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新婚編・ヒーローも窃盗中
4 彼と過ごす幸せ
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「なぁ、今からどこかに出掛けないか?」
金庫のセットアップ作業が一段落すると、それまで静かに見守っていた恭介が口を開いた。床に座り込んだままの奈津を見て、ふっと優しく微笑む。
「これから年度末にかけて忙しくなるだろ? 一緒に過ごせる時間も減るはずだから、たまには奈津の行きたいところに全部付き合ってやるよ」
「い、いいんですか……っ?!」
とうとう金庫について文句を言われるかもしれない、と最初は身構えた奈津だが、恭介の思いやりに満ちた台詞にぱっと目を輝かせる。
少しでも恭介を疑ってしまったことをこっそりと反省した。
実は、いわゆる『普通のデート』はしばらく出来ていない。
12月は、年末年始に向けて部署全体が忙しく、恭介は自宅には寝に帰るだけのような生活だった。
やっと休暇が取れた、と思った年末年始は、新婚旅行で連休を取るために前倒しで仕事を片付けていた。正月らしいことは初詣と奈津の実家に挨拶に行った程度である。
1月は、恭介の忙しさが変わらないどころかさらに悪化した殺人的スケジュールだった。新年の挨拶回りに加えて通常の仕事、そしていくつか新規プロジェクトが立ち上がり、その合間に短期の国内出張と結婚式の準備もこなしていた。
その上、趣味と実益を兼ねて運営に携わっているソーシャルゲーム『パズ☆パン(パズル☆パンティ&ブラジャーズの略である)』の新規ダンジョンを考案したり、とうとう自分でイラストまで描き始めたのだ。
この人絵心まであったんだ……と感心しつつ、実は恭介は24時間稼働出来るロボットなんじゃないかと思ったくらいだ。
新婚旅行先では2人きりでゆっくり過ごせたが、それはデートとはちょっと違う。
もちろん、カリビアンブルーの美しい海で魚と戯れながら泳ぐのも、広大な水平線の向こうに沈む黄金色の夕日を眺めるのも感動して素敵だったけれど、2人で過ごす平凡な日常もいい。
だから奈津は、恭介と一緒にやりたいと思っても諦めていたことを1つずつ思い出していく。
お弁当を持って水族館や動物園に行くのもいいし、鎌倉でゆったりとお寺巡りをするのもいい。同期の千佳と見に行ったクリスマスのイルミネーションも、本当は恭介とも一緒に行きたかった。
新しいカフェも発掘したいし、雑誌で見た行列の出来るパンケーキのお店にも行ってみたい。今はどんな映画をやっていたっけ。それから新しい靴も欲しいし……と、欲張って指折り数える奈津に恭介が苦笑する。
「そんなに行けるのか? もうすぐ昼になるぞ」
「あ……っ! もう、どうしよう。全然時間が足りないです」
こんなことなら金庫の配送は来週にしてもらえばよかった。
恭介とデートが出来るなら、あと1週間くらい下着を触られてもお安い御用だったのに。
と、ここまで考えた奈津は、いつの間にか下着を勝手に触られる生活が当然になってしまっていることに若干の危機感を覚える。いつもいつも流されて、結局最後は恭介の好きにされてしまうはずである。
金庫も届いたことだし、これからはもっと気を引き締めていこう、と小さく決意した。
そうこうしている間にも時間はどんどん過ぎていく。
「何をするかはあとでゆっくり決めたらいいだろ。とりあえず早く出掛けるぞ」
「は、はいっ! どうしよう、何着て行こうかな」
少しの時間も惜しくて、奈津は慌ててクローゼットを引っ掻き回した。
気合を入れてスカートに着替え、さっき脱いだばかりのコートをもう一度着て。
それからヒールの高いブーツを履いて、少しでもスタイルが良く見えるように見栄を張ってみた。
時間がない中でもあれやこれやと服装を迷っていた奈津とは違い、恭介は白いニットにツイードのジャケットを羽織っただけの簡単な格好である。しかしそんなシンプルな装いでもファッション誌から抜け出したかのように華があって、奈津はまた見とれてしまった。
こんな人が今日1日奈津の好きなように付き合ってくれるというのだから、お姫様にでもなったような気分だ。
地下にある駐車場に向かいながら話し合った結果、都心をブラブラして気に入ったお店で昼食にし、今話題の恋愛映画を一緒に見て、最後に洋服や靴を買ってもらうことになった。
パンケーキも捨てがたいが今日は時間もない。それに真冬の屋外に2時間並ぶのはなかなかハードだ。もう少し暖かくなったら一緒に並ぼうと恭介と約束をして、知らず知らずのうちに笑みがこぼれる。
今日も明日も明後日も、そして今の寒さが去って暖かくなってからも、奈津の隣には毎日恭介がいてくれるのだ。これからもずっと一緒にいることを前提に予定を立てられるなんて、本当に素敵だと思う。
「えへへ……」
そんな幸せな気持ちを分け合うように、恭介の腕にぎゅっと抱きつく。
しっかり鍛えている彼の腕は安定感があって、奈津1人くらい簡単に持ち上げられそうだ。
「どうした? 急に甘えて」
「んー、恭介さんと結婚してよかったなって思いまして」
ツイードのジャケットに頬をぴたりとくっつけて、恭介の方を見ないようにして答える。こういうことを面と向かって言うのは、やっぱりまだ恥ずかしいから。
多分奈津の頬も赤くなっていると思うが、髪の毛とマフラーがいい感じに隠してくれているだろう。
「俺も奈津と結婚出来てよかったよ。毎日そう思ってる」
そっと髪を撫でられて、奈津はくすぐったそうに首をすくめた。
それが本当にくすぐったかったからなのか、照れ隠しでそんな振る舞いをしただけなのか、それは奈津だけの秘密にしようと思う。
金庫のセットアップ作業が一段落すると、それまで静かに見守っていた恭介が口を開いた。床に座り込んだままの奈津を見て、ふっと優しく微笑む。
「これから年度末にかけて忙しくなるだろ? 一緒に過ごせる時間も減るはずだから、たまには奈津の行きたいところに全部付き合ってやるよ」
「い、いいんですか……っ?!」
とうとう金庫について文句を言われるかもしれない、と最初は身構えた奈津だが、恭介の思いやりに満ちた台詞にぱっと目を輝かせる。
少しでも恭介を疑ってしまったことをこっそりと反省した。
実は、いわゆる『普通のデート』はしばらく出来ていない。
12月は、年末年始に向けて部署全体が忙しく、恭介は自宅には寝に帰るだけのような生活だった。
やっと休暇が取れた、と思った年末年始は、新婚旅行で連休を取るために前倒しで仕事を片付けていた。正月らしいことは初詣と奈津の実家に挨拶に行った程度である。
1月は、恭介の忙しさが変わらないどころかさらに悪化した殺人的スケジュールだった。新年の挨拶回りに加えて通常の仕事、そしていくつか新規プロジェクトが立ち上がり、その合間に短期の国内出張と結婚式の準備もこなしていた。
その上、趣味と実益を兼ねて運営に携わっているソーシャルゲーム『パズ☆パン(パズル☆パンティ&ブラジャーズの略である)』の新規ダンジョンを考案したり、とうとう自分でイラストまで描き始めたのだ。
この人絵心まであったんだ……と感心しつつ、実は恭介は24時間稼働出来るロボットなんじゃないかと思ったくらいだ。
新婚旅行先では2人きりでゆっくり過ごせたが、それはデートとはちょっと違う。
もちろん、カリビアンブルーの美しい海で魚と戯れながら泳ぐのも、広大な水平線の向こうに沈む黄金色の夕日を眺めるのも感動して素敵だったけれど、2人で過ごす平凡な日常もいい。
だから奈津は、恭介と一緒にやりたいと思っても諦めていたことを1つずつ思い出していく。
お弁当を持って水族館や動物園に行くのもいいし、鎌倉でゆったりとお寺巡りをするのもいい。同期の千佳と見に行ったクリスマスのイルミネーションも、本当は恭介とも一緒に行きたかった。
新しいカフェも発掘したいし、雑誌で見た行列の出来るパンケーキのお店にも行ってみたい。今はどんな映画をやっていたっけ。それから新しい靴も欲しいし……と、欲張って指折り数える奈津に恭介が苦笑する。
「そんなに行けるのか? もうすぐ昼になるぞ」
「あ……っ! もう、どうしよう。全然時間が足りないです」
こんなことなら金庫の配送は来週にしてもらえばよかった。
恭介とデートが出来るなら、あと1週間くらい下着を触られてもお安い御用だったのに。
と、ここまで考えた奈津は、いつの間にか下着を勝手に触られる生活が当然になってしまっていることに若干の危機感を覚える。いつもいつも流されて、結局最後は恭介の好きにされてしまうはずである。
金庫も届いたことだし、これからはもっと気を引き締めていこう、と小さく決意した。
そうこうしている間にも時間はどんどん過ぎていく。
「何をするかはあとでゆっくり決めたらいいだろ。とりあえず早く出掛けるぞ」
「は、はいっ! どうしよう、何着て行こうかな」
少しの時間も惜しくて、奈津は慌ててクローゼットを引っ掻き回した。
気合を入れてスカートに着替え、さっき脱いだばかりのコートをもう一度着て。
それからヒールの高いブーツを履いて、少しでもスタイルが良く見えるように見栄を張ってみた。
時間がない中でもあれやこれやと服装を迷っていた奈津とは違い、恭介は白いニットにツイードのジャケットを羽織っただけの簡単な格好である。しかしそんなシンプルな装いでもファッション誌から抜け出したかのように華があって、奈津はまた見とれてしまった。
こんな人が今日1日奈津の好きなように付き合ってくれるというのだから、お姫様にでもなったような気分だ。
地下にある駐車場に向かいながら話し合った結果、都心をブラブラして気に入ったお店で昼食にし、今話題の恋愛映画を一緒に見て、最後に洋服や靴を買ってもらうことになった。
パンケーキも捨てがたいが今日は時間もない。それに真冬の屋外に2時間並ぶのはなかなかハードだ。もう少し暖かくなったら一緒に並ぼうと恭介と約束をして、知らず知らずのうちに笑みがこぼれる。
今日も明日も明後日も、そして今の寒さが去って暖かくなってからも、奈津の隣には毎日恭介がいてくれるのだ。これからもずっと一緒にいることを前提に予定を立てられるなんて、本当に素敵だと思う。
「えへへ……」
そんな幸せな気持ちを分け合うように、恭介の腕にぎゅっと抱きつく。
しっかり鍛えている彼の腕は安定感があって、奈津1人くらい簡単に持ち上げられそうだ。
「どうした? 急に甘えて」
「んー、恭介さんと結婚してよかったなって思いまして」
ツイードのジャケットに頬をぴたりとくっつけて、恭介の方を見ないようにして答える。こういうことを面と向かって言うのは、やっぱりまだ恥ずかしいから。
多分奈津の頬も赤くなっていると思うが、髪の毛とマフラーがいい感じに隠してくれているだろう。
「俺も奈津と結婚出来てよかったよ。毎日そう思ってる」
そっと髪を撫でられて、奈津はくすぐったそうに首をすくめた。
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