愛されてアブノーマル(旧題:ヒーローも犯罪者)

柳月ほたる

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新婚編・ヒーローも窃盗中

3 反撃ののろし

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「仕方ないだろう、欲しくなったんだから」

 しかし奈津との約束を破った恭介は、全てをこの一言で片付けた。
 やっと平穏な生活が訪れる喜びにむせび泣いていた奈津は、それに激しい衝撃を受けた。
「ひ、ひどい……っ!」
 腕を組んだ恭介が、全く悪びれずに開き直る。
「しかも、『もうしない』とは言った覚えはないぞ。『努力する』と言っただけだ。5日も我慢したんだからいいだろ」
「い、いつか……っ」
 あまりの少なさにクラリと目眩がした。
 ちょっと待って欲しい、もしかして、奈津の本気の怒りは5日分の我慢程度の価値しかないのだろうか。それはあまりにも軽すぎる。
「逆だ。奈津があんなに怒ったから俺だって5日も我慢したんだ。その努力を褒めて欲しいくらいなんだが」
「…………」
 そんな風に言われても全く褒める気にはなれない。
 しかも下着を握りしめながら言っているから、ものすごく格好がついていない気がする。

「分かりました。恭介さんがそう言うなら、私にも考えがあります」
 恭介のあまりの耐え性のなさを噛み締めながら、奈津は静かに切り出した。
 今まで思いっきり変態に振り回されてきたが、奈津だって現状に甘んじている訳ではない。実はちゃんと色々考えて、対策を練り、すでに実行に移しているのだ。
 奈津にだって、切り札が存在するのである。

 さっきお隣に行く前に時計を見ると、ちょうど朝の10時を回ったところだった。だからもうすぐ、例の切り札が届くはず。
 そわそわと落ち着かない奈津と対照的に、恭介は静かに腕を組んでこちらをじっと見つめている。ピクリと眉を動かし、奈津の次の言葉を待っているようだ。
 2人の間に漂う緊迫感、初めて恭介と対等に渡り合っているようで奈津の心が奮い立つ。
 そして奈津が拳をぎゅっと握り、恭介をキッと見つめた瞬間、

 ―――ピンポン。

「来たっ!」
「……何か注文していたのか?」
 見れば分かります! と言い置いて、奈津はインターホンへと走る。
 応答ボタンを押してエントランス前の画像を表示すれば、そこにいたのは見慣れたオレンジ色の制服を着たヤマネコ運送のお兄さんだ。
 もちろん、作業帽にデカデカとプリントしてあるヤマネコマークの確認も忘れない。
「今開けますね!」
 エントランスのロックを解除し、玄関に置いてあった靴を全て靴箱に片付けて。少ししてから大きな箱を台車に乗せてやって来たお兄さんを、万全の体制で自宅内に招き入れる。

「こっちです。ウォークインクローゼットの中にお願いしたいんですけど」
「はい! 設置サービスも申し込んで頂いてるんで、開梱とダンボールの回収もお任せ下さい」
 そしてお兄さんを寝室に誘導すれば、そこで待っていた恭介(奈津がいない間に手に持っている下着が3枚に増えていた)が目を丸くした。
「奈津? こんなデカイ箱、一体何を買ったんだ」
「見れば分かりますよ」
 語尾にハートマークでもつきそうな上機嫌で、奈津は恭介に返答する。
 新婚旅行中の暇な時間に吟味を重ね、地球の裏側からネットで注文した秘密兵器だ。

 そうやって奈津と恭介が隅っこで話しているうちに、ガタイのいいヤマネコ運送のお兄さんはテキパキと開梱を進めてくれていた。
 一瞬のうちに設置が完了し、コンセントを差し込んで動作確認も終える。かさばるダンボールと結束バンド、緩衝材やビニール袋などを綺麗に一纏めにし、爽やかな笑顔とキレの良い挨拶を残して疾風のように去って行った。

 そして残されたのは、満面の笑みの奈津と、難しい顔をしている恭介、そしてものすごい存在感を放つ、直方体の金属のかたまりだ。
「……金庫か」
 恭介がぽつりと呟く。
「はい! 恭介さんが何度言っても聞いてくれないので、文明の利器に頼ってしまおうと思いまして」
 そう、奈津はとうとう金庫を購入したのだ。
 耐火試験、落下衝撃試験、防水試験、耐工具試験などなど、数々の試験をクリアした完全防盗仕様の金庫である。商品説明を読むと、1000度で1時間加熱しても耐えるらしい。
 ちなみにこれだけのスペックだと、やはり値段は相当なものだった。将来のために残しておこうと思っていた冬のボーナスの大半が飛んでしまったのは少し痛かったが、安心出来る生活への投資と思えば安いものだ。
 奈津がどれだけ抗議してものれんの腕押し状態の恭介には、このくらいの強硬手段に打って出るのも仕方ないのである。

「金庫、か……」
「あ、恭介さんが代わりに開けようと思っても無理ですよ? この金庫、鍵も暗証番号もないんです」
 これも奈津がこだわったところだった。
 鍵があれば簡単に合鍵を作成されてしまう。暗証番号があれば、多分この変態は尋常じゃない執念で解読してしまうだろう。指紋認証でも、おそらく奈津の指紋を転写したダミーの指を作ってしまうに決まっている。
 だから。
「この金庫、静脈認証なんです!」
 奈津はえっへんと胸を張る。
 静脈認証であれば、複製はほぼ不可能だ。もしかしたらイタリアンマフィアの地下組織レベルになると可能なのかもしれないが、日本の一サラリーマンである恭介には多分出来ないはず。
 金庫についている液晶パネルで所持者の静脈を登録することになっており、今後開閉するには絶対静脈認証が必要だ。もちろん奈津の静脈のみを登録するつもりである。

 分厚い取扱説明書を見ながら、ピ、ピ、ピ、と軽快な音をさせて順調に登録作業を進める。その間、恭介は壁にもたれてじっとその様子を見ていた。
 大好きな下着が金庫に入れられるのだから、もっと激しい抵抗があると思っていた奈津は少し拍子抜けだ。否定的なことも言わないし、まさかの実力行使で強引に作業を邪魔されることもない。
 さすがの恭介も白旗を上げたんだろうな、と奈津の心は弾む。
 この完全防盗仕様の金庫は最強だから、無駄な悪あがきはしないことにしたんだろう。


 ―――だが奈津は知らない。これが嵐の前の静けさだということを。
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