配達人~奇跡を届ける少年~

禎祥

文字の大きさ
42 / 64
三通目 親子の情

#5

しおりを挟む
 楓に連れられて家に帰ってきた夜。
 楓が予め僕を連れ回すことを連絡入れてくれていたので、遅く帰ったことについては怒られなかった。
 なかったんだけど……僕の目の前には、珍しく眉間に皺を寄せた要がいた。

「……あの、要……ごめんなんさい……」
「何が?」

 声もいつになく刺々しい。やっぱり、怒ってる。
 どうしたら良いかわからなくなるけれど、間に入ってくれそうな楓はもう帰ってしまっている。
 しっかり話し合えよ、と頭をポンポン撫でて親指を立ててあっさり行ってしまった。

「勝手に、ママに会いに行ったこと……」

 要のこんな態度は初めてで、声が震える。
 暫く要の顔を見上げて様子を窺っていると、要は大きなため息をついた。

「……ごめん、大人げなかった」

 要は、ちゃんと座って話そう、と食卓へ入るとココアを二人分淹れた。
 温かい甘さが重々しい空気を緩和させてくれる。


「俺のこと、嫌になった?」
「そんなことない! 要のことは大好きだよ!」

 長い沈黙のあと、そう言った要の言葉を僕は即座に否定する。
 良かった、と破顔する要に、僕もホッとする。

「ねぇ、本当の両親の所に戻りたい……?」

 そっと僕の手に重ねられた要の手はわずかに震えていた。
 傍にいてほしい。置いて行かないで欲しい。
 そんな想いが伝わってくる。

「ううん、確かに、パパとママに会いたいって思っていたよ」

 僕はそんな要の手にもう片方の手を重ねてぎゅっと握る。
 僕の言葉に、要が一瞬ビクッとするのが伝わってくる。触れた手から、要の不安が伝わってくる。

「もしかしたら、置いて行ったことが何かの間違いなんじゃないかとか、四年も経ったし、僕のことを受け入れてくれるんじゃないかとか思ったのは確かだけど」

 要の不安が少しでも和らぐように、僕は言葉を選ぶ。

「でも、実際に会ってみて、違うってわかった。僕の帰る家は、家族は、要だけだ」

 いつもとは逆の立場が何だかおかしくなって、クスッと笑ってしまう。

「香月……」
「僕、要の本当の子供になりたい」

 そう言うと、要の目から涙が零れる。
 そっと僕の手を放してゴシゴシと顔をこするけど、すごく嬉しそうだ。

「楓が、長嶋さんと話し合う段取りをつけてくれたんだ。大丈夫、向こうがごねるようなら裁判でも何でもして、俺の子供にするから」
「うん、ありがとう、要」

 僕のために何でもするって言う要の覚悟が、素直に嬉しい。
 と、要が僕をじっと見つめてくる。

「……ん」
「えっ?」

 要がごにょごにょと小声でそういうと、照れたように顔を背かれてしまった。

「いや、何でもない。もう遅いから、子供は早く寝な」

 そう言って僕を立たせて部屋へ押し込もうとするから。

(要じゃなくて、お父さんって呼んで欲しい)

 何て要が言いかけたかがわかってしまった。

「うん、お……要、おやすみ」

 要の希望通り「お父さん」と呼んでみようと思ったのだけれど、なんだかとても照れてしまって言えなかった。
 火照る顔を見られないよう足早に部屋に戻ろうとして……


 ピン……ポーン……


 チャイムが鳴った。

「? こんな遅くに誰だろう?」


 ピンポーンピンポーン


 こんな夜更けに訪ねてくるのは楓くらいなもんだけど、楓はチャイムなんて鳴らさない。
 ドアをガチャガチャやって、鍵がかかっているとドンドンと戸を叩きながら要の携帯を鳴らすのだ。


 ピポピポピポピンポーン


 うわっ、めっちゃ連打されてる……。
 不審げに玄関に向かう要の後ろから様子を窺うと、急かすようにチャイムを鳴らす頻度が上がる。

「はーい?」

 ガチャ、と要が玄関を開ける。
 覗き穴で相手を確認しないのは、いつもの事だ。
 ドアが開ききる前に、ガッ、とドアを掴んで相手がドアを勢いよく引いて入ってくる。

「本庄要さん?」
「そうですけど……あなたは?」

 ジロジロと覗き込む厳つい顔のおじさんと目が合った。
 何だろう、凄く嫌な感じの人。

「長嶋慶太君失踪の件で、お話を伺いたい。署までご同行していただけますね?」
「「えっ!?」」

 おじさんは上着から黒い手帳を取り出してカパッと見せる。
 青い警察官の制服を着たおじさんの写真がちらっと見えた。

「ま、待って! 慶太君いなくなったの?」
「香月、慶太君って?」

 慌てて話に割り込む僕に、要が振り返って聞く。

「弟……だと思う。今日、ママに会いに行ったときに、ママが抱っこしてた」
「坊や、弟ってことは長嶋さんの所の子? 何でここに?」
「香月は俺が預かっているんです。警察なら事情は知っているはずでは?」

 要に疑いの目を向けるおじさんに、要が不機嫌そうな声で答える。

「無駄に疑われるのも心外です。どうぞ、家に慶太君がいないことを上がって確認してください」
「話は署で……」
「勿論伺いますよ。ですが、その前に、家長である俺が調べて良いと言ってるんです。小さな子が本当にいるなら調べて一刻も早く保護すべきでしょう?」
「……令状もないのに」
「再度言いますよ、家長である俺が、良いと言ってるんです。これは捜査協力です。どうぞ」

 おじさんの言葉に被せるように、要が言う。
 これは相当怒ってるな……。


しおりを挟む
感想 23

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

【完結】「別れようって言っただけなのに。」そう言われましてももう遅いですよ。

まりぃべる
恋愛
「俺たちもう終わりだ。別れよう。」 そう言われたので、その通りにしたまでですが何か? 自分の言葉には、責任を持たなければいけませんわよ。 ☆★ 感想を下さった方ありがとうございますm(__)m とても、嬉しいです。

🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。

設楽理沙
ライト文芸
 ☘ 累計ポイント/ 180万pt 超えました。ありがとうございます。 ―― 備忘録 ――    第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。  最高 57,392 pt      〃     24h/pt-1位ではじまり2位で終了。  最高 89,034 pt                    ◇ ◇ ◇ ◇ 紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる 素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。 隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が 始まる。 苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・ 消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように 大きな声で泣いた。 泣きながらも、よろけながらも、気がつけば 大地をしっかりと踏みしめていた。 そう、立ち止まってなんていられない。 ☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★ 2025.4.19☑~

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

処理中です...