愛されてアブノーマル(旧題:ヒーローも犯罪者)

柳月ほたる

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新婚編・ヒーローも窃盗中

1 新婚旅行のお土産です

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「うぅ、やっぱり寒い……」
 分厚いコートを着込んで自宅を出た奈津は、凍てつく空気に触れた途端、ぶるっと体を震わせた。
 2月も中旬に差し掛かった今は寒さの真っ最中だ。最近まで暖かいところに旅行していたため、余計にこの寒さが身にしみる。
 早く用事を済ませて暖房の効いた自宅に帰ろう……と決意してチョコレートの箱を抱え直し、隣家のインターホンを押す。
『はい』
 聞きなれた隣人奥様の声がして、奈津は玄関ドア横のカメラレンズを覗き込む。
「こんにちは! ゆ…………ま、真山です!」
 危うく旧姓を名乗りそうになって、奈津は慌てて言い直した。

 というのも奈津は、10日ほど前に結婚式を挙げ、結城から真山に名字が変わったばかりなのである。
 そのお相手である真山恭介は、ずっと片思いをしていた職場の上司。
 まだ35歳にもかかわらず大手総合商社の課長として目覚しい成果を上げ、部下からの信頼も厚い人格者である。
 しかも仕事が出来るだけではなくて、容姿も申し分ない。すらりとした長身も、端整な顔つきも、平凡で地味な自分には釣りあわないのでは……、と奈津は今でも少しだけ思う時がある。
 そんな憧れの名字を手に入れた奈津だがまだ慣れなくて、ついつい未だに旧姓が口から出てしまうのだ。

「奈津ちゃん、いらっしゃい」
 ドアを開けて出てきてくれたのは、お隣に住む島田家の奥さんだった。
 ちょうど奈津の両親と同世代の彼女には、このマンションに引っ越してきた時からなにかとお世話になっている。今日は日頃の感謝の気持ちも込めて新婚旅行のお土産を持ってきたという訳だ。
「これ旅行のお土産なので、よかったらご家族で召し上がってください。テキーラ入りのチョコレートなんです」
「まあ、そんな気を遣わなくてよかったのに! でもありがとう、うちはみんなお酒も甘いものも好きだから嬉しいわ」
 満面の笑みで箱を受け取った奥さんが、お父さーん、お隣の奈津ちゃんがチョコレートをお土産に持ってきてくれたわよー! と奥に向かって呼ぶと、旦那さんまで玄関口に出てきてくれる。
「ほぅ、テキーラ入りのチョコレートか、いいねぇ。どうだい、新婚旅行は楽しかった?」
「はい! 海は綺麗だし、料理は美味しいし、1週間楽しく過せました」
「いいわねぇ、ちょっと焼けたんじゃない?」
「あ、やっぱり分かりました?」
 奈津はちょっと恥ずかしくなって、慌てて頬を手で隠す。

 今回奈津が新婚旅行で訪れたのは、カリブ海に面したメキシコのリゾート地・カンクンだった。
 最初は無難にヨーロッパ三都市7日間、というプランにでもしようかと思ったのだが、恭介は日頃から出張で世界中を訪れている。しかも結婚式直前まで仕事を詰めまくって忙しかった彼に、観光客用の弾丸ツアー日程を消化させるのは忍びなくて、結局優雅なカリブ海リゾートに決まったのだ。
 乾季真っ最中のメキシコは気温も高く、青い空がスカッと晴れ上がっていた。
 寒い日本を忘れてダイビングや遺跡観光をして過ごしているうちに割と焼けてしまい、会社でも、『私たちが働いてる間に日焼けなんていい根性してるよねぇ?』と、仲の良い同期に迫られてしまったくらいだ。

 それから島田さん夫妻とは、美味しかった料理や間近で見たイルカの話で盛り上がった。
 彼らの新婚旅行はハワイだったらしく、「私たちも新婚旅行でイルカを見たのよ!」なんて言われたりして。
 そして、そろそろお暇しようかと思ったところで、奥さんが何かを思い出したように口を開く。
「そういえばね、奈津ちゃんが旅行に行ってる間に、この辺を荒し回ってた下着泥棒が捕まったのよ!」
「……え」
 奈津はギクリと動きを止める。
「なんと、あそこの角にあるスーパーの上のマンションに住んでる男だったんですって! そんな犯罪者が近くに住んでたなんて気持ち悪いわよねぇ~」
 大げさに首を振って肩をすくめる奥さんに、奈津は虚ろな目で同意する。
「そう、ですね……」
 うん、確かにものすごく気持ち悪い。
 奈津が住んでいるのは高層階だから被害に遭う確率は低いだろうが、やはりそんな人が近くにいたと考えるといい気持ちはしない。
 だが島田家の奥さんは知らないだけで、実はもっと近くにも住んでるんだけど、と乾いた笑いが漏れる。

「じゃ、寒いのにこんなに引き止めちゃってごめんなさいね! また今度、ゆっくりお茶しにいらっしゃい」
「はい、ありがとうございます」
 島田さん夫妻に笑顔で見送られ、奈津はすぐ隣の自宅に舞い戻った。
 寒い、早くコタツに入って温まろう。自宅にはエアコンもハロゲンヒーターも床暖房すらも完備されているのだが、やはり冬はコタツが一番である。

「恭介さーん。お隣にお土産を渡して来ましたよー!」
 奥にいるはずの夫に声をかけ、ドアに鍵を掛けながら奈津は白い息を吐いた。
 下着泥棒が気持ち悪いという言葉に全力で頷いたが、奈津にとっては非常に耳の痛い話題だ。
 それは、なぜならば。
「……恭介さん?」
 普段なら優しい笑顔で迎えてくれるはずの恭介から何の応答もなく、奈津はふと嫌な予感を覚える。
 さっき奈津が出掛けた時には、彼はソファで仕事をしていた。お隣の玄関にいた奈津は彼が出掛ける姿など見ていないから、必ずこの家の中にいるはずだ。
 だが、返事がないのは、つまり。
「ま、まさか……っ!」
 放り投げるように靴を脱ぎ、奈津は寝室へパタパタと駆け出した。
 まさかこの短時間に、しかもこの間もうしないと約束したばかりなのに、またをしているのだろうか。

 玄関から短い廊下を通ってすぐの寝室。
 その奥にあるウォークインクローゼットのドアを思いっきり開けると、案の定そこで蠢く何かがいた。
「…………おう。おかえり」
「『おかえり』じゃないです! もうやめて下さいって言ったじゃないですかーっ!」
 蠢く何か、もとい最愛の夫である恭介の手元には、しっかりと奈津のパンツが握られていたのである。
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