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第九章 俺様、ダンジョンに潜る
(閑話)騒がしい朝食
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スッキリと爽やかな解放感に包まれた日曜日。
夏の日差しを浴びた草木の緑が輝く庭先を眺めて楽しんでいると、ルナが焼き立てのパンと目玉焼き、そしてコーヒーを並べ始めた。食欲を唆る香りに、わずかに残っていた眠気も消し飛んでいく。
こんなにも穏やかな朝を迎えるのはいつぶりだろうか。
「……あの日から1年とちょっと、か。ようやく終わるな。ルナもご苦労様」
「何人かは残念だったけれど、楓の力になれて嬉しいわ」
配膳の手を止めたルナは、そう言って見惚れるほどの微笑みを浮かべる。
嫉妬深いルナのことだ。本当に嬉しいのは、これで俺が生徒のために奔走する必要がなくなって2人の時間が増えることだろう。
わかっているけど、それを口にするのは野暮だから言わない。
いざ時間に余裕ができたら、気が済むまで毎日だって抱いてやるさ。
「これで、楓を犯人扱いする人がいなくなれば、元通りの生活になれるわね」
「そうだな……そうなると良いなぁ」
会話に応じながらも、ルナはカタカタともう2人分の食事を自然に並べている。
すっかりこの家で食事をするのが当たり前になってしまった刑事2人の分なのだが、今日はまだ姿を見せていない。
職務を忘れたかのように入り浸る2人とは、今や旧来の友人のような関係だ。
「あとは暗黒破壊神を倒すだけ、か」
「あら? 楓、そこまであの子達に付き合うの?」
皿を並べ終わり相向かいの席についたルナは頬を膨らませる。
生徒達を連れ帰るという本来の目的は、あと3人を残して達成できるのだからそこまでで良いじゃないかと言うのだ。
普段は絶世の美女なのに拗ねると一気に幼い印象になる彼女は、本当に見ていて飽きない。
あちらの世界にいるのは全て分身体で自律行動しており、指揮する必要も回収する必要もない。
ルナが言っているのは分身体達と意識を繋がず、こちらの世界での人生、更に言うとルナを優先しろということ。意識を繋いでいる間は半分寝てるようなもんだからな。
「でもなぁ。倒した後でリージェがどうなるか気になるし。それに、暗黒破壊神が言っていた、『女神が黒幕』って台詞も気になるんだよなぁ……」
「…………あの世界に、女神なんていないわ」
「え? ルナ、それはどういう……」
楓から視線を外し、むくれた顔のままルナがぼそりと呟く。
聞き捨てならない言葉に、思わず身を前に乗り出す。
こうして共に暮らしていると忘れてしまいがちだが、ルナだって神の一柱だ。ルナだからこそわかることがあるんだろう。
今まで教えてくれなかったのは、きっと俺がそのことを失念して聞かなかったからだ。
「…………」
「ルナ?」
そっぽを向いたままの彼女の顔を両手で無理やり俺の方に向かせる。
頬を挟まれ膨らませられなくなったからか、唇を尖らせて拗ねてますよアピールしてくる彼女が愛おしい。
あの世界に女神がいないってどういうことだ、と名前を呼んで促すが、むぅ、と唸ったまま話そうとしない。
「ほほぅ? 話す気がないって言うなら……思いっきり不細工にしてやるぞぉ? うりうり!」
「ひゃ、ひゃめひぇっ! はあう! はあうかあ!」
頬を思いっきりこねくり回して、ひょっとこ顔にしたりハムスターのように頬を引っ張ったり。
ルナは慌てて俺の手を引き剥がそうとする。口では文句を言っているが、その顔はふにゃりと緩み嬉しそうだ。
「あのね」
――ピーンポーン
水を差すとはこのことか。室内にチャイムが響いた。
「あ、クロちゃん達来たかしら」
パタパタとスリッパの音を響かせて逃げるように玄関へと行ってしまった。
黒木達なら、出迎えなど待たずに遠慮なくドアを開けて入ってくるというのに。
正直、面白くない。
「楓、お客さん」
だが、やってきたのは黒木達ではなかったようだ。
戸惑うような声を出しながらルナが楓の元へと案内してきたのは、意外な人物だった。
「よっ。おはよーさん。悪いな、こんな朝から」
「青野さん?! いったい、どうしたんです? あ、次の仕事の打ち合わせですか?」
「あー、それもあるんだが……」
来客の正体は、ルナ名義でレンタルスタジオとして貸し出している廃ホテルの常連だった。
流行り物には手を出さず、怨霊だとか呪い系のホラー映画ばかり撮る変わり者だ。
ホラー映画界ではそこそこの権威であるらしく、ジャンルを問わずあちこちに顔が効く。
スタジオの貸し出し依頼や、内装・セットなどの打ち合わせはいつも電話かメールでやり取りしており、俺が呼び出されることはあっても、こうして青野さんが直接やってくるのは初めてだ。
「ちょっと、良からぬ話を聞いてな」
「良からぬ話?」
席が他に空いていなかったため、黒木がいつも座っているルナの隣の席を勧めると、徐にテーブルに並んでいたパンを齧りながら青野が本題を切り出した。
もしかして、生徒達が失踪した件で犯人として疑われている件だろうか? 散々騒がれているのに今頃?
「そう。それで、これを……」
「おっはよーございまーす! って、あぁー! 俺の朝食がー!!」
「ルナさん、おはようございます。ついでに木下さんも」
青野さんがパンくずのついた手を自分の服で拭い、ポケットから何かを出そうとしていると、黒木達が入ってきて一気に騒がしくなった。っておい、瀬田! 俺はついでかよ!
騒ぐ黒木を無視して俺の隣に座った瀬田はもくもくと食事に手を伸ばす。
「あ、クロちゃんごめんね? すぐ用意するから」
「ルナさんの手を煩わせるなよ黒木」
「うっせー! ならお前の分を俺に寄越しやがれ!」
「やだ。ルナさんの手料理は俺のもの」
「あぁ、これお前の分だったのか。すまんな、食っちまって」
ルナが慌てて席を立ち、キッチンに姿を消す。
男だらけになった食卓はぎゃあぎゃあと騒がしい。
青野さんが悪びれなく食べながら言うのを、黒木が恨めしそうに睨んでいる。
「で、誰?」
「それはこっちの台詞っすよ!」
「雑誌で見ました。映画監督の青野圭さんですよね」
「マジ?!」
「ん? 雑誌? あぁ、この前取材受けたオカルト誌か」
そういやもう発売になってたんだっけなぁ、と青野さん。そんな仕事もしてたんすか。
たまたま持っていたらしい瀬田がごそごそと鞄から1冊の薄い冊子を取り出す。
その表紙を見て、俺はブッ、とコーヒーを噴き出してしまった。
「きったねぇなぁ、おい」
「げほげほっ……いや、だって青野さんそれ……」
赤い背景の中心に金色の四角い枠で囲まれたファンタジーっぽいイラスト。そこに、「異世界は本当にあった?! 高校生集団失踪事件の真相」と書かれていたのだ。
瀬田が俺の反応に気づいてペラペラとページを繰る。
「木下さん、ここ、木下さんが生徒達を異世界から連れ戻したとか書いてあるんですけど、実際どうなんですか?」
「瀬田、そんなの本気にすんなって秦野さんにも言われたっしょ? 異世界とかないない。そうっすよね、木下さん」
「ん? うーん……」
何と説明したら良いんだか。
返答に困った俺に思わぬ助け舟を出してくれたのは、青野さんだった。
「で? 結局お前らは誰なの?」
「あ、失礼したっす! 俺、黒木って言うっす」
「瀬田です」
青野さんのことだから、自分の最初の質問をスルーされてるからもう一回聞いただけなんだろう。だが、今はそのマイペースな所に感謝だな。二人の意識が俺から逸れてくれた。
二人は警察手帳を取り出して自己紹介する。
青野さんは興味なさそうに手帳を一瞥すると、ふぅん、と呟いた。
そして、何かを思い出したかのようにポケットを探り始める。
「警察って、こんな風に一般人の家に勝手に上がり込んで良いんだっけ?」
「ギクッ!」
「……本当はダメです。この前もそれで怒られたばかりで……」
青野さんの指摘に、シュンとする二人。まるで大型犬みたいだ。垂れ下がった耳と尻尾が見える気がする。
青野さんは、ニヤリと嗤うとポケットから取り出した物を無造作に黒木に渡した。
「じゃあ、そんな不良警官のお前達にこれをやろう。お近づきの印ってやつだ」
「わーい! 何すかこれ?!」
「ありがとうございます。SDカード? もしかして、映画の非公開映像とかですか?」
「マジで!? 良いんすか? 貰っちゃって?!」
「あぁ、構わんぞ。たくさん配り歩いたうちの1枚だからな。ただし、なくさないでくれよ?」
「わかりました! 大切にします! ネットに流出もしません!」
オカルト誌を持っていただけあってそういうのが好きなのか、瀬田がキラキラとした眼でじっと黒木の掌に乗せられたSDカードを見つめている。中身がとても気になるようだ。
警官って金品受け取っちゃいけないんじゃないっけ、と俺が言うと涙目でお金じゃないし良いんですと言ってSDカードを隠すように鞄にしまっていた。ダメなんだな、やっぱり。こいつらその内何らかの処罰食らうんじゃなかろうか?
呆れている俺にも、青野さんはSDカードを渡してきた。
「お前のはお守りな。困った状況になったらそれを再生してみろ」
「ありがとうございます?」
「えー? じゃぁこれは?」
「すぐには再生したらダメですか?」
これを渡すのが本来の目的だったんだよ、という青野さんはまだ悪人顔の笑みを浮かべている。一体何が入っているんだか。困った時、ねぇ?
困った時に再生しろ、と俺に向けた言葉に、残念そうに瀬田が聞く。普段の固い印象が丸崩れだ。
「いや……そうだな。できるだけ大勢、できれば職場の人皆がいる場所で再生してくれ。その方がきっと面白くなる」
「面白く? 何すか?!」
「それは再生してのお楽しみってやつだな」
「わかりました! 署に戻ったらすぐに、いるメンバー集めて皆で鑑賞会します!」
宝物を見つけた少年のような表情をする瀬田と黒木。
職場って警察署だろ? そこで再生して面白いことって何だよってツッコミたいのは俺だけか?
見た目変わらないSDカードだから、俺の方にも同じデータが入っているんだろうが……気になるなぁ。
「さて、俺がここに来た目的は達成したし、そろそろお暇するよ。ごちそーさん」
「えっ? 青野さん、仕事の打ち合わせは?」
「あぁ、それは急ぎじゃないからあとでメールするわ。じゃあな」
どこか楽し気な青野さんは、ヒラヒラと手を振ると本当に帰ってしまった。まったく、最後までマイペースな人だ。
空いた皿を下げ、黒木を座らせる。
黒木が一人遅れた食事を摂っている間、珍しく興奮した様子の瀬田が俺と青野さんの関係や仕事って何かと質問攻めにしてきた。
まぁ、異世界の話題から逸れてくれたから良いか。青野さんとのことは特に隠すようなものでもないし。
SDカードの中身が気になるらしい二人は、食事が済むとそそくさと帰っていった。
収められた内容を知ることになるのは、そして本当にそれに助けられることになるのは、ちょっとだけ後の話。
夏の日差しを浴びた草木の緑が輝く庭先を眺めて楽しんでいると、ルナが焼き立てのパンと目玉焼き、そしてコーヒーを並べ始めた。食欲を唆る香りに、わずかに残っていた眠気も消し飛んでいく。
こんなにも穏やかな朝を迎えるのはいつぶりだろうか。
「……あの日から1年とちょっと、か。ようやく終わるな。ルナもご苦労様」
「何人かは残念だったけれど、楓の力になれて嬉しいわ」
配膳の手を止めたルナは、そう言って見惚れるほどの微笑みを浮かべる。
嫉妬深いルナのことだ。本当に嬉しいのは、これで俺が生徒のために奔走する必要がなくなって2人の時間が増えることだろう。
わかっているけど、それを口にするのは野暮だから言わない。
いざ時間に余裕ができたら、気が済むまで毎日だって抱いてやるさ。
「これで、楓を犯人扱いする人がいなくなれば、元通りの生活になれるわね」
「そうだな……そうなると良いなぁ」
会話に応じながらも、ルナはカタカタともう2人分の食事を自然に並べている。
すっかりこの家で食事をするのが当たり前になってしまった刑事2人の分なのだが、今日はまだ姿を見せていない。
職務を忘れたかのように入り浸る2人とは、今や旧来の友人のような関係だ。
「あとは暗黒破壊神を倒すだけ、か」
「あら? 楓、そこまであの子達に付き合うの?」
皿を並べ終わり相向かいの席についたルナは頬を膨らませる。
生徒達を連れ帰るという本来の目的は、あと3人を残して達成できるのだからそこまでで良いじゃないかと言うのだ。
普段は絶世の美女なのに拗ねると一気に幼い印象になる彼女は、本当に見ていて飽きない。
あちらの世界にいるのは全て分身体で自律行動しており、指揮する必要も回収する必要もない。
ルナが言っているのは分身体達と意識を繋がず、こちらの世界での人生、更に言うとルナを優先しろということ。意識を繋いでいる間は半分寝てるようなもんだからな。
「でもなぁ。倒した後でリージェがどうなるか気になるし。それに、暗黒破壊神が言っていた、『女神が黒幕』って台詞も気になるんだよなぁ……」
「…………あの世界に、女神なんていないわ」
「え? ルナ、それはどういう……」
楓から視線を外し、むくれた顔のままルナがぼそりと呟く。
聞き捨てならない言葉に、思わず身を前に乗り出す。
こうして共に暮らしていると忘れてしまいがちだが、ルナだって神の一柱だ。ルナだからこそわかることがあるんだろう。
今まで教えてくれなかったのは、きっと俺がそのことを失念して聞かなかったからだ。
「…………」
「ルナ?」
そっぽを向いたままの彼女の顔を両手で無理やり俺の方に向かせる。
頬を挟まれ膨らませられなくなったからか、唇を尖らせて拗ねてますよアピールしてくる彼女が愛おしい。
あの世界に女神がいないってどういうことだ、と名前を呼んで促すが、むぅ、と唸ったまま話そうとしない。
「ほほぅ? 話す気がないって言うなら……思いっきり不細工にしてやるぞぉ? うりうり!」
「ひゃ、ひゃめひぇっ! はあう! はあうかあ!」
頬を思いっきりこねくり回して、ひょっとこ顔にしたりハムスターのように頬を引っ張ったり。
ルナは慌てて俺の手を引き剥がそうとする。口では文句を言っているが、その顔はふにゃりと緩み嬉しそうだ。
「あのね」
――ピーンポーン
水を差すとはこのことか。室内にチャイムが響いた。
「あ、クロちゃん達来たかしら」
パタパタとスリッパの音を響かせて逃げるように玄関へと行ってしまった。
黒木達なら、出迎えなど待たずに遠慮なくドアを開けて入ってくるというのに。
正直、面白くない。
「楓、お客さん」
だが、やってきたのは黒木達ではなかったようだ。
戸惑うような声を出しながらルナが楓の元へと案内してきたのは、意外な人物だった。
「よっ。おはよーさん。悪いな、こんな朝から」
「青野さん?! いったい、どうしたんです? あ、次の仕事の打ち合わせですか?」
「あー、それもあるんだが……」
来客の正体は、ルナ名義でレンタルスタジオとして貸し出している廃ホテルの常連だった。
流行り物には手を出さず、怨霊だとか呪い系のホラー映画ばかり撮る変わり者だ。
ホラー映画界ではそこそこの権威であるらしく、ジャンルを問わずあちこちに顔が効く。
スタジオの貸し出し依頼や、内装・セットなどの打ち合わせはいつも電話かメールでやり取りしており、俺が呼び出されることはあっても、こうして青野さんが直接やってくるのは初めてだ。
「ちょっと、良からぬ話を聞いてな」
「良からぬ話?」
席が他に空いていなかったため、黒木がいつも座っているルナの隣の席を勧めると、徐にテーブルに並んでいたパンを齧りながら青野が本題を切り出した。
もしかして、生徒達が失踪した件で犯人として疑われている件だろうか? 散々騒がれているのに今頃?
「そう。それで、これを……」
「おっはよーございまーす! って、あぁー! 俺の朝食がー!!」
「ルナさん、おはようございます。ついでに木下さんも」
青野さんがパンくずのついた手を自分の服で拭い、ポケットから何かを出そうとしていると、黒木達が入ってきて一気に騒がしくなった。っておい、瀬田! 俺はついでかよ!
騒ぐ黒木を無視して俺の隣に座った瀬田はもくもくと食事に手を伸ばす。
「あ、クロちゃんごめんね? すぐ用意するから」
「ルナさんの手を煩わせるなよ黒木」
「うっせー! ならお前の分を俺に寄越しやがれ!」
「やだ。ルナさんの手料理は俺のもの」
「あぁ、これお前の分だったのか。すまんな、食っちまって」
ルナが慌てて席を立ち、キッチンに姿を消す。
男だらけになった食卓はぎゃあぎゃあと騒がしい。
青野さんが悪びれなく食べながら言うのを、黒木が恨めしそうに睨んでいる。
「で、誰?」
「それはこっちの台詞っすよ!」
「雑誌で見ました。映画監督の青野圭さんですよね」
「マジ?!」
「ん? 雑誌? あぁ、この前取材受けたオカルト誌か」
そういやもう発売になってたんだっけなぁ、と青野さん。そんな仕事もしてたんすか。
たまたま持っていたらしい瀬田がごそごそと鞄から1冊の薄い冊子を取り出す。
その表紙を見て、俺はブッ、とコーヒーを噴き出してしまった。
「きったねぇなぁ、おい」
「げほげほっ……いや、だって青野さんそれ……」
赤い背景の中心に金色の四角い枠で囲まれたファンタジーっぽいイラスト。そこに、「異世界は本当にあった?! 高校生集団失踪事件の真相」と書かれていたのだ。
瀬田が俺の反応に気づいてペラペラとページを繰る。
「木下さん、ここ、木下さんが生徒達を異世界から連れ戻したとか書いてあるんですけど、実際どうなんですか?」
「瀬田、そんなの本気にすんなって秦野さんにも言われたっしょ? 異世界とかないない。そうっすよね、木下さん」
「ん? うーん……」
何と説明したら良いんだか。
返答に困った俺に思わぬ助け舟を出してくれたのは、青野さんだった。
「で? 結局お前らは誰なの?」
「あ、失礼したっす! 俺、黒木って言うっす」
「瀬田です」
青野さんのことだから、自分の最初の質問をスルーされてるからもう一回聞いただけなんだろう。だが、今はそのマイペースな所に感謝だな。二人の意識が俺から逸れてくれた。
二人は警察手帳を取り出して自己紹介する。
青野さんは興味なさそうに手帳を一瞥すると、ふぅん、と呟いた。
そして、何かを思い出したかのようにポケットを探り始める。
「警察って、こんな風に一般人の家に勝手に上がり込んで良いんだっけ?」
「ギクッ!」
「……本当はダメです。この前もそれで怒られたばかりで……」
青野さんの指摘に、シュンとする二人。まるで大型犬みたいだ。垂れ下がった耳と尻尾が見える気がする。
青野さんは、ニヤリと嗤うとポケットから取り出した物を無造作に黒木に渡した。
「じゃあ、そんな不良警官のお前達にこれをやろう。お近づきの印ってやつだ」
「わーい! 何すかこれ?!」
「ありがとうございます。SDカード? もしかして、映画の非公開映像とかですか?」
「マジで!? 良いんすか? 貰っちゃって?!」
「あぁ、構わんぞ。たくさん配り歩いたうちの1枚だからな。ただし、なくさないでくれよ?」
「わかりました! 大切にします! ネットに流出もしません!」
オカルト誌を持っていただけあってそういうのが好きなのか、瀬田がキラキラとした眼でじっと黒木の掌に乗せられたSDカードを見つめている。中身がとても気になるようだ。
警官って金品受け取っちゃいけないんじゃないっけ、と俺が言うと涙目でお金じゃないし良いんですと言ってSDカードを隠すように鞄にしまっていた。ダメなんだな、やっぱり。こいつらその内何らかの処罰食らうんじゃなかろうか?
呆れている俺にも、青野さんはSDカードを渡してきた。
「お前のはお守りな。困った状況になったらそれを再生してみろ」
「ありがとうございます?」
「えー? じゃぁこれは?」
「すぐには再生したらダメですか?」
これを渡すのが本来の目的だったんだよ、という青野さんはまだ悪人顔の笑みを浮かべている。一体何が入っているんだか。困った時、ねぇ?
困った時に再生しろ、と俺に向けた言葉に、残念そうに瀬田が聞く。普段の固い印象が丸崩れだ。
「いや……そうだな。できるだけ大勢、できれば職場の人皆がいる場所で再生してくれ。その方がきっと面白くなる」
「面白く? 何すか?!」
「それは再生してのお楽しみってやつだな」
「わかりました! 署に戻ったらすぐに、いるメンバー集めて皆で鑑賞会します!」
宝物を見つけた少年のような表情をする瀬田と黒木。
職場って警察署だろ? そこで再生して面白いことって何だよってツッコミたいのは俺だけか?
見た目変わらないSDカードだから、俺の方にも同じデータが入っているんだろうが……気になるなぁ。
「さて、俺がここに来た目的は達成したし、そろそろお暇するよ。ごちそーさん」
「えっ? 青野さん、仕事の打ち合わせは?」
「あぁ、それは急ぎじゃないからあとでメールするわ。じゃあな」
どこか楽し気な青野さんは、ヒラヒラと手を振ると本当に帰ってしまった。まったく、最後までマイペースな人だ。
空いた皿を下げ、黒木を座らせる。
黒木が一人遅れた食事を摂っている間、珍しく興奮した様子の瀬田が俺と青野さんの関係や仕事って何かと質問攻めにしてきた。
まぁ、異世界の話題から逸れてくれたから良いか。青野さんとのことは特に隠すようなものでもないし。
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