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第三章
11 彼の驚愕
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「あのね、アルのことは大好きなのっ。でも私たちまだ教会で誓約を交わしていないでしょう? だから……その……まだ深い仲になってはいけないんですって」
ごめんなさい、アルは知らなかったのよね? と本気で申し訳なさそうにするミアに、アルベルトは頬を引き攣らせて硬直した。
なにしろ初めて会った時には体を繋げる意味すら知らなかった彼女が、突然純潔について言及したのである。驚くに決まっている。
だが心の中で吹き荒れる嵐は綺麗に覆い隠し、彼は顔に優しい笑顔を貼り付けた。
「それは……誰に聞いた?」
責める口調にならないようにして尋ねてみる。が、大方の予想はついていた。
いつも優しく時には厳しく、公明正大だが融通の利かないあの人。細く小柄な体からどうしてそんな威厳が出せるのかと思ってしまうその人は、アルベルトの元乳母、つまりミアの母親である。
伝統と礼節を重んじる彼女なら、自分の娘に貞節を守るよう言い聞かせていても納得がいった。
「お母様よ。私が一人で祝賀会に行くって言ったら、お部屋に呼ばれて色々教えていただいたの」
果たしてその答えは彼の予想通りであった。
頬をうっすらと染め、半裸のまま伏し目がちでそう言う彼女は非常に可愛らしい。はだけたドレスとコルセットを抱きしめるようにして胸を隠しているが、華奢な白い肩とほっそりした腕は彼の目に鮮烈な印象を与える。
そう、今すぐ襲いかかって全てを奪い尽くしてしまいたくなるくらいに。
だがその行動を封じられ、アルベルトは喉の奥で唸った。
確かに貴族の未婚女性は結婚まで純潔を保つことが推奨されている。
特に地方に行くほどその傾向は強くなり、中には初夜のシーツを聖職者が検分する制度があったり、嫁入り前に新婦が純潔であるかどうか産婆に確認させる領主もいるという。
だがそれが必須であったのは一昔前までのことだ。
政略結婚がそのほとんどを占めていた貴族の結婚にも、近年は自由恋愛による結婚の風潮が広がっている。もちろん家同士の繋がりや家格にもある程度は左右されるが、若者たちは舞踏会や晩餐会で恋人探しに勤しんでいるのだ。
ちなみにその代表格とでもいうべきものが現在の国王夫妻だ。
彼らが恋愛結婚であり、通常なら王家に嫁ぐなどありえない男爵家から王妃を娶ったのは有名な話である。その波乱に満ちた運命的な恋路は戯曲にもなってあちらこちらで上演されたため、庶民の間では現国王夫妻の人気は非常に高い。
恋愛関係にある年頃の男女が貞節を守り続けるのは至難の技だろう。
なにしろ初夜の床で新婦が処女ではないと判明しても、それを奪ったのが新郎自身であったのなら咎める者もいない。
さすがに見境なく誰とでも関係を持とうとすれば眉を顰められるが、婚約しているカップルが2人きりで舞踏会の会場から消えても見逃してもらえることになっている。そんな彼らの行き先は、庭の木立の陰や薄暗い廊下の片隅、または舞踏会では大抵の場合用意されている休憩室だ。
そこで何が行われているか詮索するのは無粋というものである。
かつては結婚までは厳格に純潔を守り、既婚者になってからは愛のない結婚生活の代替として派手に遊ぶ、というのが一般的であった。
だが今は結婚前に深い仲になるのもそう珍しいことではない。少しずつ時代は変わっているのだ。
しかし、とアルベルトは心の中で舌打ちする。
何の疑いもなく母親の言いつけを守り、純粋な瞳でこちらを見つめるミアを説得するのは骨が折れそうだった。
「お母様がね、本当に私を愛してくれている方なら結婚まできちんと待って下さるからって。あっ、でもキスはしちゃだめなんて言われなかったから大丈夫よ?」
「……そうか」
上目遣いでうふふとはにかむミアに、アルベルトは必死で襲いかかるのを我慢する。
今ここで、『将来を誓い合った恋人同士なら事に及んでも責められない』などと事実を伝えても、体目当ての不誠実な男だと思われるだけに違いない。
必死になればなるほど、愛しい彼女からの信用を失いそうな未来しか見えなかった。
アルベルトはどうしようもない渇望を覚え、シーツから掬った栗色の長い髪にくちづけをした。
ずっと手に入れたくて仕方なかった彼女が無防備に目の前で横たわっているというのに、自分は決して手を出してはならないのだ。
以前はミアに知識が一切なくて拒絶されてしまったため、今回は何も知らないのを利用して丸め込むつもりだった。もしかして、そんな不埒な考えをしていたから天罰が当たったのだろうか、とふと考える。
……いや、そんなのは迷信だ。
今回は、娘を一人で社交界に送り出す母親の行動を読めなかったアルベルトの落ち度である。
これまで世慣れた女ばかりを相手にしていた彼にとって、男女の事柄に疎いミアとの逢瀬は予想外の出来事の連続だ。
「ミア、では純潔を失わないようにして気持ちいいことをしようか」
だからアルベルトは攻撃に転じた。
人間誰しもミスをするが、それは必ず自分で巻き返す主義である。
女性に人気があると自覚している甘い微笑みを浮かべると、ミアがみるみるうちに赤くなる。どうやらこの顔は彼女にも有効らしい。
「き、きもちいい……こと?」
「あぁ。ミアの知らない世界を見せてあげるよ」
アルベルトは持ち上げていた髪の毛をさらりとシーツに流し、可愛い桜色の唇にキスをした。
ごめんなさい、アルは知らなかったのよね? と本気で申し訳なさそうにするミアに、アルベルトは頬を引き攣らせて硬直した。
なにしろ初めて会った時には体を繋げる意味すら知らなかった彼女が、突然純潔について言及したのである。驚くに決まっている。
だが心の中で吹き荒れる嵐は綺麗に覆い隠し、彼は顔に優しい笑顔を貼り付けた。
「それは……誰に聞いた?」
責める口調にならないようにして尋ねてみる。が、大方の予想はついていた。
いつも優しく時には厳しく、公明正大だが融通の利かないあの人。細く小柄な体からどうしてそんな威厳が出せるのかと思ってしまうその人は、アルベルトの元乳母、つまりミアの母親である。
伝統と礼節を重んじる彼女なら、自分の娘に貞節を守るよう言い聞かせていても納得がいった。
「お母様よ。私が一人で祝賀会に行くって言ったら、お部屋に呼ばれて色々教えていただいたの」
果たしてその答えは彼の予想通りであった。
頬をうっすらと染め、半裸のまま伏し目がちでそう言う彼女は非常に可愛らしい。はだけたドレスとコルセットを抱きしめるようにして胸を隠しているが、華奢な白い肩とほっそりした腕は彼の目に鮮烈な印象を与える。
そう、今すぐ襲いかかって全てを奪い尽くしてしまいたくなるくらいに。
だがその行動を封じられ、アルベルトは喉の奥で唸った。
確かに貴族の未婚女性は結婚まで純潔を保つことが推奨されている。
特に地方に行くほどその傾向は強くなり、中には初夜のシーツを聖職者が検分する制度があったり、嫁入り前に新婦が純潔であるかどうか産婆に確認させる領主もいるという。
だがそれが必須であったのは一昔前までのことだ。
政略結婚がそのほとんどを占めていた貴族の結婚にも、近年は自由恋愛による結婚の風潮が広がっている。もちろん家同士の繋がりや家格にもある程度は左右されるが、若者たちは舞踏会や晩餐会で恋人探しに勤しんでいるのだ。
ちなみにその代表格とでもいうべきものが現在の国王夫妻だ。
彼らが恋愛結婚であり、通常なら王家に嫁ぐなどありえない男爵家から王妃を娶ったのは有名な話である。その波乱に満ちた運命的な恋路は戯曲にもなってあちらこちらで上演されたため、庶民の間では現国王夫妻の人気は非常に高い。
恋愛関係にある年頃の男女が貞節を守り続けるのは至難の技だろう。
なにしろ初夜の床で新婦が処女ではないと判明しても、それを奪ったのが新郎自身であったのなら咎める者もいない。
さすがに見境なく誰とでも関係を持とうとすれば眉を顰められるが、婚約しているカップルが2人きりで舞踏会の会場から消えても見逃してもらえることになっている。そんな彼らの行き先は、庭の木立の陰や薄暗い廊下の片隅、または舞踏会では大抵の場合用意されている休憩室だ。
そこで何が行われているか詮索するのは無粋というものである。
かつては結婚までは厳格に純潔を守り、既婚者になってからは愛のない結婚生活の代替として派手に遊ぶ、というのが一般的であった。
だが今は結婚前に深い仲になるのもそう珍しいことではない。少しずつ時代は変わっているのだ。
しかし、とアルベルトは心の中で舌打ちする。
何の疑いもなく母親の言いつけを守り、純粋な瞳でこちらを見つめるミアを説得するのは骨が折れそうだった。
「お母様がね、本当に私を愛してくれている方なら結婚まできちんと待って下さるからって。あっ、でもキスはしちゃだめなんて言われなかったから大丈夫よ?」
「……そうか」
上目遣いでうふふとはにかむミアに、アルベルトは必死で襲いかかるのを我慢する。
今ここで、『将来を誓い合った恋人同士なら事に及んでも責められない』などと事実を伝えても、体目当ての不誠実な男だと思われるだけに違いない。
必死になればなるほど、愛しい彼女からの信用を失いそうな未来しか見えなかった。
アルベルトはどうしようもない渇望を覚え、シーツから掬った栗色の長い髪にくちづけをした。
ずっと手に入れたくて仕方なかった彼女が無防備に目の前で横たわっているというのに、自分は決して手を出してはならないのだ。
以前はミアに知識が一切なくて拒絶されてしまったため、今回は何も知らないのを利用して丸め込むつもりだった。もしかして、そんな不埒な考えをしていたから天罰が当たったのだろうか、とふと考える。
……いや、そんなのは迷信だ。
今回は、娘を一人で社交界に送り出す母親の行動を読めなかったアルベルトの落ち度である。
これまで世慣れた女ばかりを相手にしていた彼にとって、男女の事柄に疎いミアとの逢瀬は予想外の出来事の連続だ。
「ミア、では純潔を失わないようにして気持ちいいことをしようか」
だからアルベルトは攻撃に転じた。
人間誰しもミスをするが、それは必ず自分で巻き返す主義である。
女性に人気があると自覚している甘い微笑みを浮かべると、ミアがみるみるうちに赤くなる。どうやらこの顔は彼女にも有効らしい。
「き、きもちいい……こと?」
「あぁ。ミアの知らない世界を見せてあげるよ」
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