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三通目 親子の情
#5
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楓に連れられて家に帰ってきた夜。
楓が予め僕を連れ回すことを連絡入れてくれていたので、遅く帰ったことについては怒られなかった。
なかったんだけど……僕の目の前には、珍しく眉間に皺を寄せた要がいた。
「……あの、要……ごめんなんさい……」
「何が?」
声もいつになく刺々しい。やっぱり、怒ってる。
どうしたら良いかわからなくなるけれど、間に入ってくれそうな楓はもう帰ってしまっている。
しっかり話し合えよ、と頭をポンポン撫でて親指を立ててあっさり行ってしまった。
「勝手に、ママに会いに行ったこと……」
要のこんな態度は初めてで、声が震える。
暫く要の顔を見上げて様子を窺っていると、要は大きなため息をついた。
「……ごめん、大人げなかった」
要は、ちゃんと座って話そう、と食卓へ入るとココアを二人分淹れた。
温かい甘さが重々しい空気を緩和させてくれる。
「俺のこと、嫌になった?」
「そんなことない! 要のことは大好きだよ!」
長い沈黙のあと、そう言った要の言葉を僕は即座に否定する。
良かった、と破顔する要に、僕もホッとする。
「ねぇ、本当の両親の所に戻りたい……?」
そっと僕の手に重ねられた要の手はわずかに震えていた。
傍にいてほしい。置いて行かないで欲しい。
そんな想いが伝わってくる。
「ううん、確かに、パパとママに会いたいって思っていたよ」
僕はそんな要の手にもう片方の手を重ねてぎゅっと握る。
僕の言葉に、要が一瞬ビクッとするのが伝わってくる。触れた手から、要の不安が伝わってくる。
「もしかしたら、置いて行ったことが何かの間違いなんじゃないかとか、四年も経ったし、僕のことを受け入れてくれるんじゃないかとか思ったのは確かだけど」
要の不安が少しでも和らぐように、僕は言葉を選ぶ。
「でも、実際に会ってみて、違うってわかった。僕の帰る家は、家族は、要だけだ」
いつもとは逆の立場が何だかおかしくなって、クスッと笑ってしまう。
「香月……」
「僕、要の本当の子供になりたい」
そう言うと、要の目から涙が零れる。
そっと僕の手を放してゴシゴシと顔をこするけど、すごく嬉しそうだ。
「楓が、長嶋さんと話し合う段取りをつけてくれたんだ。大丈夫、向こうがごねるようなら裁判でも何でもして、俺の子供にするから」
「うん、ありがとう、要」
僕のために何でもするって言う要の覚悟が、素直に嬉しい。
と、要が僕をじっと見つめてくる。
「……ん」
「えっ?」
要がごにょごにょと小声でそういうと、照れたように顔を背かれてしまった。
「いや、何でもない。もう遅いから、子供は早く寝な」
そう言って僕を立たせて部屋へ押し込もうとするから。
(要じゃなくて、お父さんって呼んで欲しい)
何て要が言いかけたかがわかってしまった。
「うん、お……要、おやすみ」
要の希望通り「お父さん」と呼んでみようと思ったのだけれど、なんだかとても照れてしまって言えなかった。
火照る顔を見られないよう足早に部屋に戻ろうとして……
ピン……ポーン……
チャイムが鳴った。
「? こんな遅くに誰だろう?」
ピンポーンピンポーン
こんな夜更けに訪ねてくるのは楓くらいなもんだけど、楓はチャイムなんて鳴らさない。
ドアをガチャガチャやって、鍵がかかっているとドンドンと戸を叩きながら要の携帯を鳴らすのだ。
ピポピポピポピンポーン
うわっ、めっちゃ連打されてる……。
不審げに玄関に向かう要の後ろから様子を窺うと、急かすようにチャイムを鳴らす頻度が上がる。
「はーい?」
ガチャ、と要が玄関を開ける。
覗き穴で相手を確認しないのは、いつもの事だ。
ドアが開ききる前に、ガッ、とドアを掴んで相手がドアを勢いよく引いて入ってくる。
「本庄要さん?」
「そうですけど……あなたは?」
ジロジロと覗き込む厳つい顔のおじさんと目が合った。
何だろう、凄く嫌な感じの人。
「長嶋慶太君失踪の件で、お話を伺いたい。署までご同行していただけますね?」
「「えっ!?」」
おじさんは上着から黒い手帳を取り出してカパッと見せる。
青い警察官の制服を着たおじさんの写真がちらっと見えた。
「ま、待って! 慶太君いなくなったの?」
「香月、慶太君って?」
慌てて話に割り込む僕に、要が振り返って聞く。
「弟……だと思う。今日、ママに会いに行ったときに、ママが抱っこしてた」
「坊や、弟ってことは長嶋さんの所の子? 何でここに?」
「香月は俺が預かっているんです。警察なら事情は知っているはずでは?」
要に疑いの目を向けるおじさんに、要が不機嫌そうな声で答える。
「無駄に疑われるのも心外です。どうぞ、家に慶太君がいないことを上がって確認してください」
「話は署で……」
「勿論伺いますよ。ですが、その前に、家長である俺が調べて良いと言ってるんです。小さな子が本当にいるなら調べて一刻も早く保護すべきでしょう?」
「……令状もないのに」
「再度言いますよ、家長である俺が、良いと言ってるんです。これは捜査協力です。どうぞ」
おじさんの言葉に被せるように、要が言う。
これは相当怒ってるな……。
楓が予め僕を連れ回すことを連絡入れてくれていたので、遅く帰ったことについては怒られなかった。
なかったんだけど……僕の目の前には、珍しく眉間に皺を寄せた要がいた。
「……あの、要……ごめんなんさい……」
「何が?」
声もいつになく刺々しい。やっぱり、怒ってる。
どうしたら良いかわからなくなるけれど、間に入ってくれそうな楓はもう帰ってしまっている。
しっかり話し合えよ、と頭をポンポン撫でて親指を立ててあっさり行ってしまった。
「勝手に、ママに会いに行ったこと……」
要のこんな態度は初めてで、声が震える。
暫く要の顔を見上げて様子を窺っていると、要は大きなため息をついた。
「……ごめん、大人げなかった」
要は、ちゃんと座って話そう、と食卓へ入るとココアを二人分淹れた。
温かい甘さが重々しい空気を緩和させてくれる。
「俺のこと、嫌になった?」
「そんなことない! 要のことは大好きだよ!」
長い沈黙のあと、そう言った要の言葉を僕は即座に否定する。
良かった、と破顔する要に、僕もホッとする。
「ねぇ、本当の両親の所に戻りたい……?」
そっと僕の手に重ねられた要の手はわずかに震えていた。
傍にいてほしい。置いて行かないで欲しい。
そんな想いが伝わってくる。
「ううん、確かに、パパとママに会いたいって思っていたよ」
僕はそんな要の手にもう片方の手を重ねてぎゅっと握る。
僕の言葉に、要が一瞬ビクッとするのが伝わってくる。触れた手から、要の不安が伝わってくる。
「もしかしたら、置いて行ったことが何かの間違いなんじゃないかとか、四年も経ったし、僕のことを受け入れてくれるんじゃないかとか思ったのは確かだけど」
要の不安が少しでも和らぐように、僕は言葉を選ぶ。
「でも、実際に会ってみて、違うってわかった。僕の帰る家は、家族は、要だけだ」
いつもとは逆の立場が何だかおかしくなって、クスッと笑ってしまう。
「香月……」
「僕、要の本当の子供になりたい」
そう言うと、要の目から涙が零れる。
そっと僕の手を放してゴシゴシと顔をこするけど、すごく嬉しそうだ。
「楓が、長嶋さんと話し合う段取りをつけてくれたんだ。大丈夫、向こうがごねるようなら裁判でも何でもして、俺の子供にするから」
「うん、ありがとう、要」
僕のために何でもするって言う要の覚悟が、素直に嬉しい。
と、要が僕をじっと見つめてくる。
「……ん」
「えっ?」
要がごにょごにょと小声でそういうと、照れたように顔を背かれてしまった。
「いや、何でもない。もう遅いから、子供は早く寝な」
そう言って僕を立たせて部屋へ押し込もうとするから。
(要じゃなくて、お父さんって呼んで欲しい)
何て要が言いかけたかがわかってしまった。
「うん、お……要、おやすみ」
要の希望通り「お父さん」と呼んでみようと思ったのだけれど、なんだかとても照れてしまって言えなかった。
火照る顔を見られないよう足早に部屋に戻ろうとして……
ピン……ポーン……
チャイムが鳴った。
「? こんな遅くに誰だろう?」
ピンポーンピンポーン
こんな夜更けに訪ねてくるのは楓くらいなもんだけど、楓はチャイムなんて鳴らさない。
ドアをガチャガチャやって、鍵がかかっているとドンドンと戸を叩きながら要の携帯を鳴らすのだ。
ピポピポピポピンポーン
うわっ、めっちゃ連打されてる……。
不審げに玄関に向かう要の後ろから様子を窺うと、急かすようにチャイムを鳴らす頻度が上がる。
「はーい?」
ガチャ、と要が玄関を開ける。
覗き穴で相手を確認しないのは、いつもの事だ。
ドアが開ききる前に、ガッ、とドアを掴んで相手がドアを勢いよく引いて入ってくる。
「本庄要さん?」
「そうですけど……あなたは?」
ジロジロと覗き込む厳つい顔のおじさんと目が合った。
何だろう、凄く嫌な感じの人。
「長嶋慶太君失踪の件で、お話を伺いたい。署までご同行していただけますね?」
「「えっ!?」」
おじさんは上着から黒い手帳を取り出してカパッと見せる。
青い警察官の制服を着たおじさんの写真がちらっと見えた。
「ま、待って! 慶太君いなくなったの?」
「香月、慶太君って?」
慌てて話に割り込む僕に、要が振り返って聞く。
「弟……だと思う。今日、ママに会いに行ったときに、ママが抱っこしてた」
「坊や、弟ってことは長嶋さんの所の子? 何でここに?」
「香月は俺が預かっているんです。警察なら事情は知っているはずでは?」
要に疑いの目を向けるおじさんに、要が不機嫌そうな声で答える。
「無駄に疑われるのも心外です。どうぞ、家に慶太君がいないことを上がって確認してください」
「話は署で……」
「勿論伺いますよ。ですが、その前に、家長である俺が調べて良いと言ってるんです。小さな子が本当にいるなら調べて一刻も早く保護すべきでしょう?」
「……令状もないのに」
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