恋に恋するお年頃

柳月ほたる

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第四章

5 将来を誓い合った人

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「さて、それじゃ今から案内するね。今日は謁見の間じゃなくて陛下の私室に呼ばれてるんだ」
 重厚な装飾品が並ぶ廊下を歩く道すがら、ステファンはミアにそう教えてくれた。
 だからそんなに硬くならなくていいよ、と彼は言うが、これからのことを考えると緊張しないはずがない。ミアの後ろを歩いている父だけが心の支えだ。
 会見場所が私室なのは、今日は非公式ということもあり、格式張らない雰囲気の中で顔合わせを行いたいという国王の意向だそうだ。まだ年若いミアのため、大臣や貴族院の重鎮らは同席せず、国王夫妻と王太子だけが待っているらしい。
 そうやってミアを気遣ってもらえるのはありがたいのだが、だったらそもそも無理やり呼び出さないで欲しいものだとミアは思った。

「ねぇ、ミアちゃん。さっき言ってた将来を誓い合ったのってどんな奴なの?」
 国王の私室は城内の最奥部にあるため、少し歩いたくらいでは到着しない。
 長い廊下を歩いているうちに、ミアを先導しているステファンが話を蒸し返す。
 他人の目があるところで無視する訳にもいかず、ミアはツンツンしながら返事をした。
「とても素敵な方です。優しくて、責任感が強くて、力強くて、気高くて。月の光を集めたような金の髪に、深い海のような青い瞳をしていらっしゃいます。こんな卑怯な手を使われる王太子殿下とはどこもかしこも違いますわ」
 でもただひとつ、名前だけは同じだけれど。
 と、ミアは心の中で付け足す。
 ミアがいつの間にか恋人を作っていたと知った父は、その情報を聞いてイライラを募らせているようだ。背後から感じる視線が痛い。
「いいねぇ、そのグサッとくる感じ。っていうかそれ、絶対にアルベルトのことだよね?」
「ですから、王太子殿下とはお会いしておりません」
「うーん、まぁすぐに分かるからいいんだけどさ」

 そんなステファンの返答を聞いて、ミアはふと思った。
 もしかして彼はミアが本当に王太子殿下と親しいと思い込んでいるのだろうか、と。
 今までミアは、ステファンと王太子殿下が共謀してミアを攫ってしまおうとしているのだと思い込んでいたが、それは大きな間違いだったのかもしれない。
 ということは、王太子殿下は共に戦争を率いた副官すら騙しているのだ。ますますタチが悪い男だと、王太子殿下への感情がこれ以上ないくらいに急降下する。
 それと同時に、ミアの心には言いようのない不安が湧き始めた。
 そんな百戦錬磨の悪人に、自分は本当に太刀打ち出来るのか心配になってきたのだ。
 周囲の人を全て騙して自分の意のままに動かすような王太子殿下に、面と向かって結婚なんてしないと啖呵を切って、無事に屋敷に帰れるのだろうか。
 次第にミアの足取りも重くなる。

 吹き抜けになった大きな階段を上がり、衛兵が見張るドアを通って、そこからは王族が暮らすプライベートなエリアになった。ここに来るのは初めてのはずだが、なんとなく今朝も同じような廊下を通った気になった。
 もちろん城内には似たような通路が多いから、多分ミアの覚え間違いなだけなのだが。
 更に小さな部屋をいくつか抜け、このまま一生国王の私室には着かなかったらいいのにと思ったが、その時はやがて訪れた。

「さ、ここだよ」
 ステファンが指し示したドアは、ミアが思っていたのよりもずっと小さなものだった。
 国王の私室とはいえもっと大きくて重々しい部屋を想像していたのだが、堅苦しくならずに、という先方の気遣いは本当だったようだ。
 ほっと息を吐いたミアだが、気を抜いてはいけない。
 相手は会ったこともない女を無理やり婚約者に仕立て上げる極悪非道な王太子殿下である。これ以上ミアに付き纏わないよう、今日ははっきりと拒否してやらないといけない。

 ぎゅっと拳を握ったミアの横で、ステファンが衛兵に指示を出してドアを開けさせる。
「陛下、コンスタンツィ嬢をお連れしました」
 ステファンが口上を述べると、王家主催の舞踏会で何度か目にした国王陛下の声で入室を許可する言葉が聞こえた。その声は渋く深みがあって、国を統べる者の重々しい威厳が感じられる。
 自然に背筋が伸び、ミアは震える足で姿勢を改めた。
 そして縮み上がりそうな心臓をなんとかなだめ、大きく息を吸い込む。
 いよいよだ。
「さぁ、ミアちゃん入って」
 耳元で囁いたステファンに続き、ミアは地獄への入り口にも思えるドアを通る。

 緊張のあまり息が詰まる部屋でまず目に入ったのは、正面に置いてあった飴色の置き時計。それから落ち着いた色の壁紙と、妙に存在感のある小ぶりの花瓶。
 豪華絢爛な大広間とは違って簡素であるものの、そこは洗練された上質な空間だった。調度品は全て年季が入った価値のあるものだと分かる。
 部屋の奥には一組の応接セットが置かれており、ミアも遠くから拝見したことのある国王夫妻が座っていた。
 これまで何か談笑していたのだろうか、笑みの残る顔でこちらを見ている。その穏やかな表情に少しだけ緊張が解れて、ミアはその隣へと視線を移した。
 そしてそこには――――――なぜか、今朝方別れたばかりのアルベルトが立っているではないか。

「…………え?」
 ミアと会う時、彼はいつもなんの変哲もないシャツにパンツというシンプルな装いだった。
 そんな格好でも誰よりも素敵だと思っていたのだが、今は白い詰襟の正装をして、髪もきっちりと固めている。
 見慣れている姿よりも格段に凛々しさが増しており、ミアは思わずぼうっと見惚れてしまった。
「ミア、よく来てくれたね」
 軽く手を挙げたアルベルトが甘やかな微笑みを浮かべる。
 これから行われるはずの殺伐とした直接対決なんて忘れてしまいたくなるような微笑みだ。
 そしてゆっくりとこちらへ足を踏み出す。

 後になってこの時のことを思い出すといつも、ミアはどうしてここまでされてもアルベルトの正体に気付けなかったのだろうかと頭を抱えたくなる。
 彼は王城を隅々まで知り尽くしていたし、名前だって王太子殿下と同じだ。
 そういえば初めて会った時には王子たちを呼び捨てにしていた。祝賀会の時は、一番目立つ場所に立っていたと言っていた。
 冷静に考えればすぐに気付きそうなものだが、この時は本当に分からなかったのだ。

 粘着質でしつこくて極悪非道で横暴で、そして国王夫妻や腹心の部下ですら騙して意のままに操っている凶悪な王太子殿下と対決するつもりで部屋に入ったらアルベルトがいた。
 でも彼ならミアを助けてくれる。
 彼がいれば、最低最悪の王太子殿下だって怖くない!

 ミアはアルベルトの存在を、お姫様がピンチの時は必ず助けてくれる絵本の王子様に重ね合わせた。
 やっぱり彼は誰よりも素敵なミアの王子様だ。
 そんな気持ちを抱えて一目散に駆け寄り、彼に勢い良く抱きついた。
「アル……っ!」
「……っと、そんなに急がなくても私は逃げないよ?」
 ミアを軽々と受け止めたアルベルトが苦笑するが、今はそんな呑気なことを言っている場合ではない。非常事態なのだ。それも人生で一番というレベルの。

 だからミアは叫んだ。
 それはもう、彼女が出せる限りの一番大きな声で。

「私が心を捧げているのはここにいらっしゃるアルベルト様ですっ! たとえ王太子殿下がどんな手段を使われても、私の愛は揺るぎませんっ」

 室内が、不気味なくらいに静まり返った。
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