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12 帰らせてください
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白を基調とした空間に、金色の王座が目にまぶしい。しかし、なによりも目をひいたのはその玉座に座る人物だった。
「騎士ディアクロス、命令に応じ参上いたしました」
「よいよい、楽にせよ」
テディさんにならって、胸に手をあててお辞儀をする。
(あれ、左手を右胸にあてるっけ、いや右手を左胸?)
心の中は大パニックだ。
そんな私に優しく声をかけてくれたのは、玉座のそばに立っていた美しい女性だ。
「あなたも楽にしてくださいな」
「ディアクロスも、なにをそんなに他人行儀にしておるのだ」
いつの間にかお辞儀をやめていたテディさんを見て、慌ててお辞儀の姿勢をもとに戻す。
テディさん、お願いだから私を導いてほしい。こんな状況、慣れてないんだよ。
しかし、堂々と前を向けるようになったことは僥倖だった。ちらっと気になる玉座の人物に目を向ける。彼はおそらく、いや十中八九王様なんだろうけど……。
(ち、小さい……)
子ども並みに小さい王様が座っている。髭はたっぷりとたくわえているのに、見た目はミニマムでぷくぷくしている。威厳を感じる前に、可愛らしさを感じてしまったことになぜか不覚の念を禁じ得ない。
(隣の王妃様らしき人は普通のサイズなのに)
童話にでてきそうなデフォルメチックな王様に目を奪われていると、その王様と目がばっちりとあった。
「して、おぬしが魔女の力の継承者かの?」
「はい」
不敬になりたくないため、できる限り短く答える。こんなことなら、もっと丁寧語の勉強をしておけばよかった。いや、別にしてても使えなければ意味ないから関係ない……?
「そうかそうか!」
嬉しそうに笑う王様に、愛らしさしか感じない。なんだろう、この人やることなすこと可愛いんだけど。
「陛下、ご説明を」
キリルさんから軽く説明はしてもらってはいたけれど、詳しくは知らない私とテディさんは王様から話を聞いた。
「―――ということがあってのう」
王様の話によると、この国は定期的に魔女の守護を受ける慣習があるらしい。しかし、その周期が百年単位であるため忘れがちらしい。
(慣習なのに)
最近、高名な占い師にそのことを言及され、やっと思い出したとのこと。
(この王様、やっぱり抜けてる)
いざ魔女たちから守護の儀式をしてもらおうとするが、その魔女が見つからない。困ったから、代理として魔女の力の継承者(私)を呼んでみたというわけだそうだ。
「あの、私は一般人なんですが……」
後で責任を問われたらまずいと思い、無力な一般人であることを主張する。その主張にウンウンと頷く王様。理解を示してくれているようだが、なんかさっきの話を聞く限り、安心できない。
「無論、わかっておるよ。おぬしに儀式をやってもらおうとは思っておらん」
(よかった……)
「だた、魔女が見つかるまで王都におってほしいのじゃ」
「え?」
(家に、帰れない……だと……?)
ショックで固まっていると、テディさんが一歩前に出てきた。
「陛下」
「うむ、どうした」
なにかを話していることは把握したが、頭の中に内容は入ってこない。気が付くと宿に帰っている途中だった。
「で?どうだった?」
私の部屋(宿だけど)のはずなのに、我が物顔で待機していたキリルさんに王様からの説明を簡単に伝える。
「魔女がくるまで縁起物としてここにいてほしいそうです」
「縁起物……!」
「笑ったら土に還します」
「目が笑ってない!」
半笑いのキリルさんをどうしてくれようと思いながらも、あの王様の話を思い出す。「魔女の力をもってる人がいたら、なんか魔女よってきそうじゃん」みたいな論理で、人のこと扱わないでほしい。
「魔女の力をもってるからって、私にご利益あるわけないのに……!」
「シロ殿、落ち着け」
「テディさんはどう思ってるんですか!」
しばらく家に帰れないことが判明したため、普段被っていた猫が剝がれてる。隣に座っているテディさんに詰め寄る。遠慮という言葉は王城に落としてきた。
「陛下の言い分も一理ある」
「うそでしょ……」
「魔女は珍しいものに寄ってくる」
「いや、そんな虫みたいに言わないでください」
魔女の力を引き継いだ人間は珍しいと言っても、唯一無二なわけではない。でもまあ、私は正真正銘の魔女ではあるんだけど……。
「あと同族に甘い」
「……同族に甘い」
魔女という種族の同族愛はたしかに異常だ。恐ろしいほどの仲間意識があるらしい。
(私は会ったことがないからわからないけど)
自分以外の魔女かと思いをはせていると、キリルさんが口をはさんできた。
「ねえねえ、しばらく王都に滞在するんだよね」
ウキウキとした顔で聞いてくる。キリルさんのことだ、「いっぱい遊べる」とか思ってるんだろう。というか、テディさんはまだしもこの人は仕事がないんだろうか。まさか、サボり……?
「シロちゃん、俺ちゃんと仕事してるからね」
「……!まさか思考を」
「顔に書いてあったから。じゃなくて!」
やけに興奮気味の彼に、不審な目を向ける。怪しい、面倒ななにかに巻き込もうとしているんじゃないだろうか。
「そんな顔しないで~」
「さっさと言ってください。話はそれからです」
「なんか王城から帰ってきて辛辣さがましてない?」
「気のせいです」
こんな人の多い場所で過ごさないといけなくなったのだ。やけくそにもなる。
「キリル、さっさと言え」
「こっちも辛辣!わかったよ」
向かいのソファに座っているキリルさんは姿勢を正した。そして一呼吸置くと、真面目な顔で言った。
「騎士団に来てくれない?」
「いや~助かったよー」
嬉しそうな顔のキリルさん。その隣で私は薬窯をかき混ぜていた。
「あんなに真剣な顔で言うから何事かと思いましたよ……」
キリルさんが私を騎士団によんだ理由は、薬をつくってほしいからだった。まったく、心臓に悪い言い方はやめてほしい。あのときキリルさんとテディさんの間でひと悶着あったが、なんとかなってよかった。
「だって普通に言うのはつまらないじゃん」
「愉快犯……」
「聞こえてるからね」
隣でやいやい言う人物を除けば、ここの職場環境は最高だ。騎士団の建物内にあるといっても、騎士たちが活動する場所から離れた所にあって人と会うことがない。とても静かな環境だ。
(でも、騎士団の建物にこんなに整った設備があるのはびっくりしたなぁ)
今かき混ぜている薬窯も、調剤道具もすべて完備されていた。私の家の設備よりも整っているような……。
「いや、これ以上は考えたらだめだ」
危うくパンドラの箱を開けるところだった。お金の力はすごいとか思ってないから。思ってない……。
「ねえねえ、このピンクの草ってヤバいやつ?」
「栄養価が素晴らしい薬草なので触らないでください、キリルさんのばい菌がついたら大変です」
「ひどいっ」
頼まれていた分の調合が終わり、それらをビンへとつめた。やりたそうにこちらを見てきたキリルさんにも、その作業を手伝わせた。騎士に雑用させるのって一般的にどうなんだろ……。
「じゃあ、今日の仕事は終わったので宿に帰ります」
キリルさんに薬を納品し、さっさと宿に帰ろうとする。帰ったらベッドでゴロゴロするつもりだ。
「あ、待って待って」
仕事は終わったはずなのに呼び止められる。まさか残業が……?
「騎士たちの鍛練、見たくない?」
「見たくない」
「いや、そこは見たいでしょ!」
間髪いれないツッコミに感心する。さすが騎士、反射神経は伊達じゃない。
「普段、騎士たちの鍛練は一般公開されてるんだよ」
「はい」
「騎士に憧れる人たちにも令嬢たちにも人気なわけ」
「うんうん」
「それを特等席で見れます、お客さんどうですか!」
「遠慮します」
「しないで!」
しつこく食い下がるキリルさんに、そこに行きたくない理由を伝える。そうでないと頷くまでねばってきそうな気がした。なにが彼をそこまでかき立てているというのか……。
「キリルさん、私は人が多い所が嫌いです」
「特等席だから!」
「視界に入るだけで気分が悪くなります」
「うーん、それは流石に心配になるな……」
勢いが落ちたキリルさんに「これは勝った!」と思った私は、荷物をあらためて抱え直して帰ろうとした。すると、腕を掴まれた。
「じゃあ、そのリハビリしよっか!」
「なっ」
そのまま小脇に抱えられて、私は鍛練場に連れ去られた。
「騎士ディアクロス、命令に応じ参上いたしました」
「よいよい、楽にせよ」
テディさんにならって、胸に手をあててお辞儀をする。
(あれ、左手を右胸にあてるっけ、いや右手を左胸?)
心の中は大パニックだ。
そんな私に優しく声をかけてくれたのは、玉座のそばに立っていた美しい女性だ。
「あなたも楽にしてくださいな」
「ディアクロスも、なにをそんなに他人行儀にしておるのだ」
いつの間にかお辞儀をやめていたテディさんを見て、慌ててお辞儀の姿勢をもとに戻す。
テディさん、お願いだから私を導いてほしい。こんな状況、慣れてないんだよ。
しかし、堂々と前を向けるようになったことは僥倖だった。ちらっと気になる玉座の人物に目を向ける。彼はおそらく、いや十中八九王様なんだろうけど……。
(ち、小さい……)
子ども並みに小さい王様が座っている。髭はたっぷりとたくわえているのに、見た目はミニマムでぷくぷくしている。威厳を感じる前に、可愛らしさを感じてしまったことになぜか不覚の念を禁じ得ない。
(隣の王妃様らしき人は普通のサイズなのに)
童話にでてきそうなデフォルメチックな王様に目を奪われていると、その王様と目がばっちりとあった。
「して、おぬしが魔女の力の継承者かの?」
「はい」
不敬になりたくないため、できる限り短く答える。こんなことなら、もっと丁寧語の勉強をしておけばよかった。いや、別にしてても使えなければ意味ないから関係ない……?
「そうかそうか!」
嬉しそうに笑う王様に、愛らしさしか感じない。なんだろう、この人やることなすこと可愛いんだけど。
「陛下、ご説明を」
キリルさんから軽く説明はしてもらってはいたけれど、詳しくは知らない私とテディさんは王様から話を聞いた。
「―――ということがあってのう」
王様の話によると、この国は定期的に魔女の守護を受ける慣習があるらしい。しかし、その周期が百年単位であるため忘れがちらしい。
(慣習なのに)
最近、高名な占い師にそのことを言及され、やっと思い出したとのこと。
(この王様、やっぱり抜けてる)
いざ魔女たちから守護の儀式をしてもらおうとするが、その魔女が見つからない。困ったから、代理として魔女の力の継承者(私)を呼んでみたというわけだそうだ。
「あの、私は一般人なんですが……」
後で責任を問われたらまずいと思い、無力な一般人であることを主張する。その主張にウンウンと頷く王様。理解を示してくれているようだが、なんかさっきの話を聞く限り、安心できない。
「無論、わかっておるよ。おぬしに儀式をやってもらおうとは思っておらん」
(よかった……)
「だた、魔女が見つかるまで王都におってほしいのじゃ」
「え?」
(家に、帰れない……だと……?)
ショックで固まっていると、テディさんが一歩前に出てきた。
「陛下」
「うむ、どうした」
なにかを話していることは把握したが、頭の中に内容は入ってこない。気が付くと宿に帰っている途中だった。
「で?どうだった?」
私の部屋(宿だけど)のはずなのに、我が物顔で待機していたキリルさんに王様からの説明を簡単に伝える。
「魔女がくるまで縁起物としてここにいてほしいそうです」
「縁起物……!」
「笑ったら土に還します」
「目が笑ってない!」
半笑いのキリルさんをどうしてくれようと思いながらも、あの王様の話を思い出す。「魔女の力をもってる人がいたら、なんか魔女よってきそうじゃん」みたいな論理で、人のこと扱わないでほしい。
「魔女の力をもってるからって、私にご利益あるわけないのに……!」
「シロ殿、落ち着け」
「テディさんはどう思ってるんですか!」
しばらく家に帰れないことが判明したため、普段被っていた猫が剝がれてる。隣に座っているテディさんに詰め寄る。遠慮という言葉は王城に落としてきた。
「陛下の言い分も一理ある」
「うそでしょ……」
「魔女は珍しいものに寄ってくる」
「いや、そんな虫みたいに言わないでください」
魔女の力を引き継いだ人間は珍しいと言っても、唯一無二なわけではない。でもまあ、私は正真正銘の魔女ではあるんだけど……。
「あと同族に甘い」
「……同族に甘い」
魔女という種族の同族愛はたしかに異常だ。恐ろしいほどの仲間意識があるらしい。
(私は会ったことがないからわからないけど)
自分以外の魔女かと思いをはせていると、キリルさんが口をはさんできた。
「ねえねえ、しばらく王都に滞在するんだよね」
ウキウキとした顔で聞いてくる。キリルさんのことだ、「いっぱい遊べる」とか思ってるんだろう。というか、テディさんはまだしもこの人は仕事がないんだろうか。まさか、サボり……?
「シロちゃん、俺ちゃんと仕事してるからね」
「……!まさか思考を」
「顔に書いてあったから。じゃなくて!」
やけに興奮気味の彼に、不審な目を向ける。怪しい、面倒ななにかに巻き込もうとしているんじゃないだろうか。
「そんな顔しないで~」
「さっさと言ってください。話はそれからです」
「なんか王城から帰ってきて辛辣さがましてない?」
「気のせいです」
こんな人の多い場所で過ごさないといけなくなったのだ。やけくそにもなる。
「キリル、さっさと言え」
「こっちも辛辣!わかったよ」
向かいのソファに座っているキリルさんは姿勢を正した。そして一呼吸置くと、真面目な顔で言った。
「騎士団に来てくれない?」
「いや~助かったよー」
嬉しそうな顔のキリルさん。その隣で私は薬窯をかき混ぜていた。
「あんなに真剣な顔で言うから何事かと思いましたよ……」
キリルさんが私を騎士団によんだ理由は、薬をつくってほしいからだった。まったく、心臓に悪い言い方はやめてほしい。あのときキリルさんとテディさんの間でひと悶着あったが、なんとかなってよかった。
「だって普通に言うのはつまらないじゃん」
「愉快犯……」
「聞こえてるからね」
隣でやいやい言う人物を除けば、ここの職場環境は最高だ。騎士団の建物内にあるといっても、騎士たちが活動する場所から離れた所にあって人と会うことがない。とても静かな環境だ。
(でも、騎士団の建物にこんなに整った設備があるのはびっくりしたなぁ)
今かき混ぜている薬窯も、調剤道具もすべて完備されていた。私の家の設備よりも整っているような……。
「いや、これ以上は考えたらだめだ」
危うくパンドラの箱を開けるところだった。お金の力はすごいとか思ってないから。思ってない……。
「ねえねえ、このピンクの草ってヤバいやつ?」
「栄養価が素晴らしい薬草なので触らないでください、キリルさんのばい菌がついたら大変です」
「ひどいっ」
頼まれていた分の調合が終わり、それらをビンへとつめた。やりたそうにこちらを見てきたキリルさんにも、その作業を手伝わせた。騎士に雑用させるのって一般的にどうなんだろ……。
「じゃあ、今日の仕事は終わったので宿に帰ります」
キリルさんに薬を納品し、さっさと宿に帰ろうとする。帰ったらベッドでゴロゴロするつもりだ。
「あ、待って待って」
仕事は終わったはずなのに呼び止められる。まさか残業が……?
「騎士たちの鍛練、見たくない?」
「見たくない」
「いや、そこは見たいでしょ!」
間髪いれないツッコミに感心する。さすが騎士、反射神経は伊達じゃない。
「普段、騎士たちの鍛練は一般公開されてるんだよ」
「はい」
「騎士に憧れる人たちにも令嬢たちにも人気なわけ」
「うんうん」
「それを特等席で見れます、お客さんどうですか!」
「遠慮します」
「しないで!」
しつこく食い下がるキリルさんに、そこに行きたくない理由を伝える。そうでないと頷くまでねばってきそうな気がした。なにが彼をそこまでかき立てているというのか……。
「キリルさん、私は人が多い所が嫌いです」
「特等席だから!」
「視界に入るだけで気分が悪くなります」
「うーん、それは流石に心配になるな……」
勢いが落ちたキリルさんに「これは勝った!」と思った私は、荷物をあらためて抱え直して帰ろうとした。すると、腕を掴まれた。
「じゃあ、そのリハビリしよっか!」
「なっ」
そのまま小脇に抱えられて、私は鍛練場に連れ去られた。
応援ありがとうございます!
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