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5 引きこもれない
しおりを挟むグツグツ
今日も今日とて薬作りに励んでいる。
窓から差し込む朝日が目に染みる。
あの依頼から、数週間たった。
テディさんにはあの依頼以降、まったく会っていない。
どうやらやることがあるらしく、しばらく会えないと言われていたから特に何も思うことはない。
しかし、最近少しだけ変わったことがある。
この森の中にある家に、来訪者があらわれたことだ。
(今世で、まさか鷹をもてなすことになるとは……)
黒と茶色の羽、腹部は白い羽毛で覆われている威風堂々とした鷹。
ふわふわした腹部の羽毛は、人に手入れされているのではないかと思うほど魅力的だ。
(触ろうとすれば、きっとあの鋭いかぎ爪の餌食になるんだろうな)
そう思い直し、今日も窓からやってきたお客さんに食事を用意した。
羽のあるお客さんはいつものように、足にくくりつけられた手紙を差し出してくる。
その手紙を読みながら、手紙を届けてくれた彼に新鮮な肉を提供した。
「それにしても、ほんとに律儀な人だな……」
手紙の差出人は、少し前に依頼を受けたことのある夫人だ。魔女として『愛』を捨てるのを手伝った例の夫人のことだ。彼女はこの鷹を郵便屋さんにして、定期的に手紙を送ってくる。ちなみに、この鷹の名は『アスラン』で男の子だそうだ。
「なになに、『最近はミネラ山で鉱脈が見つかった』……?いや、そんな話を私にされても……」
このような聞く人が聞けばビジネスチャンスとなるようなことを手紙にして送ってくるのだ。最初の頃はそんなことはなく、ただのお礼の手紙だったのだが、どこで間違ってしまったのだろうか……。
「うーん……。……よし、こんなものかな」
『よくわかりませんが、朗報のようでよかったです。あと、私はただの一般人なのでこのような情報はもったいなく思います。イザベラさんからのお礼は十分にお受けしましたので、本当に構って下さるのはこれで終わりにしていただきたく存じます。 一般人の協力者より』
「これだけ一般人なことを強調すれば、今度こそわかってくれるはず……」
でも、あの人はわかっていながらこうして手紙を送ってきているような気がする。いや、十中八九そうな気がしてきた。それでも、最初の頃のように宝石とかアクセサリーとかを送ってくるのをやめてくれたから、そこら辺の配慮はしてくれる人だと知っている。
(鷹がドレスの入った箱を背負ってやってきた時は、流石にドン引いたけど……)
したためた手紙を持って、窓のほうを見る。
アスランはすでに食事を終え、開け放った窓で待機していた。そんな彼の足に、先程したためた手紙をくくりつける。
アスランはその手紙を数回くちばしでつついた後、澄み渡る空を飛び去っていった。
「うん、今日のやることはこれで終わったかな」
そう言って、また薬窯のほうへと向かった。
こんな平穏な日々は、突如として破られることになる。
この時期には珍しい、雨が降っていた日のことだった。
その日は湿気が多かったため、薬作りをやめてベッドでダラダラしていた。本屋で買いだめていた小説を、寝間着のまま読んでいた。
コンコン
ザーザーと雨が降る中、かすかに玄関のドアから音がすることに気がついた。雨漏りかもしれないと思い、タオルとバケツを持って玄関に向かった。
玄関にたどり着き、周囲を見渡す。室内はとくに異常がなく、気のせいだったのだろうと思った。しかし、一応外も確認しておこうとドアを開けてみるとそこには人がいた。
騎士、もといテディさんだった。
黒い外套をまとっていたから彼だと認識するのは遅れたが、あの特徴的なオッドアイがフードからのぞいていたことでわかった。
とりあえず、彼には体を乾かしてもらうことにした。
「ここまでしてもらう必要はなかったのだが」
無表情ながら、困惑した様子を醸し出せるのはテディさんのユニークスキルなのかもしれない。そんな彼は、現在湯上がりでポッカポカになっている。
なぜかって?私が無理やり入るように指示したからだ。タオルを渡そうとして偶然手が触れあったとき、彼の手のあまりの冷たさに私が飛び上がったからだ。あれは低温動物でも驚きの体温だった。冷たすぎ。
「冷たすぎます。その冷たすぎる体温のせいで、私の家が凍ってしまったらどうするんですか」
人様を自分の家のお風呂に入れるという慣れないことをしたせいか、普段は心の中にしまっている冗談を口走ってしまう。言った後に、はっとして後悔をする。
「ああ、それもそうか」
(それで納得するの?!)
冗談を冗談と受け止められなかったことに、なんとも微妙な感情を抱く。冗談と思われていても気まずかったが、そうでなかったらなかったでなんとも言えない気分になった。
「それで、どうしてわざわざこんな日に来たんですか?」
テディさんの体も温まり、温かいお茶で一息ついた頃。
彼の来訪の目的を尋ねた。
「シロ殿には、王都に来てもらうことになった」
「はい?」
様々な思いが駆け巡る。
魔女だとバレてしまって王都に連れていかれるのか、それとも魔女探しの協力者として王都に連れ去られるのか。どちらにせよ、外に出たくない引きこもりの身としては一大事である。
「え、いや、なんで、は?」
絵に描いたような動揺をみせる彼女に、彼は落ち着き払った様子で答えた。
「どうやら以前の依頼で、レグナード辺境伯はあなたのことを気に入ったらしい」
(いや、レグナード辺境伯って誰)
真剣に話しているテディさんには申し訳ないが、レグナード辺境伯のことがまったくわからない。また彼の悪いところである言葉足らずが発動したようだ。
「テディさん、まずレグナード辺境伯って誰ですか」
少しの沈黙の後、彼は口を開いた。
「以前、依頼を受けた貴族だ」
「……イザベラさん?」
「そうだ」
すんっとしたチベットスナギツネのような表情で淡々と言う。
(いや、そんな顔で言わないで)
こんな顔で言われたら、説明が足りないと責められない。無表情の威圧感を舐めていたかもしれない。
「辺境伯にシロ殿を王都でもてなすように命令されている」
(なるほど、業務外労働を強いられている、と)
道理で、チベットスナギツネみたいな顔をしていたわけだ。管轄外の労働は、誰もやりたいとは思わないよなぁ。
「同行してもらいたい」
「……はい」
今回はさすがにテディさんが気の毒だったので、この誘いを受けることにした。まあ、どうせ選択権はこちらになさそうだと思って諦めたからとかではない。断じて違うから。
「……テディさん、一つだけ聞きたいんですけど」
「どうした」
「なんで私はあなたと一緒に馬に乗ってるんですか」
「王都に向かうためだ」
「いや、得意のテレポートは!?」
現在、私たちはのどかな田舎道を進んでいた。テディさんの愛馬に乗って。
あの便利なテレポートはどうしたのかと思うのも当然なはずだ。
「……王都までは遠い」
彼が静かに放った言葉は、それだけだった。
「え?まって、疲れるからってこと?」
「……話していると舌を噛むぞ」
噛むほどのスピードはでていないのに、テディさんはそんなことを言う。
「この速さで舌を噛んだら、それはそれで才能ですね」
そんな憎まれ口を言ってしまったのが悪かったのだろうか。
テディさんは無言でスピードを上げた。
「はやいーーッ!」
そんな悲鳴をあげ、テディさんの背中にしがみつく。
ちらりと見えた彼の横顔は、少し笑っていた気がした。
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