平凡な魔女は「愛」を捨てるのが仕事です

晶迦

文字の大きさ
22 / 25

22 占い

しおりを挟む
「やった~、じゃあ占うね~」

 大人しく椅子に座った私を確認し、黒いローブの彼は向かいの椅子に座った。そして、水晶玉に手を添えた。しばらくそんな彼を待っていたが、水晶玉にはなんの変化も見られなかった。今もなお沈黙している彼に、私は思い切って言った。

「……あの、終わりました?」

「ん~?あ、ごめん寝てた」

「………」

 握りかけた拳をおさえ、私は対話を試みることにした。暴力よくない。平和的解決を採用する。

「そうですか……。じゃあ、今から占ってもらえませんか?」

「了解~」

 今度が水晶玉を触ることなく、私の方をじっと見てきた。水晶玉は使わないのかと困惑していると、数秒もしないうちに彼は口を開いた。

「うん、占ったよ~」

「え、水晶玉は使わないんですか?」

「うん!」

「…………」

 じゃあ最初の行動はなんだったのかと思ったが、口には出さなかった。なんとなくこの人なら、「雰囲気で!」とか言いそうだったから。そんなことを言われた日には、私の拳がうなることになる。

「君はここ最近、目まぐるしい日々だったんじゃないかな」

「ええ、まあ……」

 確かに、魔女関連のことに巻き込まれることが多かったと振り返る。森の隅で薬窯をただかき混ぜていた日常が恋しい。王都は賑やかだが、私には少し息苦しい。

「残念ながら、数日のうちにもっと大事が起きるね~」

「え”、うそでしょ……」

「本当のことだね~」

 頬杖をつきながらのんびりとこちらを見てくる彼に、無性に八つ当たりをしたくなる。こちらは心穏やかじゃないため、余裕そうな人を見ると神経が逆撫でされる。これぞ人間の悲しき性。

「分かりました……。じゃあ、料金を支払いますね」

「ああ、いらないよ~」

「え?」

 てっきりこういう占いには料金が伴うと思っていたため、財布を持ったまま固まる。彼は椅子から立ち上がって、固まったまま椅子に座る私のそばに来た。

「またね、すい

「なぜそれをっ!」

 ガタンッ!

 音とをたてて倒れた椅子を気にする余裕もなく、すぐ近くで佇む黒いローブの男からすぐに離れる。じりじりと後ずさり、とくに動きを見せない目の前の人物を凝視する。

(どうして……!どうして、その名を知っているの……!)

 から絶対に人に告げることのなかった名を、見知らぬ者に知られている事実に衝撃を受ける。今までは「シロ」という名で過ごしていたのだ。その名を知られるはずがないのに。

(その名は私の……)

 「翠」は私の前世の名だ。違う世界の記憶を持って混乱し、右も左も分からない時に助けてくれたにしか言っていない名前。

(他に知っているとしても、一部の魔女たちしか知らないだろう私の名を……)

 と交流があった魔女たちなら、知っていてもおかしくはない。でも、魔女に男はいない。そして、魔女は魔女以外とつるまない。
 だから、この目の前の男がこの名を知っているはずがないのだ。

「警戒させちゃった?まあでも、これから打ち解けていけばいいか~」

「あなたは……誰?」

 怯えきった私に、彼は楽し気な声で言った。

「オレは『シェアト』だよ」

 その言葉を聞くやいなや、私はテントから走り出た。『シェアト』という名に心当たりがあったからじゃない。ただ異様な空気を放つあの人物が怖くなって逃げだした。



 がむしゃらに走り抜け、気がつくと私はどこかも分からない高台に来ていた。街を見下ろせるここは、人が落ちないように周囲が柵に囲まれている。そばにあったベンチに、膝を抱えて座った。

「……っ」

 の呼び名が口からこぼれる。封じ込めていた自分の名を、他人の口から聞いたからだろうか。懐かしいのことを思い出す。前世の記憶をもつ異端の私が、この世界で初めて会ったとても優しい人。あの笑顔が脳裏に浮かび、その幻影を留めたくて強く目を閉じた。

「私はっ……」

「シロ殿?」

「!」

 伏せていた顔を上げると、目の前にテディさんが立っていた。何かを考える前に、彼は私の目元をそっと撫でた。目を見開いて彼を見上げると、眉を下げ眉間にしわを寄せた顔があった。彼は無言で私の目元に手を添え続ける。その手の温かさに安心すると、目から流れているものにやっと気がついた。

「……ああ、ごめんなさい。手が濡れてしまいましたね」

 誤魔化すように笑い、テディさんの手を顔からはなす。
 彼はそんな私をしばらく見つめた後、自分の少し濡れた手をそっと握りしめた。そして、あろうことか私を両手で抱き上げた。そう、所謂お姫様だっこだ。

「なっ、何するんですか!」

「………」

 彼は黙ったまま歩き始めた。夕刻が近く、周囲に人はいなかったのが唯一の救いだ。こんな格好は恥ずかしすぎる。言葉の抗議が届かなかったため、今度は目で抗議の意思を伝えようとする。しかし、思ったよりも近くにあったテディさんの顔に驚いてスッと下を向く。さすがに人様の顔を数センチ先で睨む勇気はなかった。

 テディさんは急に黙った私の方を少し見た後、黙々と歩き続けた。その歩く揺れが心地よく、私は彼の腕の中でウトウトとした。そして、途中から意識がゆるやかに落ちていった。













「……常に俺を同行させるように約束しただろう」

 ディアクロスは腕の中で眠るシロの顔を見つめてそう言った。涙の痕が残る彼女の頬に、苦しくなるほど胸が締め付けられる。

(泣くなら、俺のそばで泣いてくれ)

 目の届かない所では、どうすることもできない。彼女のことはいつも知っておきたい。先程のように、ひとりで悲しむようなことはさせたくない。

(後見人として……そう思うのは当然だろう)

 
 深く眠る彼女を宿まで連れていき、ベッドに寝かす。穏やかに眠るその姿から、あの苦し気な顔は想像できない。

「……なあ、『先生』とは誰のことなんだ」

 嗚咽をこぼしながら発していた言葉を眠る彼女に問う。答えが返ってくることはない。そもそも答えを期待などしていない。

「……待っている」

 いつか彼女自身が自分に、そのことを打ち明けてくれるのをただ願う。彼女の頬にかかった髪をそっと払い、そのまま髪を撫でる。柔らかな黒い髪の感触が、ざわめく心を落ち着かせる。名残惜しく思いながらも、彼女のそばから離れる。
 そして、ドアの通り過ぎる時に口を開く。

「……触れることは許さない」

 ディアクロスはそのまま部屋から出ていった。


「……言われなくても分かっている」

 ディアクロスが出ていったと同時に部屋に入ってきたのはケイだ。彼はシロが眠るベッドのそばまで来ると、苦し気な顔で呟く。

「シロ」

 頬に残る涙の痕をそっとなぞろうとする。その気配を感じたのか、シロは顔をそらした。ケイはそれを見てはっとし、伸ばしていた手を引っ込める。ディアクロスに言われたことを思い出したのだ。

「触れてはいけなかったな……」

 気持ちよさそうに眠る彼女に、ケイは秘めていた思いをこぼす。

「なあ、僕は最初たしかにディアクロスの当てつけのために君と友人になった」

 ケイはその場にしゃがみ込み、シロの顔をじっと見つめる。

「でもな、途中から本当に楽しかったんだ。君が僕の他愛ない話を笑って聞いてくれることが」

 思わず彼女に伸ばしかけた手を握りしめる。その手を見つめ、懺悔するように言葉を紡ぐ。

「前も今も、君を閉じ込めてしまいたいくらい想っているんだ。打算のない友人関係がこんなにも心地いいとは思わなかった」

 目覚める気配のないシロに安堵すると同時に、少し残念に思った。穏やかに眠るその顔が、少し憎らしい。

「僕がこんなにも気を揉んでいることを、君は知らないんだろうな。他のやつと仲良くしている姿を見て、何度も首輪をかけたいと思ったよ。君が犬だったら部屋に閉じ込めておけたのにな」

 シロは少し顔をしかめ、寝返りを打った。
 もし彼女が起きていたら、きっともっと面白い反応をしただろうと想像する。


「君は僕のたった一人の友人だろう?」

 そこだけは、誰にも譲らない。

 






しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

転移先で日本語を読めるというだけで最強の男に囚われました

桜あずみ
恋愛
異世界に転移して2年。 言葉も話せなかったこの国で、必死に努力して、やっとこの世界に馴染んできた。 しかし、ただ一つ、抜けなかった癖がある。 ──ふとした瞬間に、日本語でメモを取ってしまうこと。 その一行が、彼の目に留まった。 「この文字を書いたのは、あなたですか?」 美しく、完璧で、どこか現実離れした男。 日本語という未知の文字に強い関心を示した彼は、やがて、少しずつ距離を詰めてくる。 最初はただの好奇心だと思っていた。 けれど、気づけば私は彼の手の中にいた。 彼の正体も、本当の目的も知らないまま。すべてを知ったときには、もう逃げられなかった。

三十年後に届いた白い手紙

RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。 彼は最後まで、何も語らなかった。 その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。 戴冠舞踏会の夜。 公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。 それは復讐でも、告発でもない。 三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、 「渡されなかった約束」のための手紙だった。 沈黙のまま命を捨てた男と、 三十年、ただ待ち続けた女。 そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。 これは、 遅れて届いた手紙が、 人生と運命を静かに書き換えていく物語。

狼隊長さんは、私のやわはだのトリコになりました。

汐瀬うに
恋愛
目が覚めたら、そこは獣人たちの国だった。 元看護師の百合は、この世界では珍しい“ヒト”として、狐の婆さんが仕切る風呂屋で働くことになる。 与えられた仕事は、獣人のお客を湯に通し、その体を洗ってもてなすこと。 本来ならこの先にあるはずの行為まで求められてもおかしくないのに、百合の素肌で背中を撫でられた獣人たちは、皆ふわふわの毛皮を揺らして眠りに落ちてしまうのだった。 人間の肌は、獣人にとって子犬の毛並みのようなもの――そう気づいた時には、百合は「眠りを売る“やわはだ嬢”」として静かな人気者になっていた。 そんな百合の元へある日、一つの依頼が舞い込む。 「眠れない狼隊長を、あんたの手で眠らせてやってほしい」 戦場の静けさに怯え、目を閉じれば仲間の最期がよみがえる狼隊長ライガ。 誰よりも強くあろうとする男の震えに触れた百合は、自分もまた失った人を忘れられずにいることを思い出す。 やわらかな人肌と、眠れない心。 静けさを怖がるふたりが、湯気の向こうで少しずつ寄り添っていく、獣人×ヒトの異世界恋愛譚。 [こちらは以前あげていた「やわはだの、お風呂やさん」の改稿ver.になります]

妻が通う邸の中に

月山 歩
恋愛
最近妻の様子がおかしい。昼間一人で出掛けているようだ。二人に子供はできなかったけれども、妻と愛し合っていると思っている。僕は妻を誰にも奪われたくない。だから僕は、妻の向かう先を調べることににした。

白い結婚のはずが、旦那様の溺愛が止まりません!――冷徹領主と政略令嬢の甘すぎる夫婦生活

しおしお
恋愛
政略結婚の末、侯爵家から「価値がない」と切り捨てられた令嬢リオラ。 新しい夫となったのは、噂で“冷徹”と囁かれる辺境領主ラディス。 二人は互いの自由のため――**干渉しない“白い結婚”**を結ぶことに。 ところが。 ◆市場に行けばついてくる ◆荷物は全部持ちたがる ◆雨の日は仕事を早退して帰ってくる ◆ちょっと笑うだけで顔が真っ赤になる ……どう見ても、干渉しまくり。 「旦那様、これは白い結婚のはずでは……?」 「……君のことを、放っておけない」 距離はゆっくり縮まり、 優しすぎる態度にリオラの心も揺れ始める。 そんな時、彼女を利用しようと実家が再び手を伸ばす。 “冷徹”と呼ばれた旦那様の怒りが静かに燃え―― 「二度と妻を侮辱するな」 守られ、支え合い、やがて惹かれ合う二人の想いは、 いつしか“形だけの夫婦”を超えていく。

離婚を望む悪女は、冷酷夫の執愛から逃げられない

柴田はつみ
恋愛
目が覚めた瞬間、そこは自分が読み終えたばかりの恋愛小説の世界だった——しかも転生したのは、後に夫カルロスに殺される悪女・アイリス。 バッドエンドを避けるため、アイリスは結婚早々に離婚を申し出る。だが、冷たく突き放すカルロスの真意は読めず、街では彼と寄り添う美貌の令嬢カミラの姿が頻繁に目撃され、噂は瞬く間に広まる。 カミラは男心を弄ぶ意地悪な女。わざと二人の関係を深い仲であるかのように吹聴し、アイリスの心をかき乱す。 そんな中、幼馴染クリスが現れ、アイリスを庇い続ける。だがその優しさは、カルロスの嫉妬と誤解を一層深めていき……。 愛しているのに素直になれない夫と、彼を信じられない妻。三角関係が燃え上がる中、アイリスは自分の運命を書き換えるため、最後の選択を迫られる。

猫になった悪女 ~元夫が溺愛してくるなんて想定外~

黒猫子猫
恋愛
ディアナは欲深く、夫にも結婚を強いた悪女として知られた女王だ。当然のように人々から嫌われ、夫婦仲は悪く、病に倒れた時も誰も哀しまなかった。ディアナは、それで良かった。余命宣告を受け、自分の幸せを追い求める事などとうに止めた。祖国のためにできる事は全てやった。思うままに生きたから、人生をやり直せると言われても、人間などまっぴらごめんだ。 そして、《猫》になった。日向でのんびりと寝ている姿が羨ましかったからだ。いざ、自堕落な生活をしようと思ったら、元夫に拾われてしまった。しかも、自分が死んで、解放されたはずの彼の様子が妙だ。 あなた、隙あらば撫でようとするの、止めてくれる? 私達は白い結婚だったでしょう。 あなた、再婚する気がないの? 「お前を愛したりしない」って嬉しい事を言ってくれたのは誰よ! 猫になった孤高の女王×妻を失って初めて色々気づいてしまった王配の恋のお話。 ※全30話です。

『白い結婚のはずでしたが、夫の“愛”が黒い。 限界突破はお手柔らかに!』

夢窓(ゆめまど)
恋愛
白い結婚のはずだった。 姉の遺した娘――カレンの親権を守るため、 私と侯爵タイロンは“同じ屋根の下で暮らすだけ”の契約を交わした。 夜を共にしない、干渉しない、互いに自由。 それが白い結婚の条件。 ……だったはずなのに。 最近、夫の目が黒い。 「お前、俺を誘惑してるつもりか?」 「は? してませんけど? 白い結婚でしょうが」 「……俺は、白い結婚でよかったがな。  お前が俺を限界まで追い詰めるなら……話は別だ」 黒い。 完全に黒い。 理性じゃなくて、野生の方が勝ってる。 ちょっと待って、何その目!? やめて、白い結婚の契約書どこ行ったの!? 破らないで! ――白い結婚? 知らん。 もう限界。覚悟しろ。 タイロンの目がそう語っていた。 私、白い結婚で穏やかに暮らす予定だったんだけど!?

処理中です...