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第1章 魔王の再臨/プロローグ

第7話 材料採取5日目(最終日)

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 昨日と同じように目を覚ましてすぐにカーテンと窓を開けた。
 相変わらず朝日の射す街を見下ろし、深呼吸をした。
 今日でこの部屋ともさよならだ。
 今回の旅は色んな出会いがあった。
 コクピンの森で出会ったサティ、カランコエ、ティターニア、そしてオボロン。
 ライナム山脈の火山で出会った火蜥蜴サラマンダーの親子、その隣の山で見つけたポール達。
 ブーテ海では人魚に鯱に大帆烏賊クラーケンとも出会った。
 帰ったらリヨンドとラルフに沢山土産話ができそうだ。
 そんな事を考えながら身支度を整えているとドアが控えめな音でノックされた。
 鍵を開けてドアノブを捻るとアレファンデルとサティが立っていた。
「おはよう。この街も最後だし、お散歩に行かない?って誘いに来たんだけど、どうかな?ガラは声掛けたんだけどまだ眠そうだったから3人だけど…」
「あぁ、行く。すぐに支度する。」
 一度ドアを閉めて急いで身支度を済ませ、2人が待つ廊下へと出た。

 街を歩いているとやはりまだまだあちこち壊れている部分が目立つ。
 時折、瓦礫を片付ける人や家を修理する人も見かける。
「実は僕、ここ数十年オボロンのお城のあの椅子に座ってたんだ。」
 突然サティがそんな話を始めた。
「モロクとアレファンデルがあそこから連れ出してくれたからこうしてまた外の世界を見ることができたんだよ。本当にありがとう。アレファンデルには嫌な思いもさせちゃってごめんね。」
「…昔世話になったお前をあの変態野郎の所にあのまま置いておけるなんて非情な事できる訳ねェだろ。」
 アレファンデルはわしわしとサティの頭を撫でてから溜息を吐いた。
「レーニエも僕が知ってたレーニエと大分変わったよ。昔は木の家がポツポツ建ってただけだったのに、いつの間にかこんなに発展して…人間の進化と文明ってすごいね。」
 この街は王都には敵わないがそれでも大きな街だ。
 木の家がポツポツだったことなど想像もできない。
 歩いていると噴水のある広場へ出た。
 犬を連れた人、子供達のはしゃぐ声、小鳥の水浴び…。
 何となく微笑ましく思える。
 この気持ち、感情は何というのだろう…尊ぶ心だろうか、喜びだろうか、それとも別の名前があるのだろうか。
 噴水を横切って猫の集会が開かれている裏路地を通り再び宿に戻るとガラが身支度を終えて待っていた。
「ご一緒できなくてすみません。朝が弱いもので…」
「ただの散歩だ、気にすんな。ところで、今日この後の予定は人魚のランタンマーメイド・リュヒテュの製作だな。確か繊細な作業でガラスを加工する必要があった筈だが。できれば工房があった方が良い。モロク、大帆烏賊クラーケンから作り方は聞いたか?」
「1番の樽に入っていると聞いた。」
 それなら、とガラが声を上げた。
「工房ならレーニエとエンデワールの丁度中間…やや南に下りますが、ボルゴーシュという工業の街があります。そこに工房を貸してくれそう…というかもしかしたら作れてしまいそうな方がいるので行ってみる価値はあるんじゃないかと。俺の知り合いなんですけどご夫婦でガラス製品を作ってらっしゃって。しかもご夫婦揃って工具マニアなんで大概の物は揃っていると思います。」
「わかった。では今日は一度そこに立ち寄ってエンデワールに戻る事にしよう。」
 かくして俺達はボルゴーシュへと向かう事になった。



 宿の精算を済ませ、この5日間世話になったレーニエに別れを告げ、ボルゴーシュを目指して出発した。
 サティは妖精の羽でなくては飛べないらしく、俺がサティを抱えて飛ぶ事になりサティは何度も俺とアレファンデルに誤った。
 アレファンデルも俺も何ということは無いのだが…。
 ガラの案内で来た時より南の方角へと飛んでいき、昼頃にボルゴーシュへと到着した。
 街の中心に巨大な時計台があり、街の煙突の至る所から煙が上がっている。
「うわ、臭っせェ……」
 煙と何かの薬品の臭いが漂っていて鼻の良いアレファンデルは鼻を摘んで嫌そうに顔を歪める。
「大丈夫ですか?工房の方は多少マシなはずです。急ぎましょう。」
 ガラはそう言うと裏道のような細い路地を通り、住宅の密集するゾーンを抜けて街の端へと向かった。
 到着したのは街外れの小さな工房だった。
「ウィーゴさーん!サツキさーん!いらっしゃいますかー!?」
 工房のドアをノックしながらガラが大きな声で呼びかけると、2階の窓が勢いよく開き空き缶が飛んできてガラの頭に直撃した。
「うるさい野郎だね!!そんなに怒鳴らなくても聞こえてらぁ!!開いてるから入っておいで!」
 声の主は顔も出さずにそう怒鳴るとバン、と音を立てて窓を閉めてしまった。
「痛ったああぁぁ……」
「大丈夫…?」
 頭を抱えるガラをサティが心配そうに覗き込むとガラは涙目で立ち上がり、ドアノブに手をかけた。
「うぅ…大丈夫です…さあ、いきましょう…」
 工房へと入ると壁中に様々な工具が掛けられていて、壁伝いにショーケースがありその中にはガラスで出来た品物が展示されている。
 そして部屋の中央には大きな机が1つだけ置いてあった。
 部屋を見渡していると奥の階段から黒く長い髪を後ろで編んだ作業着姿の若い女が降りてきた。
「なぁんだい、ガラか!久しぶりじゃないか!何、さっきの缶に当たったの?鈍臭い奴だねぇ!」
 女はガラの背中をバンバン叩いて豪快に笑った。
「サツキさん、痛い痛い!手加減してくださいよ、もう……あぁ、そうだ、こちら工房の女将さんのサツキさんです。」
「お客さんかい?いらっしゃい!」
「こちら、モロク・ファームズさんとアレファンデルさんにサテーンカーリさんです。」
「それで、何か探し物?それとも製作の依頼かい?」
 俺は3つの樽を採取袋から取り出し、大きな机の上に置いた。
人魚のランタンマーメイド・リュヒテュを3つ作りたい。工房を貸してもらえないだろうか?」
「人魚のランタン?アンタ作った事は?」
「…ない。」
「じゃあ無理だね。」
 あっさり無理だと言ってのけるサツキに首を傾げた。
「人魚のランタンは経験と沢山の魔力がいるのさ。」
 サツキのその言葉にアレファンデルが一歩踏み出して口を開いた。
「…俺は大凡の作り方を知ってる。材料は正確な大きさに砕かなきゃなんねェし、分量もぴったり正確に測る必要がある…しかも魔力で圧縮する時に力加減を間違えればそれまでの作業は水の泡。凄く精密な作業がいるはずだ。こっちは素人だがやってやれない事はないと思ってる。そもそもあんたは作れんのか?ガラス職人ともありゃあ、さぞ器用なんだろうな?」
「アレファンデルだっけ?アンタ綺麗な顔して言うねぇ。だけどあたしには無理だ。あんなモン、集中力が保たないよ!その代わり、コレが出せるならランタンを作れる腕利きの奴を紹介してやるよ。」
 サツキは指でワッカを作ってみせた。
 金、か。
「現金はそんなにないが、価値の高い物は持ってる。これで頼めねェか?」
 アレファンデルは昨日採ってきた豪城石キャッスルストーンを机の上に置いた。
「わあ、こりゃ凄いね!確かに高級品だ。うーん、でもねぇ、あいつが納得するかなぁ?」
 白々しい反応をするサツキに俺は庭園黒曜蝶ガーデン・オブシディ・フライの蜜壷を、サティは鈴蘭の涙を入れたボトルをそれぞれ一つずつ机に置いた。
「庭園黒曜蝶の蜜壷と鈴蘭の涙だ。この3つでどうだろうか?」
 俺がそう言うとサツキは驚いてゴクリと唾を飲み込んだ。
「ちょ、ちょっと待ってな。話し付けてくるよ。」
 サツキは3つのアイテムを持って再び2階へと上がっていく。
「すみません、あの、本当は悪い人じゃないんです…」
 何故かガラが俺達に頭を下げて謝った。
「強欲な女だ。全く……」
 アレファンデルは呆れながら樽を小突いた。
 暫くするとサツキは頭の髪は無く白い髭を携えた初老の男を連れてきた。
「待たせたね。こっちはウィーゴ。あたしの主人さ。飛び切り器用で腕利きの職人だしその昔人魚のランタンを作った事があるそうだ。あんた達高級品持ってきてくれたからやってくれるってよ。」
「…ありがとう。よろしく頼む。」
 俺が礼を言うと、ウィーゴは無言でこちらに歩いてきてポケットから掌ほどの大きさのガラスの球を取り出しアレファンデル、サティ、俺の順番にガラスの球を近付けた。
 俺から見るとガラス球は特に変化があるようには見えなかったが…
「…!…お前さん…、…とびきり強い魔力を持ってるな。仕上げにその魔力を使えばいけるだろう。」
 ウィーゴは俺をしげしげと見上げて呟いた。
「あ、ファームズさんは王都エンデワールでは地獄の猟犬ヘルハウンドと呼ばれてるんです!とても強くて狙った獲物は確実に仕留めるんですよ!」
 ガラが俺を紹介するとサツキもウィーゴも驚いた顔をした。
「お前さんが噂の地獄の猟犬ワン公か…!なるほど、なるほど、なるほど…人魚のランタンな。いいだろう。おれがとびきり良いランタン作ってやらぁ!んで、材料はあるのか?」
「ああ、この樽の中に。」
「ほーぉ、どれどれ。」
 ウィーゴが1つ目の樽を開けると中から手紙のような物と宝石や綿や鹿の角などが出てきた。
「これはお前さんが開けてくれ。」
 そう言って俺に中に入っていた手紙を俺に差し出した。
 手紙を開けてみると中には作り方が細かく記されており最後に一言、「出来なかったらそれまで」と書かれている。
 その手紙をウィーゴに渡すとウィーゴは大きな声で笑ってうんうんと頷いた。
「じゃあ取り掛かるからお前さん達はここで待ってな。日が暮れる前にはできるだろ。最後の仕上げだけは地獄の猟犬ワン公がやんな。おれにはもうそんな魔力は残っちゃいねぇからな。あぁ、サツキ、茶ぁ出してやれ。そこそこ上等のな。」
「はいはい。」
 ウィーゴはサツキに頼むと楽しそうに二階へ戻っていった。

 俺達はサツキが出してくれた茶を飲みながら工房の展示品を見て待っていた。
「…さっきのガラスの球ってなんだったんだろう?あれで魔力の強さが見えるのかな?特に何も変化しなかったように思うけど…」
 サティが首を傾げて展示品のランプを覗きながら呟いた。
「確か南の方の国の技術にそんなものがあったな。あれを作るのも相当な技術と魔力がいるらしい。しかもあれの結果を見る事ができるのは持ってる奴だけだった筈だ。」
 アレファンデルは繊細なガラス細工を眺めて感心したようにそう言った。
「ウィーゴさんは腕の良い職人さんで、サツキさんは元々お弟子さんだったんですよ。サツキさんは繊細な作業が得意でアレファンデルさんが見ているその作品もサツキさんの作品なんです。」
「ほぉ、口だけの奴じゃねェって事だな。」
 フン、とアレファンデルは鼻を鳴らし、部屋をぐるっと見渡した。
「ガラスねェ……」

 どのくらいそうしていたか日が大分傾いた頃に2階から2人が降りてくる音がした。
「おい、地獄の猟犬ワン公、お前の出番だ。」
 ウィーゴがトレイに乗せた3つのガラスドームを机の上に置いた。
「これ1つずつに魔法掛けてみろ。呪文はさっきの手紙に書いてあったろ。あぁ、1つ注意点がある。1つ1つに膨大な魔力が必要になる。魔力が空っぽになっても文句言うなよ。ほら、やってみな。」
 言われて手紙を取り出し、ガラスドームを一つ手に取った。
月の路からモーンガータ 光を貰いハンキ・ヴァッロ 多くの祝福をパリヨン・オンネア 灯せヴァライスタ 灯せヴァライスタ……」
 俺が呪文を唱え終わった瞬間、ガラスドームの中に勢いよく炎が燃え上がった。
「馬鹿野郎!加減せぃ!割れるぞ!それに残り2つもあるんだぞ!配分考えろ!」
 加減…加減…
 込める魔力をぐっと抑えると炎は蝋燭の火のような揺らめきになった。
 一気に魔力を吸収された感覚がある。
 驚きながら火のついたガラスドームを机に置いた。
「それでいい。……筋は良さそうだな。その調子でほか2つもやっちまいな。」
 ウィーゴの言葉に頷いて同じ要領で2つのガラスドームに火を灯す。
「……オイオイ…正直いくら地獄の猟犬ヘルハウンドと呼ばれてたとしてもこんなに上手くやれるとは。しかもまだまだ魔力が有り余ってると来た……一体お前さん何者なんだ?ん?」
 ウィーゴに顔を覗き込まれてじっと見られたが正体を話すわけにもいかない。
 そのまま黙っているとその状態に飽きたのかウィーゴは「ケッ」と言って引き下がった。
「…サツキ、それを持ち帰り用に詰めてやんな。俺は自分の仕事に戻る。」
 ウィーゴはそう言ってまた2階に引き返そうとした。
「ウィーゴ、ありがとう。助かった。」
 ウィーゴはこちらに振り返りもせず、掌をひらりと振った。
「あんた凄いね!どんだけ魔力をプールしてんだか……あ、そうだ。ちょっと謝んないといけない事があって。材料5つあったんだけどさ、やっぱり難しいアイテムで2つ失敗しちゃってね…」
「3つあれば構わない。」
 テキパキと人魚のランタンを包んでいく手を見ながら会話をする。
「貴重な素材なのに、ごめんよ。その代わり何か欲しい時はまたウチに来なよ。割安にするし、もうわかってると思うけどそれなりに魔具も扱ってるからさ。」
「その時が来たら頼む。」
「いつでもおいで。あんた達なら歓迎するよ。」
 丁寧に包まれ、箱に入れられた人魚のランタンをこちらに寄越したサツキは最後に俺に手を差し出した。
 俺はその手を握って握手を交わし、皆で工房を後にした。



 王都エンデワールに到着して通行手続きを終えたのはすっかり日が沈んだ頃だった。
 全員でラルフの屋敷に向かい、アイアンの門を開けてドアをノックすると珍しくアリスではなくリヨンドが出迎えてくれた。
「おかえり、モロク!アレファンデル!待ってたよ。」
「リヨンド、ただいま。」
「遅くなって悪かったな。」
「大丈夫、大丈夫。ガラ、今回もモロクに同行してくれてありがとう。……ん?おや?この子は?はじめまして、私はリヨンド・ファームズ。」
 リヨンドはサティに気付き、ふふふと笑った。
「僕はサテーンカーリ…今回の採取に途中から同行させてもらったんだ……」
「そっか、モロクがお世話になったね。ありがとう。さあ、皆入って入って。ラルフが材料の保管庫としてまた一部屋開けてくれたから材料はその部屋に置いて良いって。」
「いつもすまない…」
「ラルフはやりたくてやってるから気にしなくて良いと思うよ。」
 リヨンドに案内してもらった材料の保管部屋でガラに運搬袋カーゴバッグから材料を出してもらい、簡単に整理してからガラの見送りに玄関へ出た。
「ガラ、今回も助かった。また今度頼るかもしれないがそのときはよろしく頼む。5日間世話になった。ありがとう。」
「いえいえ、こちらこそ!とっても楽しかったですし、皆さんと同行できて良かったです。」
「気を付けてな。また。」
 アレファンデルは珍しく少し優しい口調で別れの挨拶をした。
「ガラ、色々ありがとう。色んな話を聞けて僕も楽しかったよ。」
 サティも手を振ってガラを見送る。
「皆さん、またいつでもご利用ください!ご利用ありがとうございました!それでは、また。」
 礼儀正しくお辞儀をして帰っていくガラが見えなくなるまで玄関で見送ってから屋敷の中に戻るとリヨンドとラルフが待っていた。
 ラルフは楽しそうに俺達を迎えてくれた。
「さあ、お腹は空いてるかな?ディナーにしよう!」
 ラルフが皆を食堂に誘導し、オロオロしているサティも連れて皆で食堂に移動した。
 それぞれが椅子に腰掛けるとアリスが食卓の準備を始めた。
「リヨンド、ラルフ、これは俺達からの土産だ。」
 帰る途中で3人で人魚のランタンマーメイド・リュヒテュを交換する為に集めたアイテムをリヨンドとラルフに渡そうと話し合って決めていた。
「こんな凄いもの…いいの?ありがとう、3人とも!」
「鈴蘭の涙、凄くありがたい…!!丁度これが必要な動物達がいてね…!本当に助かるよ!ありがとう!」
 2人はとても喜んでくれたようだ。
「君がサテーンカーリ君だね。はじめまして、僕はラルフ。この屋敷に住んでる獣医だよ。」
「はじめまして。」
「それで君は一体どんな子なのかな?」
 何かに気付いているらしいリヨンドがにこりと笑ってサティに問いかけた。
「あの…」
「サテーンカーリ、2人は俺とモロクの正体を知ってる。お前の正体を知っても大丈夫だと思う。」
「えっ!?2人の本当の事知ってるの!?」
 サティの言葉に頷くとサティは信じられないと言った顔でリヨンドとラルフを交互に見た。
「私はモロクが生まれる瞬間に立ち会ったし、アレファンデルは始めから私の胸ぐらを掴んで自分の事を曝け出してきたから…」
 リヨンドはその時の事を思い出して、ふふっ、と笑った。
「うるせェ、俺の事はいいんだよ。」
「あぁ、ごめんごめん。サテーンカーリ、君のこと聞かせてくれるかな?」
「僕は…妖精王オボロンの第23子。翠玉石エメラルドと虹のの妖精だよ。」
 流石に妖精を連れてくるとは思わなかったのか、2人の笑顔が固まった。
「サティはとてもいい奴だ。今回の旅でサティの他にも良くしてくれる妖精に出会った。妖精は悪戯や害を成す者ばかりじゃない。サティは俺を沢山助けてくれた。」
 ラルフより先に我に帰ったリヨンドは咳払いして頷いた。
「ごめんね、偏見はよくないね。妖精王の子供って言う事に1番驚いちゃった……モロクが言うんだから良い子なんだね。サテーンカーリ、改めてモロクの手助けをしてくれてありがとう。」
「ううん、反対なんだ…僕がモロクとアレファンデルに助けてもらったんだよ。閉じ込められてた僕を解放してくれたんだ。」
「そっか。でも、モロクは感謝してるんだし、私も感謝しなくちゃ。」
 ようやく我に帰ったラルフも慌ててうんうんと頷いている。
「リヨンドはモロクのパパみたいなものだからね。僕もそのつもりだけど。」
「え?2人が魔王のパパだって?」
 サティはラルフの屋敷に来て初めて笑った。
 その顔を見てようやくこの場にいる全員がホッとした。
「あっ、サテーンカーリ君は人間の食事はしないのかな?普段はどんなもの食べるの?」
「僕は野菜と果物しか食べられないんだ。」
「じゃあアリスに伝えなきゃ。」
 そう言うとラルフは厨房の方へ歩いていき、アリスにそれを伝えてすぐに椅子に戻ってきた。
「ラルフ、リヨンド、帰ってきて早々だが頼みがある。」
 俺が口を開くとラルフとリヨンドは顔を見合わせてふふふと笑った。
「サテーンカーリ君に部屋を、でしょ?」
 2人とも俺の言いたい事をお見通しなのだろう。
「部屋を用意するのが難しいなら俺の部屋でも…」
「やだなぁ、モロク。この屋敷に何部屋あると思ってるの?既に魔王と竜人族の部屋があるんだから妖精の部屋も用意しよう!」
 ラルフが楽しそうに笑うとサティは嬉しそうに笑った。
「…急に来てこんなお願いなのに…聞いてくれてありがとう!」
 その顔を見た瞬間、何かが胸の中で全てを破壊したくなるような凶暴な何かがグルリと回った感じがした。
「…?」
 よく分からない感覚にモヤモヤしたが、この感覚を伝える術がない。
 皆が楽しそうにしている場だし、俺は何も言わずにそこに座っていた。



 それから暫く旅の間の土産話を楽しんだ後、夜にもかかわらずアリスがサティの部屋を用意してくれ、それぞれの部屋に戻ることになった。
 俺達3人の部屋は2階で、俺の部屋は東の角部屋だ。
 隣はアレファンデル、向かいがサティの部屋。
 3階はラルフとリヨンドのフロアだ。
 5日ぶりに自分の部屋に戻り、ベッドに座って手記を取り出す。
 旅の間も少しずつ読み進めているがまだまだページ数はかなりある。
 …そういえば、昨日の魔法陣…。
 あれはなんだったのか、アレファンデルに聞こうと思っていたのを思い出し、手記を持ったままアレファンデルの部屋をノックした。
 アレファンデルはすぐにドアを開けてくれ、俺が手記を持ってるのを見て手で中に入れと合図をした。
 中に入りドアを閉めるとアレファンデルがすぐに鍵をかけた。
「…なんだ。」
「アレファンデル、魔法陣について聞きたい事がある。この魔法陣は何の封印を解除するものなのか分かるか?」
 昨日のページを開くと少し違和感を覚えた。
 昨日と少し違うような…
「……これじゃわかんねェな。解読拒否の魔法がかかってる。時が進むにつれ少しずつ形が変わってくみてェだな。発動は?」
「昨日発動したが胸の辺りでバチッと音がしただけだ。」
「ふぅん…」
 アレファンデルはもう一同魔法陣を覗き込んだがすぐに目頭を押さえて無理無理と言った。
「よく見えねェな…無理だ。クソ、小賢しい真似しやがって……無理に読もうとすると目がおかしくなる……」
「そうか…。」
 読めないのなら…と次のページを捲ると次のページにも魔法陣が描かれていた。
「…あ?………これは、通信の魔法陣だな……誰との通信………、…いや、まさか……まさか…ありえねェ…いやいや、こんなヤベェもん……そんな、わけ…」
「アレファンデル?」
「………これは、…死者と通信する邪道な魔法陣だ…こんなモン、なんであいつが知ってんだ……気を付けろ、この魔法陣、失敗したら何が来るか分かんねェぞ。しかも死者って誰を呼び出す魔法陣なのか今はすぐに分からねェ。」
「でも本のルールは描かれている魔法陣は全て発動させろと…」
「開いたその時すぐに、じゃねェだろ。もう少し確認した方がいい。俺でも読むのに少し時間がかかる…また明日見せてみろ。流石に今日は疲れちまったからな。」
「…そうか。また明日頼む。眠る前に悪かった。」
 アレファンデルの部屋を出ようとした時、「おい」と後ろから声が掛けられた。
「振り向かずにそのまま聞け。………昨日、船で前髪を上げたお前を見たら少しだけ前のモロクに会えた気がした。初めの頃は乱暴で横暴で強欲で我儘で不器用で…兎に角、魔王を絵に描いたような奴だったけど一緒にいる内にどんどんあいつは変わっていった。最後の方は俺の事をよく考えて行動するようになったし。だから…俺はあいつの想いや願いを叶えてやりたい。それは即ちお前をサポートする事だ。俺はお前にとって不幸な結果になることはしない。それだけ覚えとけ。……分かったらもう部屋に戻れ。」
「アレファンデル。」
「……なんだよ。」
「ありがとう。これからも頼りにしてる。」
 それだけ言ってアレファンデルの部屋を出て自分の部屋に一度手記を置きに戻ってからからサティの部屋のドアをノックした。
「はっ…はい…っ、モロク?…どうぞ。」
 すぐにサティが出てきて中に招き入れてくれた。
「サティ、部屋はどうだ?」
「すごく快適すぎて…こんな待遇…本当に良いのかな?」
「俺も初めてここに来た時同じ事を思ったがラルフもリヨンドもとても良くしてくれた。」
「あぁ、パパだもんね。」
 くすくすとサティが笑った瞬間。
 また胸の中で凶暴な何かがグルリと動いて…気が付くとサティの手首を握り力任せにベッドに縫い付けていた。
「モ…モロ、ク…?」
 サティが目を大きく見開いて驚いた顔で俺を見上げている。
「……っ、……すまない…」
 自分でも驚いる顔をしているのが分かる。
 サティの手首を握り締めていた手を緩めてサティの上から退くとどうしてそんな事をしてしまったのか分からず自分の両手を呆然と見つめてしまった。
 でも1つだけ頭に浮かんだ言葉があった。
 跡形モ無ク壊サネバ…
 時々俺は自分が魔王である事を忘れてしまいそうになることがある程これまで破壊衝動を持つ事はなかった。
 でも今のは強い怒りと憎しみ、悲しみの感情がグルグルと俺の体の中で渦巻いて全てを壊してしまいたい思いになっていた。
「ど…どう…したの…?だ、だ…大丈夫…?」
 サティの震えた声でハッとした。
「……俺にもよく分からない…サティこそ、大丈夫か…?」
 俺が握り締めた手の痕がくっきりと残っている手首に触れようとした時、サティの体が少し強張ったのに気付いて自分の手を引いた。
「…サティ、すまない……俺は今日の夕方から何かおかしい…」
 突然自分には太刀打ちできない何かに襲われている気分になり、頭を抱えてその場にしゃがみ込む。
 俺は、魔王だ。
 魔王は呪われて何度も生き返り代々破壊と殺戮を繰り返して……先程の感情がソレを駆り立てるのだろうか。
「モロク…モロク、大丈夫、僕は大丈夫だから…大丈夫…ほら、ここに横になって…」
 サティはまだ少し震える手で俺を支えて立たせ、サティのベッドに横になるように促した。
『揺蕩う正絹シルキン 木菟ウーフカヤの微笑み 雪割草シニヴォッコの微睡み……』
 サティの優しい妖精の呪文で俺はそのまま眠りに落ちてしまった。

第8話へ続く
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