43 / 64
三通目 親子の情
#6
しおりを挟む
「何も……ないな」
「そうでしょうとも」
一通り、小さな子が隠れられそうな場所を覗いて回ったおじさんはそう言った。
「香月はもう寝なさい。俺はちょっと話を聞いてくるから」
「……ちゃんと帰ってくる?」
要の裾を掴んで離さない僕の頭を優しく撫でて、安心させるように微笑む。
「大丈夫だよ。だって俺は何にも悪いことなんてしていないからね」
起きる頃には帰っているから、という要の言葉を信じて渋々布団に入る。
「…………嘘つき……」
朝起きて家中を探したけれど、要は帰っていなかった。
取り敢えず、手早く朝食を用意して食べる。
どんな時でも、食事を抜いてはいけないって言うのが要の教えだからだ。
「楓~。ルナ~?」
頼れる大人、と思い浮かぶのは楓しかいない。
家からそう遠くないこともあり、真っ先に尋ねてみたけれど誰もいなかった。
『坊や、この家のご夫婦なら昨日警察に連れていかれたよ』
帰ろうとしたら、正面の家の花壇に座っていたお兄さんに声を掛けられる。
顔が半分潰れていて、服も真っ赤に染まっている。
「楓とルナも?」
『何やら、男の子がいなくなったらしいね。飄々としてて怪しい奴だと思ったら、まさか誘拐なんてね』
「違う! 楓もルナもそんなことしない! 第一、昨日は夕方までずっと僕といたんだ!」
いつもなら無視するけど、今は非常事態だ。
「お願い、協力して!いなくなった子を探す!」
警察を名乗っていたあのおじさん、最初から要を犯人扱いだった。
このままじゃ、要は帰ってこない気がする。
「昨日、慶太君の親と僕が揉めたんだ。楓は間に入ってくれただけ」
『ふぅん、じゃあ、それで疑われたって事か』
「そう。だから、今度は僕が皆を助けないと! 慶太君も心配だし」
『で? 手伝ったら、俺に何のメリットがあるの?』
お兄さんがゆらっと立ち上がり、僕の肩を掴む。
ふいに目の奥で強い光を視る。段々近づいて、それで、大きな質量に潰される――ああ、これは、このお兄さんの最期の記憶か。
トラックとぶつかったんだ、と映像でわかる。
今まで感じたことの無いほどの頭痛に襲われる。
「……伝ってくれたなら、お兄さんの言葉を伝えるよ……お父さんと喧嘩したの、後悔しているんでしょ?」
『何で、それを……』
頭を押さえながら言うと、お兄さんがうろたえたように離れる。
「わかったから。トラックにぶつかる瞬間、何であんなこと言ったんだろう、って思ったでしょ? だからお兄さんはここにいるんだ」
『……そうだよ。親父に、売り言葉に買い言葉で出てきちまった。夢を叶えたかっただけなのに、いつまで遊んでいるんだって言われてカチンときて。うるせぇっつって出てきちまった』
ここはお兄さんの家だ。お兄さんが座っていた花壇の向こう側では、お爺さんがぼんやりと外を眺めて座っている。
『あの日に限って、おはようも行ってくるも言えなかった。親父が見えるか? あれで、まだ五十代なんだぜ。俺が死んだせいで、一気に老け込んじまった』
お兄さんの潰れた顔がいつの間にか綺麗になっている。
少し長めのストレートヘアに濃いめの青色メッシュが一筋入った、整った顔のお兄さんだった。
『わかった。協力してやる。だから、お前も俺に協力しろ』
「OK、交渉成立。でも、僕の用事が先だよ。慶太君が心配だもん」
お兄さんと拳を打ち合わせる。
待っててね、皆。今度は僕が助けるよ。
『で、どこから探す?』
「うん、何も手がかりがないから、まずは慶太君の家に行くよ」
状況が全く分からないなら、わかっている人から読み取ればいい。
昨日の今日で、しかもこの状況で会うのは嫌だけど。
昨日楓が送ってくれたから、お金はまだある。大丈夫、行ける。
電車に乗って、昨日と同じ道順を辿る。
昨日と違って、ママの家の前にはパトカーが三台も停まっていた。
『普通、誘拐となれば警察に通報していないていで密かに捜査するもんじゃないの?』
「誘拐じゃなくて、いなくなったって話だからね」
『で、俺はこの辺で聞き込みすればいいのか?』
「それも良いけど……ついてきて欲しいかな」
またママに悪魔だなんだと言われるのが怖い。
手がプルプルと震えている。
『了解』
様子を窺う近所の人がジロジロと見てくる中を進む。
ピンポーン……
精一杯背伸びをしてチャイムを鳴らすと、ダダダ、と足音がして勢いよくドアが開いた。
期待に満ちた目が僕を見て歪む。
「……! この、悪魔! 慶太がいなくなったのもあんたの仕業でしょ?! 返してよ!」
あの子を返して、とママが半狂乱で僕に掴みかかる。
でも、僕だって怒っているんだ。
怒鳴るママに負けじと僕も大声を張り上げた。
「ふざけるな! 悪魔はどっちだ! 要を……お父さんを犯人扱いして! 僕からこれ以上家族を奪うな!」
ママに掴まれた時に、見えてしまったんだ。
お父さんを、楓を犯人だと決めつけて警察に訴えているママの姿が。
きっと、そのせいで皆まだ帰ってこられないんだ。
僕を悪魔だと言うのなら、なってやろうじゃないか。
僕はお父さんを助けるためなら、こいつらを傷つけたって構わない。
「そうでしょうとも」
一通り、小さな子が隠れられそうな場所を覗いて回ったおじさんはそう言った。
「香月はもう寝なさい。俺はちょっと話を聞いてくるから」
「……ちゃんと帰ってくる?」
要の裾を掴んで離さない僕の頭を優しく撫でて、安心させるように微笑む。
「大丈夫だよ。だって俺は何にも悪いことなんてしていないからね」
起きる頃には帰っているから、という要の言葉を信じて渋々布団に入る。
「…………嘘つき……」
朝起きて家中を探したけれど、要は帰っていなかった。
取り敢えず、手早く朝食を用意して食べる。
どんな時でも、食事を抜いてはいけないって言うのが要の教えだからだ。
「楓~。ルナ~?」
頼れる大人、と思い浮かぶのは楓しかいない。
家からそう遠くないこともあり、真っ先に尋ねてみたけれど誰もいなかった。
『坊や、この家のご夫婦なら昨日警察に連れていかれたよ』
帰ろうとしたら、正面の家の花壇に座っていたお兄さんに声を掛けられる。
顔が半分潰れていて、服も真っ赤に染まっている。
「楓とルナも?」
『何やら、男の子がいなくなったらしいね。飄々としてて怪しい奴だと思ったら、まさか誘拐なんてね』
「違う! 楓もルナもそんなことしない! 第一、昨日は夕方までずっと僕といたんだ!」
いつもなら無視するけど、今は非常事態だ。
「お願い、協力して!いなくなった子を探す!」
警察を名乗っていたあのおじさん、最初から要を犯人扱いだった。
このままじゃ、要は帰ってこない気がする。
「昨日、慶太君の親と僕が揉めたんだ。楓は間に入ってくれただけ」
『ふぅん、じゃあ、それで疑われたって事か』
「そう。だから、今度は僕が皆を助けないと! 慶太君も心配だし」
『で? 手伝ったら、俺に何のメリットがあるの?』
お兄さんがゆらっと立ち上がり、僕の肩を掴む。
ふいに目の奥で強い光を視る。段々近づいて、それで、大きな質量に潰される――ああ、これは、このお兄さんの最期の記憶か。
トラックとぶつかったんだ、と映像でわかる。
今まで感じたことの無いほどの頭痛に襲われる。
「……伝ってくれたなら、お兄さんの言葉を伝えるよ……お父さんと喧嘩したの、後悔しているんでしょ?」
『何で、それを……』
頭を押さえながら言うと、お兄さんがうろたえたように離れる。
「わかったから。トラックにぶつかる瞬間、何であんなこと言ったんだろう、って思ったでしょ? だからお兄さんはここにいるんだ」
『……そうだよ。親父に、売り言葉に買い言葉で出てきちまった。夢を叶えたかっただけなのに、いつまで遊んでいるんだって言われてカチンときて。うるせぇっつって出てきちまった』
ここはお兄さんの家だ。お兄さんが座っていた花壇の向こう側では、お爺さんがぼんやりと外を眺めて座っている。
『あの日に限って、おはようも行ってくるも言えなかった。親父が見えるか? あれで、まだ五十代なんだぜ。俺が死んだせいで、一気に老け込んじまった』
お兄さんの潰れた顔がいつの間にか綺麗になっている。
少し長めのストレートヘアに濃いめの青色メッシュが一筋入った、整った顔のお兄さんだった。
『わかった。協力してやる。だから、お前も俺に協力しろ』
「OK、交渉成立。でも、僕の用事が先だよ。慶太君が心配だもん」
お兄さんと拳を打ち合わせる。
待っててね、皆。今度は僕が助けるよ。
『で、どこから探す?』
「うん、何も手がかりがないから、まずは慶太君の家に行くよ」
状況が全く分からないなら、わかっている人から読み取ればいい。
昨日の今日で、しかもこの状況で会うのは嫌だけど。
昨日楓が送ってくれたから、お金はまだある。大丈夫、行ける。
電車に乗って、昨日と同じ道順を辿る。
昨日と違って、ママの家の前にはパトカーが三台も停まっていた。
『普通、誘拐となれば警察に通報していないていで密かに捜査するもんじゃないの?』
「誘拐じゃなくて、いなくなったって話だからね」
『で、俺はこの辺で聞き込みすればいいのか?』
「それも良いけど……ついてきて欲しいかな」
またママに悪魔だなんだと言われるのが怖い。
手がプルプルと震えている。
『了解』
様子を窺う近所の人がジロジロと見てくる中を進む。
ピンポーン……
精一杯背伸びをしてチャイムを鳴らすと、ダダダ、と足音がして勢いよくドアが開いた。
期待に満ちた目が僕を見て歪む。
「……! この、悪魔! 慶太がいなくなったのもあんたの仕業でしょ?! 返してよ!」
あの子を返して、とママが半狂乱で僕に掴みかかる。
でも、僕だって怒っているんだ。
怒鳴るママに負けじと僕も大声を張り上げた。
「ふざけるな! 悪魔はどっちだ! 要を……お父さんを犯人扱いして! 僕からこれ以上家族を奪うな!」
ママに掴まれた時に、見えてしまったんだ。
お父さんを、楓を犯人だと決めつけて警察に訴えているママの姿が。
きっと、そのせいで皆まだ帰ってこられないんだ。
僕を悪魔だと言うのなら、なってやろうじゃないか。
僕はお父さんを助けるためなら、こいつらを傷つけたって構わない。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
🥕おしどり夫婦として12年間の結婚生活を過ごしてきたが一波乱あり、妻は夫を誰かに譲りたくなるのだった。
設楽理沙
ライト文芸
☘ 累計ポイント/ 180万pt 超えました。ありがとうございます。
―― 備忘録 ――
第8回ライト文芸大賞では大賞2位ではじまり2位で終了。 最高 57,392 pt
〃 24h/pt-1位ではじまり2位で終了。 最高 89,034 pt
◇ ◇ ◇ ◇
紳士的でいつだって私や私の両親にやさしくしてくれる
素敵な旦那さま・・だと思ってきたのに。
隠された夫の一面を知った日から、眞奈の苦悩が
始まる。
苦しくて、悲しくてもののすごく惨めで・・
消えてしまいたいと思う眞奈は小さな子供のように
大きな声で泣いた。
泣きながらも、よろけながらも、気がつけば
大地をしっかりと踏みしめていた。
そう、立ち止まってなんていられない。
☆-★-☆-★+☆-★-☆-★+☆-★-☆-★
2025.4.19☑~
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――
のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」
高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。
そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。
でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。
昼間は生徒会長、夜は…ご主人様?
しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。
「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」
手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。
なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。
怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。
だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって――
「…ほんとは、ずっと前から、私…」
ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。
恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる