純情淫魔ちゃんと冷淡天使様!

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高慢な天使

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 再度セレナが右腕を掲げると、用を終えた鴉は黒い翼をはばたかせ、青空に消えていった。悲嘆の声を上げる妹に、姉も心を痛めたように苦しげな表情を浮かべた。
 アリアはそれでもたいそう諦めが悪い性格をしている。同じく沈痛な顔をしている弟の顔色をチラチラと窺って、

「だ、だけど~? つっけんどんだけど実は姉想いの優しい弟は~? この哀れな姉を見捨てられず~?」

 と調子のよいことを探り探り口にする。

「またふざけたことを。僕は手伝わないからな。父さんに逆らうなんて、とんでもない」

 にべもなく断られるも、アリアは次に姉の方を上目に見る。

「し、しかしぃ~? この見た目も中身も清らかで心優しい姉上様は~? 愛する妹を放ってはおけず~?」

 もはや懇願するような声色で姉に縋りつくも、

「……ごめんなさい。今回ばかりは、私にもどうにもできないの」

 セレナは力なく首を横に振った。深い憂いを孕んだ様子に、いよいよアリアも事態の深刻さを実感し、顔を青くする。

「えええ~!? 私一人でなんて、そんなっ」

 寂しい、心細い、不安、という頼りない光を宿した瞳に見つめられ、姉も途方に暮れる。そんな長女に助け船を出すように、キャロルが口を挟んだ。

「父さんからの手紙には続きがある。『アリア。20歳の誕生日までにファーストバイトを終わらせなければ、』」
「……終わらせなければ?」

 アリアはごくりと息を呑む。アリアは今、19歳である。
 弟の後を引き継ぎ、セレナが続けた。

「『今後一切人間界に降りることを禁じ、牢獄の魔物たちの世話役に任命する』」
「牢獄!」

 その言葉は、稲妻が頭上に落ちたような衝撃をアリアに与えた。

「牢獄の魔物って、だって……!」
「……アレもいる」
「そう。あなたのとびきり苦手な――」
「待って、無理よ、本当に無理! よりにもよって、わ、私が!?」

 もはや取り乱していると言っていい。アリアは、悲嘆よりむしろ恐慌状態に陥っていた。

「だから、さっさと選べばいいんだよ! 四の五の言ってないで!」

 なんだかんだで姉を心配しているキャロルが声を荒げる。

「そうよ。牢獄勤めになったら私達とも会えなくなるかも……。そんなの悲しいわ」

 セレナもまた、アリアの目をまっすぐに見つめて励ましの言葉をかけた。

「アリア。お父様は本気よ。だからあなたも覚悟を決めなければ」
「ううう~……!」

 アリアは大きな瞳にいっぱいの涙を浮かべて唸る。頭に浮かぶのは、「妥協」の二文字。セレナの言う「覚悟」とは、つまりそういうことだ。牢獄勤めになるのが嫌ならば、次の誕生日を迎える前に適当な相手を見繕ってさっさとファーストバイトを終わらせろ、と。

「う、うう……どうしよう……」

 すっかり意気消沈したアリアが半泣き、ならぬ全泣きの状態になろうとした時だった。

「……姉さん、あれ」

 前方に何者かの一団の影を見つけたキャロルが、小声で注意を促す。尋常ならざる気配に、アリアもぴたりと泣くのを止めた。徐々に近付いてくるその十数名の一団は、皆一様に背に大きな白い翼を背負っていた。

「げ……」

 と、苦虫を噛み潰したような顔をしたのはアリアである。

「天使さまだわ。警邏かしら」

 いつもはにこやかな顔をしているセレナも表情を強張らせ、「二人とも。身なりを正して」と指示を飛ばす。二人は不承不承ながら、長女の指示する通り、自らの身体に手のひらをかざす。すると、身体の線のあらわになっていた服装は、たちまち淫魔らしからぬ恰好――つまり、肌を極力見せない、布をたっぷりと使った衣装に変異した。

「あ~。窮屈……」
「我慢なさい。……さ、天使さまのお通りよ。頭を下げて」

 そうして、三人は天使の警邏隊が目の前を通り過ぎるまで、深々とこうべを垂れた。天使たちは立派な翼を悠然と羽搏かせ、頭を下げる三人の魔族には視線もくれなかった。
 天使は常々、人間に対して害を及ぼそうとする不埒な魔族がいないか、パトロールを行っている。淫魔の「食事行為」も、人間にとって害と言えば害ではあるが、あくまでも生きるために必要な行為であるとして、天使からは見逃されている。淫魔の側が、人間を害してしまわないように節度を守っているからだ――魔族が節度などと、ちゃんちゃらおかしい話ではあるが、これには魔族と天族との力関係が大いに影響している――性的接触も、恐怖や驚きを与えるのも、食事に必要な分だけに留めている。本当に精も根も尽き果てるほどの行為に及んでしまえば、たちまち天使が飛んできて、拘束・連行されて牢獄行き、というわけだ。
 いびつな力関係だが、現在のところは大きな問題も起きておらず、情勢は安定していると言っていい。
 やがて天使たちの姿が小さくなるくらい遠くへ行って、ようやく頭を上げて元の衣装に戻った。アリアは偉そうに腕を組み、天使の消えていった方向へ向けて舌を出した。

「……べえ~っだ! 何よ、私たちを見向きもしないで」
「やめろよ、ガキじゃあるまいし」

 キャロルに窘められても、アリアは憤然とした態度を改めようとはしない。

「アリア。怒らないで」
「だって、お姉ちゃん! 天使サマってのは清廉潔白、品行方正、謹厳実直! じゃなかったっけ? それなのに何? あの不遜な態度!」
「だってじゃないの。無用な諍いは避けるべき。わかるわね」

 セレナはあくまでも穏やかな口調で、アリアを教え諭す。それでようやく、アリアは口をへの字にひん曲げながらも、組んでいた腕を解き、荒げていた語気を沈ませた。

「私たち魔族は天使どもに舐められすぎなのよ……」
「……それは僕も同感だが。仕方がない。僕たちの長は穏健派なんだから」
「平和が一番。何もなければ、それでいいのよ。天使“ども”なんて言っちゃ駄目。ね?」
「はぁい……」

 重ねて姉に窘められ、アリアはしぶしぶ、それ以上の罵詈雑言、そして魔族の立場への哀訴を飲み込んだ。
 憤慨したかと思えばひどく消沈する、不安定な様子の姉を見て、キャロルは内心で溜息をついた。普段からアリアは天使を憎々しく思い、魔族に対して居丈高な態度を取る天使を見かけては陰で皮肉や嫌味を言い、舌を出す等の子どもじみた態度を取ってはいるが、今日は特に激しい。これは間違いなく八つ当たりだ。父の無情な通告により、のんきなアリアも慌てふためき、パニック状態になっているのだろう。そこに憎たらしい天使が通りかかったものだから、パニックは怒りに変わり、大人げなく当たり散らしているのだ。

「とにかくファーストバイト相手の探索を続けよう。姉さん、僕はあっちの……食堂ってところ、見てくるよ」

 アリアは飛んでいる無関係な鳥にまで悪態をつきかねない。そしてそうなったら次は自分の番だろう。ここはアリアが落ち着くまで離れた方が得策と、キャロルはそそくさと二人の姉から離れることにした。
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