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22 占い
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「やった~、じゃあ占うね~」
大人しく椅子に座った私を確認し、黒いローブの彼は向かいの椅子に座った。そして、水晶玉に手を添えた。しばらくそんな彼を待っていたが、水晶玉にはなんの変化も見られなかった。今もなお沈黙している彼に、私は思い切って言った。
「……あの、終わりました?」
「ん~?あ、ごめん寝てた」
「………」
握りかけた拳をおさえ、私は対話を試みることにした。暴力よくない。平和的解決を採用する。
「そうですか……。じゃあ、今から占ってもらえませんか?」
「了解~」
今度が水晶玉を触ることなく、私の方をじっと見てきた。水晶玉は使わないのかと困惑していると、数秒もしないうちに彼は口を開いた。
「うん、占ったよ~」
「え、水晶玉は使わないんですか?」
「うん!」
「…………」
じゃあ最初の行動はなんだったのかと思ったが、口には出さなかった。なんとなくこの人なら、「雰囲気で!」とか言いそうだったから。そんなことを言われた日には、私の拳がうなることになる。
「君はここ最近、目まぐるしい日々だったんじゃないかな」
「ええ、まあ……」
確かに、魔女関連のことに巻き込まれることが多かったと振り返る。森の隅で薬窯をただかき混ぜていた日常が恋しい。王都は賑やかだが、私には少し息苦しい。
「残念ながら、数日のうちにもっと大事が起きるね~」
「え”、うそでしょ……」
「本当のことだね~」
頬杖をつきながらのんびりとこちらを見てくる彼に、無性に八つ当たりをしたくなる。こちらは心穏やかじゃないため、余裕そうな人を見ると神経が逆撫でされる。これぞ人間の悲しき性。
「分かりました……。じゃあ、料金を支払いますね」
「ああ、いらないよ~」
「え?」
てっきりこういう占いには料金が伴うと思っていたため、財布を持ったまま固まる。彼は椅子から立ち上がって、固まったまま椅子に座る私のそばに来た。
「またね、翠」
「なぜそれをっ!」
ガタンッ!
音とをたてて倒れた椅子を気にする余裕もなく、すぐ近くで佇む黒いローブの男からすぐに離れる。じりじりと後ずさり、とくに動きを見せない目の前の人物を凝視する。
(どうして……!どうして、その名を知っているの……!)
あの頃から絶対に人に告げることのなかった名を、見知らぬ者に知られている事実に衝撃を受ける。今までは「シロ」という名で過ごしていたのだ。その名を知られるはずがないのに。
(その名は私の……)
「翠」は私の前世の名だ。違う世界の記憶を持って混乱し、右も左も分からない時に助けてくれたあの人にしか言っていない名前。
(他に知っているとしても、一部の魔女たちしか知らないだろう私の名を……)
あの人と交流があった魔女たちなら、知っていてもおかしくはない。でも、魔女に男はいない。そして、魔女は魔女以外とつるまない。
だから、この目の前の男がこの名を知っているはずがないのだ。
「警戒させちゃった?まあでも、これから打ち解けていけばいいか~」
「あなたは……誰?」
怯えきった私に、彼は楽し気な声で言った。
「オレは『シェアト』だよ」
その言葉を聞くやいなや、私はテントから走り出た。『シェアト』という名に心当たりがあったからじゃない。ただ異様な空気を放つあの人物が怖くなって逃げだした。
がむしゃらに走り抜け、気がつくと私はどこかも分からない高台に来ていた。街を見下ろせるここは、人が落ちないように周囲が柵に囲まれている。そばにあったベンチに、膝を抱えて座った。
「……先生っ」
あの人の呼び名が口からこぼれる。封じ込めていた自分の名を、他人の口から聞いたからだろうか。懐かしい先生のことを思い出す。前世の記憶をもつ異端の私が、この世界で初めて会ったとても優しい人。あの笑顔が脳裏に浮かび、その幻影を留めたくて強く目を閉じた。
「私はっ……」
「シロ殿?」
「!」
伏せていた顔を上げると、目の前にテディさんが立っていた。何かを考える前に、彼は私の目元をそっと撫でた。目を見開いて彼を見上げると、眉を下げ眉間にしわを寄せた顔があった。彼は無言で私の目元に手を添え続ける。その手の温かさに安心すると、目から流れているものにやっと気がついた。
「……ああ、ごめんなさい。手が濡れてしまいましたね」
誤魔化すように笑い、テディさんの手を顔からはなす。
彼はそんな私をしばらく見つめた後、自分の少し濡れた手をそっと握りしめた。そして、あろうことか私を両手で抱き上げた。そう、所謂お姫様だっこだ。
「なっ、何するんですか!」
「………」
彼は黙ったまま歩き始めた。夕刻が近く、周囲に人はいなかったのが唯一の救いだ。こんな格好は恥ずかしすぎる。言葉の抗議が届かなかったため、今度は目で抗議の意思を伝えようとする。しかし、思ったよりも近くにあったテディさんの顔に驚いてスッと下を向く。さすがに人様の顔を数センチ先で睨む勇気はなかった。
テディさんは急に黙った私の方を少し見た後、黙々と歩き続けた。その歩く揺れが心地よく、私は彼の腕の中でウトウトとした。そして、途中から意識がゆるやかに落ちていった。
「……常に俺を同行させるように約束しただろう」
ディアクロスは腕の中で眠るシロの顔を見つめてそう言った。涙の痕が残る彼女の頬に、苦しくなるほど胸が締め付けられる。
(泣くなら、俺のそばで泣いてくれ)
目の届かない所では、どうすることもできない。彼女のことはいつも知っておきたい。先程のように、ひとりで悲しむようなことはさせたくない。
(後見人として……そう思うのは当然だろう)
深く眠る彼女を宿まで連れていき、ベッドに寝かす。穏やかに眠るその姿から、あの苦し気な顔は想像できない。
「……なあ、『先生』とは誰のことなんだ」
嗚咽をこぼしながら発していた言葉を眠る彼女に問う。答えが返ってくることはない。そもそも答えを期待などしていない。
「……待っている」
いつか彼女自身が自分に、そのことを打ち明けてくれるのをただ願う。彼女の頬にかかった髪をそっと払い、そのまま髪を撫でる。柔らかな黒い髪の感触が、ざわめく心を落ち着かせる。名残惜しく思いながらも、彼女のそばから離れる。
そして、ドアの通り過ぎる時に口を開く。
「……触れることは許さない」
ディアクロスはそのまま部屋から出ていった。
「……言われなくても分かっている」
ディアクロスが出ていったと同時に部屋に入ってきたのはケイだ。彼はシロが眠るベッドのそばまで来ると、苦し気な顔で呟く。
「シロ」
頬に残る涙の痕をそっとなぞろうとする。その気配を感じたのか、シロは顔をそらした。ケイはそれを見てはっとし、伸ばしていた手を引っ込める。ディアクロスに言われたことを思い出したのだ。
「触れてはいけなかったな……」
気持ちよさそうに眠る彼女に、ケイは秘めていた思いをこぼす。
「なあ、僕は最初たしかにディアクロスの当てつけのために君と友人になった」
ケイはその場にしゃがみ込み、シロの顔をじっと見つめる。
「でもな、途中から本当に楽しかったんだ。君が僕の他愛ない話を笑って聞いてくれることが」
思わず彼女に伸ばしかけた手を握りしめる。その手を見つめ、懺悔するように言葉を紡ぐ。
「前も今も、君を閉じ込めてしまいたいくらい想っているんだ。打算のない友人関係がこんなにも心地いいとは思わなかった」
目覚める気配のないシロに安堵すると同時に、少し残念に思った。穏やかに眠るその顔が、少し憎らしい。
「僕がこんなにも気を揉んでいることを、君は知らないんだろうな。他のやつと仲良くしている姿を見て、何度も首輪をかけたいと思ったよ。君が犬だったら部屋に閉じ込めておけたのにな」
シロは少し顔をしかめ、寝返りを打った。
もし彼女が起きていたら、きっともっと面白い反応をしただろうと想像する。
「君は僕のたった一人の友人だろう?」
そこだけは、誰にも譲らない。
大人しく椅子に座った私を確認し、黒いローブの彼は向かいの椅子に座った。そして、水晶玉に手を添えた。しばらくそんな彼を待っていたが、水晶玉にはなんの変化も見られなかった。今もなお沈黙している彼に、私は思い切って言った。
「……あの、終わりました?」
「ん~?あ、ごめん寝てた」
「………」
握りかけた拳をおさえ、私は対話を試みることにした。暴力よくない。平和的解決を採用する。
「そうですか……。じゃあ、今から占ってもらえませんか?」
「了解~」
今度が水晶玉を触ることなく、私の方をじっと見てきた。水晶玉は使わないのかと困惑していると、数秒もしないうちに彼は口を開いた。
「うん、占ったよ~」
「え、水晶玉は使わないんですか?」
「うん!」
「…………」
じゃあ最初の行動はなんだったのかと思ったが、口には出さなかった。なんとなくこの人なら、「雰囲気で!」とか言いそうだったから。そんなことを言われた日には、私の拳がうなることになる。
「君はここ最近、目まぐるしい日々だったんじゃないかな」
「ええ、まあ……」
確かに、魔女関連のことに巻き込まれることが多かったと振り返る。森の隅で薬窯をただかき混ぜていた日常が恋しい。王都は賑やかだが、私には少し息苦しい。
「残念ながら、数日のうちにもっと大事が起きるね~」
「え”、うそでしょ……」
「本当のことだね~」
頬杖をつきながらのんびりとこちらを見てくる彼に、無性に八つ当たりをしたくなる。こちらは心穏やかじゃないため、余裕そうな人を見ると神経が逆撫でされる。これぞ人間の悲しき性。
「分かりました……。じゃあ、料金を支払いますね」
「ああ、いらないよ~」
「え?」
てっきりこういう占いには料金が伴うと思っていたため、財布を持ったまま固まる。彼は椅子から立ち上がって、固まったまま椅子に座る私のそばに来た。
「またね、翠」
「なぜそれをっ!」
ガタンッ!
音とをたてて倒れた椅子を気にする余裕もなく、すぐ近くで佇む黒いローブの男からすぐに離れる。じりじりと後ずさり、とくに動きを見せない目の前の人物を凝視する。
(どうして……!どうして、その名を知っているの……!)
あの頃から絶対に人に告げることのなかった名を、見知らぬ者に知られている事実に衝撃を受ける。今までは「シロ」という名で過ごしていたのだ。その名を知られるはずがないのに。
(その名は私の……)
「翠」は私の前世の名だ。違う世界の記憶を持って混乱し、右も左も分からない時に助けてくれたあの人にしか言っていない名前。
(他に知っているとしても、一部の魔女たちしか知らないだろう私の名を……)
あの人と交流があった魔女たちなら、知っていてもおかしくはない。でも、魔女に男はいない。そして、魔女は魔女以外とつるまない。
だから、この目の前の男がこの名を知っているはずがないのだ。
「警戒させちゃった?まあでも、これから打ち解けていけばいいか~」
「あなたは……誰?」
怯えきった私に、彼は楽し気な声で言った。
「オレは『シェアト』だよ」
その言葉を聞くやいなや、私はテントから走り出た。『シェアト』という名に心当たりがあったからじゃない。ただ異様な空気を放つあの人物が怖くなって逃げだした。
がむしゃらに走り抜け、気がつくと私はどこかも分からない高台に来ていた。街を見下ろせるここは、人が落ちないように周囲が柵に囲まれている。そばにあったベンチに、膝を抱えて座った。
「……先生っ」
あの人の呼び名が口からこぼれる。封じ込めていた自分の名を、他人の口から聞いたからだろうか。懐かしい先生のことを思い出す。前世の記憶をもつ異端の私が、この世界で初めて会ったとても優しい人。あの笑顔が脳裏に浮かび、その幻影を留めたくて強く目を閉じた。
「私はっ……」
「シロ殿?」
「!」
伏せていた顔を上げると、目の前にテディさんが立っていた。何かを考える前に、彼は私の目元をそっと撫でた。目を見開いて彼を見上げると、眉を下げ眉間にしわを寄せた顔があった。彼は無言で私の目元に手を添え続ける。その手の温かさに安心すると、目から流れているものにやっと気がついた。
「……ああ、ごめんなさい。手が濡れてしまいましたね」
誤魔化すように笑い、テディさんの手を顔からはなす。
彼はそんな私をしばらく見つめた後、自分の少し濡れた手をそっと握りしめた。そして、あろうことか私を両手で抱き上げた。そう、所謂お姫様だっこだ。
「なっ、何するんですか!」
「………」
彼は黙ったまま歩き始めた。夕刻が近く、周囲に人はいなかったのが唯一の救いだ。こんな格好は恥ずかしすぎる。言葉の抗議が届かなかったため、今度は目で抗議の意思を伝えようとする。しかし、思ったよりも近くにあったテディさんの顔に驚いてスッと下を向く。さすがに人様の顔を数センチ先で睨む勇気はなかった。
テディさんは急に黙った私の方を少し見た後、黙々と歩き続けた。その歩く揺れが心地よく、私は彼の腕の中でウトウトとした。そして、途中から意識がゆるやかに落ちていった。
「……常に俺を同行させるように約束しただろう」
ディアクロスは腕の中で眠るシロの顔を見つめてそう言った。涙の痕が残る彼女の頬に、苦しくなるほど胸が締め付けられる。
(泣くなら、俺のそばで泣いてくれ)
目の届かない所では、どうすることもできない。彼女のことはいつも知っておきたい。先程のように、ひとりで悲しむようなことはさせたくない。
(後見人として……そう思うのは当然だろう)
深く眠る彼女を宿まで連れていき、ベッドに寝かす。穏やかに眠るその姿から、あの苦し気な顔は想像できない。
「……なあ、『先生』とは誰のことなんだ」
嗚咽をこぼしながら発していた言葉を眠る彼女に問う。答えが返ってくることはない。そもそも答えを期待などしていない。
「……待っている」
いつか彼女自身が自分に、そのことを打ち明けてくれるのをただ願う。彼女の頬にかかった髪をそっと払い、そのまま髪を撫でる。柔らかな黒い髪の感触が、ざわめく心を落ち着かせる。名残惜しく思いながらも、彼女のそばから離れる。
そして、ドアの通り過ぎる時に口を開く。
「……触れることは許さない」
ディアクロスはそのまま部屋から出ていった。
「……言われなくても分かっている」
ディアクロスが出ていったと同時に部屋に入ってきたのはケイだ。彼はシロが眠るベッドのそばまで来ると、苦し気な顔で呟く。
「シロ」
頬に残る涙の痕をそっとなぞろうとする。その気配を感じたのか、シロは顔をそらした。ケイはそれを見てはっとし、伸ばしていた手を引っ込める。ディアクロスに言われたことを思い出したのだ。
「触れてはいけなかったな……」
気持ちよさそうに眠る彼女に、ケイは秘めていた思いをこぼす。
「なあ、僕は最初たしかにディアクロスの当てつけのために君と友人になった」
ケイはその場にしゃがみ込み、シロの顔をじっと見つめる。
「でもな、途中から本当に楽しかったんだ。君が僕の他愛ない話を笑って聞いてくれることが」
思わず彼女に伸ばしかけた手を握りしめる。その手を見つめ、懺悔するように言葉を紡ぐ。
「前も今も、君を閉じ込めてしまいたいくらい想っているんだ。打算のない友人関係がこんなにも心地いいとは思わなかった」
目覚める気配のないシロに安堵すると同時に、少し残念に思った。穏やかに眠るその顔が、少し憎らしい。
「僕がこんなにも気を揉んでいることを、君は知らないんだろうな。他のやつと仲良くしている姿を見て、何度も首輪をかけたいと思ったよ。君が犬だったら部屋に閉じ込めておけたのにな」
シロは少し顔をしかめ、寝返りを打った。
もし彼女が起きていたら、きっともっと面白い反応をしただろうと想像する。
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