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第1章 魔王の再臨/番外編
リヨンドとラルフ<世界会議編>
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やや憂鬱な気分ではあるものの、立場上そんな姿を人に見せるわけにはいかない…出来るだけ背筋を伸ばしていつも通りに聖都グラッツウェルのメインストリートを歩いて行く。
「勇者様…!」
時々、私の正体と顔を知っている人達から挨拶や激励、応援の言葉を貰いながら世界会議の会場であるティル・アル・オ大聖堂に向かった。
私がこれから起こる事にうんざりした顔を少しでも見せようものならカファレルが鳴いてまるで私を叱咜してくれているかのようだ。
入り口で警備をしているケビンに挨拶して大聖堂の二階大会議室へと足を運び、まるでドアマンをしているかの様な神父に挨拶して深呼吸してから中へ入った。
大きな円状のテーブルに約500人の協議会員が既に全員着席していて、その全員が険しい顔で私に注目した。
円状のテーブルの中心に置いてある椅子まで歩いて行き、オーウェル大司教に跪く。
「大変お待たせいたしました。世界会議最高位騎士団特別指揮官リヨンド・ファームズ、只今参りました。」
「リヨンド、この度は大変ご苦労様でした。さぁ、顔を上げて。」
大司教の優しい声で顔を上げると大司教の隣に鎮座している議長が座れと椅子を指差した。
「…失礼します。」
カファレルを椅子の背もたれに止まらせ、腰掛けると私を目の敵にしているグアス卿が声を上げた。
「リヨンド、遅いぞ。」
「申し訳ありません、死ぬ覚悟で別れた者達に無事を報告したくて遠回りしてしまいました。」
「…フン、それでどうなったのかね?」
グアス卿も流石に何も言えなかったのか、私に報告を促した。
「それでは早速…。」
ここに来るまでにまとめた報告書を取り出し、読み上げて行く。
「魔王討伐指令を受けてトゥカラーナ島へ出発した後、発生地点のポイントに到着すると付近で黒い霧が発生しており、発生地点の洞窟内にて『魔王の卵』を発見しました。私が発見し、近付いた時、突然強風が起こり、黒い稲妻が走って大地が揺れました…。」
ここまでは真実だ。
「私は何とか卵の近くまで行き、魔王が発生する前に魔王を打てば悲劇は起きないと思い、『魔王の卵』に剣を突き立てました。すると一瞬にして卵は消えてしまい、破滅の魔王の誕生を阻止しました。簡単な報告は以上です。詳細な報告はこちらをご覧ください。」
そう言って議長に報告書を提出してまた着席した。
「そんな簡単な討伐だったとは思えない!」
グアス卿がバンと机を叩いて大きな声を出す。
「ファームズ君、それは本当に『魔王の卵』だったのかね?証拠は?」
議長は極めて冷静に質問した。
「消えてしまったので証拠はありません。ですが、私達は今こうして変異なく平和に暮らしています。それこそが破滅の魔王を討伐した証拠ではないでしょうか?」
その場がざわつき、「世界のあちこちにヒビが入ったり建物が崩れたのは平和ではない!」「でもそれ以外は確かに平和ではあるが…」や「『魔王の卵』は消えて別の場所に移動したのでは…」「安心して良いものか」「それは本当に『魔王の卵』だったのか?」など、評議会の連中だけの会話が続く。
そういうのは私が帰ってからにしてほしいのだけど…とは言えず、暫く黙って座っていることにした。
「えー、皆様。」
暫くただぼーっと座っていたがざわつく室内に突然ハーティローズ卿が声を上げた。
「もう少し詳細を伺って判断しましょう。今の簡易説明で判断するのは難しいのでは?ファームズさん、どのように島に着いてどのような道を歩きどのような卵をどのように突き刺しどのように消えたのかもっと詳しくお願いできますか?」
ハーディローズ卿は普段から物腰は柔らかく誰にでも笑顔で接しているが、時々恐ろしい発言や突拍子のない質問を投げかけてくる。
あぁ…今日は長くなりそうだ……
ようやく解放されたのはとっぷり日の暮れた時間だった。
ランチも食べ損ねて空腹の私は宿から程近い大衆酒場で食事することにした。
店内のカウンターに座り樽酒のジョッキとパスタ、カファレルにも生肉を注文して半日ぶりの食事にありついた。
「おぉっ、リヨンドじゃないか!カファレルも!ひっさしぶりだなぁ!」
半分程食べた所で声を掛けられて振り向くと古い友人であるラダが隣で飲んでいた。
「ラダ!久しぶりだね。」
「お前今回も大活躍だったな!魔王討伐にお前の名前が出てきた時はそりゃ驚いたよ!いやぁ、よくぞ無事に帰ってきたな!今日は俺が奢ろう!飲め飲め!」
「ふふ、ラダは相変わらずだね。」
ラダは私にもっと食べろと料理や酒を追加注文して明るく私を労ってくれた。
久しぶりに会ったラダと飲んでいる内に段々お互い愚痴っぽくなってしまい、それまで我慢していた言葉が次々と口からこぼれていく。
「そもそも、私も今更勇者とか言われても困るんだよね…。もういいオジサンだもの…」
「まぁ、俺もお前も年取ったよなぁ…」
「うん…大変だったんだよ、現地まで岩山登ったりさ…それなのに魔王を討伐したら蜻蛉返りでここに報告に来いだなんて、私だって一生離れ離れになるかもしれないって腹を括って出掛けていったんだからちょっと寄り道して生存報告したからってそれさえ咎められてしまってね。私だって人間だもの…そのくらい許してほしいよ…。魔王を討伐したらもう平和なんだから報告なんて何も急がなくても…」
話の途中で突然勢いよく細い腕に胸ぐらを掴まれた。
「っ!?」
「オイ!テメェ、適当な事言ってんじゃねェぞ…!あいつは生きてるだろうが!」
色白で透けるような金髪、白いローブを身につけ、深く被ったフードの隙間から美しいゴールドの瞳がこちらを睨み付けている…魔術師だろうか?
「何だよお前!離せ、離せって!おい、リヨンド、大丈夫か?」
ラダが俺と白い彼を引き離してシッシッと野良犬を払うかのような仕草をした。
「あ、あぁ、うん、大丈夫大丈夫。ありがとう。えぇっと…君は…?」
「俺は…、…アンタ、飯食ったら顔貸せ!俺は店の外にいる!」
彼はフン、と鼻を鳴らすと店の外へと出ていった。
「何だぁ?あいつ…」
「……さぁ……?」
その後、ラダと一時楽しく食事をして、明日も世界会議に出席するからと私が先に店を出た。
するとさっきの白いローブの彼が私を見つけて近付いてきた。
「…俺はアレファンデルだ。さっきの話、詳しく聞かせろ。…こっちだ、着いてこい。」
「…わかった。」
アレファンデルと名乗った男について行くと路地裏に連れて行かれ、路地裏をどんどん進んでいくと、とある建物の外階段を降りて行った。
そしてその先にあった木製のドアを開けると中は黒を基調とした洒落たバーだった。
「いらっしゃ……やぁ、アレファンデル。お連れ様もこんばんは。何を召し上がります?」
マスターはアレファンデルと顔見知りらしく、アレファンデルには何も聞かずに飲み物を提供した。
「あ…えぇと、柑橘系のオススメを。明日大事な会議があるんで薄めに作ってもらえるかな?」
「かしこまりました。」
マスターがカクテルを作っている間、アレファンデルは俯いてカウンターをじっと見つめていた。
「お待たせしました。ジンをかぼすとキウイで割りました。」
スッとマスターがフレッシュなイエローグリーンの洒落たグラスを私に差し出した。
「ありがとう、マスター。…アレファンデル。」
グラスを傾けるとアレファンデルは「あぁ…」といって遠慮がちにグラスの縁をカチリと当てた。
そのカクテルを一口含むと爽やかな香りが鼻からスッと抜けていくとても美味いカクテルだった。
「……それで、君は何者なのかな?」
アレファンデルに声を掛けるとアレファンデルはチラリと私を見て咳払いした。
「コホッ…俺はお前達からしたら少々特殊だからまずは俺の話より、先ずはお前について聞きたい。突っ込んだ話はお互い信用してから話した方が良いだろ。」
「…まあ、一理あるね。」
「初めに言っておくがマスターは口が硬い。多少際どい内容を喋っても問題ねェ。」
「分かった。それじゃ、簡単に自己紹介するね。私はリヨンド・ファームズ。あまり大々的には言ってないけど世界会議最高位騎士団で特別指揮官をしてる。とは言っても特別召集されない限り普段はのんびりこの子と狩猟暮らしだけどね。」
カファレルの首周りを撫でるとカファレルは気持ちよさそうに目を細めた。
「…まあ、大した人ではないよ。…君は魔王についての話が聞きたいんだよね?それなら私の自己紹介はこんな感じでいいかな?次はアレファンデルの自己紹介どうぞ。」
アレファンデルは小さく頷いてグラスを揺らした。
「その昔、俺は竜人族の元第6皇子であり『知識の門番』でもあった。」
「え…?」
竜人族という種族は北の地からほぼ出ることはないからこうして出逢えるのは奇跡に近い。
それなのに、超希少な『知識の門番』…
「…門番は証拠がないから信じなくても良い。だが、これなら竜の血が混じっている事は分かるだろ…」
そう言ってフードを外すと光を反射するゴールドの瞳が現れた。
その瞳孔の形が独特で、確かに竜人族の特徴をしている。
「…なんで竜人族がこんなところに…?」
「それは魔王の話と関係がある。お前は魔王討伐に選ばれた勇者なんだろ?そもそも何故選ばれたんだ?」
「…どこから話そうかな…うーん、数ヶ月前にね、報酬に釣られてうっかりSランクの魔物を狩ったら突然魔王討伐の勇者に選抜されて魔王の元に向かうことになってしまってね。それで、一緒に暮らしてた人と死に別れる覚悟で魔王の発生地点に向かったんだ。君は何故魔王が生きてると言い切れるんだい?」
「……俺は300年間、魔王が産まれるのを待ってた。本来ならお前より先に俺があの地に辿り着くはずだった。」
「300年も魔王を?何故?」
アレファンデルはふいっと顔を背けてしばらく無言でいたが、少しの葛藤の後、意を決したように顔を上げた。
「……俺は、300年前の魔王の番だ。300年前、あいつが死ぬ時に約束したんだ。もう一度産まれた時に探すって。」
「まさか、…番だなんて、そんな記述はどこにも…」
「お前達の書籍には『竜人族の集落壊滅寸前まで追い込み、その後消息不明のまま自然消滅』ってなってるだろうが、誰も知らないその先の真実があったって事だ。竜人族を狙った理由は何だったと思う?」
「単純に考えると…知識が目的だったのかなと思ってたけど…」
「あぁ、元々はそうだった。だがあいつはどうしても俺を連れて帰りたいと思ってしまった。初めは愛情とかじゃなく、唯の興味だったと思うが。」
そんな話が本当なら世に知らされている歴史が変わってしまう。
思わずアレファンデルの話に喉が鳴る。
「300年、俺はずっと待ち続けてきた。お前達人間にはわからないだろうが、俺達竜人族の鼻は地球のどこにいてもそいつが生きてるかどうか感知することができる。ただ、俺は色々あって… 他の竜人族と違って生きてる事はわかるがどこにいるかまでは嗅ぎ取ることができねェ……」
「だからさっき私にあんな事言ったんだね。」
アレファンデルは頷くと拳をギュッと握りしめた。
「何でアンタはあんな嘘吐いてんだ?モロクは……、魔王は生きてんだろ?あいつは今どこにいるんだ?」
「……確認だけど、もし仮に魔王が生きてたとして、アレファンデルは魔王に会ったらどうするつもりなの?」
もしも恐ろしい事を企てる気なら阻止しなくてはいけない。
それが私の役目にならない事を祈る気持ちでアレファンデルの言葉を待つ。
「………俺は次に産まれてきた魔王には幸せになってもらいたいと思ってる。その為に色々教えて導いてやらなくちゃならねェ。俺は300年前にあいつから魔王としての教育を頼まれた。良い事も悪い事も。例えば人間と共存したいと言うなら口にしてはいけない魔王特有の呪いの言葉や力の加減方法とかな。逆に破壊神のような奴ならブン殴って真理を説いてやらなきゃならねェ。なぁ、アンタあいつに会ったんだろ?しかも生かしてるってことは前者と考えていいのか?」
正直、拍子抜けしてしまった。
アレファンデルは、魔王であるモロクを良い方向に導きたくて会いたいと…そう言う事なのだろう。
それならば……
「…うん、…うん、うん、わかった。正直に話すよ。」
私はアレファンデルにきちんと向き合って座り直した。
「実はモロクは私のパートナーに預かってもらってるんだ。初めは倒しに行った筈だったんだけど、良い子だから連れて帰ってきちゃったんだよね…」
アレファンデルはガタンと音を立てて立ち上がり、目を見開いた。
「…そ、…っ、そうか…っ!…良かった…なら、アンタに着いていけばモロクに会えるんだな!?」
私が頷くとアレファンデルはホッとした顔をして再び椅子に座った。
「君は魔王を悪の道に導こうとしているわけじゃないだろうから私が帰る時に一緒に着いておいで。」
「…悪ィ。助かる。」
「私が泊まっている宿は噴水広場のすぐ隣にある宿だから明日の夜訪ねてくるといいよ。」
「…わかった。」
ここに来る道すがら、とても綺麗に晴れた空を見て、過ごしやすい気候になったなぁ…と思ったのに。
「彼は嘘を言っているのでは…」
「いやいや、彼は腕利きの…」
「そうは言っても…」
「確認する術は…」
…あぁ、いつになったらこの不毛な会議は終わるのだろうか?
私がアレファンデルに出会ってから5日目。
彼は毎日宿を訪ねてきて、明日は帰れるか?とソワソワしている。
それなのに一向に進展もなく、しかも私には一切発言する機会もなく、いてもいなくても変わらない会議が続く事に苦笑いしながら今日も大人しく椅子に座っていた。
気付かれないようにそっと溜息を吐くとカファレルにチョイと突かれ、姿勢を正して座り直す。
暫くその姿勢をキープしていると、何やら廊下が騒がしい事に気付いた。
「…何だろう…?」
私が呟いた瞬間、バンと勢いよく会議部屋のドアが開かれた。
何事かと立ち上がって剣に手を掛けた瞬間、入ってきた人物に呆然としてしまった。
「…アレファンデル…?」
「何だね?!君は!」
室内がザワザワと騒めく中、アレファンデルと一緒に必死に引き留めようとしているケビンと神父達がズルズルと引き摺られて入ってきた。
そしてアレファンデルがフードをバサリと下ろし、大きな杖でトンと床を突くとアレファンデルの姿がみるみるうちに竜の姿へと変わっていった。
「すごい…!」
竜人族の変化の場面を目にするなど一生かかってもありえないと思っていた。
とても大きな会議室だが、竜化したアレファンデルは狭そうに身を屈めたてその場にいる全員を見下ろした。
『我が名はアレファンデル、北の竜の地にて知識の門番を努める者。』
アレファンデルが名乗ると、さっきまで必死にアレファンデルにしがみついていた全員が飛び退いて跪き、大司教も椅子から降りて跪く。
それを見た他の者達も慌てて大司教と同じように跪いた。
竜は神の遣いとして信仰されているからアレファンデルのこの姿は非常に効果てきめんな訳だ。
『此度の魔王の件について事態の収束を確認したので知らせに参った。功労者はリヨンド・ファームズ。大変ご苦労であった。』
アレファンデルは美しく輝く金色の瞳で私に視線を投げ、一瞬床に視線を送って座れと合図してきた。
なるほど、そう言う作戦か。
私はアレファンデルに向かって跪き、頭を下げた。
「遠く遥々ご足労の上、お褒め頂き光栄です。」
『ついては我が一族の地に招待し至急記録の書の作成に協力願いたい。』
「かしこまりました。」
「まっ、…お待ち下さい、アレファンデル様!」
空気が読めないらしいグアス卿が声を上げ、皆が彼に注目した。
「まだ我々はリヨンドが本当に魔王を討伐したか確認しておりません!本当に魔王は消滅したのでしょうか?」
『…我を疑うのか?異端者め。』
アレファンデルがそう言うとグアス卿の周囲にいた者達がグアス卿を取り押さえ、床に頭をつけさせた。
「そっ…そんな…つもりは…っ」
『異言は認めぬ。良いな?』
アレファンデルが大司教にそう言うと大司教は深く頭を下げて承諾した。
「そのように…!」
するとアレファンデルはすぐに人の姿に戻り、首と肩を回した。
「この部屋では狭すぎた。…リヨンド、行くぞ。」
「はい。……それでは、皆様。私はこれで失礼させて頂きます。」
その場にいる呆然としたままの全員にお辞儀をして部屋を出た。
「くっだらねェ会議いつまでやってんだか!俺はもう5日も待ったんだぞ!なのに全く進展しねェなんて…!」
アレファンデルは私が取っている宿の部屋に入るなり文句を言って鼻を鳴らした。
「アレファンデル、爽快だったよ。あー…私は大変失礼だったんだね…アレファンデル様。」
「あー、辞めろ辞めろ、気色悪い。そもそも、もう門番でもねェし、俺は神の遣いなんかじゃねェし。今まで通りでいい。」
アレファンデルは面倒臭そうに掌をヒラヒラさせながら溜息を吐いた。
「ふふ、冗談だよ。さてと、荷物もまとめたし…出発しようか。」
私だって早くラルフに会いたいし、モロクも待ってるだろう。
そうして私とアレファンデルはようやく聖都グラッツウェルを出発した。
王都エンデワールまであと少しの所で突然カファレルが大きく一声鳴いた。
「カファレル?」
カファレルの視線の先にはごく遠くにブランプスの群れの中で黒い服装、長い黒髪の……
「…あれ?モロク?」
私が呟いた瞬間、アレファンデルはハッとそちらを見た。
「…私の言い付けは守ってるみたいだね。」
やってはいけない戦い方、それは使わず群れに立ち向かったらしい。
「そうだ、…声掛けてみようか。」
モロクをじっと見ているアレファンデルに提案すると、アレファンデルは軽く首を振った。
「いや、…いっ、いきなりすぎて…」
「ふふ、分かった。じゃあモロクに帰ったら合わせたい人がいるって伝えてくるからここにいてくれるかな?」
アレファンデルは動揺しながら木の影に隠れて頷いた。
モロクの方に歩いていきながらカファレルに飛んで良いよと合図するとカファレルは大きく羽ばたいてモロクに向かって飛んでいった。
ラルフの屋敷に戻ると丁度ラルフが休憩を取るのに屋敷に戻る所だった。
「ただいま、ラルフ。」
「…リヨンド!おかえり!」
ラルフは私を見るとにこりと笑って手を振った。
「ラルフ、こちらアレファンデル。モロクのお客さんだよ。」
「…どうも。」
アレファンデルは少しフードを持ち上げて挨拶した。
「モロクの?こんにちは。……もしかして竜人族の人?」
「あぁ、そうだ。よく気付いたな。」
「そっか。ようこそ王都エンデワールへ。長旅お疲れ様でした。モロクは今ちょっと出掛けてるけど夕方には戻ってくると思うからそれまでゆっくり休んでて!」
「あぁ、ありがとう。」
おや?ラルフはアレファンデルが竜人族と聞いてもあまり驚かないのかな?
誰か竜人族に知り合いがいるのだろうか?
「リヨンドのパートナーも男だったんだな。」
ぼそりとアレファンデルが呟いたのに頷く。
「うん、ラルフは懐の広い素敵な人だよ。」
ラルフに着いていき屋敷に入るとアリスが迎えてくれた。
そのままアレファンデルを食堂へ案内してもらうようアリスにお願いしてラルフに声をかけた。
「ラルフ、急にお客さん連れて来ちゃってごめん。彼はモロクの前の魔王のパートナーだったらしいんだ。」
「えっ!?」
「まだ生まれ変わったモロクに会えてなくて探してたみたい。」
「なんか…生まれ変わっても探し出して出会うなんて、ロマンを感じるねぇ…!」
ラルフはまるで乙女のように目を輝かせている。
「ふふ、素敵な話だよね。」
ラルフの顎を捕まえてただいまの意味を込めて触れるだけのキスをする。
「私も生まれ変わってもまたラルフに会いたいなぁ。」
「…僕もだよ。」
それからラルフと連れ立って食堂へ行き、3人でお茶を飲んでからラルフは仕事に戻っていった。
アレファンデルは実はモロクが生まれたあの洞窟にも行ったけど洞窟は既に空っぽだったこと、でも匂いはするので探して歩いていたこと…逆に私はモロクが生まれた瞬間の話やその後の移動の話をしているうちに屋敷のベルが鳴った。
「モロクかな?」
「俺が出ても良いか?」
屋敷に着くまではモロクから隠れていたのに、どうやら会う決心ができたようだ。
「うん、いいよ。」
ふふ、と笑うとアリスを制してアレファンデルが玄関に向かい、玄関のドアを開けた。
リヨンドとラルフ<世界会議編>終わり
「勇者様…!」
時々、私の正体と顔を知っている人達から挨拶や激励、応援の言葉を貰いながら世界会議の会場であるティル・アル・オ大聖堂に向かった。
私がこれから起こる事にうんざりした顔を少しでも見せようものならカファレルが鳴いてまるで私を叱咜してくれているかのようだ。
入り口で警備をしているケビンに挨拶して大聖堂の二階大会議室へと足を運び、まるでドアマンをしているかの様な神父に挨拶して深呼吸してから中へ入った。
大きな円状のテーブルに約500人の協議会員が既に全員着席していて、その全員が険しい顔で私に注目した。
円状のテーブルの中心に置いてある椅子まで歩いて行き、オーウェル大司教に跪く。
「大変お待たせいたしました。世界会議最高位騎士団特別指揮官リヨンド・ファームズ、只今参りました。」
「リヨンド、この度は大変ご苦労様でした。さぁ、顔を上げて。」
大司教の優しい声で顔を上げると大司教の隣に鎮座している議長が座れと椅子を指差した。
「…失礼します。」
カファレルを椅子の背もたれに止まらせ、腰掛けると私を目の敵にしているグアス卿が声を上げた。
「リヨンド、遅いぞ。」
「申し訳ありません、死ぬ覚悟で別れた者達に無事を報告したくて遠回りしてしまいました。」
「…フン、それでどうなったのかね?」
グアス卿も流石に何も言えなかったのか、私に報告を促した。
「それでは早速…。」
ここに来るまでにまとめた報告書を取り出し、読み上げて行く。
「魔王討伐指令を受けてトゥカラーナ島へ出発した後、発生地点のポイントに到着すると付近で黒い霧が発生しており、発生地点の洞窟内にて『魔王の卵』を発見しました。私が発見し、近付いた時、突然強風が起こり、黒い稲妻が走って大地が揺れました…。」
ここまでは真実だ。
「私は何とか卵の近くまで行き、魔王が発生する前に魔王を打てば悲劇は起きないと思い、『魔王の卵』に剣を突き立てました。すると一瞬にして卵は消えてしまい、破滅の魔王の誕生を阻止しました。簡単な報告は以上です。詳細な報告はこちらをご覧ください。」
そう言って議長に報告書を提出してまた着席した。
「そんな簡単な討伐だったとは思えない!」
グアス卿がバンと机を叩いて大きな声を出す。
「ファームズ君、それは本当に『魔王の卵』だったのかね?証拠は?」
議長は極めて冷静に質問した。
「消えてしまったので証拠はありません。ですが、私達は今こうして変異なく平和に暮らしています。それこそが破滅の魔王を討伐した証拠ではないでしょうか?」
その場がざわつき、「世界のあちこちにヒビが入ったり建物が崩れたのは平和ではない!」「でもそれ以外は確かに平和ではあるが…」や「『魔王の卵』は消えて別の場所に移動したのでは…」「安心して良いものか」「それは本当に『魔王の卵』だったのか?」など、評議会の連中だけの会話が続く。
そういうのは私が帰ってからにしてほしいのだけど…とは言えず、暫く黙って座っていることにした。
「えー、皆様。」
暫くただぼーっと座っていたがざわつく室内に突然ハーティローズ卿が声を上げた。
「もう少し詳細を伺って判断しましょう。今の簡易説明で判断するのは難しいのでは?ファームズさん、どのように島に着いてどのような道を歩きどのような卵をどのように突き刺しどのように消えたのかもっと詳しくお願いできますか?」
ハーディローズ卿は普段から物腰は柔らかく誰にでも笑顔で接しているが、時々恐ろしい発言や突拍子のない質問を投げかけてくる。
あぁ…今日は長くなりそうだ……
ようやく解放されたのはとっぷり日の暮れた時間だった。
ランチも食べ損ねて空腹の私は宿から程近い大衆酒場で食事することにした。
店内のカウンターに座り樽酒のジョッキとパスタ、カファレルにも生肉を注文して半日ぶりの食事にありついた。
「おぉっ、リヨンドじゃないか!カファレルも!ひっさしぶりだなぁ!」
半分程食べた所で声を掛けられて振り向くと古い友人であるラダが隣で飲んでいた。
「ラダ!久しぶりだね。」
「お前今回も大活躍だったな!魔王討伐にお前の名前が出てきた時はそりゃ驚いたよ!いやぁ、よくぞ無事に帰ってきたな!今日は俺が奢ろう!飲め飲め!」
「ふふ、ラダは相変わらずだね。」
ラダは私にもっと食べろと料理や酒を追加注文して明るく私を労ってくれた。
久しぶりに会ったラダと飲んでいる内に段々お互い愚痴っぽくなってしまい、それまで我慢していた言葉が次々と口からこぼれていく。
「そもそも、私も今更勇者とか言われても困るんだよね…。もういいオジサンだもの…」
「まぁ、俺もお前も年取ったよなぁ…」
「うん…大変だったんだよ、現地まで岩山登ったりさ…それなのに魔王を討伐したら蜻蛉返りでここに報告に来いだなんて、私だって一生離れ離れになるかもしれないって腹を括って出掛けていったんだからちょっと寄り道して生存報告したからってそれさえ咎められてしまってね。私だって人間だもの…そのくらい許してほしいよ…。魔王を討伐したらもう平和なんだから報告なんて何も急がなくても…」
話の途中で突然勢いよく細い腕に胸ぐらを掴まれた。
「っ!?」
「オイ!テメェ、適当な事言ってんじゃねェぞ…!あいつは生きてるだろうが!」
色白で透けるような金髪、白いローブを身につけ、深く被ったフードの隙間から美しいゴールドの瞳がこちらを睨み付けている…魔術師だろうか?
「何だよお前!離せ、離せって!おい、リヨンド、大丈夫か?」
ラダが俺と白い彼を引き離してシッシッと野良犬を払うかのような仕草をした。
「あ、あぁ、うん、大丈夫大丈夫。ありがとう。えぇっと…君は…?」
「俺は…、…アンタ、飯食ったら顔貸せ!俺は店の外にいる!」
彼はフン、と鼻を鳴らすと店の外へと出ていった。
「何だぁ?あいつ…」
「……さぁ……?」
その後、ラダと一時楽しく食事をして、明日も世界会議に出席するからと私が先に店を出た。
するとさっきの白いローブの彼が私を見つけて近付いてきた。
「…俺はアレファンデルだ。さっきの話、詳しく聞かせろ。…こっちだ、着いてこい。」
「…わかった。」
アレファンデルと名乗った男について行くと路地裏に連れて行かれ、路地裏をどんどん進んでいくと、とある建物の外階段を降りて行った。
そしてその先にあった木製のドアを開けると中は黒を基調とした洒落たバーだった。
「いらっしゃ……やぁ、アレファンデル。お連れ様もこんばんは。何を召し上がります?」
マスターはアレファンデルと顔見知りらしく、アレファンデルには何も聞かずに飲み物を提供した。
「あ…えぇと、柑橘系のオススメを。明日大事な会議があるんで薄めに作ってもらえるかな?」
「かしこまりました。」
マスターがカクテルを作っている間、アレファンデルは俯いてカウンターをじっと見つめていた。
「お待たせしました。ジンをかぼすとキウイで割りました。」
スッとマスターがフレッシュなイエローグリーンの洒落たグラスを私に差し出した。
「ありがとう、マスター。…アレファンデル。」
グラスを傾けるとアレファンデルは「あぁ…」といって遠慮がちにグラスの縁をカチリと当てた。
そのカクテルを一口含むと爽やかな香りが鼻からスッと抜けていくとても美味いカクテルだった。
「……それで、君は何者なのかな?」
アレファンデルに声を掛けるとアレファンデルはチラリと私を見て咳払いした。
「コホッ…俺はお前達からしたら少々特殊だからまずは俺の話より、先ずはお前について聞きたい。突っ込んだ話はお互い信用してから話した方が良いだろ。」
「…まあ、一理あるね。」
「初めに言っておくがマスターは口が硬い。多少際どい内容を喋っても問題ねェ。」
「分かった。それじゃ、簡単に自己紹介するね。私はリヨンド・ファームズ。あまり大々的には言ってないけど世界会議最高位騎士団で特別指揮官をしてる。とは言っても特別召集されない限り普段はのんびりこの子と狩猟暮らしだけどね。」
カファレルの首周りを撫でるとカファレルは気持ちよさそうに目を細めた。
「…まあ、大した人ではないよ。…君は魔王についての話が聞きたいんだよね?それなら私の自己紹介はこんな感じでいいかな?次はアレファンデルの自己紹介どうぞ。」
アレファンデルは小さく頷いてグラスを揺らした。
「その昔、俺は竜人族の元第6皇子であり『知識の門番』でもあった。」
「え…?」
竜人族という種族は北の地からほぼ出ることはないからこうして出逢えるのは奇跡に近い。
それなのに、超希少な『知識の門番』…
「…門番は証拠がないから信じなくても良い。だが、これなら竜の血が混じっている事は分かるだろ…」
そう言ってフードを外すと光を反射するゴールドの瞳が現れた。
その瞳孔の形が独特で、確かに竜人族の特徴をしている。
「…なんで竜人族がこんなところに…?」
「それは魔王の話と関係がある。お前は魔王討伐に選ばれた勇者なんだろ?そもそも何故選ばれたんだ?」
「…どこから話そうかな…うーん、数ヶ月前にね、報酬に釣られてうっかりSランクの魔物を狩ったら突然魔王討伐の勇者に選抜されて魔王の元に向かうことになってしまってね。それで、一緒に暮らしてた人と死に別れる覚悟で魔王の発生地点に向かったんだ。君は何故魔王が生きてると言い切れるんだい?」
「……俺は300年間、魔王が産まれるのを待ってた。本来ならお前より先に俺があの地に辿り着くはずだった。」
「300年も魔王を?何故?」
アレファンデルはふいっと顔を背けてしばらく無言でいたが、少しの葛藤の後、意を決したように顔を上げた。
「……俺は、300年前の魔王の番だ。300年前、あいつが死ぬ時に約束したんだ。もう一度産まれた時に探すって。」
「まさか、…番だなんて、そんな記述はどこにも…」
「お前達の書籍には『竜人族の集落壊滅寸前まで追い込み、その後消息不明のまま自然消滅』ってなってるだろうが、誰も知らないその先の真実があったって事だ。竜人族を狙った理由は何だったと思う?」
「単純に考えると…知識が目的だったのかなと思ってたけど…」
「あぁ、元々はそうだった。だがあいつはどうしても俺を連れて帰りたいと思ってしまった。初めは愛情とかじゃなく、唯の興味だったと思うが。」
そんな話が本当なら世に知らされている歴史が変わってしまう。
思わずアレファンデルの話に喉が鳴る。
「300年、俺はずっと待ち続けてきた。お前達人間にはわからないだろうが、俺達竜人族の鼻は地球のどこにいてもそいつが生きてるかどうか感知することができる。ただ、俺は色々あって… 他の竜人族と違って生きてる事はわかるがどこにいるかまでは嗅ぎ取ることができねェ……」
「だからさっき私にあんな事言ったんだね。」
アレファンデルは頷くと拳をギュッと握りしめた。
「何でアンタはあんな嘘吐いてんだ?モロクは……、魔王は生きてんだろ?あいつは今どこにいるんだ?」
「……確認だけど、もし仮に魔王が生きてたとして、アレファンデルは魔王に会ったらどうするつもりなの?」
もしも恐ろしい事を企てる気なら阻止しなくてはいけない。
それが私の役目にならない事を祈る気持ちでアレファンデルの言葉を待つ。
「………俺は次に産まれてきた魔王には幸せになってもらいたいと思ってる。その為に色々教えて導いてやらなくちゃならねェ。俺は300年前にあいつから魔王としての教育を頼まれた。良い事も悪い事も。例えば人間と共存したいと言うなら口にしてはいけない魔王特有の呪いの言葉や力の加減方法とかな。逆に破壊神のような奴ならブン殴って真理を説いてやらなきゃならねェ。なぁ、アンタあいつに会ったんだろ?しかも生かしてるってことは前者と考えていいのか?」
正直、拍子抜けしてしまった。
アレファンデルは、魔王であるモロクを良い方向に導きたくて会いたいと…そう言う事なのだろう。
それならば……
「…うん、…うん、うん、わかった。正直に話すよ。」
私はアレファンデルにきちんと向き合って座り直した。
「実はモロクは私のパートナーに預かってもらってるんだ。初めは倒しに行った筈だったんだけど、良い子だから連れて帰ってきちゃったんだよね…」
アレファンデルはガタンと音を立てて立ち上がり、目を見開いた。
「…そ、…っ、そうか…っ!…良かった…なら、アンタに着いていけばモロクに会えるんだな!?」
私が頷くとアレファンデルはホッとした顔をして再び椅子に座った。
「君は魔王を悪の道に導こうとしているわけじゃないだろうから私が帰る時に一緒に着いておいで。」
「…悪ィ。助かる。」
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「そうは言っても…」
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…あぁ、いつになったらこの不毛な会議は終わるのだろうか?
私がアレファンデルに出会ってから5日目。
彼は毎日宿を訪ねてきて、明日は帰れるか?とソワソワしている。
それなのに一向に進展もなく、しかも私には一切発言する機会もなく、いてもいなくても変わらない会議が続く事に苦笑いしながら今日も大人しく椅子に座っていた。
気付かれないようにそっと溜息を吐くとカファレルにチョイと突かれ、姿勢を正して座り直す。
暫くその姿勢をキープしていると、何やら廊下が騒がしい事に気付いた。
「…何だろう…?」
私が呟いた瞬間、バンと勢いよく会議部屋のドアが開かれた。
何事かと立ち上がって剣に手を掛けた瞬間、入ってきた人物に呆然としてしまった。
「…アレファンデル…?」
「何だね?!君は!」
室内がザワザワと騒めく中、アレファンデルと一緒に必死に引き留めようとしているケビンと神父達がズルズルと引き摺られて入ってきた。
そしてアレファンデルがフードをバサリと下ろし、大きな杖でトンと床を突くとアレファンデルの姿がみるみるうちに竜の姿へと変わっていった。
「すごい…!」
竜人族の変化の場面を目にするなど一生かかってもありえないと思っていた。
とても大きな会議室だが、竜化したアレファンデルは狭そうに身を屈めたてその場にいる全員を見下ろした。
『我が名はアレファンデル、北の竜の地にて知識の門番を努める者。』
アレファンデルが名乗ると、さっきまで必死にアレファンデルにしがみついていた全員が飛び退いて跪き、大司教も椅子から降りて跪く。
それを見た他の者達も慌てて大司教と同じように跪いた。
竜は神の遣いとして信仰されているからアレファンデルのこの姿は非常に効果てきめんな訳だ。
『此度の魔王の件について事態の収束を確認したので知らせに参った。功労者はリヨンド・ファームズ。大変ご苦労であった。』
アレファンデルは美しく輝く金色の瞳で私に視線を投げ、一瞬床に視線を送って座れと合図してきた。
なるほど、そう言う作戦か。
私はアレファンデルに向かって跪き、頭を下げた。
「遠く遥々ご足労の上、お褒め頂き光栄です。」
『ついては我が一族の地に招待し至急記録の書の作成に協力願いたい。』
「かしこまりました。」
「まっ、…お待ち下さい、アレファンデル様!」
空気が読めないらしいグアス卿が声を上げ、皆が彼に注目した。
「まだ我々はリヨンドが本当に魔王を討伐したか確認しておりません!本当に魔王は消滅したのでしょうか?」
『…我を疑うのか?異端者め。』
アレファンデルがそう言うとグアス卿の周囲にいた者達がグアス卿を取り押さえ、床に頭をつけさせた。
「そっ…そんな…つもりは…っ」
『異言は認めぬ。良いな?』
アレファンデルが大司教にそう言うと大司教は深く頭を下げて承諾した。
「そのように…!」
するとアレファンデルはすぐに人の姿に戻り、首と肩を回した。
「この部屋では狭すぎた。…リヨンド、行くぞ。」
「はい。……それでは、皆様。私はこれで失礼させて頂きます。」
その場にいる呆然としたままの全員にお辞儀をして部屋を出た。
「くっだらねェ会議いつまでやってんだか!俺はもう5日も待ったんだぞ!なのに全く進展しねェなんて…!」
アレファンデルは私が取っている宿の部屋に入るなり文句を言って鼻を鳴らした。
「アレファンデル、爽快だったよ。あー…私は大変失礼だったんだね…アレファンデル様。」
「あー、辞めろ辞めろ、気色悪い。そもそも、もう門番でもねェし、俺は神の遣いなんかじゃねェし。今まで通りでいい。」
アレファンデルは面倒臭そうに掌をヒラヒラさせながら溜息を吐いた。
「ふふ、冗談だよ。さてと、荷物もまとめたし…出発しようか。」
私だって早くラルフに会いたいし、モロクも待ってるだろう。
そうして私とアレファンデルはようやく聖都グラッツウェルを出発した。
王都エンデワールまであと少しの所で突然カファレルが大きく一声鳴いた。
「カファレル?」
カファレルの視線の先にはごく遠くにブランプスの群れの中で黒い服装、長い黒髪の……
「…あれ?モロク?」
私が呟いた瞬間、アレファンデルはハッとそちらを見た。
「…私の言い付けは守ってるみたいだね。」
やってはいけない戦い方、それは使わず群れに立ち向かったらしい。
「そうだ、…声掛けてみようか。」
モロクをじっと見ているアレファンデルに提案すると、アレファンデルは軽く首を振った。
「いや、…いっ、いきなりすぎて…」
「ふふ、分かった。じゃあモロクに帰ったら合わせたい人がいるって伝えてくるからここにいてくれるかな?」
アレファンデルは動揺しながら木の影に隠れて頷いた。
モロクの方に歩いていきながらカファレルに飛んで良いよと合図するとカファレルは大きく羽ばたいてモロクに向かって飛んでいった。
ラルフの屋敷に戻ると丁度ラルフが休憩を取るのに屋敷に戻る所だった。
「ただいま、ラルフ。」
「…リヨンド!おかえり!」
ラルフは私を見るとにこりと笑って手を振った。
「ラルフ、こちらアレファンデル。モロクのお客さんだよ。」
「…どうも。」
アレファンデルは少しフードを持ち上げて挨拶した。
「モロクの?こんにちは。……もしかして竜人族の人?」
「あぁ、そうだ。よく気付いたな。」
「そっか。ようこそ王都エンデワールへ。長旅お疲れ様でした。モロクは今ちょっと出掛けてるけど夕方には戻ってくると思うからそれまでゆっくり休んでて!」
「あぁ、ありがとう。」
おや?ラルフはアレファンデルが竜人族と聞いてもあまり驚かないのかな?
誰か竜人族に知り合いがいるのだろうか?
「リヨンドのパートナーも男だったんだな。」
ぼそりとアレファンデルが呟いたのに頷く。
「うん、ラルフは懐の広い素敵な人だよ。」
ラルフに着いていき屋敷に入るとアリスが迎えてくれた。
そのままアレファンデルを食堂へ案内してもらうようアリスにお願いしてラルフに声をかけた。
「ラルフ、急にお客さん連れて来ちゃってごめん。彼はモロクの前の魔王のパートナーだったらしいんだ。」
「えっ!?」
「まだ生まれ変わったモロクに会えてなくて探してたみたい。」
「なんか…生まれ変わっても探し出して出会うなんて、ロマンを感じるねぇ…!」
ラルフはまるで乙女のように目を輝かせている。
「ふふ、素敵な話だよね。」
ラルフの顎を捕まえてただいまの意味を込めて触れるだけのキスをする。
「私も生まれ変わってもまたラルフに会いたいなぁ。」
「…僕もだよ。」
それからラルフと連れ立って食堂へ行き、3人でお茶を飲んでからラルフは仕事に戻っていった。
アレファンデルは実はモロクが生まれたあの洞窟にも行ったけど洞窟は既に空っぽだったこと、でも匂いはするので探して歩いていたこと…逆に私はモロクが生まれた瞬間の話やその後の移動の話をしているうちに屋敷のベルが鳴った。
「モロクかな?」
「俺が出ても良いか?」
屋敷に着くまではモロクから隠れていたのに、どうやら会う決心ができたようだ。
「うん、いいよ。」
ふふ、と笑うとアリスを制してアレファンデルが玄関に向かい、玄関のドアを開けた。
リヨンドとラルフ<世界会議編>終わり
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