恋に恋するお年頃

柳月ほたる

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第四章

6 クッションは武器

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「もう……っ、ひどいひどいひどいっ! どうして教えてくれなかったのっ」
 午後の柔らかい日差しを感じながら、ミアはアルベルトの体にぼふんぼふんとクッションを叩きつけていた。
 ここはアルベルトの私室、ミアが今朝暗いうちに退出したはずの部屋である。
 誰でも使える休憩室だと思い込んでいたが、実は王城の奥にある王太子殿下の寝室だったらしい。確かに以前入った休憩室とは調度品の質も広さも全く違ったが、そんなこと思いつきもしなかった。

 さて、時間は少し遡る。
 国王夫妻の前でミアが爆弾発言を投下してから一瞬のち、その場は騒然となった。
「まぁっ、なんて情熱的な告白かしら! 若い頃を思い出しますわね、陛下」
「そうだな。しかし私が頭の固い貴族院の連中に言ってやったセリフにはまだ遠く及ばないだろう?」
「うふふ。『この婚姻にこれ以上反対する者がいるならば剣を抜け。私を切り捨てる覚悟で前へ出よ』ですわね。当時の胸の震えは今でも鮮明に覚えておりますわ」
「そうだろう、そうだろう。あの時君が流した涙はどんな珠玉にも勝る美しさだった」
「いやですわ、陛下ってば」
「父上、母上。そういう話は2人きりでして頂けますか?」
 年齢を感じさせない可愛らしい微笑みを浮かべる王妃様と、突然過去の武勇伝を自慢し始める国王陛下。そんな2人にミアは目が点になった。
 しかも、なぜかアルベルトがその会話に気安く割り込む。
 それにしても、『父上、母上』とは一体どういうことだろうか。国王夫妻をそう呼んでいいのは、彼らの実子である5人の王子、王女だけのはずなのに。

 ミアはすっかり混乱して、彼に抱き留められたままキョロキョロと辺りを見回した。
 ステファンは部屋の隅で盛大に吹き出して肩を震わせており、さっきから怒り心頭で頭から湯気を出していたはずの父は顔面蒼白のまま微動だにしない。
 ますます意味が分からなかった。
「……ど、どういうこと……?」
 他に頼りになりそうな人が見つからなくて、ミアはアルベルトに助けを求めることにした。
 ミアが王太子殿下との婚約を断った暁には非常に険悪な雰囲気になると思っていたのに、なぜこんなに和やかな空気になっているのだろうか。
 しかも粘着質でしつこくて極悪非道な王太子様から受けると思っていた追及がない。というか、この部屋に王太子殿下と思しき人物がいないのだが。

「アル……、王太子殿下はどこ?」
 ミアは小首を傾げてアルベルトを見上げた。
 白い詰襟には赤と金のラインが入っており、王国の紋章が入った金ボタンが眩しい。非常事態にもかかわらずその精悍な立ち姿にうっとりと見惚れそうになってしまっていると、彼は少し困ったように目を合わせてくれた。
 そしてアルベルトが口を開く。
「私がその王太子なんだ。ミア、今まで黙っていてすまなかった」
「…………え?」
 その言葉の意味を理解するのにたっぷり一刻はかかってから、その部屋にはミアの絶叫が響き渡った。

 その後、半笑いのまま退出したステファンを除く5人で談笑(のようなもの)が始まった。
 メンバーの内訳はというと、サクサクとその場を取り仕切るアルベルト、相変わらず自分の自慢話ばかりして妻の気を引きたがる国王陛下、そしてすぐにそれに乗っかって話を脱線させる王妃様。
 それから自分がしでかした盛大な勘違いに頭が真っ白になったミアと、部屋に入った瞬間から無言を貫いている彼女の父である。
 会話があまり続かない。

 何が何だかよく分からないままにアルベルトの両親、つまり国王夫妻に紹介され、ミアは彼らから心優しい歓迎の言葉を賜った。
 彼の両親に会ったらなんと言って挨拶するか、一生懸命長ったらしい口上を考えていたのに、それらは全て吹き飛んでしまっていた。だってまさか、それがこの国の最高権力者だなんて思わなかったのだ。
 ぎこちないながらも穏やかな会話の中では、婚約の公示をすぐに行うこと、婚約披露の場を何度か設け、早ければ半年から1年後には正式に結婚式を行うことなどがアルベルトによって提示された。細かい日程は関係各所との調整により決定されるそうだ。
 ちなみにミアには難しい手続きのことはさっぱり分からないから全て『はい』と答えたが、父もそれと同じだったのは意外だった。ミアのこととなると父はいつも精力的なのに、やはり父も緊張しているのだろうかと思う。
 その真相は、真綿で包むようにして大事に育てた愛娘の愛の告白を目の当たりにして茫然自失状態だったからなのだが、ずたずたに心が傷付いた父の悲哀に気が付くようなミアではない。

 そして全ての相談事項が片付いた後、ミアはアルベルトの私室へと通された。
 この件を母に報告するからと父は一足先に帰途につき、ミアはアルベルトに連れられて彼の部屋へ移動したのである。
 長椅子に腰を落ち着けると、今朝ミアの髪を整えてくれた女官がやって来ていい香りのするお茶を淹れてくれた。彼女とも、まさかその日のうちに再会するとは思っていなかった。
「エウフェミア様、大変熱くなっておりますのでお気をつけくださいませ」
「……ありがとう」
 美しい花の絵が描いてあるカップを持ち上げ、ミアは注意深く口をつける。
 緊張しきっていた体に温かいお茶が染み渡り、やっと人心地ついて体から力が抜けた。ほう、とため息をつくと同時に、何かぐちゃぐちゃした感情が泉のように湧き始める。
 会ったこともない人の花嫁にされてしまうと思ってずっと怖かったのに。
 今日だって、ステファンが迎えに来た時には心臓が凍ってしまうかと思うほど苦しかったのに。
 アルベルトが本物の王子様だって、教えてくれてもよかったじゃない!
 想定外の出来事にただパニックになっていたのが、だんだん腹が立ってきたのだ。

 とはいえ、あれだけ多くの手がかりがあったのである。気付かなかったミアも悪くなかったとは言えない。
 自分がもう少し思慮深くて、そして冷静に物事を判断する頭があったならば。そうすれば、こんなことにはならなかったのに。
 そんなもやもやが全てアルベルトへの怒りに転じて、
「……もうっ、アルのばかっ」
 ミアは手元にあったふかふかのクッションで、ぼふん! と彼を殴りつけたのだった。
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