の時間だ。
どうしよう。帰りたくない、別れたくない。
やっと再会できたアルベルトとの逢瀬が楽しすぎて、この時が永遠に続けばいいのにとさえ思う。
だがそんなわがままが許されないのはミアが一番よく分かっている。あまりにも遅くなると、不審に思った御者が探しに来るだろう。
だったらせめて、次に会う約束を取り付けたい。でも女性からそんなことを言い出すなんて、はしたないと思われるだろうか。都合良く彼が誘ってくれたらいいのに。
すっかり困ってしまったミアは、しゅんとなって黙り込む。だがそんな時に、彼はミアが待ち望んでいた通りの言葉をくれたのだ。
「ああ、もう帰らないといけない時間か。……ねぇ、次はいつ会える?」
願ってもいない質問に、ミアは思わず顔を上げる。
「……っ、また会ってくれるの?」
「なんだ、ミアはもう会わないつもりだった? それはショックだな」
苦笑いした彼が、ミアの髪をそっと撫でる。その恋人同士にも似た振る舞いに、ミアの胸が大きく跳ねた。
「違うのっ! 私は……私は毎日でもアルに会いたいっ! でも、お仕事が忙しそうだし……」
「ミアに会うためならいくらでも時間を作るさ。そうだな、今度の祝賀会に招待したら来てくれる?」
「……祝賀会?」
彼の言う祝賀会とはおそらく、3日後に王城で開かれる戦勝祝賀会のことだ。
この日は先日の戦いで武功を上げた者が王城に呼ばれ、国王自らが勲章と恩賞を与えることになっている。そしてその働きを労うため、ダンスパーティーに宴席にと、一晩中かけての盛大な夜会になるのだそうだ。
コンティーニ家にも招待状が届いたが、最も手柄を立てた王太子殿下が出席しないはずもなく、殿下を避けたいミアは出席しないつもりだった。
だが、アルベルトが出席すると言うのなら。
「行く! 私も行くわ。そうしたらあなたに会えるのね?」
「あぁ、今度こそホールの中心でダンスを踊ろう。もう私としか踊っては駄目だよ?」
「ええ、もちろん」
言われなくても、アルベルト以外と踊るつもりなど毛頭なかった。例え王太子殿下に誘われたって断ってやるんだから、とミアは大きく頷く。
だが彼は、自信満々のミアを見て目をすっと細めた。
「本当に分かって言ってる? 私は4回以上踊って欲しいと思っているんだが」
「……え、……でも、それは……」
この国の社交界において、同じ相手と何度も踊り続けるというのには意味がある。
1回踊るのは挨拶、2回は親しい間柄、3回は恋人同士。そして4回以上同じ相手と踊り続けるのはマナー違反だが、将来を誓い合った仲だとお披露目する場合は例外だ。
色恋の駆け引きには疎いミアも、さすがに彼が求める意味に思い当たって息が止まる。
――まさか。信じられない。夢じゃないかしら。
嬉しくて、切なくて、今にも叫び出したいくらい心の中は波打っているのに、溢れ出る感情が言葉にならない。焦ったようにアルベルトを見上げると、情熱の中に少しだけ不安が混じった色の瞳にぶつかった。もしかして彼も自信がなかったのだろうかと気付く。
だからどうにかして自分の気持ちを伝えたくて、ミアは彼の胸にぎゅうっと抱きついた。すぐに、痛いくらいに抱き締められる。
「夢みたい……本当に私をお嫁さんにしてくれるの?」
「ああ、君こそ本当に私でいいのか? 後から取り消したいと言ったってもう二度と離してやれないぞ」
「……私だって同じ気持ちよ。もう離してあげないんだから」
ぴったりとくっついたまま、2人でくすくすと笑い合う。
硬い檻のようなアルベルトの腕の中で、ミアはうっとりと目を閉じた。
今日は信じられないことばかりだ。彼に再会できただけでも奇跡のようだったのに、まさか求婚までしてもらえるなんて。
アルベルトが、ミアの長い髪を優しく梳いてくれる。
彼女は今、確かに幸せの絶頂にいた。
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