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6 王都

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 果てしなく広がる平野のある木の下。
 二人の人間と一頭の馬が、そこで休んでいた。

「ひ、ひどい目にあった……」

 息切れをしている私の隣では、素知らぬ顔のテディさんがいる。誰のせいでこうなっていると思ってるんだ。

「もうすぐ町に着く」

 それだけ言うと、彼はまた馬に荷物をくくりつけ始めた。

(え、もう出発するの?)

 数分とたたずに出発しようとしているテディさんを信じられない目で見る。
 彼はそのまま準備を終え、私を馬に乗せようとしてくる。私は何の抵抗もできないまま、脇に手を入れて持ち上げられ、馬の上に乗せられた。

「行くぞ」

 さっきとは異なり、テディさんは私の後ろに乗って出発した。私の顔とおしりが天に召されることはもうすでに確定していた。














「着いたが、大丈夫か」

 テディさんはやっと同伴者の心配してくれたが、もうすでに遅い。私の身体はガクガクのボロボロだ。ひとりで馬から降りることもできない。子どもを抱っこするように降ろされることに対して、もはや何も思わない。どうやら私の羞恥心は道中で落としてしまったらしい。

「この姿を見て、どう思いますか」

「……すまない、急ぐ必要があった」

 表情は変わっていないが、目を逸らしている姿から罪悪感をもっていることは感じられた。そのことに多少溜飲が下がる。しかし、その急ぐ必要がなんなのかと思っていると。

 ポツ ポツ

 雨が降り始めた。さっきまで晴天だったのが嘘のような曇天だ。とてもやみそうにない。

「雨……」

 テディさんが急いだ理由はこれだったのか。それならそうと言ってくれれば、こっちも責めることはしなかったのに。

(いや、たとえそうでも恨み言はいってたかも)

 そう思い直し、まだ視線を逸らし続けている彼に声をかける。

「宿を探しましょうか」

 これが許しのサインだとわかったのだろう。彼は顔をあげ、すっと動き出した。
 宿は事前にとってあったらしく、私たちはスムーズに宿で休むことができた。

















 コンコン

(う、乗馬は……乗馬だけは勘弁……)

 コンコン

「まだ寝ているのだろうか」

 ドアの前で誰かがいるような気がしたが、眠気には勝てずそのままベッドの住人になる。しばらくノックと誰かの声が聞こえていたが、いつしか聞こえなくなった。

 ガチャ

「勝手に入ってすまない。もう時間が……」

 テディがシロの部屋に入った時、彼女はベッドの上でイモムシのようになっていた。彼女が眠るベッドのそばにそっと近寄る。

「……シロ殿、時間だ」

 こんなに気持ちよさそうに眠る彼女に申し訳ないと思うが、今日の内に王都へ向かわなければならない。無理にでも起きてもらうしかない。

 閉め切られていたカーテンを開け放ち、窓から新鮮な空気をいれる。この方法は、寝汚い同僚を起こすのに有効だったものだ。それでもダメなら、最終手段がある。

「うっ、寒い、まぶしい……」

 丸まった布団から顔だけひょっこり出す姿は、小動物のような印象を受ける。彼女をじっくり見ていた自分に気がつき、慌てて目を逸らす。

(なぜ、こんなに気になるのか……)

 自問自答している間に、彼女は起きたようだ。いや、まだ寝ぼけている。布団にくるまったまま、彼女が急に抱き着いてきたのだ。

「……っ」

「う~ん、湯たんぽ……」

 よく分からないことを言いながら、彼女はこちらを抱きしめて離さない。自分でも理解できない感情に支配されながら、この時間をたえる。

(この胸をくすぐるような感覚は一体……)

「ん?湯たんぽ……じゃない?!」
 
 目が覚めた彼女は、飛び上がるように起き上がった。可愛らしい寝ぐせをつけた彼女はしばらく目を回した後、洗面台へと走っていった。














「テディさん……」

「……ああ」

「私が寝坊したことは悪いと思ってますが、寝込みを襲うのはダメじゃないですか……?!」

「悪かった……」

 気まずい朝食を宿でとり、王都へと向かっている道中。
 澄んだ空気とは対極の空気を私たちはまとっていた。そう、気まずくじめっとした空気を。

(うわぁぁぁ絶対寝ぐせ見られた……)

 片や羞恥心でのたうち回る。あまりにも思考が乱れていたため、「寝込みを襲う」などという誤解しかないワードを使ったことに気が付いていない。この空間にはツッコミが不足している。

「………」

 片や無言を貫いている。この人は今、一体なにを考えているんだろうか。どうか今朝のことは忘れてほしいと切に願うことしかできない。
 ……急な記憶喪失とかになったりしないだろうか。頭を強打すればワンチャンスないだろうかと考えながら、後ろに座っている彼のことを考える。

(いや、騎士を闇討ちできるほどの能力があったら、薬作りじゃなくてもっと別の仕事してたか……)

 くだらないことを考えて気を紛らわす。それが功を為したのか、遠くに何かが見えてきた。たくさんの荷馬車のようなものや、大勢の人らしき影がみかろうじて見えた。

「……あっ!大きな門が見えます!」

(助かった!この空気から解放される!)

 苦しみに満ちた道中だったが、それもやっと終わる。
 王都に到着したのだ。



















「では次の方……え?!“風牙の騎士”様!?」

「ぐふっ」

「……今は勤務外だ」

 門番の口から飛び出てきた中二びょ……コホン、かっこいい二つ名に堪えきれなかった。テディさんはそんな私の様子を横目で見てから、門番と話し始めた。

 私はなんの役にも立たないため、少し離れて彼らの様子を観察する。

(うーん、遠目からでもテディさんは目立つな……)

 周囲より頭一つ背が高いのもあるが、なによりも顔だろう。整っているのも要因ではあるけれど、最も目をひくのは神秘的なオッドアイだ。私は前世でも今世でも、彼のような目は初めて見た。

(すごい、皆の視線を独り占めだ)

 後ろの列で待っている人も、検問を終えて横を通り過ぎる人も、門の内側にいる人も、皆がテディさんを見ようと身を乗り出している。この人、王都で有名なのか……?

 話が終わったようで、彼がこちらにむかって歩いてくる。自然と皆の視線もこちらに向かってくる。これはまずい。テディさんの目指す先が、私だとバレたらとんでもないことになると想像に難くない。


「何をしているんだ」

 私のそばまで来たテディさんは、不思議そうな顔で聞いてくる。
 まあ、そう思うのも不思議はない。今、私は召使のように彼にお辞儀をしているのだから。

「お気になさらないでください、ご主人様」

「……ご主人様はやめてくれ」

「失礼いたしました、テディ様」

「………」

 苦虫を噛み潰したような顔のテディさん。申し訳ないとは思うが、私の精神衛生のためにたえてほしい。ここで私が使用人のフリをしなければ、周囲の視線に殺されること間違いない。

「あら、使用人だったのね」

「てっきり親しい方かと」

「よかったわ、あの方にがついてなくて……」

(こわっ)

 あやうく昆虫類に分類されるところだった。人類としての面子を保つことに成功したようだ。その代わり、テディさんからの信頼はなくなったような気がする。

「……よくわからないが、こちらについてきてくれ」

 何も理解できていない様子のテディさんに連れられて、私は無事に王都の門をくぐることができた。いや、精神的ダメージは受けたから無事ではないのかもしれない。

(この鈍感テディさんめ……)

 何もわかってない彼を多少恨みつつも、不慣れな王都では彼に頼ることしかできない。彼のファンらしき人々に刺されないことを祈るばかりだ。






 
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